31・ねだめカンタービレ・8
新 VARIATIONS*さくら*31(さくら編)
≪ねだめカンタービレ・8≫
それは番組が終わってすぐだった。
「わたしの部屋によってらっしゃい、お姉さんも、どうぞ」
二輪さんに促されて、とても自然に付いていこうとしたら、足がもつれた。
「オットトト……!」
「あなたも、どうぞ」
二輪さんが、あらぬ方向に向かって言った。
二輪さんの部屋にいくとマネージャーとお付きの人がいたけど、二輪さんが目で合図すると、阿吽の呼吸で部屋を出て行った。
「お姉さんはそちらに。さくらさんは正面。左端は空けてね。桜子さんがお座りになるから」
「え、ええ!?」
びっくりした。だって部屋にはあたしの他はさつきネエと二輪さんだけだったから。
「ひいお祖母様の、桜子さんがいっしょにいらっしゃるの。驚かなくてもいいから。ね、そうでしょ……ハハ、そうなの。桜子さんお彼岸に帰り損ねたの?」
「ひい祖母ちゃんが、いっしょにいるんですか?」
あまり不思議な感じはしなかった。
お姉ちゃんは、あたしの横あたりを見ているが視線が定まらない、見えていないのだ。
「見えるようにしましょう。いいでしょ桜子さん?」
どうやらひい祖母ちゃんも同意したらしく、お姉ちゃんが後ろにまわって、左隣を空けたツーショットになった。
「はい、これでどう?」
二輪さんのスマホには、あたしの横に同じ帝都の制服を着たお下げの女の子が、少し透けて写っていた。
「あ、さくらに似てる!」
「そりゃ、血がつながってるし、想いが重なってるんだもの。でも、こんなにはっきり写るなんて、想いが強いのね」
それから、二輪さんを通してひい祖母ちゃんとの会話が始まった。
ひい祖母ちゃんは戦後大恋愛の末に十九で結婚した。ひい祖父ちゃんは戦争で復員したら、戦死したことになっていて奥さんは弟さんと再婚していた。ひい祖母ちゃんの唯一の兄も戦死していたので、二つ返事で養子に入ってくれた。当時は、よくあった話らしい。二十歳でお祖父ちゃんが生まれ、お祖父ちゃんが成人した年にひい祖母ちゃんの桜子さんは亡くなっている。
「どうして、女学生の姿で出てくるの?」
「……それはね。桜子さんは空襲のとき熱風を吸い込んじゃって、声帯を痛めて歌が歌えなかったの。で、心残りだったのが女学校の音楽の試験で『ゴンドラの唄』が歌えなかったこと。ことしのお彼岸で、さくらちゃんが歌のテストが近いんで、つい、憑依しちゃたって。同じ学校で、同じ音楽のテストで……ハハハ、さくらちゃん、半日一人カラオケやらされたの忘れてるでしょ?」
「あ、さくらひどい声して帰ってきたじゃん!」
「あ、お姉ちゃんにのど飴放り込まれた……」
「恥ずかしいから、記憶から消したんだって……え、それはダメ」
「え、ひい祖母ちゃん、なにか言ってるんですか?」
「さくらちゃん、YouTubeのアクセスすごいでしょ。で、桜子さんは、気を良くしちゃってアイドル歌手になりたいって!」
「エエ……!?」
「それいいかも。あたしマネージャーやります!」お姉ちゃんが二つ返事。
軽はずみはうちの家系のようだ。
「桜子さんは想いが強すぎるから、さくらちゃんの人格まで支配してしまう」
「どういうことですか?」
「さくらちゃん、あなた、尾てい骨骨折してるでしょ?」
「え、どうしてご存じなんですか?」
「あれで、一瞬心に隙間ができて、悪気はないんだけど、桜子さんジワジワと憑依しちゃった。まあ、いま反省してるみたい。さくらちゃん自身歌の才能があるから、いろんなところから声がかかるでしょうけど、けしてプロになっちゃダメ。むつかしいけど、アマチュアで時々やるぐらいにしておいて。さくらちゃんは自分自身のものなんだから。まあ桜子さんも分かってるみたいだから、大丈夫でしょ。このことは、わたし達だけの秘密にしておきましょう。わたしのメアド教えておくわ。困ったことがあったら、どうぞ相談して。じゃ、お引止めしてごめんなさいね」
「「いいえ、こちらこそ」」
姉妹そろって頭を下げる。さつきネエはちゃっかりサインをもらっていた。
「では失礼します」
「はい、それじゃ……ちょっと待って!」
ドアを閉めようとしたら、二輪さんが声を掛けてきた。
「桜子さん、もう一つ秘密があるみたい……」




