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While one World  作者: ナナ木
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金色の別れ

 権藤家の玄関には多くの人が集まっていた。


 といってもほとんど執事とメイドで、外から来ているのは俺と幸乃くらいなものだ。


 しかし、この家の執事とメイドが集まると相当な人数になる。玄関の外には長蛇の列が並んでいた。


「皆さん、お見送りありがとうございます」


 そう言ってヴィクトリアさんは深々と頭を下げた。


 今はメイド服ではなく私服。だが、その一挙一動がメイドのときの動きそのものだった。


 たくさんのメイドたちがヴィクトリアを中心に輪を作る。ヴィクトリアさんはこの中でも古株の方なのだろう。多くのメイドが慕っているようだった。


 中には泣き出すメイドまでおり、ヴィクトリアさんは少し困った顔を浮かべながらあやしていた。


 横にいる幸乃も必死に耐えてはいるが抑えきれていない。目元の涙が今にも零れ落ちそうだった。


 やがてメイドたちはヴィクトリアさんから離れると俺たちの後ろに下がった。すでにヴィクトリアさんの手には花をはじめとする多くのプレゼントでいっぱいだった。


 そこで今日初めてヴィクトリアさんと目が合う。


 その瞳はいまだかつてないほど、慈愛に満ちていた。


「ヴィクトリアざん」


 まずは幸乃が我慢できなくなったのかヴィクトリアさんにしがみつく。しばらくそのまあ泣きじゃくっていた幸乃の背を、ヴィクトリアさんは優しく撫でる。


 二、三ほど、小声で二人は話すと、幸乃が急に真っ赤になって怒りだした。ヴィクトリアさんも珍しく笑いながら、それを諌める。


 幸乃は頬を膨らませて怒っていたが、もう一度ヴィクトリアさんが抱き締めると、再び泣き始めた。


 先ほどまで微笑んでいたヴィクトリアさんも心なしか泣きそうに見える。それほどヴィクトリアさんは幸乃を可愛がってくれたのだと思う。


 しかし決してヴィクトリアさんは涙を見せることはなかった。


「嫌だぁ、ヴィクトリアざん! いなぐならないでぇ!」


 幸乃の嗚咽が響き渡る。その声を聞いて多くのメイドがつられて涙を零す。


 まるで葬式みたいだな。


 俺は一人だけ浮いているなと自覚した。


 おそらくこの中で俺が一番悲しんでないだろう。確かにヴィクトリアさんにはお世話になった。幸乃の面倒も何度も見てもらった。恩がある。ヴィクトリアさんが困っていたら間違いなく協力する。


 けど、ループすれば一年後に会えるのだ。一年の別れなど、長いようで短い期間。あっという間に過ぎる時間だ。


 出会いがあれば別れがある。人生生きていれば幾度となく起こり得るだろう。


 しかしこの世界での人生とは定数みたいなものだ。定まってまま変わらない。同じ一年で固定されている。


 本当の人生のように、環境が変わり、成長し、大人になっていくことはない。


 だからこそ多くの人が横の繋がりを大切にする。


 環境が変わらないということは、新しい人間関係も生まれにくいということ。自発的に動けばその限りではないが、実際にやった身としてはこの一言に収束する。


 飽きた……と。


 結局高校の同級生もほとんど変わらない。逆に新しく来たやつがいると、同じ新入生なのに転校生が来たみたいな盛り上がりをみせる。


 新しい環境で新しい友人を作っても半年で別れるのだ。そんなことを繰り返すうちに、多くの人が昔から交流のある友人で固まるようになった。そうして俺は遥人と何十年も共に過ごしている。


 だからこそ、だからこそだ。この横の繋がりが断たれることを人は極度に恐れる。


 結局は寂しい、という一言で済まされる感情だろう。しかし、この恐怖は生半可な覚悟で耐えられる衝撃ではない。


 俺も幸乃や遥人と別れてしまったら、今の幸乃のようにただ泣きわめく子どもに戻るだろう。


 つまり、俺にとってヴィクトリアさんは。


 取り乱してしまう程でもない、ってことなんだろうな……。


 薄々そんな気がしていが、実際に別れの場面になってもこんなことを考え、分析している。


 そんな自分に心底嫌気がさした。


「幸乃……そろそろ……」


 俺は未だヴィクトリアさんにしがみついて離さない幸乃の肩に手を乗せる。いつまでもそのままにしておくわけにはいかない。表にはタクシーが止まっている。ヴィクトリアさんにはヴィクトリアさんなりの事情があるのだ。


「嫌だぁ! 嫌だぁ!」


 泣き叫ぶ幸乃。


 俺はそれを見て損な性格だなと思う。


 自分のパーソナルスペースが広いやつほど苦しむのだ。苦しんで苦しんで苦しんで、辛い思いをするのだ。


 それがこの世。この世界。


 スペース内の人間かスペース外の人間かで区分する。誰しもが無意識にやっている行為が、ここまで顕著に現れるのは、こんな世界になったからだろうか。元々そうだったのか。俺にはわからない。


