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第二章 女体化デートはこりごりだ

「超常現象研究会」

作・真城 悠



登場人物

高森藤一郎たかもり・とういちろう十七歳・男子・高校二年生 「超常現象研究会」部員

 本来帰宅部だが、何らかの部活動には参加していなくてはならない校則で適当に参加

氏家藍子うじいえ・あいこ十七歳・女子・高校二年生 「超常現象研究会」暫定部長

 妙に時代がかった口調で部を牽引する仕切り屋

古瀬やよい(ふるせ・やよい)十六歳・女子・高校一年生 「超常現象研究会」部員

 お調子者の女オタク。腐女子も入っているらしい

市原弘美いちはら・ひろみ十五歳・男子・高校一年生 「超常現象研究会」部員

 華奢で制服が無いと女の子に見える少年。

斉藤啓輔さいとう・けいすけ十八歳・男子・高校三年生 元「超常現象研究会」部員

 三年なので実質的な活動を終えて幽霊部員。かつての先輩に引きずりこまれた。

 実家の巨大な蔵の中に謎の収蔵物が大量にある?


萩原孝則はぎわら・たかのり十七歳・男子・高校二年生 古典部部長

 高森の腐れ縁。趣味で古文書を読みこなす


第一章のあらすじ

 斉藤啓輔邸で発見された謎の秘宝。事故によって市原弘美が女体化してしまう。

 解決法を求めて奔走していた超常現象研究会員たちだったが、「女体化直後には、なるべく新品を完璧に女装させ、その後も女装させ続けることで元に戻る可能性を残す」ところまで分かったところで、今度は高森藤一郎までが被害に遭う。

 たまたま(?)部室に置かれていたコスプレ衣装たるバニーガールの扮装を着ざるを得なくなる女体化高森。無理やり着せられた上にメイクまでされ、鏡を見た瞬間余りのセクシー美女ぶりに気を失ってしまう。

