表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第一章 バニーガールなんて聞いてない

登場人物

高森藤一郎たかもり・とういちろう十七歳・男子・高校二年生 「超常現象研究会」部員

 本来帰宅部だが、何らかの部活動には参加していなくてはならない校則で適当に参加

氏家藍子うじいえ・あいこ十七歳・女子・高校二年生 「超常現象研究会」暫定部長

 妙に時代がかった口調で部を牽引する仕切り屋

古瀬やよい(ふるせ・やよい)十六歳・女子・高校一年生 「超常現象研究会」部員

 お調子者の女オタク。腐女子も入っているらしい

市原弘美いちはら・ひろみ十五歳・男子・高校一年生 「超常現象研究会」部員

 華奢で制服が無いと女の子に見える少年。

斉藤啓輔さいとう・けいすけ十八歳・男子・高校三年生 元「超常現象研究会」部員

 三年なので実質的な活動を終えて幽霊部員。かつての先輩に引きずりこまれた。

 実家の巨大な蔵の中に謎の収蔵物が大量にある?


萩原孝則はぎわら・たかのり十七歳・男子・高校二年生 古典部部長

 高森の腐れ縁。趣味で古文書を読みこなす


プロローグ


 「超常現象研究会」は何の変哲も無い公立高校の中に存在する文系の部である。それらしい名前もついているが、実際には「オタク部」の隠れ蓑と化している。同種の部活動として「SF研究会」を名乗って「ストリートファイター研究会」を称して対戦格闘に明け暮れる者たちもいるとかいないとか。

 夏休みになり、日々部室に集まっては漫画ばかり読んでいた部員たちも、秋の文化祭で何らかの研究発表をしなくてはならないと奮起し、斉藤啓輔宅の蔵の中で「それらしきもの」を探してみていた。

