兄妹と姉弟のあり方
ーー翌日。
俺は遥人に相談があると言われ近所のファミレスに向かっていた。
おそらくタイムマシン関連の話なのだろうが俺に何を相談するなのだろうか。ほぼ遥人だけで色々進められるだろうに。
ファミレスに着いて店内に入ると、遥人の姿が目に入った。
すぐに店員さんが来たが、断りを入れて奥の席にいる遥人のもとに向かう。近づくと向こうも気づいたのか、遥人は軽く手を挙げた。
「うぃっす」
「おっす」
ほぼ同時にあいさつすると俺は向いの席に座った。
「なんか食うか?」
「いや。昼飯ならもう食ってきた」
幸乃の手料理は今日もおいしかったです。
「そうか。じゃあ俺だけなんか頼もっと」
俺が来る前にメニューを見てあらかた決めていたようで、遥人はすぐに呼び出しボタンを押して注文していた。ついでに俺もドリンクバーだけ頼んでおく。
「わりぃな。いきなり呼び出しちまって」
「どうせ夏休みは暇だし気にするな」
実際暇でしょうがない。暇つぶしできるものがないのだ。今日も家でずっと寝ていた。結局昼頃になって幸乃に叩き起こされてしまったが。
「今日は天気いいな」
「そうだな」
夏に天気よくても暑いだけだから一つもいいことないだが。まあ雨が降ったら降ったらで気が滅入るけど。
「幸乃ちゃんは元気か?」
「ああ。今日も怒られながら起きたよ。なんかトライアングルで起こされた」
おそらくトライアングルは音楽室のものなんだろう。借りたんだろうか。だとしたら返すように言っておかなければ。
別にトライアングルの寝起きの破壊力がでかすぎて、心臓が止まりそうになったから言うわけじゃないヨ。
「そうかそれは大変だな……」
「……」
「頬の腫れ、だいぶ引いたみてぇだな」
「冷やしたらわりとすぐに治った」
昨日一日中冷やしたのが良かったのか、最初はひどかった腫れも今ではよく見ないとわからないくらい目立たなくなっていた。
「……」
「……」
「ーー遥人」
「な、なんだ」
「なんかあったのか?」
さっきから遥人の様子がおかしい。目の下に隈があり、顔色も悪く見える。会話も当たり障りのない感じで世間話をしているみたいだ。あの遥人が「今日は天気いいな」なんてまず言わない。
そして特にーー。
「幸乃に起こされるのが例えトライアングルだとしても羨ましがるお前が「大変だな」なんて言うわけがない!」
「お待たせ致しました」
俺は立ち上がって威勢よく言い切ると同時に、遥人が注文したものがテーブルに運ばれる。
ガッツポーズ状態のまま固まった俺は、店員さんに冷たい目を向けられたままやり過ごした。
遥人は正面に座っているのに「知らない人ですね」と言わんばかりにハンバーグにがっついていた。
店員さんがいなくなって俺は軽く咳払いして席に座ると、さっきの質問をもう一度した。
「それで。なんかあったのか?」
「……やっぱ気づいたか。さすが我が宿敵にして最大のライバル」
「はいはい。そういうの良いから。さっさと言え」
今日の遥人は本当におかしい。回りくどすぎる。いつもなら自信満々のマシンガントークにこっちが「ごめん。聞いてなかった」ってなるのに。
「じ、実はよ……」
「おう」
「ヴィッキーが……」
「ヴィクトリアさんが?」
「嫁ぐって……」
とつぐ? とつ、ぐ? と、つぐ? と、つ、ぐ? ……嫁ぐ!?