 応急措置の続きとして氏家の女子高生の制服姿とならざるをえない。

 元に戻る方法が書かれている古文書をよみこなせる萩原に要求を飲ませるしかなさそうだが…。



第二章



第一節


 こめかみにビキビキと青筋を立てている美少女。

 白を基調とした爽やかなスタイル。足元まで続く長くふわりとしたスカートに柔らかい色の上着。腰まである長く美しい髪が光沢を放っている。

 大きなつばの帽子を頭に乗せている。

 爽やかな雰囲気に似合わない巨乳である。


 思わず声を掛けようとしてしまう男もいたが、殺気を感じ取って離れて行く。


高森「(モノローグ)…どうしてこうなるんだ」


*****

やよい「ってことで、ひろみちゃんが体調崩しちゃったらしいの」

高森「へーそうかい」

 ジト目で棒読みの高森。女子高生の制服姿が似合っている。

やよい「先輩、デートで着られそうな服持ってません?」

藍子「そうねえ…全く無い訳じゃないけど…」

やよい「それ貸して下さい」

高森「何に使うんだよ。お前にゃ似合わんよ」

やよい「…高森先輩はそろそろ女言葉覚えた方がいいですよ」

高森「やかましい」

やよい「…っつっても無理か」

高森「しかしお前にしちゃ殊勝な心がけじゃんか。荻原とのデートしてくれるんだろ?」

やよい「まさか!するのは先輩ですよ」

高森「だ、そうだ氏家。頼むぞ」

やよい「なーに言ってんですかせんぱーい!」

 にっこにこのやよい。

やよい「デートするのは先輩の方です。高森先輩」

 一瞬沈黙。

高森「…すまん。良く聞こえなかったんでもう一度いいか?」

やよい「だから、先輩が気にするのはちゃんと避妊することで」

高森「おい!」

 やよいに掴みかかろうとする高森の前に藍子が割り込む。

藍子「まあまあとうくん。落ち着いて」

高森「これが落ち着いていられるか!何で俺が男とデートすることになってんだよ!」

 ちょっと考えている藍子。

藍子「ん~でも最初にデートを報酬にしたのはとうくんだよね?」

 一瞬ひるむ女子高生姿の高森。可愛い。


*****


萩原「あの…すいません」

高森「きゃっ!」

 反射的に驚いて飛び上ってしまった。

 そこには、チェックのシャツをズボンに総インしている目一杯オシャレした積りなんだろうが、オタクのコスプレみたいなことになっている荻原がいた。

荻原「高森…藤一郎の従姉妹いとこの方ですよね?」



第二節


藍子「上手く行ってるみたいね」

やよい「男の子同士だから趣味は合うでしょ」

藍子「それもどうかと思うけど」

やよい「あたし的にいうと、別に先輩は性転換する必要は無かったかなーとか」

 オタクの素養がある人間がそばにいたら「腐女子は黙ってろ!」と一喝するところだが、氏家は腐女子ではないのでスルーだった。

 少し離れたところで隠れて様子を見守っている部員二人娘。私服であるが、二人とも動きやすいパンツルックである。

 オタクを自称するやよいのスタイルは、恰好だけ見れば不可解おかしくは無いはずなのだがどこかコスプレめいている。

藍子「あんたその恰好って…何かの扮装なの?」

やよい「あ、バレました?とある格闘ゲームの女の子キャラの衣装です。ボーイッシュなホットパンツにニーソだから絶対領域ありありですよグヘヘ」

藍子「はあ…」

 楽しそうに擬音まで口に出すやよいに引き気味の藍子。

やよい「しかも普段着でも通るギリギリのラインだから公序良俗にも反してませんえっへん」

 やよいは素材は悪くないので可愛らしいが性格が腐っている。腐女子的な意味で。

藍子「あ、動いたよ」

やよい「それにしても女体化翌日にはおめかしして親友とデートなんておいしいですなぁ。ラノベみたい」

 二人の後を追って歩く二人娘。

藍子「…さっきからあんたの言ってることが九十パーセントくらい分かんないんだけど」

やよい「あ、気にしないでください。あたしは気にしませんから」



第三節


萩原「いやー何だかすいませんねえ。駄目元で言ってみただけだったんですけど」

高森「…はい」

 日光避けの大きな帽子で視線を避けようとするが、顔が真っ赤になって胸がドキドキしてしまう高森。

萩原「で、どこに行きたいですか?」

 …成り行きで引き受けたけど、…これは結構シャレになってないぞ。

 人としてやってはならんことをやってしまってるんじゃないか?

 幾ら長くても気になるスカートの頼りない感触が下半身をなぶる。

 いや、正確にはほぼ何も感じられない。パンティ一丁で素っ裸みたいな感触だ。かろうじて前後の脚の動きで垂れ幕みたいなスカートが触れるくらい。あと自分のお互いの素脚同士。

 ズボンの場合は良くも悪くも下半身をがっちりとホールドしている。

 膝の部分は膝に当たってるし、社会の窓の内側は下腹部に当たり続けている。

 スカートはそうではない。余りにも融通無碍である。

 どこの部位がどの部分の内側に当たるなどと割り当てられている訳ではない。というか割り当てなど不可能だ。何しろ腰周りしか身体に接しておらず、後は垂れ下がるに任せているんだから。

 昨日も履かされたが、内側で脚をクロスしても問題ない衣類なんて男には想像も付かない。


 デートでめかしこまされるにあたって、呪い殺すくらいの勢いで長いスカートにさせたがスカートってのは長くても短くてもその根本の感触は変わらんなあ…と思った。


萩原「あの…大丈夫ですか?」

高森「えっ!?…はい」


 やっぱり無理だ。まともに会話なんて成立しない。ええい!ブラジャーがキツい!高森が巨乳を隠そうとして一回り小さなのばかり買ってるからこういうことになるんだ。


荻原「じゃあ…適当なショップに入りましょう。折角の秋葉原なんだから!」

高森「…はあ」



第三節


 極彩色に彩られた…といっては大げさだがカラフルな漫画やら小説やら雑誌やらが目の前に展開する。

萩原「どうです?ここは単純な冊数だけで言えばナンバーワンではないですけど、品ぞろえの確かさは秋葉原でも屈指ですよ」

高森「…はあ」

 生返事ばかりで、「報酬」に見合う楽しさを提供出来ているとは到底思えないが、こちらはこちらで精一杯である。

 そもそも自分が「報酬」としてデートするに値するほど女として見栄えがいいのかどうかも…正直良く分からん。

 氏家の服と古瀬の着付けでそれなりのものになっているとは思うし、鏡を見る限り自分の元の姿が重なって気持ち悪くはあるが、素直に見れば…まあ見られんことは無い程度にはなっていると思うが…。