 すると、江戸時代以前のものと思われる謎の道具が発見され…。


第一章


氏家藍子(以下、藍子)「さて、今回集まってもらったのは他でもない」

高森藤一郎(以下、高森)「…」

藍子「先日、旧部長である斉藤先輩の自宅の蔵で見つかった謎の物体であ~るが…やよいちゃん、ちゃんとレコーダー回ってる?」

古瀬やよい(以下、やよい)「はい!バッチリです!」

高森「つっても誰がそれを議事録にまとめるってんだよ」

藍子「あ~い~から!えっへん!ともあれ、謎の物体でしたが、あたかも『種子島』を模したような道具でした」

やよい「種子島というのは鉄砲の俗称ですね。伝来当時はハンドガンの概念が無いんですけど、全体がコンパクトな『単筒』(たんづつ)に近い感じです」

藍子「…補足ありがと。ってやよいちゃん銃器オタクでもあるんだ…ともあれ、そういうことでした」

やよい「あ、でも幕末になるころにはちゃんとライフリングを切った銃やらリボルバーも開発されてます。坂本竜馬が所有してたのは…」

高森「いいから!」

やよい「…すいません」

藍子「まあ、まどろっこしいことを抜きでいきなり結論を言っちゃうと、その謎の道具は撃った相手を性転換させちゃう『性転換銃』だったので~っす!」


 部室が沈黙に包まれる。


市原弘美(以下、市原)「あの…本当にいいんですか?」

 すっかり髪も長くなった上に、女子の制服姿でもじもじしている市原弘美。

 元々女の子にしか見えない風貌だったが、完全に女子になってしまった。

やよい「いいよいいよ~!むしろ大好物っていうかさあ…えへへへ」

 邪悪な笑みを浮かべているやよい。

やよい「あたしがレイヤーになろうと予備の制服持ってたのが良かったよね」

 漫画みたいに「バチッ!」とウィンクするやよい。

市原「でも…下着…まで…」

 真っ赤になってもじもじしながら俯く市原。仕草まで完全に女子である。

やよい「だってさあ!折角スカートめくってもトランクスじゃあ興ざめじゃん?そこは綺麗な純白のパンティじゃないと!」

高森「…なんなんだよそれは…」

 渋い顔をして腕組みをしている高森。

やよい「ウチの小汚い弟やら、汗臭い兄貴に制服貸すなんて捨てた方がマシだけど、ひろみちゃんなら大歓迎だよ!」

高森「いや…その話はそれでいいけど…これからどうすんだよ」

藍子「はい!問題はそこでーす!」

 パンパン!と手を打つ藍子。

藍子「夏休みの自由研究の積りだったけど、トンだものを発見しちゃってどうしようかと」

高森「学会に届け出る方がいいんじゃねーの?どこの何学会か知らんけど」

やよい「それなら「と学会」に…」

藍子「あーはいはい。オタクは黙っててね」

やよい「ひどーい」

高森「いや、マジでどうすんだよこの有様」

 そう言って庇護欲をかき立てる美少女となった市原を指す。

高森「お前ら調子に乗って女装までさせやがって…可哀想だろうが」

やよい「そうかなあ?案外本人喜んじゃってるんじゃないのぉ?」

市原「え…その…」

 益々透き通りそうな白い肌が真っ赤になる市原。

藍子「…なんか露骨よね」

やよい「ねーえ」

高森「とりあえず服装だけは戻しといてやれよ。突然男に戻ったら大変だろうが」

やよい「え?何で?」

高森「いや、何でって…それじゃあ男なのに女の服着てることになるし…」

藍子「まあ、それはいいと思うけど」

高森「いいのかよ!」

藍子「でも、サイズは合わないでしょ?戻った途端にボタン飛んじゃうよ」

やよい「あ、それなら大丈夫で~す!」

高森「やけに自信満々だな」

やよい「はい!だってひろみちゃんにはあたしの服が普通に入るのはもう実験済みなので…」


 部室に沈黙が訪れる。


藍子「…なんですって?」

やよい「…だから、ひろみちゃん」

藍子「今“実験済み”って…」


 視線が一斉に美少女姿の市原に集中する。

 小動物みたいに小さく頷く市原。


やよい「いや~なんつーか、ひろみちゃんって今年あたしと一緒にコミケでレイヤーデビューすることになっててその…ペアの女の子のコスプレをしよってことで…」

 頭を抱える高森。

藍子「…そうなの?市原くん?」

 こくこくと頷く市原。可愛い。


高森「まあ、それはそれとしてだ」

やよい「まあ、貧乳は希少価値ってことで」

藍子「やかましい」

高森「いいから!」

 強引に高森が仕切り直した。

高森「マンガじゃないんだから、急に男が女になっちまって困るだろ。どうすんだこれから」

藍子「だからそれを話し合ってるっていうか…」

高森「そもそもお前が面白がって人に照準向けるからこういうことになるんだ」

藍子「…ごめん」

やよい「何度も撃ち直したのに戻らないし…困りました」

藍子「見た感じ、電池で動いてる様にも見えないし…打つ手無しね」

高森「説明書めいたものはついてないのか?」

やよい「あ、それならそれっぽいものがありました!」

高森「それを早く言えよ!」

やよい「でも…とても読めませんよ?」


 目の前にかび臭い木箱が置かれている。そこに広げられたのは巻物状の古文書だった。

 そこにはみみずがのたくったみたいな文字が延々と書かれている。


高森「これは読めんな」

やよい「でっしょ~?キテレツ斎様の子孫でもなきゃ無理ですよ」

藍子「何?」

やよい「あ、独り言です」

高森「どーもオタク相手の会話は疲れるな…」


 一緒になって覗き込んでいる市原のお尻をぺろっと手で撫でるやよい。


市原「きゃっ!」

 思わず黄色い声を上げて飛び上がってしまう。

高森「おい!セクハラやめろ!」

やよい「あ、ごめんごめ~ん!せっかくだからつい」

高森「何が“折角だから”だ!この痴女が!」

やよい「折角だから俺はこの赤い方を取るぜ!みたいな」

藍子「…それも何かのネタなの?」

やよい「あ。分かります?えへへ~」

 高森と藍子が顔を見合わせてため息をつく。

やよい「あ!あれ何だ!」

 急に大きな声を出すやよい。

 反射的に全員がそっちの方を見てしまう。

 同時に市原のスカートがぶわっ!とめくり上げられる。

市原「きゃ~っ!!!!」

 思わず押さえてしまうが、反射的に高森の視界にはスカートの内側の白い肌着のふちの刺繍やパンティの形まで見えてしまった。

 思わずその場にうずくまってしまう市原。

高森「おい!やめろって!何してんだ!」

藍子「いい加減にしなさい!古瀬!」

 流石に罰が悪そうにしているやよい。

やよい「ごめんねひろみちゃん。あたしのスカートも不意をついてめくっていいから」

 どんな慰め方だ。

藍子「とはいえ、戻れないのは困るわよねえ」

 腕を組む藍子。

高森「…心当たりが無いでもない」



 古典部の人気のない部室。

高森「と言うわけで、頼みたい」

萩原孝則(以下、萩原)「おいおい、俺は便利屋じゃないんだ。夏休みにやりたいことだってあってだな」

高森「知ってるよ。タダでとは言ってないだろ?」

萩原「同じ公立高校生がそれほど金を持ってるとも思えんが?」

 小馬鹿にしたような態度の萩原。

高森「…ウチの部員とのデートじゃどうだ?」

萩原「…本当か?」

 萩原の顔色が変わった。

 実は部員こそ少ないが、超常現象研究部は隠れた美少女揃いと評判だったのだ。

 実際付き合ってみると男を立てることは余り考えてない仕切り屋に会話もギリギリ成立するレベルの女オタク、そして一人は全校一の美少女と言って良い造形ながら生物学的には男である。

高森「…分かってると思うが健全な付き合いだぞ」

萩原「保護者かお前は」

高森「今は大事な時期だろうが!」

萩原「分かった分かった!そういきり立つな!半日デートしてくれればそれでいいからさ」

高森「…全く…このムッツリスケベが…」

萩原「何だと?」

高森「いいから!とにかくこれは腕の見せ所だぞ?将来には古典の研究者になるんだろ?」

萩原「まあね」

 目の前に巻物を広げる。

高森「これだ。一字一句とまでは言わないから大雑把でもいいんで現代語訳してくれ」

 萩原の態度が変わった。

萩原「…こりゃ一体何だ?どこで見つけた」

高森「それは秘密だ」

 萩原がしばらく考え込んでいる。

萩原「全部読み取れる訳じゃないから大雑把だけどいいか?」

高森「ああ」

 手元のICレコーダーのスイッチを入れる。

萩原「えーと…この…道具の使い方の注意点…何かの取り扱い説明書か?」

高森「だろうな」

 軽く後ろを振り返ると、ドアの隙間から覗いている残りの3人の部員がこしょこしょ喋っている。なにやらガッツポーズも見えてくる。

萩原「…この道具は、大自然の力を借りて、そのことわりを一部曲げるものなり。みだりに乱用するべからず…。一度その効果を浴びたる場合…手順に従った上、一定の時間を経過するまで待つべし…ってこれ何だよ!?江戸時代のSF小説か何かか?」

高森「…まあ、そんなもんだ」

萩原「こんなの聞いた事無いぞ?この時代の小説は全部は読んでないけど、大まかな粗筋は大抵知ってるが」

高森「ホントか?凄いなお前」

萩原「いや、はぐらかすなよ。この紙質からしても最近書かれたものじゃない。こんなの歴史的大発見じゃないか」

高森「まあ…とにかく訳してくれ。全部終わったら所有者の許可を得て好きに研究させてやるから」

萩原「おお!そうか!これは面白くなるぞ!」

高森「じゃあ、それを報酬ってことにして部員とのデートは…」

萩原「それはそれで別の話だ」

高森「あーそーかよ」



 廊下。

藍子「こりゃあ市原くんに覚悟してもらうしかないわね」

やよい「そーね」

市原「ええっ!どうしてボクに!?」

やよい「だって、今女子部員でデート要員って言ったらひろみちゃんしかいないし」

藍子「でも、萩原先輩が解決法を見つけたら恩人ってことになるからさあ。デートくらいしてあげるのがいいんじゃない?」

市原「そんなあ…」

やよい「大丈夫だって!任せて!」

市原「古瀬先輩…」

やよい「当日の服はバッチリ可愛いのを貸してあげるから!」

市原「…」



 古典部部室内。

萩原「えー何々?変化が起こりたる…タイミングだな…タイミングは…予測不可能なり。何時いつ再び発動出来るかはまったく分からず…何のことだこれ?」

 高森は渋い顔で聞いている。

高森「続けてくれ」

萩原「変化が起こりたる肉体に対し、この道具を再び使っても、逆転するものではない…。変化が起こったならば、速やかに応急処置を施し、然る後に状況を整え続けることによって、自然に元に戻るなり」

