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第三章 兎娘ふたたび

「超常現象研究会」

作・真城 悠



登場人物

高森藤一郎たかもり・とういちろう十七歳・男子・高校二年生 「超常現象研究会」部員

 本来帰宅部だが、何らかの部活動には参加していなくてはならない校則で適当に参加

氏家藍子うじいえ・あいこ十七歳・女子・高校二年生 「超常現象研究会」暫定部長

 妙に時代がかった口調で部を牽引する仕切り屋

古瀬やよい(ふるせ・やよい)十六歳・女子・高校一年生 「超常現象研究会」部員

 お調子者の女オタク。腐女子も入っているらしい

市原弘美いちはら・ひろみ十五歳・男子・高校一年生 「超常現象研究会」部員

 華奢で制服が無いと女の子に見える少年。

斉藤啓輔さいとう・けいすけ十八歳・男子・高校三年生 元「超常現象研究会」部員

 三年なので実質的な活動を終えて幽霊部員。かつての先輩に引きずりこまれた。

 実家の巨大な蔵の中に謎の収蔵物が大量にある?


萩原孝則はぎわら・たかのり十七歳・男子・高校二年生 古典部部長

 高森の腐れ縁。趣味で古文書を読みこなす


第二章までのあらすじ


 斉藤啓輔邸で発見された謎の秘宝。事故によって市原弘美が女体化してしまう。

 解決法を求めて奔走していた超常現象研究会員たちだったが、「女体化直後には、なるべく新品を完璧に女装させ、その後も女装させ続けることで元に戻る可能性を残す」ところまで分かったところで、今度は高森藤一郎までが被害に遭う。

 たまたま(?)部室に置かれていたコスプレ衣装たるバニーガールの扮装を着ざるを得なくなる女体化高森。無理やり着せられた上にメイクまでされ、鏡を見た瞬間余りのセクシー美女ぶりに気を失ってしまう。