 かといってデートして楽しいかどうかは別問題だろう。

 無愛想な絶世の美少女と、愛嬌のあるちょいブサイクとどっちがデートして楽しいかは分かりやすい部類だと思うが。

荻原「この作品はこの頃アニメ化されましてね」

高森「そうなんですか」

 知らんっつーに。

荻原「織田信長が女の子だったら…という荒唐無稽な設定ですけど、歴史的な出来事はしっかり調べてあってスゴイです」

高森「へえ…」

 やっと人間らしいリアクションが少し出た。

荻原「高森さんって歴史に興味はおありですか?」

高森「…そんなには…」

 人並みだよ。お前ほどは知らん。

萩原「やっぱり食べ物とかですかねえ」

 萩原の方も自分のフィールドということもあってかやっと緊張がほぐれてきたみたいだ。

 それにしてもデートで本屋…というかオタクショップというのは男として余りにも不用心だ。…まあ、悪人ではないと言うことは知っていたが。

高森「歴史はお好きなんですか?」

 精一杯トゲが出ない様に発声してみた。これが限界だ。

 単なる丁寧な敬語であって、女言葉じゃないからな!

 萩原がメガネの真ん中をくいっと上げる。

萩原「…そうですね。(きりっ!)少し好きです」

 なんつー分かりやすい奴だ。ジト目になる美少女。


 従姉妹いとこという体裁にしたので苗字は同じままだ。「〇〇子」は嫌だった。かといって「あきら」「つばさ」「まこと」みたいな「男の子っぽいけど女の子にもある名前」もワザとらしい。

 「ひろみ」は部員にいるし、「××美」も男女共通でどうにも。

 仕方が無いのでどっちともとれる「ゆう」にした。漢字は考えるのが面倒なのでひらがなで。


 …どうして世を偽る女名前を考えなくてはならんのか。


 どうにか深くなりそうな歴史談義をひらりとかわしつつ各フロアを回って行く。

 冷静に考えればその様子を部員どもに見物させているってのは、物凄く手の込んだ羞恥プレイではないか。

 氏家は自分の服の行方もあって比較的冷静だろうが、重度のオタクである古瀬やよいは間違いなく面白がっているだろう。


萩原「えっと…まあ、この辺は適当にね…あはは」

 順番に見て行く関係で、何とコスプレ衣装が陳列されているフロアに出てしまった。

高森「と、とりあえずここを突っ切らないとあちらのエスカレータにたどり着けない構造みたいですね…」

 明らかに動揺している萩原。

 まあ、同年代の美少女…ということにしてくれ…を連れてコスプレコーナーを回るとなれば「やらしいこと」に想像が及ばない訳が無い。

 こいつも人並みに動揺してるってことか。


 …って、もしかして俺に動揺してんの?


 高森は不思議な気分になった。

 こちとらなりは女だが、中身は完全に男だ。

 神秘的なことなんぞ何もありゃせん。そりゃ、いかにも持てないオーラが出てる萩原がオクテなのは理の当然ではある。女をある種幻想で観てしまうのも分かる。同年代の男として嫌と言うほど共感するぞ。

 高森は幸いにも相手が女と言うだけでそれほどあがらない体質だっただけで、女性経験の乏しさはこいつとそう変わらん。


 一つの人格がこっちの挙動ひとつでおどおどしたりするのは…なるほどこれはちと楽しいかもしれん。


 高森は敢えて立ち止った。

萩原「…?高森さん?」

 ちらっと視線を送る。やっと余裕が出てきた。次の瞬間には直接空気に触れてパンティ一丁の下半身の感触が襲ってくるのを意識してしまうだが。

高森「ちょっと見てもいいですか?」

萩原「えっと…あの…」

 萩原の奴動揺してやがる。これは面白いや。

 特に他意無くエスカレータへの道を外れて店内を散策する。

 うだるほど暑い外気から遮断されて店内はどこもかしこも冷蔵庫の中みたいに冷房を効かせている。よほどオタクが汗臭いのか知らんが、エアコンの空気に香料みたいなものが混ざりこんでいるのか、何とも独特の匂いがする。