高森「応急処置って何だ?」

萩原「この先に書いてあるらしい。何々…この道具によって男が女になった場合…?」

 萩原の手が止まった。

萩原「…おい、これは何の冗談だ?」

高森「いやその…だから江戸時代のSF小説なんじゃないのか?…ははは…そんな荒唐無稽なことが書いてあるとはなあ…」

 何だか棒読みみたいに抑揚のこもっていない口調で言うしかない高森。

萩原「まあ、確かにそういう系統の話はあることはあるが…」

高森「あるのか?」

萩原「日本の古典には割りとあるぜ。ヤマトタケルノミコトが女装して敵の不意を突くのは有名だけど、日本三大奇書と呼ばれてるそれに「とりかへばや物語」ってのがある。これはきょうだいで男女入れ替え生活をしてる貴族の話だ」

高森「…マンガみてえだな」

萩原「まあね。つーか漫画化もされてる。真面目な古典文学の先生は「変態的だ」ってんで相手にしない人もいるキワモノだよ。日本で三国志の登場人物を女の子に置き換えた話があるのを知ってるか?」

高森「…ウチの部に重度のオタク女子がいるんで何となくな」

萩原「あれに似たことは既に江戸時代に行われてる」

高森「…何だって?」

萩原「しかもよりによって「水滸伝」のキャラを女に置き換えたグラビアみたいなのだ」

高森「す、水滸伝?あの梁山泊りょうざんぱくが出て来る奴か?」

萩原「そーそーそれだ。むしろこれは現在でもやってない。日本人は三百年前からオタク気質なんだよ」

高森「…」

萩原「だから多分この古文書もその類なんだろうな。空想の産物だけど、妙なリアリティがあるというか…」

高森「取り扱い説明書だけどな」

萩原「世の中にはフェイクのノンフィクションってジャンルもあるんだぜ?『竜の育て方』とかさ。面白そうだろ?」

高森「なるほどねえ」

萩原「だからこれもフェイク・ノンフィクションなんだろう。取扱説明書に見立てた」

高森「トンだ物好きだな。男を女にしてどうするんだ」

萩原「推測だけど、江戸時代ってのは何を差し置いても「お家第一」だからな。子孫が絶えることは何としても防がなくちゃならない。あの徳川家ですら本家は早々に途絶えて「御三家」から引っ張ってきたくらいだ」

高森「そうなのか?」

萩原「中学生の日本史でやったろうに。それがあの暴れん坊将軍こと八代吉宗だよ。まあそれはともかく、恐らく適当な小姓あたりを性転換させて側室にして、子供を産ませてお家を繋ごうとしたんだろう」

高森「ばかな…」

萩原「だからそういうフィクションなんだって。本気にしてどうするんだ」

高森「…続けてくれ。元に戻す方法とかも書いてあるんじゃないのか?」

萩原「えー何々?…男が女になりたる場合、元に戻すことを考える場合は、一刻も早く女が着るべき服を着付けるべし。これを怠る場合は、元に戻る事かなわず…」

高森「つまり、何だか知らんけどその道具で女になった男を元に戻したいんならすぐに女装させろってことか?」

萩原「みたいだな。妙な注意書きだ。しかも、一刻も早くやれと。何でもいいから女装させろ。出来たら誰も着ていないものが望ましく…その場で女に脱がせて着替えるのは望ましくない…」

高森「どうしてそうなるんだ?」

萩原「理屈は知らん。そう書いてあるんだから仕方が無い。これって案外やんごとない人の妄想かもな」

高森「どういうことだ?」

萩原「徳川家光って知ってるか?」

高森「えーと…参勤交代を始めた三代目の将軍だっけ」

萩原「そうそう。ところがこの三代目は女装の趣味があったんだ」

高森「…本気マジか?」

萩原「まあ、こういう話は歴史の教科書には載らないからな。でもこれは本当。流石に将軍が不特定多数に目撃される様に女装してたんじゃ格好がつかないからこっそりやってたみたいだけどね。でもって男色家だった。まあこれは当時は全く珍しくない」

高森「だな」

萩原「問題は、この時代の殿様は男色家でもあるけど同時に女もイケる「両刀使い」…英語で言うと「バイ・セクシャル」だった」

高森「みたいだな」

萩原「ちなみに日本語で「両刀使い」ってのは本来甘党と辛党どちらでもイケるっていう味覚のことを言うんだが…まあそれはいい。問題は家光公が女にほとんど興味を示さなかったってこと」

高森「そうなのか?」

萩原「詳しくは知らんけど、女に興味が無い上に女装趣味ともなれば多分セックスは受けだったんじゃないかな。腐女子大喜びだ」

高森「日本史の暗部だな…」

萩原「高森は『大奥』は知ってるか?」

高森「ああ、あのドラマとかになってる」

萩原「あの若い女をわんさと集めたハーレムってのは女装の上男色趣味の家光を見かねて乳母の春日局かすがのつぼねが『これだけいれば誰かに手を出すだろ』ってんで手当たり次第に若い娘を集めて作らせたのがきっかけだ」

高森「そうなのか!?」

萩原「お前、頭いいくせに意外と知らないんだな」

高森「放っとけ」

萩原「でも、世界史を見ると権力者に「そっち」の趣味があるのは余り珍しくないぞ。あのアレクサンダー大王は「ワルキューレ」っていう女神のコスプレが趣味だったし、暴君で有名なローマ皇帝のネロは処女役で男に初めてやられて「あんっ!」っていう瞬間を演じるのが趣味でしょっちゅうやってたって記録もある」

高森「…何なんだお前のその偏った知識は…」

萩原「どんな権力者にも不可能なのは男を女に、女を男にすることだ…とはよく言われるからなあ。そういう装置を開発したいって妄想はまあ、分からんでもない」

高森「で?続きは」

萩原「焦らせるな。えっと…」

 しばらく黙って読んでいる萩原。

萩原「要するにこの装置を開発した人間は、そっちの趣味があったらしく、女になると同時にいそいそ女装してたらしいんだけど、そうするとすぐに元に戻ってしまうので都合がよかったと」

高森「はあ…」

萩原「しかしその…ある時、別人に実験してみて、不幸にもすぐに女装出来ずにしばらく放置した後に女装させたら…結局戻らなかったと」

高森「何だって!?」

萩原「ということで、経験則から、元に戻りたかったら変身後すぐに女装…それも可能な限り完璧に…行うとよい。その後は別に着替えても構わない。ただ、女装はさせ続けること。…要するに「新品」の女物でなくてもいいって意味だろう…そしてそのままにしておけば自然と元に戻る…。この…法則を利用して、多くの人民を性転換させ、子供を作ってこの藩は幕末まで栄えた…ってホントかねこれは」