 応急措置の続きとして氏家の女子高生の制服姿とならざるをえない。


 「古文書解読の報酬」として女装してデートをする羽目になった高森。

 すったもんだでバレてしまうのだが、解読そのものは了承してもらえた。



第三章



第一節


 目の前に「高森」の表札がある。

 若干緊張気味に呼び鈴を押す萩原。ピンボーン!という曇った音が聞こえる。

 しばらくしてガチャリとドアが開いた。

高森「よお。まあ入れ」

萩原「っ!!高森お前…」

 土足にならないように身を乗り出してドアを開けていた高森は、素脚がほとんど全て露出したホットパンツに白く無地のタンクトップ姿だった。

 健康的な肢体が逆になんともいやらしい。健康的なエロと言う奴だ。

 それよりも何よりもその頭だった。

高森「あ?これか?昨日床屋に行って来た」

 腰までありそうだった緑なす黒髪がばっさりとショートカットになっていた。

高森「とにかくうざいんだよ長い髪ってさ。暑いし、洗ったら乾かさにゃならんし…どうせすぐに戻るんだから切った」

 髪の毛が形成していた三角形のシルエットが無くなったことでよりその可愛らしい顔の造形が際立っていた。

高森「そんなところに突っ立ってないでいいから入れって」

萩原「お、おう…」

 女の子の声のままで気さくな男口調で喋るもんだから強烈な違和感だ。

萩原「お邪魔します…」



 居間。

 真ん中にソファと低めのテーブルがある。

 そこには注文通り大きな写真がプリントアウトされていた。

 あちこちに置かれている土産物の小道具らしきものが生活感を放っている。

 よその家に上がり込んだ時独特の妙な香りがする。

高森「悪いな。ウチまで来てもらって」

萩原「構わんが…」

高森「言って無かったがウチは猫いるぞ。大丈夫か」

萩原「俺も言ってなかったが猫は大好きだ。マンション住まいでなけりゃ飼ってる」

高森「なら大丈夫だな。サンシンがじゃれついてくるかもしれんが、どうしてもの時は言ってくれ。ケージに入れるから」

萩原「…サンシン?」

高森「猫の名前だよ。オスな」

萩原「何故サンシンなんだ」

高森「沖縄の親戚からもらったんだ。本当は『ジャビセン』って名前だったけど呼びにくいからウチに来る時に『サンシン』にした。楽器繋がりなんだと」

萩原「そうか…」

高森「いいから座れって!茶菓子と昼飯くらいは出すから」

萩原「あ、ああ…」

 ノートや古語の辞書が満載されたカバンを床に置く。


 A4用紙にプリントアウトされた古文書をめくりながら必死にノートに書きつけて行く。同時に辞書を2冊ほどひっくり返している。

高森「…どうだ?」

萩原「何とも言えん。この間は適当な訳だったからな。こりゃ本格的にやったら一生ものの仕事だ」

高森「おいおい」

萩原「慌てるなって。こいつは実用性を重んじてるからかなり分かりやすいだろう」

高森「そういうもんかね」

 ソファの上にあぐらをかいている美少女。ホットパンツからむき出しになっている脚がちらちら目に入る。

萩原「お前…その服って」

高森「古瀬やよいからぶんどった。あいつもちったあ責任感じて貰わんと」

萩原「…そうか」

 思わず「似合ってるな」と言いそうになって言葉を飲み込んだ。

萩原「あちこちに万葉仮名らしいものも混ざってるな…こいつぁ厄介だ」

高森「何だそれ」

萩原「ひらがなが無かったころに漢字を音読みで使ってたものさ」

高森「ひらがなって出来たのは平安時代だっけ?」

萩原「一応そうだが、自然成立しただけあって用法も数もバラバラでな。今の五十音が決まったのは明治時代だ。それまではめいめい勝手に使ってた。時の政府がややこしいから強引に統一させたんだ」

高森「…ってことは…この古文書って江戸時代だよな?」

萩原「江戸時代なのは間違いない。お前に解説してるヒマはないが、江戸時代以降でないと使われない漢字が大量にあるし」

高森「じゃあなんで「万葉仮名」とやらがあるんだよ」

萩原「俺は知らんよ。作者に聞いてくれ。単に格好つけてるだけなのかもしれんし…これが固有名詞なんだとしたら辞書じゃ分からんからお手上げだ」

高森「ふ~ん…何だか分からんが…まあ邪魔しない様に黙ってるよ。欲しいものがあったら言ってくれ」

萩原「ああ」

 しばし沈黙。

 すると、無音でとてとてと茶トラの猫が歩いてきた。こいつが「サンシン」らしい。

 ジェスチャーでショートカット美少女の高森が手招きする。

 ととっと早足になると、ソファの上に胡坐をかいている高森の脚の上に飛び乗ってきた。

 そしてくるりととぐろをまくとすやすや寝始めた。

萩原「…」

 羨ましい奴…とは言わない。言わないぞ!