 決して不快な匂いではない。むし清清すがすがしいくらいだ。

 ただ、トイレの芳香剤がいい匂いにもかかわらずトイレを思い出させる様な効果があった。


 歩く都度長い髪が重苦しく揺れる。

 これは…暑い。

 いや、“暑い”んじゃなくて“熱い”。


 真っ黒で大量の髪は炎天下で熱を吸取って保持していた。

 帽子で日光を防いでいなかったら更なる発熱物質と化していただろう。

 隠された耳周りや首にしっとり汗をかいている。


 こりゃ髪の長い女にとって夏は地獄だな…と思った。現在は他人ごとではないんだが。


 店内をあちこち見て回ると、どうやらアニメの登場人物の衣装らしいものが次々に見つかる。

 原色でくっきりしていて生活感が無い。

 いかにもな女子高生の制服っぽいそれもあるのに、どこか安っぽくてオモチャみたいだった。

萩原「あの…高森さん?」

高森「あ、ゴメンゴメン。でも、面白いから」

 高森は特に女性的なイントネーションを意識せずに言った。実際そう思ったからだ。


 ふと見ると萩原のうさんくささを十倍増幅した上に思い切り太らせた様なのがハンガーを物色している。

 別に商店で商品を物色するのは普通なので一向に構わんのだが、問題はそのむさい男が漁っていたのが「メイド服」だったことだ。しかも特大サイズの。


萩原「高森さん…こっちに」

 何故か手招きしている萩原。

高森「?」

 敢えて動かずに困らせてやる手もあったんだろうが可哀想なのでここは従う。

高森「どしたの?」

萩原「その…ここはもういいよ。行こう」

 どうしてそんなにかすのか。

高森「なんで?もう少し見たい」

 高森は自分で言っていても男を惑わす小悪魔みたいだと思ったが、実際珍しいのでもう少しは見て回りたかった。

 オタクに縁遠い一般人としてコスプレ衣装がずらりと並んだ店なんぞ珍しくて仕方が無い。

萩原「その…もう少し一般的なコスプレショップの方がいいよ」

高森「一般的?」

 別に小首はかしげないが思わず訊き返してしまった。

 萩原はひそひそ声で言う。

萩原「ここはその…今はアニメやゲーム系のコスプレも扱ってるけど、母体はそっち系なんだ。だからその…」

 言いにくそうである。

 生粋の女性ならもしかして分からないかもしれないが、同じ男だからなのか高森にはピンと来た。

 にやりとする表情が隠せない。

高森「へー。そういうの興味あるんだ」

 この甲高い声がなあ…。

萩原「無い!無いよ!」

 何故か必死に否定する萩原。

 ま、そういう反応になるわな。濡れ衣なら当然だし、仮に本当だとしたら尚更だ。


 男なのに女物を身に付けることについては他人事ではない。もっとも、こちとら望まずに仕方なくではあるが。

高森「もう少しだけ」

萩原「危ないって!女の人がこういうところは!」

 アブナイって…どうもこいつはズレてるな。

 天下の繁華街、秋葉原のど真ん中にある店でこれだけ人通りがあるのに性風俗店に誘拐でもされると思ってんのか。

 まあ、デートコースに相応ふさわしいとは思えないのは分かる。


 といっても、さっきから見ているのはアニメだの漫画だのゲームだのと、値段不相応にチャチで子供だましの「コスチューム」ばかりでアブナイ雰囲気の衣装なんて皆無だ。

 高森は萩原を振り切る様にひょいひょいと奥に分け入った。

高森「っ!?」

 どうやら手前の「コスプレ」エリアはめくらましだったらしい。

高森「…」

 目の前にずらりと並ぶのは非常に地味ではあるが、それだけに紛れも無く「本物」の制服たちだった。

高森「…」

 真新しくおろしたてみたいに見える制服群には「〇〇高校Lサイズ」などと書かれている。

 見事に女子の制服ばっかりで男子の制服は全く見えない。

 足元の籠にはブルマ…いや、ハーフパンツに靴下、スカーフなどの小物がぎっしりだ。

 ちらりと視界に入ったところでは「大人のおもちゃ」めいたものなどもある。


 このディープで濃厚な雰囲気…。

 高森は吐き気を覚えて思わず踵を返した。

 ふわりとスカートが空中に円を描き、緑なす黒髪が広がる。

 ゴーッというエアコンの音がやかましい。

 するとそこにはサングラスをしたこの街には似合わない大男がこちらを見下ろしている。

高森「あ…」

 サングラス男を見上げると、壁から釣り下がったバニーガールの衣装が目に入った。その並びにはレースクィーンを始めとした水着だのといったド派手な衣装が掛かっている。

 同じ派手な色合いでもさっきとは全く違うことだけはありありと分かる。


 これは…駄目だ!踏み込んじゃいけない領域に踏み込んでる!