 廊下。

やよい「ってことはひろみちゃんにすぐ女装させたのは大正解だった訳だ」

藍子「みたいね」

市原「よかったです…」

やよい「しかも、その後も継続的に女装させ続けることで元に戻れるんでしょ?偶然とはいえその条件を満たしてるじゃん」

藍子「たまにはやよいのオタク趣味が役に立った訳だ」

やよい「でっしょ~?しかも『なるべく完璧に』ってブラやパンティにスリップまで着せちゃったあたしを褒めてよ」

藍子「…江戸時代にブラやパンティがあったとは思えないけど…」

やよい「別に何でもいいんですよ。体裁が整ってれば」

市原「でも、そうだとすると新品の女物を常に準備しておかないと危ないですね」

やよい「そういうことになるわね」

藍子「そのへんどうなのよ?幾ら何でも常にそういう訳にはいかないでしょ?」

やよい「そこは任せて下さいよ!実質「オタク部」であるところの「超常現象研究会」にはその手のグッズは常備してありますから!っていうかあたしがコスプレの為に奮発しちゃったんで…」

藍子「なによそれは…」



 古典部部室。

高森「有難う。大体分かったよ」

萩原「…高森、これは一体何だ?もう一度聞きたい」

高森「だから、秘密だって」

萩原「これはその辺の高校生が夏休みの自由研究でこしらえた代物じゃないぞ?俺だからかろうじて意味を取れたが、こんなの大学の研究者だって四苦八苦する代物だ」

高森「凄いし、有り難いと思ってるよ」

萩原「頼むから教えてくれ。これは何なんだ?一体どこでこんなもの見つけた!?」

高森「報酬は払うと言ってるだろ?ウチの女子部員とのデート」

萩原「それはありがたく受け取っとくが、どうしても知りたい」

高森「無理だ」

萩原「なら交渉決裂だな」

高森「おい、デートはいいのか?」

萩原「こっちの台詞だ。実はもう一段あってそこはまだ発表してない」

高森「…何だと?」

萩原「そこに、この変身を解くための最後のトリガーが書かれてる。それを知らないと元には戻れないぞ」

高森「…だからなんだ。たかがフィクションだろ?」

萩原「そうとは思えんな。どうしてそんなに必死になる?」

高森「…分かったよ。教える」

萩原「ちょっと待った!」

高森「…何だよ?」

萩原「それはデートの後にしてくれ」

高森「はぁ!?」

萩原「先に教えてもらったんじゃデートを反故ほごにされかねん。デートの後にそれを教えてもらう。そうしたら「戻るためのトリガー」部分まで訳してやる」

高森「馬鹿馬鹿しい。話しにならん。交渉ならもっと上手くやれ」

萩原「どうしてだ?」

高森「お前はちゃっかり報酬を2つ得てるじゃないか。どっちかにしろ」

萩原「そうは思わん。ここまでの分の翻訳代だよ。デートは。残りの部分の翻訳代としてこの書類の秘密を教えてもらう。何もおかしくない」



 再び超常現象研究部部室。

高森「…ということで申し訳ないんだが、萩原とデートして欲しい」

やよい「だってさ、ひろみちゃん」

市原「だからどうしてボクが!」

高森「この際きっかけを作った氏家がするべきなんじゃないのか?」

藍子「あたし!?冗談は顔だけにしてよ!」

高森「萩原は…ああ見えて悪い奴じゃない。頼むよ」

やよい「あ、あたしはオタクだけど面食いなもんで」

高森「…ということで頼む」

市原「そんなあ…」

高森「非科学的も極まれりだけど、萩原に翻訳してもらった部分の訳を信じるなら基本的には女装しっぱなしなら放っておけば元に戻れるらしい。ただ、最後のきっかけがわからない。その部分を知るためにも奴のゴキゲンを取る必要がある」