高森「こいつ、寝てばっかりの愛想の無い猫だったんだが…昨日帰ってからはやたらにじゃれてくるんだよ」

萩原「…」

 ジト目になる萩原。確かこの猫はオスだったよな…。ご主人様が美少女になって帰ってきた途端にひっつくとは…現金な猫だ。

 ちらりと目を開けたサンシンと一瞬目があった。

 まるで「ふふん」と勝ち誇ったかの様な表情をして…少なくとも萩原にはそう見えた…再びすやすやと寝るサンシン。

 白魚の様な手がその頭を何度も撫でる。

 気持ちよさそうだ。



第二節


 ふと気が付くとエアコンがゴーッという音を立てている。

 外のうだるような暑さと見事にコントラストを描いた気持ち良さである。

高森「萩原…」

萩原「どうした?まだまだだぞ」

高森「悪いが、寝ていいか?」

萩原「眠いか」

高森「ああ眠い。ここ2日くらい精神的に振り回されてよ」

萩原「…だろうな」

高森「昨日も余り寝られんかった」

 高森の目がとろんとしている。ゾクっとした。

萩原「構わん。もう少し掛かる」

高森「すまん。氏家(藍子)や古瀬やよいが来るまであと1時間くらいはあるから」

萩原「…寝る前に簡単な質問していいか?」

高森「ん」

 どこからかタオルケットを取り出し、脚の上のサンシンを脇にどける。「ウニャッ!」と言った。

萩原「昨日はその…風呂には入ったのか?」

高森「そりゃな。汗だくだったし」

 想像して真っ赤になる萩原。

萩原「…抵抗…無かったのか?」

高森「仕方がねえだろうが…(眠そう)」

萩原「今その…下着も…女物か?」

高森「しつこいな…氏家にもらったパンツは履いてるが上はタンクトップだけだよ…」

萩原「じゃあその…」

 「ノーブラ」…と言いかけてやめた。目の前の美少女はお腹にタオルケットを掛けてすやすやと寝息を立てていたからだ。

 タンクトップの大きくえぐれた首元からは…豊かな胸の谷間が見える。

 …こりゃノーブラだ。間違いない。もしかしてあの胸の部分のぽっちりは…ち、ちく…。


 目を閉じた美少女の安らかな寝顔がそこにあった。

 中身の事を考えなければ天使みたいだ。


 この野郎…おのれの境遇も考えんと、育ち盛りの男子高校生を家に招いて目の前で無防備かつ能天気に惰眠をむさぼりおって…。

 何とも憎たらしい。

 自分の可愛らしさを全く自覚していないのが余計にムカつく。


 頭をぶるぶると振って、目の前の古文書解読に戻った。



~数分後~


「…あ…」

 びくっ!としてそっちの方を見る。

 寝返りを打った美少女…高森藤一郎の変わり果てた姿…が悩ましい表情で声を出しただけだった。


 こ、この野郎…っ!!


 とはいえ、無意識の事だから本人に悪気がある訳ではない。とはいえ、これではまるで悪魔…小悪魔だ。


「…ん…んん…」


 エアコンが効いているとはいえ、ソファにひっついていた背中が汗になるのか頻繁に寝返りを打つ美少女高森。

 大量の脂肪の塊…乳房がそのたびに大きくたわむ。


 …これじゃ生殺しだ…たまったもんじゃねえな…。




第三節


 カリカリと鉛筆を書きつける音が響き続ける。


高森「んあっ!」


 大きな声に思わず振り仰ぐ萩原。

 すると、仰向けに寝ている美少女高森の上に茶トラの猫…サンシン…が乗っかっているではないか。


萩原「お、おい!お前!」


 そんなことを言っても猫に通じるはずもないのだが、思わず言ってしまう。

 こりゃどうしたもんか…こいつの飼い猫だからいつもどういう風にコミュニケーションを取っているのか知らんし…。客人である俺が無理に引き離すのも違う気がする。

 お腹のあたりに腰を落ち着けたサンシンは、目の前の盛り上がった肉の塊を珍しそうに眺めている。


 そして…。

 右手…正確には右前足…を伸ばすと、それを「ぽよん!」と弾いた。


高森「あっ…」


 頬を紅潮させて悩ましい声を出す高森。


萩原「ちょ…おま!…」


 続けざまに両方の前足で両方の乳房を揉みまくる。


高森「あっ!あっ!あああっ!」


 短い髪を振り乱し、のけ反る高森。

 サンシンはそのままタンクトップの下から中に入り込んだ!