 強烈な冷房と空調で相殺されているが、ここに飾ってある「制服」からは脱いだ女の体臭すら臭って来そうだった。


 大男はサングラス越しにも分かるほど奇妙な表情で見下ろすと、こちらを覗きこもうとしてくる。


萩原「高森さん!」

 やっと追いついたらしい萩原が飛び込んでくると、右手を取って引っ張った。

高森「あっ!」


 その後しばらくどう走ったのか覚えていない。

 一つだけ言えるのは、気付いたら可愛らしいアニメキャラの看板がけたたましい店の前で二人でハアハア息を切らしていたことだ。




第四節


高森「…ビックリしたぁ…ありがとね」

萩原「駄目だよあんなところに行ったら!」

 珍しく語気を強められた。

高森「…ごめん」

 言葉がつまり、周囲の喧騒が耳に入る。

 頭のてっぺんから出ている様な甘ったるい声のアニメキャラが、何故か劇中設定で喋りながらソフトの発売日を告知する小芝居をしていた。

萩原「君の…いとこの藤一郎となら行かんことも無いけど…女の子は駄目だよ」

高森「…行くの?」

 そんな話は聞いたことも無いんだが。

萩原「例え話だよ!」

 珍しくまだ口調が荒い。

萩原「…ゴメン」

高森「何が?」

萩原「止め切れなかったから…。こんなビルに来る方が悪いけどさ」

 思わずビルを見上げる高森。帽子が落ちない様に苦労する。

 この街には良くあるオタクビルにしか見えない。

高森「…そんなこと分かんないって」

萩原「あいつのことは何て呼んでるの?」

高森「え…」

萩原「藤一郎だよ。従姉妹いとこなんでしょ?」

高森「ああその…」

 そこまで設定を詰めてないので急には言葉が出てこない。

萩原「まあいいや。ああいうお店はその…言ってみれば男子更衣室みたいなもんでね。女子禁制なの。入ってくるとしたら…」

高森「…としたら?」

萩原「…男のおとこのこだね」

高森「…何だって?」

萩原「要するにその…可愛い男の子が変装していると思われたんだよ」

高森「…」

 何だか物凄く罪悪感がある。

 肉体的には女ではあるんだが、男が女の格好をして面白半分に男の聖域を犯した構図には全く変わりがないからだ。

萩原「良かったら気分変えない?まだ付き合ってくれるならだけど」

高森「いいよ」

 このままではこいつも寝覚めが悪かろう。




第五節


 ちょっと席を外す振りをして部員二人娘にメールした。

 注意よろしくと。

 これはデートに当たっての打ち合わせ通りである。


高森「あ、ごめん待ったかな?」

萩原「いや大丈夫」

 何だか本当にデートみたいだ。

 ただ、氏家藍子を通して「本格的にお付き合いとかではなくて、秋葉原見物をしてみたい従姉妹いとこのお姉ちゃんを接待する」という名目をキツく言い聞かせてある。

 そういう意味においては、本当のデートではない。

 だが萩原とて、夏休みの道楽の手伝いで一生の伴侶を報酬として得られるなんて思う訳が無い。そこは割り切っている。


 ただ…一応のデートコースの締めが二人っきりのカラオケボックスというのはちと問題だ。


 高森は自分の中で「女の格好で外出」するにあたって決めていたルールがある。

 それは「トイレは個室タイプを使う」ことだ。

 不特定多数が同時に出入りする公衆トイレに出入りするのは男として倫理的に大問題だ。

 なので、個室に入って誰とも接触しないと決めた。


 ここだけの話、部員二人娘に「女のトイレの仕方」を昨日の夜レクチャーを受けたのは秘密である。


 不思議と有無を言わさない雰囲気だったので断り辛かったため、結局カラオケボックスということになってしまった。

 そこで二人に連絡しておいたのだ。