やよい「この際、あの鉄砲で萩原先輩を撃っちゃえば?自分が戻るためなら何が何でも方法を見つけるしかないし」

高森「悪くないアイデアだが、説明書によるとあの装置はどういうきっかけで使える状態になるのかは全く分からないらしい。だからそれは無理だな」

やよい「ふ~ん、そんなもんかなあ」

 といって装置を持ち上げるやよい。

高森「おい!気安く触るな!何が起こるか分からんのだぞ!」

やよい「え?でもあれだけひろみちゃんに向けてもう一度撃ってもウンともスンとも言わなかったじゃないですか。大丈夫ですって」

 気軽に高森に向けて撃つ仕草をするやよい。

 その瞬間、電流が走った。

藍子「きゃあああっ!!」

 全員が思わず伏せてしまう。

 しばらくホコリが舞い上がる部室。

 ゆっくりと全員が顔を上げる。

高森「古瀬!危ないだろうが!何か間違いが起こったらどうするんだ!」

やよい「す、すいません!」

高森「大体なあ…」

 ちょいちょい、とひじを指先でつついてくる藍子。

高森「…何だよ」

藍子「とうくん…その…髪が…」

高森「髪?」

市原「わああああああっ!」

やよい「せ、先輩!!!」

 ふと見ると、目の前の掌の上にあふれ出している長い髪の毛。

高森「な、何だ!?ま、まさか…」

市原「先輩…背が…」

高森「え?…えええええっ!?」

 ふと見ると高森藤一郎は頭半分は大きかった氏家藍子と同じくらいの背の高さになっている。

やよい「お、おっぱい…」

高森「ん?…わあああああっ!」

 ダブダブになった男子の制服のワイシャツをぐいぐいと形のいい乳房が押し上げてくる。

 お尻が丸く膨らんで行き、引きずられる様に内股になった脚線美が男性用のズボンをパンパンに張りつめさせる。

高森「ま、まさか…お、俺…女…に…」

 目の前にかざした手がぐぐぐ…と細く白く女性的に変貌して行く。肩がよりなで肩になり、緑なす黒髪がさらさらと流れ落ちる。

 高森は完全に男子の制服に身を包んだ同年代の少女に性転換してしまった。

やよい「ああっ!」

 突然飛び上がる様に言うやよい。

やよい「ヤバイって先輩!すぐに服脱いで!」

高森「お、お前…何を言い出すんだよ!…って声まで…」

 確かに声も少女のそれになっていた。

やよい「さっきの説明聞いてなかったんですか!?元に戻れる様になるためには、変身後すぐに女装しないと!しかもなるべく完璧に新品を!」

藍子「そうだった!でも、そんなのあるの?あたしたちの脱いで着せる訳にはいかないでしょ!?」

やよい「その…こんなこともあろうかとって訳じゃないんだけど、実は部室に新作のコスプレ衣装が…」

高森「な、なんでそんなもんがあるんだよ!」

 口調は高森そのものだが、ダブダブの男子の制服に身を包んだ美少女が腰まである美しいストレートロングの黒髪を振り乱して怒っている光景は実に美しかった。

やよい「いいからすぐに脱いで!早く!男に戻れなくなっちゃいますよ!」

高森「え…えええええっ!?」

やよい「大丈夫!この部室には女しかいないから!」

高森「だって市原が…ってそうか」

藍子「いいから脱いで!本当にヤバイから!」

 間髪入れずにワイシャツの前のボタンを横方向に引っ張って引きちぎる藍子。時間が惜しい。

高森「きゃああっ!!」

藍子「気持ちは分かるけど、変な声出さないで!急ぐんだから!」

高森「だ、だって…」

 色々あって泣きそうだ。

やよい「ほらほら!」

 元々ウェストがゆるゆるになっていたズボンを手馴れた調子でベルトを緩めて引っ張り下げるやよい。

 そこには無骨なトランクスに包まれた美しいお尻が現れる。

高森「ちょ…おま…」

やよい「一刻を争います!大丈夫!あたしたち自分ので女の裸は見慣れてるからやらしくありません!」

高森「意味が分からん!」

藍子「ほら!靴下も全部脱ぐ!ほら!」

高森「ちょ…やめ…変なところ触らないで…ああっ!」

 悩ましい表情と声になってしまう高森。

やよい「その…あたしら痴女みたいなんで、もうちょっと声のボリューム絞ってくださいます?」

高森「だってその…」

藍子「ほら!上も下も最後の一枚まで脱ぐ!急いで!」

高森「ま、マジで?」

藍子「手で隠せばいいでしょ!グダグダ言ってる暇ないの!このまま女としてお嫁にでも行きたいの!?」

 そういわれてしまうと仕方が無い。

 高森は両手を上げて最後のTシャツを身体から引き抜かれる。

 物凄い量の髪の毛が一緒に引っ張られて大変だったが、Tシャツが脱げ、生まれたばかりの乳房が“ぽろりん”と空気にさらされた。

 市原が女子高生姿であまりのショックにくらっと来てその場にへたり込んでしまう。

 すぐに両手で乳房を隠す高森。

 上半身全裸女にはかつての無愛想な男子高校生の面影は全く無い。


 高森の悲鳴を尻目にトランクスを押し下げるやよい。

 下腹部の茂みが一瞬見えるが、すぐに両方の乳房を隠していた手の内右手を使って隠す高森。


 かくして、隠すべきところをどうにか隠せている美少女がそこに光臨した。腰まである非現実的に美しい長い髪も相俟って、まるで絵画の中のヴィーナスのようである。


やよい「ほら!ぼーっとしてる時間ありませんよ!これを着てもらいます!」

高森「って…えええええええええーっ!?」

藍子「…ちょっとやよいちゃん…あんた高校の部室に何を持って来てるのよ!」

やよい「でも、新品の女物ですよ?結果オーライでしょ?」

藍子「それはそうだけど…」

 誇らしげにやよいは、漆黒のバニーガールの衣装を掲げていた。

高森「そ、それをオレに着ろってのか?」

 甲高い声を裏返しながら言う全裸美女。いや美少女。

やよい「とりあえずこれしかないんです!元に戻れなくなるよりマシでしょ!」

 藍子が正面に立った。

藍子「…とうくん。覚悟決めて」

高森「お前なあ…他人事だと思って…」

藍子「大丈夫!命まで取られる訳じゃないんだから女装くらいなによ!」

高森「…」

藍子「本当に大丈夫!写メ取り捲ったり、セクハラしまくったり、一生これをネタにからかったりしないから!」

 絶望してがっくり頭を下げる高森。長い髪の毛がばさりと落ちる。

やよい「まずはこのTバックを履いてください」

高森「本気で?マジなの?」

やよい「大丈夫ですって。先輩の身体は今女なんだからはみ出したりしません」

高森「そっちの心配してるんじゃないよ!」

藍子「いいから早く!一生戻れなくなっちゃうよ!」

 観念したのか、両脚を片方ずつ上げて肌色のTバックに脚を通す。

 余りの肢体の美しさにやよいは思わずため息を上げたくなる。

 むきゅ、とTバックの股間部分が密着し、装着完了となった。

 ある意味において初めて「女物」を身に付けたことになった。

やよい「はい、次にこのストレートの肌色ストッキングを履いてください」

藍子「へーこんなの履くんだ。知らなかった」

やよい「いきなりじゃ寒いってことみたいですよ。それから毛深い女でもこれでかなり誤魔化せるから」

 喋りながらも新品の肌色ストッキングに起用に手首から先をグイグイ押し込んで行き、手元に引っ張って「輪」の形にまとめると、全裸女からTバック女に進化した高森のつま先にあてがう。

