プロローグ すべての始まり
すべての始まりは、日本時間で西暦2017年の7月21日午前0時付近から始まった。
その日に起きていた人も、すでに寝ていた人も、すべて記憶を保持したまま、1年前に時間が遡った。
違和感から始まった二回目の西暦2016年の7月20日はたちまち混乱に包まれた。
約3時間後、にわかには信じがたいがと前置きの後、時が1年遡ったと正式に国から発表された。世界中で同じことが起きているらしいとのこと。詳しい情報がわかるまで子供は自宅で待機していること。各企業は企業ごとの判断に任せるのとのこと。そしてとにかく落ち着いてくださいと強く言っていたのを覚えている。
混乱続きのその日は夜には少しだけ収まり、テレビもいくつか放送を開始した。できる限りいつも通りに過ごせるようテレビ局が放送しているのだろうが、どのバラエティ番組を見ていも乾いた笑い声しか出てこない。テレビはつけているが見る気にはなれなかった。
時計の針が午前0時をまわる頃には、それぞれ就寝する体勢に入っているものの、なかなか眠れない。次の日のことは考えないように、床についた。
翌日になって悪い夢から目が覚めると期待しても、昨日と変わらず静かな朝だった。
制服を着て、学校に向かい、先生たちの説明を受け、浮ついた気持ちで授業を聞き、休憩時間に旧友たちと話し、そして一日が終わった。
そんな生活が一週間も過ぎれば、少しずつだが落ち着きを取り戻していった。人間の慣れとは怖いものでだんだんといつも通りの生活を送ることができていた。
受験に失敗した人は再挑戦できると歓喜し、単に一歳若返ったと喜ぶ者もいる。とにかく今を生きようと努力し始めた。
しかしそれも再び時間を巻き戻されたことによって薄れていく。
三回目の西暦2016年7月20日は人類に十分すぎる絶望を与えた。予感がなかったわけではない。もしかしたらまた1年前に戻るのではないかという予感はあった。しかし実際に再び日付が2016年に戻れば誰しもが生きる気力をなくすのも無理はなかった。
そして新しく国から発表されたものの中には、さらに混乱を招くものが含まれていた。
それはこの1年の間に亡くなったものは時が遡っても生き返らないということ。
これは二回目の2016年のときにも言われていたが、三回目の2016年を迎え、二回目と三回目の間に亡くなった人が現在いないことから確定した情報だった。
また、それとは逆にこの1年間の中で新しく生を受けた赤ん坊も、時間が遡れば存在しなくなってしまうことも発表された。
そのため人類は新しく子どもが生まれることがなくなり、人口は減る一方だった。
悪循環はさらに加速する。
人殺しが海外を中心に多発し始めたのだ。犯罪率は今までの2倍以上に跳ね上がり、警察も手に負えない状態へと進んでいった。最初は小規模なものだったが、10万人以上をも死者が出る大事件となり、被害は甚大なものとなった。
日本も例外ではない。記憶に新しいのは東京タワー、東京スカイツリー同時爆発事件。都心に大打撃を与えたこの事件は、海外のテロ事件をまねた愉快犯であることが判明した。
そしてこのループ世界で厄介なのは、刑務所に収容しても2017年の7月21日には時間が巻き戻り、刑務所から出られることにあった。すぐに指名手配したとしても事件が未然に防げるとは限らない。そのため各国は法律を改めなければならなかった。
日本では、まず殺人は冤罪の可能性がないと断言できた場合、即刻死刑にするよう法律が改められた。裁判をする時間がない場合も同様だ。また例え軽犯罪であろうと過去に事件を犯した者は、行動が監視できようGPS端末の所持が義務付けられた。
街中には複数の監視カメラが増設され、徹底的な管理社会となりつつあった。最初は批判が相次いだものの、ループを繰り返すうちに必要な処置だと誰しもの納得していまい、今では街中に監視カメラがあるのは当たり前の世界になってしまった。
しかし悪いことばかりではなかった。
時間遡行が可能となった人類は無限の時間を手に入れたのだ。
時間が巻き戻る毎に今ある機械やシステムなどは古いものに戻ってしまうが、技術革新は止まることはない。
1年でループするということは、つまり寿命で死ぬことはないということ。
半不死状態となった人類の発展は言うまでもなかった。
そうして西暦的には2016年~2017年の間であるにもかかわらず、技術は近未来な世界が現在の地球だった。