べん・とー
授業が終わり終業式が始まった。もちろん午前中授業はほとんど睡眠に費やした。終業式も同じように聞き流して終わりたいところだが、校長先生の話は毎回重たい内容のためいやでも耳に入った。
「みなさんご存知の通り日本の人口は今、大幅に減少しています。この学校の生徒も例外ではなく何人も亡くなっています。夏休みの間にくれぐれも事故のないように気を付けてください。私もこれ以上自分の生徒たちが減ってほしくないのです」
この中学校の全校生徒はおよそ300人弱だった。しかし今では260か270人くらいだった気がする。何度もループを繰り返すうちに事故や事件、自殺などにより亡くなってしまったのだ。教員の何人かも亡くなってしまっている。
「深夜の外出はしないでください。最近では日本の治安も悪くなる一方です。どうか気をつけてください。夏休み明けにまた、ここにいるみなさんの顔がに見れることを心より願っています」
校長先生は最後にそう言ってステージから降りた。この校長先生も今は太っているが、俺が卒業する頃には毎回かなり痩せこけているのを何度も見ている。今も顔色はあまり良さそうには見えなかった。
校長先生の話が終われば終業式はほぼ終わりのようなもの。他の先生方からや生徒会からの連絡等が終わったらすぐに解散となった。
このまま帰宅する生徒も多いが、幸乃がこの後部活があるため、俺もついでにつくられた弁当を教室で食べることになっている。その弁当は今持ってないんだけどね。
教室に戻ると早々と帰る者と、弁当を広げて食べ始めるもの分かれた。弁当を食べている人の中には学校に残って勉強をする人もいるのだろう。俺からしてみれば何のために勉強するのかいまいち理解できないが。
「じゃっ、俺先帰るな!」
そう言って遥人はサムズアップしてみせた。こいつハーフでイケメンだからこういうことよく似合っている。
「おう」
遥人は「絶対に来いよ!」と念を押して教室から出て行った。それと入れ違うように、逆の出入り口から幸乃が入ってくる。
「はい、弁当」
「おっ、サンキュー」
「じゃあ、あでゅー」
弁当を渡すとすぐに幸乃は教室を出る。
どうやら教室でぼっちのお兄ちゃんと一緒に弁当は食べてくれないらしい。こっちから弁当を取りに幸乃の教室へ向かうつもりだったのに、幸乃の方が来てくれたから少し期待したのに。
教室にいるのは勉強するためにいるのであろうガリ勉組数人と、このあとどこで遊ぶか話しているチャラチャラ組多数だけだ。この中に気を遣わず話しながら弁当が食えるほど、仲の良いやつはいない。
もう弁当持って帰って家で食べようかな……。
思い立ったら吉日。一旦出した弁当を蓋がきちんと上になるように丁寧に収め、鞄を持った。こんなことなら遥人と一緒に帰るんだったな。
「あれ、お兄ちゃんどこ行くの?」
教室を出ると後ろから息を少し切らした幸乃がいた。なぜか鞄も持っている。
「どこって帰るんだよ。教室で食い辛いし」
「えー、帰っちゃうの? せっかく一緒に食べようと思ったのに」
妹と一緒に弁当を食べる。なんと甘美な響きなんだろうか。
「えーと……。そんな約束してか?」
もちろん約束していようがいまいが一緒に食べたいが、あえてその雰囲気を全く出さない、お兄ちゃんクールビューティークオリティ。
カタカナ多すぎて自分で何言ってるかわからなくなってきた。
「別に約束はしてないけど……。何? 幸乃と一緒食べるの嫌なの?」
若干……いや、かなりムスッとしてしまった幸乃の反応に、俺は慌てたように手をワタワタさせる。もうその動きで窓拭いたらきっとピカピカになるってくらい。
「いえ! 是非一緒に弁当を食べたいです!」
「よろしい」
教室にカムバックしました。
俺は自分の席に座り、幸乃は遙人の席を反転させて向かい合うように座った。
さてさて。今日の弁当の中身は何が出るかな?
オープン!
