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While one World  作者: ナナ木
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第一の秘宝はお亡くなりなりました

 遥人の部屋に入ると、ヴィクトリアさんはすぐに紅茶を入れてくれた。そのあとすぐに下がり「何か用がございましたらお呼びください」と言って部屋から出ていく。


「でっ……」


 マスクを顎まで下げ紅茶を飲みながら遥人の部屋を見渡す。相変わらず建物の外観と部屋の中身のギャップがすごい部屋だった。


 数台のマシンにたくさんのコードがつながっており机の上にはモニターだらけだ。マシンの排熱により部屋の温度は高くなるため、初夏であるにもかかわらずこの部屋だけクーラーがガンガンだった。


「部屋に呼んだということは部屋にあると思ったんだが……。そのすごい発明とはどこにあるんだよ?」


 前に来た時と部屋の中身は変わっていない。正確には前に来たとなると前回ループのループが発生する2017年の7月だから、部屋のマシンもすべて最新のものに変わっていたのだが、今はループしたその日なのでまだ古いマシンのまんまだった。新しいものが開発され、数日も経てばすべて最新のものに変わっているだろう。

 

 つまり俺が前に来たというのは前回ループの今日、2016年7月に来た時という意味だ。ループ記念日の景気付けにカニでも食おうと言われて幸乃と一緒に来た。なんだよループ記念日って。


