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While one World  作者: ナナ木
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成長の止まった現代っ子

 いそいそと昼飯の準備に取り掛かり始めた幸乃は、まず玉ねぎの皮をむき始めた。


 俺は料理スキルはないことはないが、幸乃と比べると皆無に等しい。手伝っても邪魔になるだけだ。


 適当にテレビでも見て時間をつぶすことにした。


 それから数分後、玉ねぎを炒め始めたのか少しいい匂いがした。そうすると反応してしまうのが俺のお腹。


 「腹減った」と主張するかのように唸り始めた。


「まだ玉ねぎ炒めてるだけなんですけど……」


 どうやら向こうにも聞こえたらしい。俺は幸乃の言葉にも反応しなかったが、お腹は返事をするように鳴り続けた。


 テレビの内容が頭に入らないまま空腹に(もだ)えること数分。ようやく完成したようでリビングの机に皿を二つ置いた。


 「うっひょひょ~」と飛び跳ねるようにソファーから置き、急いで椅子に座る。


「もう。子どもみたい」


 幸乃は呆れながらも嬉しそうに笑った。


 そう俺たちはまだ子どもなのだ。年齢的にはもう御年63歳。普通ならお爺ちゃんとも呼べる年齢だが、俺たちはまだ子どもだった。


 いくらループを繰り返して年齢を重ねようとも、周りの環境は変わらない。変えないことで混乱を防いでいるのだ。


 学校では当然のように生徒(子ども)として先生(大人)たちに扱われる。


 俺たちもその構図になんの違和感を抱かなかった。


 すべては環境に変化がないからだと俺は思う。


 環境が変われば人は自分が大人に成長していくと実感できるのではないだろうか。


 例えば高校を卒業し、大学に進学または就職するとする。


 大学に行けば一人暮らしをするかもしれない。そうなれば家事もろもろすべて自分で行わなければならなくなるだろう。


 就職すれば仕事をする、つまりお金を稼ぐということに変化を感じるかもしれない。そうなれば誰かを養い一緒に生活する未来が見えてくるのではないだろうか。


 だが俺たちは子どもだ。何年経とうと子どもままだった。


 精神的にまったく成長していないとは言わない。でも根本的なところは何も変わってない気がする。

 

 未だに中二病発言をするやつもいるし、フリを振って馬鹿げたこと突拍子もなくする。


 俺はそんな子どものままでいる内の一人だった。


「いただきます!」


 手を合わせって合掌する。スプーンを握っていざオムライスを食べよう思ってケチャップがかかっていないことに気が付いた。


「ふふ~ん」


 幸乃は俺の横に座ると手に持ったケチャップの蓋を下にして、俺のオムライスにかけ始めた。


 大きな大きなハートマークを。


 さすがの俺もそれには「何やってんだよ……」と照れを隠しつつ笑い、つられて幸乃も「えへへ」とはにかむ。


 俺の妹も子どものまんまだ。


 幸乃も俺が嬉しがると思ってこんなおふざけをしている。兄に構ってほしいのだ。


 実際俺ももっと構ってほしい。こんなやり取りが嫌いじゃないから。こんなやり取りが日常だと思いたいから。


 それが俺たちの兄妹関係。


 昨日の弁当もハートマークが書いてあったのかもしれない。そう思うと頬が緩まずにはいられなかった。


 オムライスを口に入れる。卵もトロトロでいくらでも食べられそうなほど美味しい。こいつは俺の頬をブルドッグにでもするつもりなのか。


 ……なんて言ったらまたセンスないと笑われそうだ。


 隣の幸乃もケチャップを手に取って自分のオムライスにかけようとした。


 俺はそれを横からひったくると、今度は俺が幸乃のオムライスにケチャップをかけた。


 某RPGゲームのスライムを。


 書き終えると自分でもなかなかのクオリティではないかと思う。特にてっぺんのとんがりから左右に広がるバランスがちょうどいい。


 幸乃も何がそんなにおかしいのか笑いが止まらなくなっていた。よほどツボにはまったらしい。


 しばらく昼飯を食べながらお互い訳の分からないふざけ合いをし続けた。隣に座るお互いにちょっかいをかけながら。


 俺も幸乃も子どもまんまだ。


 きっと正面の二つの空席が埋まっていたら、二人もきっとそう思うだろう。


  ♢


「あ~あ。なんでご飯食べるのにこんなに疲れなくちゃいけないの。……お兄ちゃんのせいだからね」


「先に変なことし始めたのはそっちだろ」


 今度は俺が台所におり、幸乃はソファでくつろいでいた。疲れたのかぐてーと寝っ転がっている。


 食器を洗いながら、ふと吹奏楽部の顧問で音楽の先生の吉岡先生のことが浮かんだ。今日部活があったからにはいたのだろうか。それとも幸乃たちが自発的に練習をしただけでいなかったのだろうか。


「そういや吉岡先生は今日来てたのか?」


「う~ん? ……ああうん。来てたよ」


 どうやら少し眠いらしい。ここからは見えないがおそらく目をつぶっている。数分後には寝息をたてて夢の中だろう。


「そうか」


 眠いのなら寝かしておいた方がいいだろう。特に聞きたい話があるわけでもない。少し気になってしまっただけだ。


 亡くなったはずの旦那さんを見たという吉岡先生の言葉が。


 どうせ気のせいだろう。ただの幻覚だろう。この数十年がそれを証明しているようなものだ。


 なのにーー。


 そう言い切れない自分がいる。


 特に根拠もない。直感的にそう思うだけだ。


 そしてこういう嫌な予感だけはよく当たるというのが世の常でもある。


 雑念を振り払うように頭を振る。さっさと目の前をことを終わらせてしまおう。


 最後のボス、昨日のカレーの鍋を洗い終えると冷蔵庫に向い幸乃が買ってきたアイスを取り出す。


 スプーンも口にくわえてアイスの蓋を取りソファに戻った。


 案の定幸乃は寝ていた。下はハーフパンツに履き替えているが上は制服のブラウスのまんまだ。


 お腹がめくれ、かわいいおへそが上下する。まったく遥人が見たら吐血してるな。


 よし。お玉でジュッの仕返しだ。


 俺は特に何も考えず上下しているへそにアイスを置いた。


「んっ……」


 体をくねらせて小さな声を出した幸乃は、その甘い声に反して強烈な前蹴りをかましてきた。


「ぐふっ」


 ボディーに入った攻撃に反応できず、俺はそのままソファから転げ落ちてしまう。ついでにアイスを転がり落ちた。


「うざい……」


 マジトーンの「うざい」いただきました。お兄ちゃん泣きます。しくしく。


 俺はめそめそとアイスを食べると二階の幸乃の部屋からタオルケットを持ってきてかけてやる。夏場とは言えお腹をだしたまま寝るのはよくない。


 タオルケットはすぐにタオルケットだとわかったのか、幸乃は顔をうずめた。


 その隙に幸乃の横に俺も座る。一応防御態勢をとったが蹴られることはなかった。


 ソファの占有率は1:9。ほら俺はあれだから。広いところよりも狭いところの方が安心するタイプだから。


 決してこのソファの占有率がこの家の力関係を表しているわけではない。


 ソファのひじ掛けに頬杖をついて頭を支える。時計を見ると時間は一時過ぎ。昼寝もいいかもな。


 休日は基本昼に起きる俺だが、幸乃が部活に行くため朝に起きたのだ。正直眠たい。


 目を閉じていくうちに意識がだんだん遠のいていくのがわかる。


 気が付いたら俺も座ったまま寝ていた。

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