やよい「ほら先輩!脚上げて!」

高森「…ああ」

 かがんでくれているやよいの肩に手をついてつま先にストッキングのかたまりを通す高森。その間、手が離れた乳房がむき出しになって空気にさらされているが仕方が無い。

 やよいは器用にするするとストッキングの生地を調節しながら脚を上昇させていく。

 膝の辺りまで到達したところで今度は反対側の脚を通させる。

やよい「はい、ここからは自分で引き上げて下さい」

高森「…」

 もう「マジか!?」とは言わなかった。

 恐ろしく薄いズボンみたいな感覚で引っ張り上げたが、どうしても素肌に薄く密着する衣類という感覚に馴染めない。

 下の方から少しずつ少しずつ肌に密着させながらやっと「もも」の辺りまで両脚ともやってくる。

やよい「ちょっと格好悪いけど、ガニ股みたいになって股間に密着させてください」

高森「…」

 ここまで来れば未経験でもどういう風にすればどうなるかは何となく分かる。

 おっぱい丸出しのストッキング女状態だったが、どうにかこうにか肌色ストッキングを密着させることに成功した。

やよい「はい、次はこれね」

 分かっていたことだが高森は目を見開いた。

高森「そこまでやるの?」

やよい「なるべく完璧に女装するんでしょ?目の前に全部揃ってるんだからやらないとどうなっても知りませんよ?」

 観念した高森は、ストッキングと基本的に同じ要領で「網タイツ」を脚にまとわり付かせた。

 間近で見るそれの余りの艶かしさに生まれつきの女子高生二人もノックアウト寸前だった。

 ご丁寧に「バックシーム」まで入ったそれは、脚の後ろ側に一本のラインが伸び、かかとまで到達している。

 しかも、完成したバニーガールのそれではなく、単に女体に網タイツを履かせただけの状態で、関係者しか見ることの出来ない「形状」であった。

やよい「はい、愈々行きます。急がないとまずいですよ!」

 なにやらじゃらじゃらと謎の音をさせながら、黒光りするごついものが持ち込まれた。

 バニースーツとかバニーコートとか呼ばれているバニーガール衣装の「本体」である。

やよい「はい、先輩。脚を上げて」

 もう観念している高森はみっしりと何物かに抱きしめられているかのような脚を動かして上げ、丸く見えている穴に片方ずつ入れて、再び地面を踏みしめた。

 この時点で今さらながら夏休みの学校の床タイルの冷たさが肌色ストッキングと網タイツ越しに足の裏に感じられた。

やよい「はい、それじゃあ行きますよ~。先輩、手伝ってください」

藍子「あ、はい」

 反対側を持った藍子も一緒にずりずりとバニーコートを足元から引き上げて行く。

やよい「背中のファスナー部分とフック部分がストッキングに伝染しやすいんで気を付けてください」

 どこでそんな知識を仕込んだのか、手馴れたことをいいながらゆっくりと引き上げて行く。

高森「あ…」

 もう抵抗しても仕方が無い高森は両手を高く上に上げてなされるままになっていた。

 肌色ストッキングに網タイツまで履かされた脚のざらつく感覚が、バニーコートの内側にこすれ、ずりずりと音を立てる。

高森「(OFF)あ…そんな…こんなことになるなんて」

 悩ましい表情の美少女高森。

やよい「ちょっと待って。髪が邪魔だわ」

 やよいが自分のかばんに向けてかっ飛んで行き、すぐに戻ってくると長い長い高森の髪をゴムで器用に縛り上げ、ちょんまげみたいに頭上にまとめた。

やよい「大急ぎなんで雑だけどごめんね先輩」

高森「…」

 こういうところは女の子なんだなあ…と感心する高森。

 ずりあげ再開。

 バニーコートの細いウェスト部分が豊満なヒップに引っ掛かり、中々通らない。

高森「…ん…あっ…」

 その悩ましい表情と甘い吐息に思わず顔を見合わせてぽっと赤くなる女子部員二人。

 ヒップをするっと通過するバニーコート。

高森「…はぁ…」

 間髪入れず、今度は股間部分がむにゅっと女体に密着する。

高森「んぁっ!」

やよい「先輩!いちいち感じないで下さいよ!」

高森「うるさいよ!お前も男に生まれていきなり女にされてバニーガール着せられて見ろってんだ!」

 ムチャクチャなことを言う高森。

やよい「ともかく、一応の山は越えたんで、背中留めますね」

 背後に回って開いていた背中のホックを両側から引っ張って背中の中央に寄せようとするやよい。

 むぎゅう!とボーン(骨組み)入りの硬いバニーコートに抱きしめられる高森の女体。

 遂に女の胸の形に綺麗に成型されたバニーコートが正真正銘の女体の乳房を綺麗に抱きとめ、鷲づかみにしたのである。

高森「っ!!!」

 生まれたままの乳房が遂に何物かに押し包まれた。

 乳首を保護する胸パットの柔らかい感触が敏感なその先の感触を愛撫する。

やよい「…先輩、手伝って下さい…!!」

 中々背中のホック同士が引っ掛かる距離まで来ない。

 藍子が仕方なく脇の下の部分を背中側に向けて押し込む。

高森「あっ…つ、つぶれ…」

やよい「先輩おっぱい大きすぎですよ!留まらない…」

 だが、悪戦苦闘の甲斐あって、やっと背中のホックが引っ掛かる。

やよい「ふう…。それじゃあ仕上げってことで」

 じじじ…と背中のファスナーを引き上げて行く。

 元々サイズが小さめで、乳房の大きさに負けて背中がやっと留まるそれであるため、ファスナーを上げて行く都度女体全てをキツく拘束していく。

高森「あっ…あっ…」

 ファスナーが上がって行くごとに徐々に絶頂に近づいていくかのごとき高森のあえぎ。

 もうやよいはいちいち構っていられないので硬くならざるを得ないファスナーを一気に強く引き上げた。

高森「あああああっ!!」

 ホックの位置までしっかり上がったファスナーは、バニーコート全てで生まれたばかりの高森の女体をしっかりと抱き締め切った。

 少々小さめのサイズであったため、はちきれそうな乳房が半分露出し、胸の谷間が大きく影を作っている。

 これほど完成度の高いバニーの女体はそうそう拝めるものではあるまい。

 思わず力が抜けて倒れこみそうになる高森。いや、もう全く面影は無いのだが。

やよい「先輩!しっかりしてください!」

藍子「そうだよとうくん!よく似合ってるよ」

 全く慰めになっていないことを言う残酷な藍子。

やよい「てゆーかバニーになるにはこれは折り返し地点です」

高森「はああっ!?」

やよい「いや、割とマジな話です。はい、しっかり立って!」

 やよいは「バニーセット」とでも言うべき箱の中から白くて丸い装飾を取り出してお尻の上の方に取り付けた。

 うさぎを模した衣装なので、「しっぽ」というところだろう。

藍子「これって後から取り付けるんだね。知らなかった」

やよい「しかもマジックテープですよ。本物も意外に安っぽいですよね」

 いらんところでガールズトークに花が咲く。

 手首に燕尾服の袖口だけみたいなものを取り付け、首周りに襟を巻きつける。そこに真っ黒な蝶ネクタイが施されているのがポイントだ。

 胴の脇にある編み上げ部分のひもを引っ張って結び、蝶の形にして垂らす。

 さっきからちゃらちゃら金属音みたいなのがしていたのは、この紐の先の金属部分が触れ合っていたかららしい。

やよい「はい、こっちに座って」

 部室の中の椅子なのでごく普通のみすぼらしいパイプ椅子である。ごていねいにあちこち錆びつき、角が破れて一部の綿が露出している。

 少なくとも高級品に見える新品のバニーガール衣装に身を包んだ女が尻を付けるのに相応しいかどうかは何とも言えない。

 ひんやりとした感覚を、半分尻がはみ出したハイレグの網タイツ部分から感じながら腰を下ろす高森。

やよい「先輩、人にマニキュア塗ったことあります?」

高森「へっ!?」

やよい「そっちの先輩じゃなくて氏家先輩」

藍子「ないけど…自分にはあるよ」

やよい「じゃあ、よろしくお願いします。あたしは顔の方やるんで」

高森「顔って…俺、メイクまでするのか?」

やよい「当然ですよ。だって“なるべく完璧に”女装するんでしょ?ひろみちゃんは女子高生の格好だったからメイクは不自然だけど、すっぴんのバニーちゃんってありえないもん」

