第3話 遭難・遭遇・初戦闘?の回
よろしくー
後の方の風呂とかのくだり、変更しました。
雲一つない青空が、どこまでも広がっている。上を向けば、空に落ちてしまうかのような錯覚さえ、してしまう。吸い込まれそうな、青空だ。
コウは歩いていた。広大な草原の、真ん中を歩いていた。何日歩き続けただろうか。分からない。今でも周りは、見渡す限りの大草原。他には何も見つけられない。出会った生き物と言えば、小さな虫ぐらいだ。
コウは道に迷っていた。いや違う。この草原に、道などない。道に迷ったどころの話ではないのだ。
コウは遭難してしまった。
しかし、当の本人はというと、鼻唄混じりに軽快に歩いていた。その様子に、悲壮なものは全く感じられない。
遭難してしまったことなど、頭にないようだが、そういうわけではない。心配することなど何もないのだ。食糧も未だに、大量にある。今のコウにとって、死なないために必要なのは、寝ることだけ。寝る場所さえあれば、なんとでもなる。幸いここでは、危険は見つけられない。だからコウにとっては、遭難なんて取るに足らないことなのである。
燦々と輝く太陽が見守るなか、コウは黙々と、気楽に草原を、歩き続ける。
遭難数日目のある夜。
天より舞い下りる星々の光が、夜の草原を優しく照らす。満点の星空が、コウの心を震わせる。星の川が流れている。まるで、天の川のようだ。
旅に出てから、毎日のように夜空を見ていた。夜空を見ていると、何故だか心が安らぐのだ。アイと同じである。
未だに飽きることはない。コウの世界では、こんな星空を見ることが出来る場所は、限られていた。滅多に見れないものだと、思っていた。しかし、今はいくらでも星空を楽しむことが出来る。邪魔などない。飽きるはずがないのだ。
コウは草原に寝転がって、ぼんやりと空を見上げる。
コウは、そうやって毎日二時間は夜空を見て過ごす。もっと長いかもしれない。とにかく、寝る前にはずっと、空を見ていた。
しかし、最近、コウにはやりたいことが出来たのだ。
身体を起こす。目の前には、草原で拾った乾燥した棒切れが、何本か集めてある。
コウはそれを見て、眼を瞑り、強く念じる。
″火よ、出ろ!!″
コウのやりたいこと。それは、″魔法″を使うことだ。″魔法″があるなら使ってみたいと思うのは、当然のこと.......だと思う。だからこうして、″魔法″を使う練習をしているのだ。
棒切れに向かって、念を飛ばすようにイメージする。しかし、何も起こらなかった。
この世界には、″魔素″と呼ばれるものが満ちているらしい。この世界では、″魔素″が主なエネルギー資源である。この世界のほとんどの生き物は、″魔素″に頼って生活している。
″魔素″が生物の身体に取り込まれる。そして″魔素″は身体を巡り、生物の持つ別のエネルギーと混じりあって、″魔力″となる。その″魔力″を使い、自身が望む現象を引き起こすこと。それが、″魔法″というわけだ。
アイは言っていた。″魔法″を使うには、起こしたい現象を明確に、イメージすることが大切だと。
コウは、アイに教えてもらったその日から、毎日″魔法″の練習をしていた。だけど、ちっとも成果が出ない。今のだって、ご覧の有り様だ。″魔法″には相性があるのかとも思い、水や土を出そうとしてみたが、やはり結果は同じだった。何故なのだろうか。イメージのしかたが悪いのであろうか。
コウはこう見えて、想像力には自信があった。伊達に本を、数百冊とは読んでいないのだ。中学生の頃、空想動物コンテスト・彫像部門で入賞したことだってある。
だけどもし、″魔法″を使うのに想像力が足りていないのなら、コウの自信は粉微塵だ。ズタボロだ。もう、立ち直れないかもしれない。
コウは、そんなことはない!とばかりに、今日もまた、″魔法″の練習を続ける。
過去の偉人は言った。
継続は、力なり。
と。
旅立ちの日より、数週間後。
コウは相も変わらず歩き続けていたが、ついに変化が訪れた。
眼前に、大きな森が見えてきたのだ。
辺りはまだまだ昼間なのに、その森の中は夜のように暗い。おどろおどろしい雰囲気で、不気味に感じる。幽霊とかが出そうだ。
ここでコウは、思い出す。アイが言っていた。草原を歩いていけば、必ずこの森にぶち当たると。この森は、この草原を囲むようにして出来ているらしい。というよりは、草原が森の中にあるのか。まあ、どちらにしても、かなりの規模であることは分かった。
つまりは、この草原を出たいのならば、目の前の森を突っ切らなければならないのだ。幸いにして、こちら側とあちら側の距離は、そこまであるわけではないらしい。
