表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新 VARIATIONS*さくら*  作者: 大橋むつお
26/42

26・ねだめカンタービレ・3

新 VARIATIONS*さくら*25(さくら編)

≪ねだめカンタービレ・3≫



 目が覚めると、世界はハッカの香りに満ち満ちていた。


 目が覚めきるにつれ、香りの元が自分の口だと分かって驚いた。さつきネエがニヤニヤしている。

「ちょっと、あたしに何かした?」

「え、覚えてないの?」

「なんのことよさ?」

「さくら、寝言でのど飴くれって言ってたんだよ」


 さつきネエの話では、あたしは寝ながら口をパクパクやっていたらしい。で、のど飴と言ったらしい……。


「あら、声もとにもどったのね」

 今度はお母さんに言われた。

「え、そんなだったのあたし?」

「覚えてないの?」

「え、ああ、ううん」

 いいかげんな返事をしたが、実のところ、昨日の秋分の日の記憶が飛んでいた。若年性健忘症……にしては、それ以前の記憶はしっかりしている。尾てい骨が痛いことや、そのために数学の先生に誤解されたこと。そいでひい祖母ちゃんが夢の中に……そうだ、ここから記憶があいまいだ。


 今日はレイア姫の勝負パンツを穿いている。と言っても放課後怪しげなことをするためではない。今日は苦手な音楽の歌唱テスト。まあ、人並みに歌えればいいと思って歌は教科書の『若者たち』と決めている。ただ江戸っ子の見栄っ張りで恥はかきたくない。当たり前程度には歌えて、尾てい骨に響きませんようにとの願いから。


 で、音楽のテストの時間になった。


「じゃ、次、佐倉さくらさん」

「はい」

 腹はくくっている。

「曲目は?」

「ゴンドラの唄……」

 と言って自分でも驚いた。どこへ行ったのだ『若者たち』は!?

「えらく、渋い曲ね、先生弾けるかなあ……」

 ほんの少し考えて音楽の美音先生が前奏を奏で始めた。


 いのち短し 恋せよ乙女 あかき唇 あせぬ間に 熱き血潮の 冷えぬ間に 明日の月日は ないものを

 

 いのち短し 恋せよ乙女 いざ手をとりて かの舟に いざ燃ゆる頬を 君が頬に ここには誰れも 来ぬものを


 いのち短し 恋せよ乙女 波にただよう 舟のよに 君が柔わ手を 我が肩に ここには人目も 無いものを


 いのち短し 恋せよ乙女 黒髪の色 褪せぬ間に 心のほのお 消えぬ間に 今日はふたたび 来ぬものを


 美音先生やみんながびっくりした。一番びっくりしたのはあたしだった。

 こんな歌は聞いたこともないし、唄ったこともない。

「すごいいわよ、佐倉さん。ちょっと待っててね……」

 先生はデスクのパソコンを操作して森昌子さんの『ゴンドラの唄』を流した。

「すごい、先生、もう一度歌ってもらって録画していいですか?」

 マクサが言った。気が付いた、順番から言えば佐久間マクサの方が先なんだけど、あたしが先になったことに誰も不審に思っていない。マクサは、どうやら気づいているようで、あわよくば自分の番が回ってこないうちに時間を終わらせようという腹だ。


 いつもなら、こんなズルッコ許さないんだけど、あたしは自分でも歌いたい気持ちになっていた。


「すごいすごい! あたしのピアノもカンタービレになっちゃった!」と、先生。


 これが奇跡の始まりだった……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