 高森は萩原の事を昔から知っているが、貞操の危機を感じなくてはならんタイプの男ではない…はずだ。

 ところが、個室トイレの中にあった鏡で改めて今の自分を観てみると…確かにこれは可愛いかもしれんな…と思うのだった。

 外も歩いたのであちこち汗をかいていることを感じる。


 …正直、身づくろいの方法とかも良く知らんし…軽く化粧もしてくれたってんだけど差が分からん。


 ともあれ、「もし何かあったら助けてくれ」ということで打ち合わせた。

 やよいはノリノリでカラオケの隣の個室に入って監視体制に入ったらしい。やれやれ。



 どっかと腰を下ろした。

 藍子からは、挙動はつねにゆったりして椅子に座るなら両脚を揃え、お尻を降ろす際に撫でつけるようにスカートを押さえて座れ…と指導を受けたんだが、気付いたら座っていた。無意識の動作なんて咄嗟には身に付かん。

高森「悪かったねー。買い物とかまだしたかったでしょ」

 特に女言葉っぽい語尾とかは使ってないが、不自然じゃない…よな。

萩原「大丈夫大丈夫。一人でいつでも来られるから。ゲストにそんなの付きあわせる訳にはいかないです」

 この辺りの気配りは流石だ。

 つーかこいつの女性のエスコートぶりをゼロ距離で観察出来た訳か…。

萩原「飲み物頼みましょう。何にします?」

高森「じゃあ、ジンジャエールで」

萩原「はい」

 テキパキと注文を終える萩原。

 しばし沈黙が訪れる。

萩原「今日はどうも有難うございました」

高森「こちらこそ」

 お互いに頭を下げ合う。

高森「それにしても…スゴイところだね秋葉原」

 いやいやいや、と首を振る萩原。

萩原「スゴさの十分の一も体験させられませんでしたよ。まだまだ沢山あったのに…」

高森「そうなんだ…あはは…」

 あながちウソを言っている風でもない。恐らく本当なのだろう。

 ノリのいいあんちゃんが飲み物を運んできた。

 テキパキと配るとずんずん出て行く。お盆の上に乗っていたでかいクリームソーダはきっとやよいが注文したのだろう。

 あんちゃんが出ていくと再び沈黙が訪れた。

高森「…歌う?」

 そういって、女声での歌い方なんぞ知らんぞ…と思い至った。

萩原「いや…ちょっとお伺いしたいことが」

高森「はあ…」

 座ったまま動かない萩原。

 仕方なくお付き合いでL字型の椅子に斜め四十五度の位置で座る。

高森「飲んでいい?」

萩原「どうぞ」

 何だかんだで結構喉が渇いていたので助かる。にしてもこちとらおごってもらう積りはないから割り勘の事を考えて控えめに注文せんとな…とか考えていた。

萩原「単刀直入にお伺いします」

高森「…」

 気を逸らさんとしてでもないのだが、ストローの突き刺してあるガラスのコップを持ち上げて煽った。

 まさかここに来て愛の告白でもあるまい。

萩原「…藤一郎だよな?」

 ぶはっ!とジンジャエールを吹き出してしまう萩原。

 目一杯むせる。

高森「な…なななななな何て!?」

 苦笑する萩原。

萩原「楚々とした美少女にそんなリアクションがあるかよ。お前藤一郎だろ?」

高森「え…えええええっ!?」

 思わず立ち上がって壁に背中を打ちつけてしまう高森。目一杯ガニ股になっている。

萩原「…だよな」

 背後にはどこかのボックスから調子はずれの歌声がかすかに聞こえてくる。

 長く感じる沈黙。

高森「…いつから気付いてた…」

 もう何も虚飾なく話す高森。

萩原「…本当にそうかよ…こんなうまい話があるもんかと思ってたけどよぉ…」

高森「いつから気付いてたんだよ!」

萩原「小さな違和感なら最初からあったが…ブルセラショップの奥に奥に入ってく辺りからどうにもおかしいと思い始めてよ…。従姉妹いとこなのに呼び名も即答できないあたりから確信してた」