萩原「わああああっ!」


 思わず大声を上げてしまう萩原。

 服の上からではなく、『直接』ご主人様の乳房に密着して引っ掻きに行く猫。


高森「ぶわわああああああっ!」


 流石に飛び起きる高森。


高森「な、何やってんだこのスケベ猫があああっ!」


 うにゃっ!と一言鳴くとさっさとどこかに逃げてしまうサンシン。


 はぁはぁとその場で肩を上下させていたが、すぐに大きなお尻をソファに落とす。

 ショートカットの短い髪が乱れ、汗で一部が肌に張り付いている。


高森「全く…すまんな大騒ぎして」


 ふと気づくと目の前に萩原が仁王立ちしている。



第四節


高森「…おい、何だよ」


萩原「…」


 見下ろす様に立ち尽くしている。良く見ると目が「すわって」いる。


高森「悪かったってば。なあ頼むよ」


 明らかに少女の声なのだが、口調が男なので実に倒錯的だ。いや、そのガサツにも聞こえる調子が可愛らしさを増幅していた。


 突如覆いかぶさってくる萩原。


高森「お、おい!お前!」


 必死に引き剥がそうとする高森。

 よく見ると萩原はひょっとこのお面みたいに口を突き出している。


 抵抗虚しく背中からソファに押し倒されてしまう高森。


高森「バカヤロウ!何考えてんだ!オレは…男だぞ!」


萩原「うるさい!さっきから挑発的なことばかりしやがって!」


 それぞれの手を掴んでいた右手を離すと、大きく開いたタンクトップの胸のえぐれた部分に手を掛け、目一杯引っ張った。


高森「きゃあああああああーっ!」


 高森自身が信じられない様な甲高い声が勝手に出た。びりびりびりっ!とタンクトップは無残に引き裂かれ、大きな乳房が“ぽろりん!”とまろび出た。


高森「よせ!やめろ!」


 思い切り鷲掴みにされる高森の左胸。


高森「あっ…この…やめ…やめねえかこの馬鹿がぁ!」


 渾身の力を込めて萩原のお腹に足の裏を押し出す様に蹴り飛ばした。


萩原「うおっ!」


 引き剥がされた萩原はよろよろと後ずさり、テーブルに躓いた。

 テーブルの上に広げられていた紙や飲み物を散乱させながら派手にぶっ倒れた。




第五節


 高森は起き上がり、レスリング選手の様に前かがみに構えを取っていた。

 タンクトップは無残に引き裂かれ、残骸しか残っていない。ノーブラが災いして両方の乳房があらわになっている。


萩原「…」


 萩原の目の、野生のケモノの様な輝きはまだ失われていない。生物として、オスとして最後まで行かないと終わらせる気はなさそうだ。


 ふと見ると、高森の手に見慣れないものがあった。


高森「萩原。ここまでだ」


 ぜえはあと息が上がっている。だがその荒い息遣いもまた萩原を興奮させていた。


萩原「何だそれは…」

高森「今お前が必死に訳してる代物だ」


 まるで拳銃みたいに構えている。骨組みなのか木組みなのか、一応ハンドガンぽい形状はしているが全く正体不明である。


萩原「ふ…それでどうする」

高森「俺に撃たせるな。撃ちたくない」

萩原「確実に動作するかも分からん代物で脅しか?」

高森「俺は男だ。やりたきゃ女を探せ」

萩原「いいのか?そういう態度で。もう訳さねえぞ」


 弱気な古典文学オタクでしかなかったもやし男が別人の様に強気だ。


高森「貴様…親友にそういう脅しがあんのか」

萩原「うるせえ!テメエこそ女になった途端にめかしこんで男とデートなんぞしくさりおってこの変態が!」

高森「仕方がねえだろうが!こっちだって必死だ!」

萩原「それでも普通の男ならそんなことは出来ん。秘かに願望があったりするんじゃないのか?ええ?」

高森「…とにかく、お前とやる気なんぞ無い。いいから帰れ」

萩原「いいんだな?俺が訳さなきゃお前は一生女のままだぞ」

高森「古典を読めるのがこの世にお前一人だと思ってんのか?どうにかしてやる。帰れよこの変態」

萩原「お前に言われたくねえーーーーーっ!」


 飛び掛かって来た萩原に向かって引き金を引く高森。

 電撃めいたものを感じた…かどうか分からなかったが、ぶつかられたショックで銃が飛び、ソファに背中から押し倒されたことだけは分かった。



第六節


高森「…あ…」


 お腹の上が重い。

 馬乗りになられているらしかった。

 うすぼんやりと視界が回復してくると、萩原に見下ろされている。


萩原「…不発だったようだな」

高森「…その様だ」

萩原「その態度も気に入らねえ。男言葉使いやがって」

高森「何だよそれは…」

萩原「俺は昔から漫画やアニメの『オレっ子』に憧れてたんだ!」

