10・シリコンの秘密
新 VARIATIONS*さくら*10(惣一編)
≪シリコンの秘密≫
大容量メモリーには、とんでもないものが入っていた。
どうしたものか案じた末に、ある処理をして、さつきに返した。
「え、シリコンから取り出してないの?」
「ああ、ちょっとヤバイものじゃないかと思ってな。多分近々警察が来る。提出を求められたら素直に出すんだ……いや、元通りバンパーに貼っておこう」
しかし、この貼り直しが難しい。どうやら交差点でぶつかりかけた車から、特殊な銃のようなもので吹きつけられている。貼りついた角度は速度を持った分、角度を持っていたし、飛沫も着いていた。悩んでいるといきなり肩を押されてメモリーカード入りのシリコンは上手い具合に擦れてバンパーにくっついた。
「ねえ、ソーニー、映画観に行こうよ。ARISEの新作観たい!」
「あのなあ、さくら、もう17歳なんだから、くっつくのはよせ。いい歳してブラコンと思われるぞ」
「ブラコン? あたしは今のサイズで十分満足してる」
「ばか、ブラジャーじゃない。ブラザーだ!」
「いいじゃないよ、本当の兄妹なんだからさ」
「映画だったら、さつきといけよ。あいつの方が専門だ」
「お姉ちゃんは御託多すぎ。こういうのは素人同士がいいの」
ARISEは、オレも古くからのファンだ。池袋のシネコンの朝一を条件に引き受けた。
ルパン三世のフィギュアは妹二人も気にいって、テレビの横に置くのを許してくれた。こういうものが一つあると、空間に潤いというか遊び心が出ていい。ただ骨董好きの親父にはヒンシュクだった。お袋も異議なしだったので、親父はダッシュボードの上の九谷を備前焼に替えた。九谷とルパン三世はオレが見ても合わない。
その親父が九谷を箱にしまって立ちかけたところに、インタホンが鳴った。モニターにはいかにも刑事という顔が二つ並んでいた。
「すみません、世田谷署の者なんですが、ちょっとお宅の車見せていただけませんか?」
そう言って、ポリス証をカメラにかざした。
「ああ、あたしの車なんで、あたしが出ます」
「さつき、初めて見たってことでな」
「うん、分かった」
オレは、リビングの隙間から刑事二人の映像を撮った。数分でバンパーのシリコンが発見された。
「先日、青山通りの交差点で、信号無視の車に当てられそうになったでしょ。そのとき、その車がとっさに付けていったものなんです。詳しいことは言えませんが、これお預かりしていきます」
そう言って、刑事たちは引き上げた。さつきは見事にとぼけ通していた。
「なんだか、変なオッサンたちが来てるよ」
さくらが、おずおずとオレを部屋まで呼びに来た。刑事たちが帰ってから一時間ほどたってからのことである。
「オレが相手する」
出てみると、所轄の刑事と中央警務隊に情報保全隊まで揃っていた。で、やはりシリコンのことを聞かれた。
「機密に関わることなんで、所轄の刑事さん外してもらえますか」
刑事は、素直に道路まで後退した。
「で、物は、佐倉二尉?」
「刑事と名乗る二人に渡しました。これが、その二人です」
「……こいつはC国のエージェントだ。どうして自衛官の君が居ながら、易々と渡してしまったんだ」
「渡さなければ、家族に類が及びます。ただ、中身のデータは改ざんしておきました。コピーがこれです。ビフォーアフターになっています」
情報保全隊の担当者は、すぐに手持ちのタブレットにかけて確認した。担当者は吹き出した。
「これは、君……」
「超極秘機密です、70年前の」
「旧海軍の空母赤城の諸元と運用記録じゃないか」
「相手は『あかぎ』としか言っていないようですから、変換して書き換えておきました。この一両日で動きがあると思いますが、それは、そちらで処置願います」
「分かった。機転を利かしてくれてありがとう」
「国民の生命財産を守るのが任務ですから。で、うちの家族も国民の一員ですから」
「任せてくれ、君のご一家には類が及ばないようにする」
あくる日、C国の駐在武官が都内で任意同行を求められた。むろん外交官特権で拒否されるが、当局がマークしたと宣言したのに等しい。その外交官はその日のうちに本国に呼び戻された。そして、海自の幹部自衛官が一人逮捕された。ハニートラップにかかった上のことらしい。
とりあえず、家族という国民が守れてよかった。




