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While one World  作者: ナナ木
22/33

遠い昔の夢

 俺はその日、昔の夢を見ていた。


 その日はいつもと変わらない日だった。


 本当にいつもとなんら変わり映えのない日常だった。


 ループして10年経ったことだっただろうか。段々とこんな生活にも慣れてきた頃合いだ。


 その日は月曜日。ああ、そう。休み明けの憂鬱で退屈な月曜日だ。


 俺はその日もだるく、学校をサボりそうになっていたが、幸乃に強制的に起こされてしまった。


 母さんが用意した朝食を家族全員で食べ、他愛もない話をして各々が会社と学校に向かった。


 うちの家庭は夫婦共働きのため、父さんは母さんを車で送って会社に向かい、俺と幸乃は一緒に登校した。


 だるさの眠気が混じった1限目の授業中、教頭先生が俺の教室に顔を出す。授業担当の先生と話すと、すぐに俺の名前が呼ばれた。


 ウトウトしていた俺は最初それに気づかなかったようだ。遥人に肩を叩かれ、よくわからないまま教頭先生についていった。


 そのまま付いていくと、応接室のような場所に座らされた。普段生徒は来ないような場所だ。物珍しさに俺は周りをキョロキョロしていたせいか、眠気はいつの間にか飛んでいた。


 しばらくすると幸乃も入ってくる。あれっと一瞬思った俺は頬がこわばるのを感じた。本能的に嫌な予感がしてしまった。


「二人とも落ち着いて聞いてほしい」


 幸乃が座ったことを確認した教頭先生はそう口火を切った。


「二人のご両親が先ほど交通事故にあったそうだ。今病院に救急搬送されている」


「えっ……」


 幸乃は声にならない声を出すと、手を口元にあてる。


 俺はどういう反応をしていたか、覚えていない。夢でもその辺は曖昧だった。頭が真っ白になって真っ黒になって真っ白になった。世界にただ俺一人しかいないのではないかという孤独さえ感じた。


 夢はそこで急に明転する。


 気が付いたら病院にいた。禍々しい機材につながれた父さんが見える。医療ドラマでしか見たことないような機械類が、父さんの周りを囲んでいた。そこが集中治療室だということはあとで知った。


 俺はその機械が全て死神に見えた。父さんをこの世から引きずりはがすために来たカラクリ仕掛けの死神に。


 医者の話はほとんど聞こえなかった。返答も俺や幸乃ではなく、引率した教頭先生がしていた。


 非常に危険な状態です、とかなんとか言っていたのかもしれない。しかし、そんなもの隔離された病室の中にこれほどの機械に囲まれていれば誰だってわかる。


「ぉ……」


 声にならない声が幸乃の口から溢れた。


「お、お母さんは?」


 人はこれほど弱った声を出せるのかと、幸乃の震えを見て、俺も体の震えを抑えることができなくなった。


 医者は眉間にしわを寄せた厳しい顔をしていた。その顔を見た瞬間、聞かなくてもわかった。


「お母さまは、すでに、亡くなられました。申し訳ありません。病院に運ばれたときにはもう我々の手では施しようがなく……」


 それっきり、周りの音は何も聞こえなくなった。


 そこで再び場面が切り替わる。


 今度は葬式をあげていた。あれから数時間後、父さんも亡くなった。父さんと母さんの二人同時に葬儀をあげている。


 呪文のようなお坊さんのお経を聞き、お焼香をあげた。作法なんて全くわからない。見よう見まねでたどたどしく動いた。

 