弁当箱いっぱいのオムライスでした! パチパチ。
「ああぁぁっ!!」
俺が綻んでいると、幸乃が俺の弁当箱を見て大声を上げたことで、周りのみんながみんなこちらを見る。視線が痛いです。
「突然声出してなんだよ。お兄ちゃんビックリして心臓ゲロっちゃったよ」
「ゲロったら死んじゃうでしょ!」
マジレスするのやめてください。周りの視線は引いたのに今度は妹の視線が痛いです。でもこれはこれでなんだか悪くない。ビクンッビクンッ。
「幸乃が叫んだのはあれだよ。……お兄ちゃん、弁当雑に扱ったでしょ!」
「はぁ!? 雑に扱うわけないだろ! 低反発枕並みに優しく包み込んだわ!」
「……? じゃあなんで蓋の裏にケッチャプほとんどついてるの!!」
蓋と言われて視線を蓋にずらす。確かにオムライスにかかっていたであろうケッチャプのほとんどが、蓋の裏についていた。でもそれはーー。
「弁当箱にパンパンにオムライス入れてるからじゃないの?」
うぐっと幸乃が声を漏らしたのが聞こえた。
「それに弁当持ってる時間的には幸乃の方が長いし。弁当箱を逆さにしたなら幸乃の方が可能性高くない?」
今度は声も出なかった。これがぐぅ の音も出ないと言うやつか。どうせなら更に畳みかけてやろう。
「そもそも弁当の上にかかってるものが蓋の裏につくなんてよくあることだろ。ご飯にかかったふりかけとか。ミートボールのソースとか」
ここまで言って幸乃がぐぅの音も出ないのではなく、だんまり状態になったことに気がついた。
幸乃はおもむろに窓を見ると、ポツリと呟くように言った。
「一生懸命、作ったのにな……」
「ごめんなさい!!」
思いっきり頭を下げたので机にぶつけてしまった。今なら頭突きで地球割れる気がする。ブラジルの人聞こえますかー!!
「じゃあ次からは気をつけてくれる?」
どうやら強引に俺の責任なったらしい。解せぬ。
「もちろん気をつけます」
「幸乃が作った弁当、どのくらい丁寧に扱ってくれるんだっけ?」
「低反発枕のように」
渾身のイケボで言ってやった。
すると幸乃は吹き出した。お茶でも飲んでいたら間違いなく俺にかかっていただろう。それからしばらくゲラゲラ笑うと目元の涙を拭った。
「お兄ちゃんって、たまに意味のわからないこと言うよね。センスなさすぎて逆に笑っちゃう」
笑ってくれたのは嬉しいが、センスなさすぎては割と傷つきました。なかなかわかりやすい表現だと思ったんだか。
「せめて人が何かを丁寧に扱う言葉を使わないと。……例えば赤ちゃんを抱っこするようにとか。枕が弁当包み込んでどうすんの、ウケる」
今度は僕の方がぐうの音も出ませんでした。
幸乃なりの仕返しなのだろう。こいつ負けず嫌いだからな。
そこから俺たちは昼食を食べ始めた。途中俺の頬の火傷を見て笑ったり、座ってる席が遥人の席だと知ると別の席に移ったりなど、談笑しながら幸乃との昼食を楽しんだ。
先に弁当を食べ終えた俺は、そう言えば、と口火を切った。
「なんで最初に俺の弁当持ってきたときに一緒に鞄持ってこなかったんだ? 二度手間だろ?」
「ああ。それはね。お兄ちゃんに弁当渡した時は友だちと食べる予定だったの。でも今日部活なくなったらしいからみんな帰るって。だからぼっちのお兄ちゃんに構ってあげようかな、みたいな?」
それはそれはありがとうございます。幸乃様。でも本当は「お前も一緒に食べるやつがいなかっただけだろ?」って言いたい。言わないけどね! しっぺ返しが何倍も帰って来るから!
「なんで部活休みなんだ? 毎回今日はやってただろ?」
うーん、と首を傾げながら幸乃は答えた。
「なんか顧問の吉岡先生の旦那さんが、数年前に亡くなってるはずなのに、前のループの最後の方で見かけたんだって。それで今色々あるみたい」
その色々にはたくさんの意味が込められているのだと思う。必死に探しているのか。それとも取り乱して体調を崩したのか。吉岡先生がどうなったかわかるはずもないが、もし同じことが俺にも起きたら少なからず動揺するだろう。
それにしてもーー。
「その手の話、よく聞くよな。ループが始まる前までは聞いたことなかったのに」
「そーなんだよねー。ループの中で亡くなった人は実は生きてるって言ってる人もいるし。……根拠もないのにね」
根拠もない。確かにその通りだ。だって誰もわからないんだから。今地球がループして同じ時間軸を何度も過ごしていることが。
「この話はよそ? あんまり話してていい気分じゃない……」
「そうだな……」
幸乃が暗い顔をしたので、俺もこれ以上何も言わなかった。おそらく、今幸乃が思い出してしまったのは俺と同じだろう。
そのあとは特に何事もなかったように済まし、家まで一緒に帰った。いつも通り。ふざけ合いつつ。他愛もない話をしながら。