 けろっとして言うやよい。

藍子「とうくん。ここはもう男として覚悟決めないと」

高森「嫌味か」

 藍子が「てへぺろ」ポーズをする。むかつく。

やよい「さっ!早く早く!大至急だからいろんなところはしょってやるんでよろしく!」

 手を机の上に置く高森。

 藍子がなれない手つきで毒々しいほど真っ赤なマニキュアを筆で塗っていく。

 シンナー中毒になりそうな強烈な匂いが鼻を突く。


やよい「もう先輩は目つぶっといて」

 こちらは慣れた手つきでバラッとメイク道具を広げると、素早く顔全体に何かを塗り始めた。

 “大至急”という表現が正しいのかどうか分からないが、あっという間に目の周りに何かを塗り、まつ毛を装着し、筆でまぶたをさらさらと撫でている。

 頬にも同じく粉をまぶし、そして遂に筆を取り出した。

高森「…それって口紅?」

やよい「うん。スティック型よりも筆の方が細かく塗れるから」

高森「…はあ」

やよい「もしかしてスティック型を自分で塗りたかった?」

高森「馬鹿言え」

やよい「はい、今までにもましてくすぐったいと思うけど我慢して。ていうか少し口開けて先輩」

 何だか別人のようにテキパキと指示を飛ばすやよい。こんな一面があったとは思わなかった。

 ぬらぬらと唇を濡れた筆が撫で回し続ける。何とも言えない甘い香りがすぐ近くの鼻腔に忍び寄り、一部の口紅が口の中に流れ込んでヘンな味がした。

やよい「はい、じゃあ口をん~ってして」

 唇の間にティッシュを折り畳んだものを押し込んでくるやよい。

 ここに押し付けて口紅を一部落とせということだろう、と高森は理解した。

藍子「素敵…」

 マニキュアを塗り終わったらしい藍子が一歩離れてこちらを見ている。

やよい「もう少しだから我慢してね先輩」

 そういって、髪の毛の戒めを解くと、大きなブラシでやさしく全体をすいた。

 元々シャンプーのコマーシャルみたいな美しい髪はすぐにまっすぐになる。


 やよいが髪留めのピンを持って頭上に何かを留めている。それが「うさぎの耳」を模したバニーカチューシャと呼ばれるものであることにすぐに高森は思い至った。

やよい「はい、これがメイクでは最後ね」

 そういうと、首元と髪の毛の間に指先を差し入れ、鋭敏な感覚の耳たぶに何かを挟み込ませた。

 それは豪奢なイヤリングだった。

 反対側にも同じものを装着させる。


 高森は思わず顔を左右に振って見た。

 耳元で金属音がチリチリと鳴り、耳たぶが引っ張られる感覚がする。髪の毛がそのたびに大きく揺らぎ、むき出しになっている肩や腕、背中を撫でた。


やよい「はい、このパーツで正真正銘完成です」


 ふとそこを見ると、黒光りするエナメルのハイヒールが鎮座していた。

 ご丁寧に割り箸みたいなピンヒールで、床からたっぷり10センチは浮いていそうな特別仕様である。

やよい「はい、足を突っ込んで」

 もうここまで来て拒否しても仕方が無いと観念したのか、部室に光臨した場違いなバニーガールはそのハイヒールに恐る恐るつま先を押し込んだ。

 まるで前方につんのめるかのように脚の裏が持ち上げられ、そのまま猛烈につま先に負荷が掛かってくる。

 反対の足も同じだった。

 ふと見るとやよいが、エナメル同士のビキビキという摩擦音を立てながらハイヒールのストラップを留めている。

やよい「はい!完成!」

 藍子は頬を赤らめて陶然とした表情でこちらを眺めている。

 満足げなやよいがやっと立ち上がったところ。

 こちらも女に性転換したまま戻れない市原くんが教室の隅で胸いっぱいという表情でこちらをチラ見している。

やよい「いや~、一時はどうなることかと思ったけど…これで「完璧な女装」はできたよね。あー危なかった。どう先輩?今の気分は?」

高森「いや…そう言われても…」

 見下ろしてみると、黒光りするバニースーツに抱きしめられた豊満なバストが半分露出しながら谷間を形成しており、ハイヒールのせいで高く感じられる地面との距離を感じながら、胸が邪魔で余り見えない。