まあ、そもそも最初から、この森は突っ切る予定であった。迷うことなどない。足を止める必要などない。
そうしてコウは、そのまま森の中へ入っていきたかったのだが、今はもう昼過ぎだ。あと少しで日は落ちるであろう。今、森の中へ入ったとして、今日のうちに向こう側へ出られるだろうか。
どんな危険があるかも分からないのに、月明かりも届きそうにない、真っ暗闇の森の中で野宿するなんてのは、真っ平御免だ。
だからコウは、森の近くで一晩過ごし、明日朝早くに森に突入することにした。
一日で、渡り切れれば良いのだが。
コウは明日の強行軍に備え、早く眠ることにした。
次の日。
既にコウの姿は、あの森の中にあった。
この森は暗い。木漏れ日が少しだけ、視界を明るく照らしてくれる。生物もいないのか、しんと静まり返って、辺りに響くのは、コウが地面を踏みしめる音だけ。
ここのところ、ずっと一人であったわけだが、寂しく感じることは無かった。これでも数ヶ月間一人で過ごしてきたのだから、もう慣れてしまったのか。それとも、自分はもともとそういう性質なのか。まあ、今更どうでもいい問題ではあるが。
この暗い森は、独りの心細さや、不安を煽ってくるような気がする。少し寒い、ような感覚。心が寒い。
考えてみれば、もう親、兄弟、友達には会えないのかもしれないのだ。それは少し、悲しい。
どうやらこの森は、人の心をネガティブにするらしい。
さすがのコウも、感傷に浸る。
黙々と、歩く。気楽さは、ない。
どれだけ歩いただろうか。こう暗いと、時間の感覚が狂ってくる。だけど、前に進む。それだけは、変わらない。
ようやく向こう側の光が見えてきた。それだけで、ほっとする。
コウは思わず走り出した。この森には、あまり居たくなかった。
この森は、嫌いだ。
ついにコウは森の外へと出る。待ち望んだ太陽の光が、身体を優しく包み込む。心がだんだん暖まる。
暫くじっとしていた。もう、寂しくはない。悲しくもない。心は落ち着いた。もう、大丈夫だ。
辺りを見回す。ここでようやく、コウは気付く。ここはまだ、森の中であると。ここは、森の中の空き地であると。しかし、ここから先に続く森は明るい。
やはり、明るいのは、良い。
コウの心の、先程までの負の感情は、もう消えていた。
コウは再び歩き出す。意気揚々と、歩き出す。
コウは再び、しかし今度は、明るい森の中へと入っていった。
二時間ほど歩いただろうか。生き物は、まだ見ていない。この森にも、何も居ないのだろうか。
ガサガサッ
後ろの方で音がした。勿論、コウの出した音ではない。何かが近くにいる。
振り返り、音のした方へと目を向ける。十メートル程後方。生い茂った茂みが、ごそごそと動いている。
コウはすかさず、拳銃を構えた。施設で訓練はした。それでも、的に当たるのは、10発中4発だ。上手いとは、お世辞でも言えないだろう。いざというときは、逃げることも考える。
そうして暫くすると、茂みから白い塊が現れた。
それは、兎みたいな生き物だった。両腕で、一抱えあるくらいの大きさだ。多分、兎にしては大きいのではと思う。
しかし、コウの知る兎とは違う点が一つ。それは、額にある小さな角だ。それを見て、コウは判断した。あれは、″魔物″であると。
アイが言っていた。この世界には、″魔物″という存在が居ると。勿論、普通の動物もいる。しかし、″魔物″の方が数は多いらしい。環境の変化にも強いと聞いた。そして、人々は″魔物″の脅威に晒されている、とも。
″魔物″の簡単な見分け方を、アイが教えてくれた。コウの記憶にある似た動物と比べて、明らかにおかしい、変だ、と言える特徴を持つものは、総じて″魔物″である、と。目の前のウサギで言えば、額の角だ。
″魔物″には、人を襲う危険な種類も多い。目の前のウサギがそうであるかは分からない。しかし、可愛らしい兎に似ているというだけで、危険だと思えないのは先入観のなせる業か。
コウは、構えを解き、ウサギを観察する。何やら様子がおかしい気がする。一言で言って、目の前のウサギは挙動不審であった。
目が、合った。
この瞬間理解する。そのウサギが持っているのは、狂気の瞳であった。捕食者の瞳でもあった。
コウは目の前のウサギが、危険であると判断した。再び拳銃を、構え直す。
しかし、ウサギは既にコウの方へと駆けていた。結構速い。予想以上の速さだ。
コウは自分の心に、落ち着け、と念じる。そして、狙いを定めて拳銃を、撃った。
パァンッ!!