「嫁ぐってどこにっ!!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出てしまった。店員さん含めほかのお客さんからも注目を浴びてしまう。
とりあえず謝ってすぐに会話を戻した。
「お、お相手は誰なん?」
「それが教えてくれねぇんだよ。素敵な方ですから心配しないでくださいって言って」
「まじか。気になるな、それは」
ヴィクトリアさんが全く恋愛をしないとは思わない。でもループが始まって以来初めてのことだ。驚きもする。
それにこのご時世だ。新しく結婚する人はかなり減ってきている。
「そもそもいつ出会ったんだよ。ヴィクトリアさんって基本ずっと家にいるよな……?」
「そうなんだよな。買い物もほかのメイドがしてるし、ヴィッキーは掃除か俺の世話しかしていないはずなんだよ。たまに夜中にいない気もするけど」
謎がさらに深まる。まさかタイムマシン関連の話かと思ったらとんでもない話を聞いてしまったものだ。
「それで? どうすんだよ?」
「どうするとは?」
疑問符を頭に浮かべる遥人に俺は言ってやった。
「ヴィクトリアさんが心配なんだろ? ならそのお相手について調べるか調べないかだよ」
頑なに誰と結婚するか言わないヴィクトリアさん。それならこっちから調べるしかないだろう。
「そうなんだけどな……。なんかそれストーカーぽくねぇか」
「でもおかしいだろ、こんなの。かっこよく言うと何かきな臭い感じがするみたいな」
「けどよ、明後日には家を発つんだせ? 行先もわかんねぇのに調べようがなくねぇか?」
明後日には会えなくなるのか。今日遥人から聞いていなかったら見送ることもできなかったはずだ。
「なら明日タクシー使ってつけてみればいいだろ。それか探偵でも雇うとか」
「おいおい幸介。言ってることめちゃくちゃだぞ。ちょっと落ち着けよ」
「遥人こそなんでそんな冷静なんだよ! だってヴィクトリアさんだぞ!? お前にとって姉同然の人なんじゃないのか!」
興奮してつい大声を出してしまった。だが今は関係ない。というか気にしてられない。こいつはなぜもう諦めムードになってしまっているのか。
「幸介」
「なんだよ」
「姉同然だと思っているからこそ、幸せになって欲しいと思うのはおかしいことか?」
「っ……」
おかしくない。むしろ正しい。おかしいのは俺だ。
幸乃が真剣な顔をしてお付き合いしたい人がいると言ったら、俺もうまくやれよって思うだろう。
でもそれはーー。
「幸介の家のことはわかってる。幸乃ちゃんと幸介が互いに決めた約束事もな」
約束事。これは俺と幸乃が決めた黒峰家絶対のルール。破ったら特にバツがあるというわけではないが、俺と幸乃はこのルールを大切にしてきた。
それは自分のためであり、相手のためでもある。無駄な心配や混乱を防ぐために強いた決め事。
「でな。その相談の本題なんだが……」
遥人は今日の要件を告げる。
「最後にプレゼントを渡そうと思うんだ。何がいいと思う?」
「それを俺に聞くのか……」
ハードルが高すぎる。ヴィクトリアさんの趣味、いや好きな食べ物などでさえ知らない俺が、こんな大層なプレゼントを選ぶことなんてできるわけない。
ほかを当たってくれと言いたいが、相談されといてそれはないだろうと思いヴィクトリアさんが欲しそうなものを考える。
……浮かばねぇ。
「遥人が渡せばなんでも喜ぶんじゃない?」
「それはないだろー。もっと真剣に考えてくれよぉ。俺も必死に徹夜で考えてから相談してんだから」
ああ、だから顔色悪いのか。
「ほかのメイドさん達には相談したのか?」
「全員聞いてみたけどよ。力になれないの一点張りでな。なんかみんな非協力的なんだよ。仲が悪いとかじゃなくて協力できないように言われてみるみたいだ」
「それって」
「……まぁ、親父しかいないだろうな」
遥人の父親はほとんど家にいない。というか俺も三回くらいしか見たことがない。
英国の紳士というより、米国のギャングという方がしっくりくるような恐ろしい顔立ちだと記憶している。
それもループ前の話なので記憶が曖昧だが。とにかく怖かった記憶が強い。
何の仕事をしているかは知らないがループが始まって家に帰ってきたことはないようだ。
その遥人の父親が今更なにを……。
「だから幸介しかいないだよ。頼む!」
「わかったわかった!」
この通りだ! とそのまま土下座しそうなため慌てて返事した。
「つっても俺だけじゃ力不足ってレベル以下だかんな。幸乃に頼るぞ」
「幸乃ちゃんか……。協力してくれるか……?」
確かに幸乃は遥人のことを気持ち悪がっている節があるが、ヴィクトリアさんのプレゼントとなるとおそらく手伝ってくれるだろう。
幸乃はヴィクトリアさんに良く懐いているし、ヴィクトリアさんも幸乃のことをよく面倒を見てくれていた。
それより、遥人と幸乃。そろそろ仲直りしてほしい。遥人は最近知ったがこれは約十年前からのことだ。時効にしてやりたいとこである。
「仲直りは、難しいかもな……」
「……まじぃ?」
今にも死にそうな声で遥人は目をウルウルさせる。
「でも、幸乃はヴィクトリアさんに懐いてただろ。今日帰って説明したら多分手伝ってくれるって」
慌てて励ますがあまり効果はなさそうだ。俺の説得力にすべてかかっているかもしれない。
幸乃はあまり本気で怒ることはないが、一度怒ると結構仲直りが長くなってしまうタイプだ。兄妹喧嘩は何度もしたがいつも仲直りは時間がかかっていた気がする。
しかしループが始まってから喧嘩という喧嘩は一度しかしてないかもしれない。あの時以来だ。
あの時の仲直りはいつだったか。……確かお互い喧嘩してることを忘れてしまうくらい色々あったせいで、それどころじゃなかったっけな。
「とにかく長期戦は覚悟した方がいいかもな」
「……もう十年くらい経ってるんですけど」
俺は無言で遥人の肩に手を置いた。
遥人は無言で泣いた。