 慌ててスマホをタップする美少女。緊急事態の合図だ。

 一瞬の間がある。ドアが勢いよく開けられた。

やよい「御用だ!御用だ御用だ!」



第六節


藍子「…というわけなの」

萩原「…」

 腕を組んで目をつぶって聴いている萩原。

萩原「…にわかには信じられん話だけど…本当に女になってるの?」

やよい「それは裸も見たあたしが請け負いますよ!バッチリです」

 胸を張るやよい。

やよい「それにほら、このあられもないバニーちゃんは男には見えないでしょ?」

 といってテーブルの上に黒光りするバニーコートになまめかしい網タイツの肢体をくねらせる「バニーガールの寝姿」の写真がばらまかれた。

高森「わー!わーっ!わーーーーーっ!!!」

 必死で拾い集める高森だったが、逆にばらまいてしまう。

高森「古瀬!てめえ!」

 一枚ひっつかんだ萩原がまじまじと目を見開いている。

萩原「…なんつー恰好してんだお前は」

高森「仕方が無いだろうが!」

 髪を振り乱して訴える高森。綺麗だ。

やよい「この状況に見舞われた被害者はすぐに女装させないといけないんでしょ?それも新品で」

萩原「…まあ、そう書いてあったけど」

やよい「だからたまたま持ってたコスプレ衣装を着せたんです」

萩原「しかし…」

 その先は言わなくても分かる。『完璧にメイクまでしてイヤリングまで装着してるぞ』と言いたいのだろう。

やよい「お任せ下さい!私の手に掛かればバッチリですよ!」

 にこにこ。

やよい「ま、平均的な体型の衣装だったからおっぱいキツくて大変でしたけどね」

萩原「ハイヒールまで…よーやるなお前も」

高森「返せ!」

 萩原の手から写真をむしりとるデートおめかし美少女姿の高森。

萩原「つか何でこんなことになってんだ?」

 要するに『セクシー寝姿グラビア』状態になってるのか?という質問だろう。

やよい「完全に女装した後、鏡を見た先輩が気絶しちゃったから…」

 萩原がドン引きしている。

 つまり、意識の無い性転換直後にバニーガール姿にされ、自らの艶姿にショックを受けて気絶した男のセクシー写真を撮りまくっていた訳だこのオタク娘は。



~数分後~


やよい「…と、いう訳なの萩原先輩。」

萩原「…」

 腕組みをして考えている。

藍子「元に戻る方法を探して欲しいんです」

高森「俺だけじゃなくて、一年の市原も女になってるんだ」

萩原「何をやってんだよお前らは」

高森「あの古文書みたいなのの後半には“元に戻る方法”も書いてあったんだよな?」

萩原「…」

高森「こんなことになっちまったけど、報酬は支払ったぞ!頼む!」

萩原「もしかしてお前、女の自分とのデートが報酬だって言ってるのか?」

高森「ああそうだよ!悪いか!」

萩原「何か騙されたみたいで納得いかないんだが」

 すると、やよいが突如立ちあがって妙なジェスチャーをし始める。

やよい「お願いハギワラセンパーイ。あなただけが頼りなの」

 沈黙。

氏家「…もしかしてそれも何かのパロディなの?」

やよい「え?みんな観てないんですか?スター・ウォーズ・エピソード4」

 無視して

萩原「分かった分かった!何とかやってみる。しかし過剰な期待はするなよ」

高森「よっしゃ!」

 ガッツポーズをする高森。おめかしデートスタイルの美少女に似合わないリアクションもはなはだしい。

 どうにか視界に入れないようにする萩原。ほんのり頬が紅い。

萩原「ついては全ページをなるべくでかい写真を撮ってプリントアウトしておいてくれ。本物をベタベタ触って解読したくない」

やよい「まかせて下さい先輩!コミケでコスプレ写真集作ってたスキルが活きます!」

 目を輝かせるやよい。

 すると、いつの間にかいじっていたスマホから顔を上げる高森(美少女)。

高森「萩原、いいニュースだ。向こう2日間、うちの両親は親戚の家に行くとよ」



(第三章に続く)


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