高森「…はぁ?」


 そういえばこいつはオタクだったっけ…と思い出した。


萩原「それをこれ見よがしに見せつけやがって…」

高森「何だお前?オンナになりたかったのか?」

萩原「そういう訳じゃねえ!けど、そうでもあるというか…とにかくお前の『美少女ぶりを自覚してない男のマイペース』っぷりが許せん」

高森「訳が分からん」

萩原「まだ時間があると言ったな。女にしてやる。肉体的にじゃなく精神的にな」


 どうやら性転換銃は不発だったらしい。


高森「…そうかよ」

萩原「観念したか?」

高森「ああ。した」

萩原「どうしてそんなに聞き分けがいい?」

高森「こうなっちまったもん仕方がねえだろうが。こっちからリクエストいいか?」

萩原「悪いが経験不足でな。応えられるほどレパートリーがねえ」

高森「ちげーよ。高校生のガキにテクニック求めるかこのスケベが」

萩原「じゃあ何だ」

高森「…孕みたくない。ゴム使ってくれ」



第七節


 首を振る萩原。

萩原「経験不足だと言っただろうが。常に持ち歩いてなんぞいねえよ」

高森「オレが持ってる」

萩原「貴様…いつも可愛い女の子に囲まれてると思ったら…」

高森「可愛い女の子!?」

 それって氏家(藍子)とか古瀬やよいのことか?…とてもじゃないが性欲の対象にはならんのだが。一番なりそうな市原(弘美)は肉体的に男だし。

高森「財布の中だ。取って来てくれ」

 少し考えている萩原。

萩原「その手に乗るか!心配すんな!アフターピルでも飲んどけ」

 のしかかってくる萩原。

 両手で顔をガードする高森。

 むき出しになった両の乳房を下からすくい上げる様に鷲掴みにする萩原。

高森「っ!」

萩原「行くぜ」

 両手を広げて萩原の顔をマジマジと観ている高森の表情が目に入る。

 止めて欲しいと懇願する目でも、憎しみのこもった目でもない。

 大きく広がって興味津々という目だった。

萩原「…何だよ…?」

高森「…幸運の女神は俺が女になっても見捨てちゃいなかったらしい」

萩原「何を言ってる」

高森「頭を触ってみろ」

萩原「頭…?」

 手を伸ばすと、“わさっ!”とした束が触れる。

萩原「ああああああっ!」

 髪の毛がぐんぐんと伸び、生き物の様にのたうっている。

 目の前に翳した手が、白く長く美しく変形していく真っ最中だった。

 馬乗りを解除して、思わず立ち上がる萩原。

萩原「そ…そんな…これって…」

 乳首に違和感を感じる。

 次の瞬間には、乳首の下辺りに何かが入り込んでくる感触と共に丸く膨らみ、盛り上がってシャツを押し上げた。

萩原「あああああっ!」

 よっこいしょと起き上がる高森。

萩原「からだが…俺の…身体が…」

 ガニ股だった脚が内側に曲がって行き、膝同士が接触する。

 お尻が丸く豊かに膨らんでいき、同時になまめかしい脚線美が形成されて行く。

萩原「お、女…に…」

 ぱっちりとした瞳にナチュラルなまつ毛が長い。

 乱れて流れ落ちる黒髪の合間から色白の美少女の顔が覗いている。

萩原「あああっ!」

 両の手を下腹部に押し付ける。

萩原「待って!待って!ちょっとお!」

 男性器がぐんぐん縮んでいき、体内に収納されていった。そしてその存在はかき消えた。


 その場に茫然と立ち尽くしていたのは、ダサいオタクファッションに身を包んだ美少女であった。



第八節


 タオルケットを器用に結んで乳房を隠した高森が目の前に迫っている。


高森「…可愛いよ萩原。少なくともオレくらいにはな」


 相変わらず美少女声だ。


萩原「た、高森…これはその…」


 目の前にすっ!と近寄ると、右手を背中側に回して上から下に“つつーっ”と撫でてやった。


萩原「っあんっ!」


 身をよじって嬌声を上げると、力なくその場にへたり込んでしまう。


高森「どうだ?オンナになった気分は」

萩原「…あ…あ…」


 高森が見下ろしている。


高森「ふん…とりあえず今日のところは勘弁してやる。いいから脱げ」

萩原「へ?」

高森「可愛らしい表情してんじゃねえ!いいからすぐに女装するんだよ!元に戻れなくなるぞ!」

萩原「…っ!そんな!」

高森「お前がそう訳したんだろうが!忘れたのか!いいからすぐに脱げって!」


 高森はボタンのついたシャツを左右に引っ張ろうとする。


萩原「いやっ!」


 両手で抵抗する萩原。


高森「あのなあ。こちとら痴女じゃないんだって。慈悲深くも自分を手籠めにしようとした男に対して、元に戻れるように取り計らってやろうってんじゃねえか。いいから脱げよ!」