 ーーいや待てよ? そうだ今日はループした日だ。何か作る時間があるわけないか……。


「おい幸介。お前人の話聞いてんのか? すごいアイデアって言ったんだぞ。まだ何も作っちゃいねぇよ。冗談はその顔だけにしとけ」


「アイデアだけで俺を呼んだのかよ。それだけなら学校でも言えただろ……。あとほっぺたのことは言うな」


 アイデアを聞くだけならこいつの家に来た理由は、紅茶とクッキーだけになってしまった。……ボリボリ。うまい。


「馬鹿野郎! 俺がどんだけ学校で言いたかったのに我慢したかわかるか? でも言わなかったのは俺のアイデアが世界の命運を分けるからだ!」


 遥人はそう言って両手を大袈裟に上げる。どうやらそのアイデアとやらが余程自信があるらしい。それなら聞いてみようじゃないか。


「でっ? そのアイデアってのはなんなんだ?」


「あれれー? やっぱり気になるぅ? どうしてもって言うなら教えなくもないけどぉー。どうしようかなぁー?」


「……ヴィクトリアさん」


「はい、お呼びでしょうか黒峰様」


 部屋の外で待機していたヴィクトリアさんがすぐに部屋に入ってくる。


「遥人の机のキャスターの一番下の段を開けてみてください」


「かしこまりました」


「ちょっ……」


 一瞬の出来事ですぐに反応できなかった遥人を、俺は羽交い絞めする。 


「開けました」


 開けるとそこにあるのはたくさんの書籍。物理や数学といった小難しいものばかりだ。博学の遥人なら読むために入っていても不思議ではない。


 にやっと遥人が笑うのが見えた。どうやらごまかせたと思ったらしい。


「しかし変ですね。引き出しの深さに対して底が浅いです」


 遥人の顔色が青りんごみたいになった。


 ヴィクトリア書籍をのけて底を触ると簡単に外れた。その下には数冊の本が入っており、そのどれもが先程と同じ系統の本ばかりだった。


「なっ? 全部勉強用に読んだ参考書だろ?」


「そのようですね……」


 ヴィクトリアさんが少し残念そうに言った。そしてまた二重底をつけようとする。


「ーー表紙」


 俺は小さく呟いた。


「ヴィクトリアさん。表紙外して見てください」


「タンマ! タンマ! それ以上その本に触るんじゃねえー!」


 何が何でもヴィクトリアさんに見られまいと、俺の拘束を振りほどく。そしてそのまま走り込んで手を本に伸ばした。


 しかしヴィクトリアさんに一瞬で手を取られ、そのまま後ろに捻り上げられた。


「申し訳ありません遥人様。遥人様のお世話担当メイドとしてこの本を見過ごすことはできないのです」


「痛てててっ!?」


 運動神経は皆無とは言え、体格の通り遥人は力は強い。だから俺も羽交い締めにしていたのに数秒しかもたなかった。


 にもかかわらずその遥人の腕を片手で捻って、戦闘不能状態にしたまま、いそいそと引き出しに向かうヴィクトリアさんにはおののかずにはいられない。


 ヴィクトリアさんの細い手が『圧縮性流体力学』と書かれた本の表紙を剥がす。そのベールの先には『もう子供じゃないんだよ……お兄ちゃん……』というタイトルの二次元もののエロ本があった。


 その表紙を飾る妹は黒髪のツインテールであり、どことなく幸乃に似ていなくもないように見えた。


「……」


 ヴィクトリアさんは無言で本をパラパラめくるとそっと脇に置いて物色を再開した。ほかの本も全て調べるのだろう。


 そんなヴィクトリアさんにビビりながらも、遥人は俺の方をチラチラと見て、警戒していた。表紙の女の子が、ほんの、ほんのちょっぴり幸乃に似ているなんてことだけで俺が怒ると思ってるのか、まったく。俺はそんな(ふところ)の小さいやつだと思わないでもらいたいもんだ。


 そ・も・そ・も! 多少容姿が似ていようと幸乃には遠く及ぶわけがない。


「安心しろ、遥人。俺は怒っていない」


 俺の満面の笑みに遥人は一歩二歩と後ずさる。


「なんでループ毎に、つまり今日幸乃があの長い髪を切っているか知っているか?」


 そして俺はそう問うた。


「はぁ?」


 気の抜けたような返事をする遥人は困惑の表情を浮かべたままだ。少し唐突すぎたか。


「ようはそのエロ本のことを知ったのは何十年も前だってことだ」


 遥人は必死に頭を使っているのか若干眉間にしわが寄っている。それをほぐすようにもみもみしているうちに一つの可能性に至ったのかだんだん血の気が引いてきた。


「それってもしかして、3982日前のことを言ってんのか?」


 ……何年前だよ。


「10年と332日前です」


 俺の心を見透かしたようにヴィクトリアさんが教えてくれた。……計算速すぎない?


