27・ねだめカンタービレ・4
新 VARIATIONS*さくら*27(さくら編)
≪ねだめカンタービレ・4≫
あたしの寝ダメはきかなくなってきた。
昨日は、アジア大会のライブも諦めて、8時頃にはベッドに入った。で、11時間以上寝たんだけど、眠り足りない。さつきネエの話では、相変わらず、寝言みたくゴニョゴニョ言ってるらしいけど、さすがにハッカののど飴を口に入れられることも無くなった。
「このまま続くようなら、お医者さんに診てもらったほうがいいよ」と言われる始末。
授業中の居眠りも常態化しつつあり、数学の先生も何も言わなくなった。尾てい骨は相変わらず痛かったけど、庇いながら寝るすべを覚えたのか、痛さに飛び起きるということも少なくなった。
「放課後、校長室へ行きなさい」
担任の亜紀ちゃん先生に宣告されたのは、今日の放課後。
そうか、何も言われないと思ったら、そんなとこまで話は飛躍してんのか……と覚悟を決めた。
校長室は、例の七不思議の偶然でお邪魔して以来。
「いやあ、呼び出してごめんなさいね」
校長の白波先生は、予想に反して穏やかだった。
「あ、あの、居眠りの話じゃないんですか……?」
「ああ、耳には入ってるけど、あんなのは、あなたの歳ではありがちなことよ。今日呼び出したのは、個人的なお願いがあってのことなの」
そう言って、先生は御みずから紅茶を入れてくださった。
「実は、これを聞かせてもらったの」
校長先生は、パソコンのキーをいくつか叩いた。すると、こないだ音楽の時間に歌っていたあたしの姿が音声入りで再生された。
「あ、これは……」
マクサが撮った動画だ。
「あまり上手いんで佐久間さんから美音先生のスマホにコピーされて、職員室で話題になってたので、ちょっと取り込ませてもらったの」
この後、校長先生は、意外な話をした。びっくりして椅子の上で飛び上がったら、もろ尾てい骨を打って、びっくりは三倍ほどに増幅して校長先生に伝わってしまった。
で、夕方校長先生のお家にお邪魔することになった。
「まあ、桜じゃないの!」
そう言って校長先生のお母さんが抱き付いてきた。前もって聞いていたので、この「桜」というのはひい祖母ちゃんのことだとは分かっている。いるんだけど、やっぱ、現実にハグされると戸惑いが先に立つ。
うちのひい祖母ちゃんは佐倉桜子といって、日ごろは呼びにくいので、ただの「桜」と呼ばれていた。音だけで聞くと、あたしといっしょ。で、同じ帝都の女学生なので、校長先生のお母さんは完璧に、あたしをひい祖母ちゃんの「桜」と思い込んでいる。
「聴かせてもらったわよ、見せてもらったわよ、桜とうとうやったのね!」
ここで解説。
校長先生のお母さん白波松子さんは、ひい祖母ちゃんの桜子とは親友であったらしい。
二人が女学生であったのは戦時中。後半は勤労動員に狩り出されて学校どころでは無かったみたい。でも二年生までは、まともに授業をやっていた。
で、音楽のテストで、松・桜コンビは『ゴンドラの唄』を歌うつもりでいた。音楽の先生も、時局がら、これが最後の歌唱テストになると思い、曲目は各自の自由にした。で、おしゃまな二人は『ゴンドラの唄』を選んだ。
「そうだったのよ、あなたのひいお祖母ちゃんは、わたしと『ゴンドラの唄』を歌うはずだった……」
一瞬松子さんは正常になった。
「でもね、ゴンドラの唄って松井須磨子でしょ。築地小劇場でしょ。さすがの先生も、これは許してくれなかった。だから『早春賦』で妥協したのよね。いいお点はいただいたけど、やっぱり『ゴンドラの唄』が歌いたかった、そしたらサクラ、あんた見事にやりとげたのよね。あたし感動しちゃった!」
この「サクラ」はどちらを指しているのかよく分からない。
「ねえ、桜、生で聴かせてよ。あたしは、もうあのころの声は出ないわ。でも桜はあの時のままなんだもん。ねえ、こっちきて!」
これは完全に、ひい祖母ちゃんと間違っている。そして通されたのは、地下の防音室だった。
八畳ほどの地下室に、本物のスタジオ並の機材が揃っていた。
「さあ、唄って桜!」
松子さんの目は、少女のように輝いていた……。