萩原「お、女物なんか着ないぞ」

高森「(ため息)これが都合がいいことに昨日古瀬やよいが置いてったコスプレ衣装があんだよ。新品の。だから大丈夫なんだって」

萩原「こ、コッスプレぇえぇぇ!?」

高森「お前オタクなんだろうが。いいから早くしろって」


 無理やりシャツを引っ張る上半身をタオルケットで隠した女。


萩原「きゃあああああーっ!」


 抵抗するもんだからボタンが千切れ飛んでしまう。勢いよく発育のいい乳房がぽろりんした。

 渋い顔をしている高森(ショートカット美少女)。


高森「まるで俺が襲ってるみてえじゃねえか…。ええい!このまま戻れなくても寝覚めが悪い!いいから一気に行くぞ!」

萩原「いやあああーっ!やめ…てえええーっ!」


 バタン!と勢いよく扉が開く。


やよい「どーもー!やってまいりましたーっ!」


高森&萩原「「あ…」」


 そこにはお互いに服を脱がし合っている様にしか見えない半裸の美少女二人がキャットファイトをしている地獄絵図…ある意味天国…みたいな光景があった。


やよい&藍子&市川「「「あ…」」」


 お互いに固まった。




第九節


高森「…とまあ、そんな訳だ」


 また氏家藍子の私服を拝借する羽目になっている高森藤一郎だった。

 今度は薄緑色のTシャツに、白いミニスカートである。…スカートは嫌だと抵抗したのだが、氏家藍子はそれ以上私服でパンツルックは持っていなかった。

 ちなみに今はちゃんとブラジャーもしている。


萩原「…」


 両手を顎に乗せてニコニコしている古瀬やよい。見た目は可愛いんだが…。


やよい「先輩、サンシンいないの?」

高森「その辺うろついてるんじゃねえの。女の客が来るとすぐに来るから」


 …と、言ってる内にとてとてやってきた。本当に現金な猫だ。


やよい「きゃーサンシン!元気だったーっ!?」


 男の客だと嫌がって近づきもしないのに、やよいの膝に「ぴょん」と飛び乗ってくるサンシン。

 くるりと丸まって膝の上でくつろぎ始める。


高森「ということで、元に戻るための研究をより熱心にしてくれることになった。そうだよな?」

萩原「…」


 うにゃっ!とサンシンが何かに気が付くと、じたばたし始める。


やよい「あれ!?どしたのサンシン。あたしの膝じゃイヤ?」


 うにゃにゃにゃにゃにゃっ!

 …どうやら萩原に向かっているらしい。


高森「どうやら新しい女の客に興味津々らしいな」


 余裕なのかニヤニヤしながら言うショートカットの巨乳美少女。


やよい「駄目よー。しばらくはね~」


 優しく押さえつけるやよい。


やよい「電線しちゃうから」

萩原「…で、いつまで応急措置やればいいんだ?」


 こめかみの青筋がひくひくしている。


高森「さーな。しばらくそのままがいいんじゃねーの」

藍子「えっと…に、似合ってますよ…はは…」

 ひきつった笑顔の氏家。

市川「セクシー…です」

 こちらも普段着で可愛らしく着飾っている市川が赤くなっている。


 そこには、毒々しいほど濃いメイクに彩られた真紅のバニーガールがいた。

 …萩原孝則の変わり果てた姿である。



第十節


萩原「…意外に暑いなこれ」

やよい「でっしょ~?肩とか首回りは寒いけど、その下って素肌部分が無いから案外温かいんですよ」

高森「着たことあんのかよ」

やよい「まあ一応」

 照れながら言う。

 しかし、“裸よりも恥ずかしい”セクシー衣装の女が至近距離にいるのは、生まれつきの女である氏家(藍子)や古瀬やよいにとってもある意味「目の毒」だった。


高森「しっかし、初めて客観的に見たけど…スゲエ格好だな」


 あくまでガサツな口調なのが余計に印象的な薄緑色のシャツに白いミニスカートのショートカット巨乳美少女高森。


萩原「…」


 直前によりによって親友を手籠めにしようと理性を失った手前、余り大きなことが言えない。

 とはいえ、うなだれると長い髪が露出した首や肩をなぶり、イヤリングがちりちりと耳元で音を立てる。

 そして目に入ってくるのは血の様に鮮やかな色のハイレグ形状のバニーコートと、そこに入り込んでいくなまめかしい網タイツの模様である。

 それが自分の身体というのが…。


高森「良かったな。念願かなって」

萩原「…」


 反論できない。高森は動物的なカンで「これ以上追い込まん方がいいな」と思った。


 説明するまでも無く、女に変身してしまった直後に超常現象研究会一同が部屋に入ってきたので、その流れで「完全女装」させたのである。

 まるでメイクアップアーティストみたいな腕前を持つ古瀬やよいがあっというまに「じゃがいもみたいだったダサい年頃の男子高校生」だった存在を「セクシー美女」へと変貌させていた。