やよい「あっ!そうだ!」

 思い出したようにまたどこかにかっ飛んで行くやよい。本当に忙しい娘だ。

やよい「ウチも本格的に部員のコスプレ始めようと思ってたから買ってたの忘れてました。これ」

 どかん!と目の前に置かれたのは全身鏡だった。

 高森は目を見開いた。

 目の前の映画の中から飛び出してきた様な安産型体型の妖艶なバニーガールも目を見開いていた。

 ハイヒールに躓きそうになりながら、思わず一歩踏み出し、鏡の中のバニーガールに向かって手を伸ばした。

 同じように濃いメイクの美女が手を伸ばしてくる。

 目の前が真っ暗になった。


*****


やよい「あ、目を覚ましました?先輩」

高森「あ…」

藍子「大丈夫?とうくん」

市原「先輩…」

 それぞれ覗き込んでいる。

 ガバっと起き上がる高森。

 それに伴って長い髪の毛が大きく揺らぐ。

やよい「そんな格好で寝てたら風邪を引きますよ」

 見下ろす先にはバニーの胸の谷間があった。

高森「ふう…」

やよい「夢じゃありませんよ」

高森「先に言うなよ」

藍子「ま、気持ちは分かるわ。あたしが男だったとしてもこんな目にあったらどうかなりそうだもん」

高森「楽しんでたくせに…」

藍子「そんなことないって」

やよい「でも、これでウチの部って全員女子になっちゃったね」

高森「一時的にだ!」

やよい「しかもコスプレイヤーって…」

 思わず噴出すやよい。

高森「お前が着せたんだろうが!」

やよい「あ、すいませ~ん」

 おどけるやよい。

藍子「でも、これからどうするの?」

やよい「萩原先輩の翻訳を信じるなら、直後に完璧に女装出来たから応急処置には成功したけど、基本的に戻るまでずっと女装してないと駄目なんでしょ?」

高森「…らしいな」

やよい「あ、でも“応急処置”が済んだら後は別に普通の女の格好でもいいんでしょ?普通が何なのか良く分からないけど」

藍子「…あたしのでよければ普段着貸すよ?」

高森「よせよ。お前も気持ち悪いだろ?」

藍子「別に…下着はちょっとアレだけど、洗濯してもらえば。それに女装って訳じゃないし」

高森「いや、女装だよ。身体は女になってるけど女装には違いない」

やよい「うん。そうだね」

藍子「やよい…」

やよい「本来『女装』って言葉は『女の正装』って意味で使われてたみたいですよ。実際そういう意味で本の題名に使われて出版された本もあるんですって」

市原「はあ…」

やよい「それがいつのまにか、特に「男が女の服を着る」意味だけになって今じゃ「女装」って言えば男がするものってことになってますけどね」

高森「講義をどうも」

やよい「いや~腐女子やってると稀にこういう知識も付くことがあって」

 この発言は誰もフォローしなかった。

 高森は、部室の床に座った状態で「とんび座り」をした状態になっていた。

 ハイヒールを脱いでいなかったのでそうするしか出来なかったのだ。

やよい「どっちにしてもこのまんまって訳にもいかないわ。これじゃあ表も出歩けないし」

高森「全くだ」

 といって思わず目の前の胸の谷間を見てしまう。

やよい「先輩…やっぱり気になります?」

高森「ば、バカ言え!その…単に目の前にあったからその…」

やよい「遠慮しなくていいんですよ!女同士なんだし!無礼講で行きましょう!」

高森「無礼講の意味が違うだろうが!」

やよい「でも、先輩はもう単なる男の子目線で見ないですもん。仲間っていうか…だからこんなことしてもヘンに思わないっていうか」

 というと、やよいは背後に回って後ろから手を回し、下から持ち上げるかの様に乳房を掴んだ。

高森「ああっ…!!」

やよい「でもって胸の谷間にも指を…」

 といって胸の谷間に右手の人差し指を突っ込んだ。

高森「いい加減にしろ!」

 思わず暴れてやよいを突き飛ばす高森。

やよい「きゃっ!」

 少し離れたところまで飛ばされるやよい。

 はあはあと肩で息をし、汗ばんで乱れた髪が顔やあちこちに張り付いているバニーガール姿の高森。少し視界を広げればその下半身はなまめかしく挑発的な網タイツに包まれた脚線美がある。

やよい「…ごめんなさい。調子に乗りすぎました」

 ぺこりと頭を下げるやよい。

藍子「とうくん。やよいちゃんもああ言ってることだし…」

高森「…」

市原「でも、着るものの問題は…」

 修羅場にも関わらず口を挟んでくる市原。見た目は完全に女子生徒である。

 すると、真っ赤になった藍子が言った。

藍子「…私の予備の制服を貸します」

やよい「でも先輩…」

藍子「多分その…この中でサイズが合うのは私だけだと思うし…」

 そういうとバニーガール含めた全員の視線が藍子の胸の部分に集中した。

 実はかなり豊かな胸を持つのである。


*****


 部室の外に制服姿の藍子が顔を出す。

藍子「いいよ。でも絶対騒がないでね」

やよい「ほいほ~い!」

 にこにこ顔のやよい。

市原「…はい」

 何故か自分のことみたいに照れている市原。

 とてとて教室に入るやよいと市原。

やよい&市原「「っ!!」」

 そこには腰まである長い髪も美しい“美少女”が女子の制服に身を包んで立っていた。

 ふとももまでしかないミニスカートを可能な限り長く着こなそうとしている。

やよい「…高森…先輩ですよね?」

高森「…悪かったな」

やよい「か、可愛い…」

 誰もが思っていたことを思わず言ってしまう。

藍子「うん…まあ…サイズが合って良かったっていうか…」

 こちらも真っ赤になって照れている。

やよい「せ、先輩。下着も…?」

藍子「丁度買ったばかりのがあったから…」

 高森が恥ずかしさからか美少女のたたずまいで真っ赤になって口を尖らせている。可愛い。

やよい「めくったら…駄目ですよね?」

 やよいが、スカートめくりのジェスチャーをする。

高森「めくったら殺す」

やよい「はい、すいません」

 即答で謝るやよい。

藍子「…とりあえずこれで誰かに見られてもそんなに不自然じゃないっていうか…」

やよい「まー、部室にいきなりバニーちゃんいたら大変ですもんねー」

藍子「あ、脱ぐの優先したから散らかっててごめん。すぐに片付けるから」

 ふと見ると確かに脱ぎ散らかして丸まった肌色ストッキングと網タイツの固まりやら、内側からめくれ上がったバニーコートやら、脱ぐのに苦戦した跡が伺えるハイヒールなどが散乱している。

やよい「あ、大丈夫大丈夫!あたしがやりますから!」

 テキパキと片付け始めるやよい。

 あうんの呼吸で女子生徒にしか見えない市原も続く。

やよい「でも、先輩って今夜は実家に帰れないですよね?」

高森「…そうだな」

 手をどこにやっていいのか分からないらしい高森が、その細くて華奢な腕を組もうとするが、服の上からとはいえ自分の乳房を抱きしめる様な格好になることに気が付いてやめる。

藍子「あ、でも部の合宿だってことにすれば」

高森「実際、昨日も帰って無いし、幸い夏休みだしそうしよう」

 昨日は蔵の中から出てきた謎アイテムでの市原の性転換でてんてこまいだったのだ。全員が結局実家に帰らない有様となっている。

 まあ、合宿みたいなものだということに強引にこじつけたのだ。

やよい「でもぶっちゃけ今夜どうするの先輩?そのカッコなら表歩いてても大丈夫なのは間違いないけど、おうちには帰れませんよね?」

高森「部室で寝るよ」

藍子「でも…シャワーくらい浴びないと…」

やよい「そーそー!汗臭い女の子は嫌われるよ」

 ガン!とやよいの頭を拳で殴る高森。本気ではないがツッコミにしては痛い。

高森「二度とこの状態で裸になんぞならん!冗談じゃない!」

やよい「え?じゃあ戻るまでずっと女子高生の制服スタイルでいるってこと?」

高森「バニーよりはマシだよ。大体俺は女物の着替えなんぞもっとらん」

やよい「高森先輩ってお姉ちゃんとか従姉妹いとことかいないんですか?」

高森「いねえし、居たって借りられんだろうが。なんて言って借りるんだよ」

やよい「え?そりゃ『お姉ちゃんちょっと性転換しちゃったんで服貸して』とか」

 シーンとする部屋。

やよい「『女体化』の方がいいかな?」

高森「…で?お前がそう言われたらどうするんだよ」

やよい「そりゃ貸すよ。なんなら着付けからメイクまでしてあげる。つーかしたし」

藍子「は?」

やよい「いとこの男の子が目で『着たい』って言ってたから別のいとこの女の子の服を着せてあげたの」

市原「…大丈夫でした?」

やよい「パパに殴られた」

 頭を抱える高森…現・制服姿の女子高生…。こんないとこのねーちゃんがいなくて良かったと思った。



(第二章に続く)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