 式の準備はすべて父方の祖母が行ってくれた。祖母以外にできる人がいなかった、とも言える。だから完全に任せっきりとなってしまった。


 長い式が終わり、いよいよ火葬を行うことになった。棺に花をはじめとするたくさんの副葬品が入れられた。


 外に停めてある霊柩車に棺が運ばれる。俺はそれを他人ごとにように漠然と眺めていた。


 瞬きをすると火葬場にいた。すでに二人とも遺骨になっている。火葬場特有の匂いが鼻を襲った。


 そのとき初めて俺は、父さんと母さんが亡くなったことを自覚し、泣き崩れた。膝が地面に付き、頭の重さに耐えきれず、(こうべ)を垂れるように額が地面につく。


 床の感触がひんやりと伝わってきた。


 するとその床がたちまち崩壊していく。高い場所から落ちているかのような浮遊感に包まれていた。


 横には幸乃もいた。二人して手をつないでいる。俺が見ているのに気が付くと、笑顔を見せた。その笑顔は泣いていた。


 地面に衝突する直前、幸乃の手をこれでもかってほどきつく握りしめる。幸乃も同じくらい握り返してきた。小さく、柔らかい。そして何よりも熱い手だった。


 もう地面が目の前だ。落下の衝撃に怖くなった俺は、幸乃の手を握りしめたまま目をつぶった。


 衝撃に体が爆ぜる。


 そんな痛覚も何もない感覚を味わいながら目が覚めた。痛みはなかったが衝撃が頭から離れない。 


「嫌な夢をみたな……」


 覚醒したばかりで、視界はうすぼんやりとしていたが、記憶だけははっきりとしていた。どれも紛れもなく現実に起きたことだ。


 と言っても幸乃との心中は失敗したんだけどな。


 幸乃と一緒にマンションの屋上から飛び降りようとしたことは紛れもない事実だが、落下する前に止められてしまった。


 遥人の母親……華蓮さんにだ。


 俺と幸乃の心中自殺は未遂に終わった。


 あの後、祖母もすぐに亡くなり、いよいよ身寄りがなくなってしまった俺と幸乃は、しばらく権藤家にお世話になった。


 俺と幸乃が立ち直るまで。二人で暮らしていけるまで。本当に何から何まで面倒を見てもらった。


 そのお世話になった一人。ヴィクトリアさんとのお別れ。


 今日はその日だ。


「お兄ちゃん朝だよー」


 そう言いながら幸乃は俺の部屋に入ってくる。しかし俺が起きているのに驚いたのか、少しだけ上体をそらせた。


「お、起きてるし」


「俺だってたまには、起こされなくても起きてる」


「うそばっかし。いっつもあと五憶時間とか言ってんじゃん」


 寝ぼけてる間に俺はとんでもない時間寝る宣言をしていたらしい。五億時間って何年だよ。


 幸乃は起きてるのを確認すると「朝食冷めないうちにね」と言って下に降りていった。さて、起きるとしますかね。


 顔を洗い、着替えてリビングに向かうとすでに遥人は朝食をとっていた。


「おい、幸介。いっつもこんなうまい朝食食べてんのか。羨ましすぎるぞ」


「トーストにバター塗ってあるだけだろ」


 遥人の味覚は置いといて。


 キッチンにいた幸乃はフライパンを持ったままリビングに向かってくる。フライパンの上には三つ目玉焼きがあった。


 幸乃はヘラで器用に三等分すると、皿に置いてあったトーストの上に目玉焼きを乗せた。


「いただきます」


 俺も席について出来立て目玉焼きが乗ったトーストを口に入れた。ハフハフと息継ぎをしつつ、半熟の黄身がこぼれそうになるのを防ぎながらかぶりつく。


「醤油つけないの?」


「塩、胡椒だけで十分」


 もともと焼くときに塩、胡椒を軽くまぶしてあっただけに、それだけで十分うまかった。一枚目のトーストを食べていた遥人も目玉焼きを乗せたトーストをもう半分近く食べ終えていた。


「じゃあ俺も次は醤油つけずに食べてみるか」


 一枚目を速攻で食べ終え、遥人は二枚目を手に取る。一口が無駄に大きいだけに、食べるスピードが段違いだ。


「ちょっと! 幸乃の食べないでよ」


「えっ……。だめ?」


 お前のガタイでそんなつぶらな瞳向けても逆効果だぞ。


「だめ」


「じゃあ俺の食いかけをあげる」


「は? 普通に汚いんだけど」


「あ、はい。ごめんなさい」


 なんて、いつものやりとりだ。これこそが俺の日常なのだろう。


 さて。どうなることやら。


 今は幸乃も平常に見えるが、内心はそわそわしているはずだ。


 その証拠に遥人がいるのに髪が少し乱れてる。俺だけならそんな日もあるだろうが、遥人がいて寝癖を完璧に直さないなどありえない。


 ヴィクトリアさんがいなくなる。


 この世からいなくなるわけではない。それでも別れはこの世界では重く、悲しいものだ。


 襲うのはただの不安、それだけ。


 心配性なんてものでは説明しきれない不安感を拭うことはできない。この世界の別れとはそういうものだ。


 付き合いが長ければ長いほど、それは強く、硬い。


 しかしそれは同時に、焼入れを施した鉄のように、脆い。硬さと脆さは離しても離れない関係だ。


 俺はまだいい。恩義は感じている。尊敬もしてる。友人のメイドという、ほとんど赤の他人にもかかわらず、様々な感情を抱いている。


 でもその全てが。


 ーー幸乃ほどじゃない。


 この言葉一つで片付く。


 事足りる。


 なら俺にできることは幸乃を支えることだけ。


 幸乃は人見知りではあるが、仲の良い相手には結構強気な性格だ。勝ち気な部分さえある。


 それでもやはり別れには滅法弱い。


 だっていつだって別れは突然だから。


 突然の出来事に感情が渦巻き、悲しみとなって決壊する。それが幸乃の性格だ。


 おそらく今日幸乃は大いに泣くだろう。みっともないくらい泣くだろう。人目を気にせず大泣きすることだろう。


 だからこそ、ちゃんとお別れをしなければならない。


 また会いましょうと約束しなければならない。


 それが今日俺ができること。兄としてやらなければならない責務だ。


 今朝見た夢の内容を振り返りながら、その決意を新たにした。

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