やよい「にしても良かったわ~。新しいバニーちゃん準備しといて」

藍子「そうね…」

高森「オレの時と何が違うんだ?」

やよい「先輩が着たのは黒!でもって今度は赤!全然違います!」

 嬉々として主張するやよい。サンシンを抱いたまま。

やよい「やっぱバニーは黒もいいけど赤もいいよね~(ニコニコ)」

高森「参考までに聞くが色が違うだけだよな」

やよい「バニーと言えば黒を連想されるでしょうけど、これは元祖バニーガールの発祥したクラブの制服ですね。実は当時はそんなにハイレグでもなくて、しかも網タイツじゃなかったらしいんですけど、ともあれそこからです。黒は中でもベテランというか地位の高いバニーさんが着るそれで、ステータスなんですよ!」

藍子「バイトリーダーみたいな感じかしら」

やよい「そっそ!そんな感じ」

高森「で、赤は?」

やよい「ぶっちゃけ、黒とそれ以外って感じだけど、実はイラストに描いたりする時って真っ黒の衣装って描くの難しいんですよ。写真でも潰れちゃうことが多くて。なので私は赤が好きなんです!色合いの鮮やかさもいいし、肌の色とのコントラストもバッチリ!これが青だと何か特別な感じっぽ過ぎるし、白や黄色だと下着かレオタードみたい。金色とか銀色はわざとらしいし…ピンクも何かだし、緑はレアすぎて」


 手を挙げる高森。


高森「あ…もういいや」

やよい「もう一つだけ!バニーのアイテムは全てのパーツを同色に揃えるのが基本です!バニーカチューシャ…うさみみね…や蝶ネクタイもそうだけど大変なのはハイヒール!これは別売なことがほとんどだから同じ色を探すのに本当に苦労しました!」

藍子「古瀬…もういいから」



第十一節


高森「話を戻すが、これで萩原も立派な関係者だ。真面目に元に戻る方法を研究してもらわんとな」


 勢いよく手を挙げるやよい。


やよい「はいっ!先輩!」

高森「…何だよ」

やよい「高森先輩はこの間の黒バニーちゃんもう着ないんですか?」

高森「男に戻れなかったとしても一生着ねえよ」

やよい「えーなんでー」

藍子「古瀬はどうして着せたがるの?」


 立ち上がるやよい。


やよい「実はですね…私は皆さんの手前、腐女子みたいなことを言ってましたが、実は百合スキーでもあるんです…。元男同士の黒と赤のバニーちゃんがいちゃいちゃ…ってなことを想像しただけで…ぐへへへへ」


 全員で無視して話を続ける。


高森「…ということで頼んでいいよな」

萩原「…そうだな」


 どこからか持ってきたメガネを掛け直す真紅のバニーガール。メガネのバニーガールというビジュアルは余り見かけない。バニーガールそのものも日常生活に余り縁は無かったのだが。

 くいっとメガネの中心のツル部分を指で押し上げるバニーガール。その指に乗った真紅のマニキュアが鮮やかだ。


萩原「何とかやってみる」


 ぶはっ!と噴き出してしまう氏家藍子。


高森「おい!失礼だろうが!」

藍子「ご、ごめん…でもなんかそんな恰好で渋く決めてるからおかしくて…」


 腹を抱えてひーひー言っている。


萩原「…と、言いたいところなんだがちと重大な知らせがある」



第十二節


やよい「あーくったくったー」


 ぽんぽんとお腹を叩いている。


藍子「デリバリーピザをね」


 テーブルの上にはボードゲームが広げられ、床にはピザの空き箱が散乱している。

 十分にえさをもらっているはずのサンシンが箱をぺろぺろ舐めている。


やよい「じゃ、そういうことでまた明日ー!」

藍子「失礼します」

市原「お邪魔しました」

高森「おう」


 送り出すと外はもうすっかり暗い。

 白のミニスカートを翻して部屋に戻る高森藤一郎。

 居間では、萩原が写真を眺めていた。


高森「いいのか?お前、バニーに未練があったっぽいぞ」

萩原「…いい」

高森「なんなら俺らちょっと出かけてお前一人になってみるか?」

萩原「いいって」


 萩原は着替えていた。

 この現象に見舞われた男は、まず「応急措置」として誰も着たことが無い新品の女物で「完全女装」しなくてはならない。

 応急措置が終わった後も、基本的には女装をし続けなくては元に戻れなくなる…ということだった。


 バニーガールの衣装は観る側が華やかであるのは間違いないが、高いハイヒールを始めとして、細かい作業に不向き極まりない長い爪や、身長感覚がおかしくなるうさみみことバニーカチューシャなど「普段着」としては余り良くない。