「幸乃……」


 少し強引であるが強めに引き剥がす。10時ここを出発すると言っていた。もうそろそろお別れの時間だ。


「プレゼント渡すんだろ? いつまでもくっついてたら渡せないぞ」


「わかってる……」


 まだ鼻を赤くしている幸乃は目元をこすり、俺が持っていたプレゼントを受け取った。


 幸乃と俺から。黒峰家のプレゼントである。


 幸乃が選んで幸乃が渡すが、これに俺たち二人で決めたプレゼントだった。


 幸乃がどうしても、というのでこれに決定したのだ。


「これ、私とお兄ちゃんから、です」


 大層な包装がされているわけでもなく、小さな紙袋のなかに入っているのは、黄緑色のシュシュだ。


 きれいではあるが、ある程度は使い古しており、所々に使用感があった。


 火事騒ぎのせいで俺たちもプレゼントを買うことはできなかった。家にあるものから探し、幸乃がこれが良いと言い切ったので、このシュシュに決定した。


 これは、俺たちの……母さんのものだ。


 いや、ものだった。


 母さんがいつも身につけていた形見。幸乃すら使わず、ずっと残しておいたものだ。


「これはもしかして……」


 とヴィクトリアさんもそのシュシュが何か気づいたようだ。


「いただけません。これはお母様の形見なのではないですか?」


「うん……」


 涙を拭いながら、幸乃は答える。


「ヴィクトリアさんに受け取ってもらいたくて。私と兄から。プレゼントこれしか浮かばなくて」


 気持ちを伝えようと必死になる幸乃。


「本当は何か買いたかったんですけど。買えなかったら。これにしました」


 そう言い切って幸乃は再度、シュシュをヴィクトリアさんに手渡した。


 渋っていたヴィクトリアさんも幸乃の一生懸命な気持ちに感化されたのか、そっと手を出して紙袋を手にとった。


 そしてシュシュを取り出す。


「今つけても?」


「もちろん!」


 手早く髪をほどくと、ヴィクトリアさんはシュシュで髪を結った。ブロンドに映えるポニーテールに、小さなアクセント。


 主張が強すぎない黄緑色のシュシュは、ヴィクトリアさんの髪色と絶妙にマッチしていた。


「どう……ですか?」


「とても……! とても似合ってます!!」


 目尻に涙を浮かべなら幸乃は笑う。髪色も髪型も体格も何もかも異なるヴィクトリアさんに、母親の姿を重ねたのかもしれない。


 ヴィクトリアさんは幸乃の涙を拭ってやると、そのままもう一度抱きしめた。


 最後に一度だけ。


 そんな熱い抱擁だった。


「そろそろ時間ですね」


 幸乃から離れると、時計を確認しながらヴィクトリアさんは遥人の方を見る。


「遥人様はなにかプレゼントはないのですか?」


 少しだけ、試すような口調でそう言うヴィクトリアさん。それはどことなくからかっているようにも見えた。


「もちのろん。あるに決まってるぜ」


 そう言って遥人は懐から手紙を取り出した。


 昨日寝る前に書いているのを見たが、内容まで知らない。遥人は手紙という限られた文章の中に何を込めたのか。


「手紙、ですか。もっと派手なものを期待してましたが」


 大げさに残念そうな素振りを見せつけるヴィクトリアさん。いや、もしかしたら本当に残念に思っているのだろうか。


 突拍子もない事を度々繰り返す遥人だ。とんでもないプレゼントを期待していたのかもしれない。


「ああ。今の俺の全ての思いをそこに書いてある」


「……それはまた大きく出ましたね」


「それを読むのはいつでも良い。好きなときに読んでくれ」


「今でも?」


「ヴィッキーがそうしたいなら」


 数秒逡巡したヴィクトリアさんは手紙をポケットの中にしまった。


「今はやめておきます。ここで読んでしまっては、実質遥人様からプレゼントを何ももらわなかったような気持ちになりそうなので」


「ははっ。手厳しいなヴィッキーは」


 皮肉交じりにヴィクトリアさんはそう言いつつも、手紙をしまったポケットを大事そうにさすっているのを隠しきれていない。


「けどよ。一年以内には読んでくれよ? じゃないと意味ないからな」


「……わかりました」


 一瞬顔が険しくなったように見えたヴィクトリアさんだったが、まばたきをするともとの表情に戻っていた。


「では。これで失礼します」


 お辞儀をして、ヴィクトリアさんはタクシーへと向かっていく。


 そのきれいに伸びた背筋と、左右に揺れるポニーテールが妙に印象に残った。


 ああ、そうか。ヴィクトリアさんとお別れか。


 周りが別れの言葉を叫んでいる中、俺は一人、ようやくヴィクトリアさんとの別れを実感していた。

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