「まあ、うん。そんくらい前だと思う」


「おいおいマジかよ!? この本のせいで毎回幸乃ちゃんループ毎に髪切ってんのかよ! ということは俺に対して急に態度が冷たくなったのは……」


「きもがられてるな」


「ふんぎゃあああああああああああああ!!」


 権藤遥人、死亡のお知らせ。


「ちなみに今日お前の席に間違って座ってしまった幸乃はーー」


「黒峰様」


 ヴィクトリアさんがいつの間にか俺の正面に立っていた。


「遥人様のライフポイントはもうゼロでございます」


「あ、はい」


 それだけ言うと、またいそいそと本の表紙をめくる作業を始めだしたヴィクトリアさんであった。


「だが俺はこれしきのことで死ぬような男じゃねぇ!!」


 そう叫んだ遥人は頭はね跳びの要領で体を起こそうとして、見事に尻から落下した。無駄に格好をつけとようとしなければいいものを。


「痛い……」


「お前いつも思うけど、本当は馬鹿だろ」


 うんどう見ても馬鹿だ。いや、阿呆なのか。


「そんなことはどうでもいいんだよ。それより幸乃ちゃんがいつも今日に髪切ってるのも……?」


「まあ直接聞いたわけじゃないが多分そうだろうな」


「……そうか。そりゃ悪いことしたな。何年もかけて伸ばしたきれいな髪なのに」


「まあ、どうせ切っても一年もすればまたもとに戻るから、そんなに気にしてないと思うけどな」


「わかってねぇな幸介は。髪は女の命だぞ? それを切ってんだから命削ってるも同然なんだよ」


 急によくわからん持論を展開し始めたな、こいつ。


「じゃあ男の命はなんなんだよ」


「tooth!」


「春日かよ」


 いちいち人差し指まで立てるな。


「見つけました!」


 後ろからヴィクトリアさんが大声を上げる。基本的には物静かで丁寧口調なヴィクトリアさんには珍しいことだ。


「これを見てください」


 ヴィクトリアさんが腕を突き出して見せてくれたのは、また別のエロ本だった。タイトルは『マリアンヌのご奉仕』。表紙の際どいメイド服を着たお姉さんだ。


 遥人も何が起こっているのかわからないようで、口を半開きにした状態で固まってしまった。


「申し訳ありません、遥人様。我々ホワイトヘッド家に住まうメイド12名は誰一人として、遥人様とそのような関係になることはできぬよう、旦那様からきつく言いつけられているのです」


「いやいやいや!? 俺もそんなこと微塵も考えたことねぇよ!」


「ではこれは?」


 無表情のヴィクトリアさんはマリアンヌをぐいっと押し出す。


「まじで身に覚えないんだけど!? 大体リアルメイドを知っている俺からしてみればメイドに欲情するとかありえねぇし! なあ幸介! お前もそう思うだろ?」


「俺リアルメイド知らないからメイドに欲情するタイプ」


「さては幸介のエロ本だな、これ」


 そう言ってマリアンヌを指さす。急に俺の本とか言い出してこの場を乗り切ろうという魂胆か。人にすぐ(なす)りつけるのはよくないぞ。


 



 ……その本俺のだけどな。


 てか、えっ? えっ? なんでこんなとこにあんの?


 と思ったら確か幸乃にばれそうになってここに隠してたのすっかり忘れてた。というより今ここで見つかるまで幸乃に見つかってこっそり処分されていたのかと思ってた。その後何事もなかったかのように幸乃が接してくるから俺はしばらくおとなしくしていたものだ。


 それも杞憂だと今判明したわけだが……。


 このまま遥人に罪をかぶってもらおう。俺はマリアンヌにもう興味はないんだ。


 てかこれ隠したのいつだったけな。幸乃似のエロ本見つけたときくらいだから10年前くらいか。


「そういうのよくないとおもうぞー」


「黒峰様の言う通りです。正直におっしゃらないなら、先ほどの本と一緒に、ほかのメイドたちと鑑賞会して来ます」


「それだけは! それだけはご勘弁をっ!!」


 遥人はわけもわからず謝り続けたのち、結局すべての本を回収されてしまった遥人は、しばらくしくしく泣いていたのでした。


「一年経てばもとに戻るだろ。次はループしたらもっと見つかりにくい場所に隠せ。なっ?」


 俺は遥人の肩に手を置いてそう言った。


「……ああ。--てっ、お前のせいじゃねぇか!」


「あ、バレた?」


 いい感じに流そうと思ったのに。


「まあいい。俺には第二、第三の秘宝がまだ眠っているからな!」


「ーーだそうです」


「遥人様。またこん、ど……。部屋中を引っ掻き回してでも探すのでご容赦ください」


 ドアを開けて歯切れ悪くそれだけ告げるとヴィクトリアさんはすぐさま退出した。相変わらず動き、いや仕事が速い。


 でもヴィクトリアさんはどこか沈鬱な表情をしていた気がする。遥人を見ると特に気づいた様子はなかった。気のせいか。


「いつも思うんだけど幸介とヴィッキー、息ピッタシ過ぎなぇか?」


「そりゃあお前をからかうという意味では意気投合しているからな。まさに阿吽(あうん)の呼吸ってわけだ」


「さいで」


 遥人は諦めたようにため息をつくと、クッキーを手に取り話し始めた。


「じゃあそろそろ本題に入ろうか」


「急に何事もなかったようにするなよ」


 今日俺をわざわざ家に呼んでまで言いたいというアイデアを。


 始まりはそう、壮麗で高雅な物語のプロローグを紡ぐ吟遊詩人のような語り口調で。





「の前に紅茶を一杯飲ましてくれ」


「おい」

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