 雰囲気を和らげるために始めたボードゲームをやっていても、どうしてもバニーガールが視界に飛び込んできて笑ったり困ったりしてしまうのだ。

 厄介なのは、当の本人は自分自身を客観的に観られないためにきょとんとしていたりすることだ。


 しばらくしてから「もう少しまともな恰好」に着替えることになり、すったもんだの挙句、またもや氏家藍子の「制服」の出番となった。

 そう、萩原はウチの高校の制服に身を包んでいたのだ。女子の。



第十三節


 華奢な身体で布団をかついで二階から降りて来るショートカット巨乳美少女こと高森藤一郎。


萩原「あ…すまん」

高森「もういいって。…うちには客間とか無いから居間で寝泊まりしてもらうが…いいよな?」

萩原「贅沢なんぞ言わん」


 バニースタイルは論外として、萩原もまた今の有様では実家に帰ることなど出来ない。色々考えた末、両親が旅行中の高森家に宿泊することに落ち着いた。

 ばさりと敷布団を広げ、適当に枕とタオルケットを放り出す。


高森「じゃーこれでな。俺はもう疲れたんで寝る。夜食が欲しかったら冷蔵庫のもん適当にあさってくれ」


 高森は着替えた薄緑色のシャツに白いミニスカートスタイルのままだ。はっきり言って猛烈に可愛い。


萩原「…藤一郎…お前その…可愛いな」

高森「お前もな」


 即答する高森。


萩原「お前なぁ…」

高森「他ならぬお前一人しかいないから言うけどよ。そりゃ気付いてたさ。自分の外見くらいな。お前みたいなオタクには半裸でうっふんやるよりも短パンで『おーっす!』とか言ってる方がムラムラさせるのも何となく気付いてた」

萩原「…」

高森「ミニスカート気になるか?中身見せてやろうか?ほれほれ」


 前方向からめくり上げる高森。


萩原「お、おい!」


 指のスキマからしっかり見ている。

 そのスカートの下にはホットパンツがあった。


高森「スカートとしては反則かもしれんが、ホットパンツだって立派な女物だ。ルール違反にはなるめえ」

萩原「たくましいなお前は…」

高森「そんな可愛らしい制服姿で何をほざきやがる」

萩原「…っ!」


 思わず自分の身体を見下ろす萩原。

 かあっと赤くなる。



第十四節


高森「俺は男女共用パジャマがあるんでそれで寝るけど…お前、制服で寝るか?苦しいだろ」


 そう言われると、スカートのホックやら何よりブラジャーの拘束感が蘇ってくる。

 見下ろすと、布団の上に「とんび座り」をしている女子高生のボディの周辺をプリーツスカートが丸く広がっていた。可愛い。


高森「そのまま寝たんじゃ折角借りた制服がしわになっちまうぞ。第一苦しいだろ」

萩原「…女ってさ、寝る時これ外すのかな」


 盛り上がった大振りの胸をつんつんする。

 「ブラジャー」と口に出して言うのが恥ずかしいらしい。


高森「古瀬やよいによると外すらしい。つーかあいつ寝間着置いてったぞ。ほれ」


 ガサゴソとその辺においてあった紙袋を漁って中身を放る高森。


萩原「わわっ!」


 握りこぶし大に丸まっていたそれは、空中でぶわりと大きく広がり、ふちの刺繍の美しさと光沢を見せつけた。…何故か真っ黒である。


萩原「な、何だよこれ…」

高森「えっと…ナイトガウンがどうこう…あ、あれだネグリジェ」

萩原「ネグリジェぇえ!?」


 手に取って肩紐から両手で吊るす萩原。確かにキャミソールワンピース形状の女物の下着みたいなそれがそこにはあった。


高森「パンツいっちょでそいつを羽織って寝れば寝間着だ。確かに楽そうだな」

萩原「黒って…なんでマダムみたいな恰好せにゃならんのだ…せめて白とかピンクとか…」

高森「観念しろよ。じゃまた明日な」


 階段に一歩踏み出す高森。


高森「あ、そうそう」


 こちらだけ見ている。


高森「二階に襲いに来るなよ?」



(第四章に続く)


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