発砲に合わせて、乾いた銃声が辺りに響く。
一発目は、当たらなかった。
二発目三発目と撃っていく。
しかし、当たらなかった。その間にも、ウサギはコウに迫ってくる。
ここでコウは、心を切り換えた。
弾は持てるだけ、持ってきた。しかしそれでも限りがあるし、出来るだけ節約はしておきたい。当たらなければ、ただの無駄遣いだ。銃で仕留めるのは無理だ。なら、逃げるしかない。幸い、ウサギの速度は、コウが全力で逃げれば簡単に振り切れる程度のもの。
コウは森の外へと向けて、走り出す。
走りながら、後ろを振り返る。ウサギとの距離は、かなり開いていた。この調子だ。コウは走り続ける。
そのままコウは、森の中を駆け抜けた。
森の外は、草原というよりは、荒野と言った方が適切な風景が広がっていた。
森を出たコウは、其処らに転がる岩に腰掛け、一息ついていた。
さすがに、長時間の全力疾走はキツい。調子に乗って、そのまま森の外を目指してしまったのだ。今後、調子に乗りすぎるのは、止めておこう、と自分を戒めるコウであった。
落ち着いた所で、考える。さっきのウサギの事だ。あのウサギの眼。真っ赤に充血し、血走っていた。狂気の瞳だ。恐らくあれが″暴走状態″というやつなのだろう。
普通、″魔物″というのは、″魔素″を、体内に取り込む事で、その基本的な生命活動を維持しているという。しかし、稀に過剰に取り込んでしまうことがある。その様なときに″魔物″が、体内の″魔力″を制御出来ずに正気を失い、暴れまわる。それが、″暴走状態″と呼ばれるものだ。″暴走状態″の魔物の特徴としては、先程のウサギの様に、目は真っ赤に充血し、本能のままに行動する。そして、普段温厚な″魔物″は凶暴に、普段から凶暴な″魔物″はより凶暴になる。
アイには、遭遇したらすぐに逃げてと言われていた。そう注意された理由が分かった。あれは怖い。地味に怖い。見た目は角の生えた兎であったが、血走った目で、一心不乱に自分の方へと向かってくる様は、軽くホラーであった。
あれより凶暴な″魔物″であったら、命はなかったかもしれない。
もし次″暴走状態″の、いや、そうでなくても″魔物″に遭遇したら、すぐに逃げよう、と心に決めるコウであった。
しかし、一方でコウはこんなことも考えていた。
ああいうときに、″魔法″が使えたらなぁ、と。
火の玉をぶつけて、″魔物″を倒してみたい、と。
しかし
″魔法″の練習は、ちゃんと毎日続けている。しかし、一向に成果が出ない。
『継続は力なり』とはよく言ったものだ。嘘ではないか。
″魔法″に関して、コウは少し、ひねくれ始めていた。
暫くコウはぐちぐち言っていたが、ずっと拗ねていてもしょうがない。これからどうするかを考えるため、頭を切り換える。
もう、日は傾き始めている。というより、太陽の下半分は既に、地平線の下に隠れてしまっている。夕日が綺麗だ。
今日は久しぶり、いや、実はこの世界に来て、初めての全力疾走をしたから、少し疲れた。今日はもう、休もう。
コウは、森から少しだけ離れた岩場を寝床とした。
一応、森から離れた位置にした。何が出てくるかは分からないから、いざというときに、逃げやすい場所に決めたのだ。
少し″魔法″の練習をした後、ゴツゴツとした硬い岩の、なるべく平らなところに横になる。
少し寝にくいな、と思う。
別に、無理に岩の上で寝なくてもよいのだ。しかしコウは、そう思わなかった。ずっと柔らかな、草の上で寝ていたのだ。たまには硬いベッドがいい、なんてよく分からない考えが浮かんだ。だから寝る。それだけである。
さすがは、全力での運動の後だ。こんな硬いベッドでも、すぐに眠気がやって来た。
やがてコウは、今日という一日に別れを告げ、明日という新たな一日に向かって、睡眠という旅に出た。
翌朝。
小鳥が、チュンチュンと囀る。懐かしい感覚に、コウの意識は旅から帰還した。
眼を開けば、朝陽が網膜を刺激して、その眩しさに再び眼を瞑る。だんだん慣らして、完全に眩しさを克服すれば、コウの新たな一日の始まりだ。
本当は顔を洗いたいところだが、生憎水が見当たらない。仕方無いので今日も諦める。
実は、この世界に来てからコウは、風呂に入っていない。時折降る雨を、シャワー代わりに浴びている。その時に、大きめの水筒に雨水を貯めていたのだが、それも今は切らしている。
この話だけを聞けば、かなり不潔だと思われるだろうが、案外そうでもない。
実は、今コウが着ている衣服──研究所にあったもので、数着の予備をリュックに入れて持ってきている──は消臭・殺菌・吸汗・発汗作用に優れているようで、コウは自分の身体から嫌な臭いを感じたことがない。更に自浄作用もあるようで、そこまで酷く汚れることがなかった。
しかしだからといって、風呂に入らなくても良い、とか服の洗濯なんてしなくて良い、という訳ではない。服だって完全に清潔のままであるとは限らない。いい加減ちゃんと洗っておきたい。風呂だって入りたいし、顔もちゃんと洗いたい。気分的な問題である。まあ、一年近くこんな生活を続けていたコウにとっては、今更な話ではあるが。
とはいえ、草以外は殆んど何もなかった草原からは出たのだ。ちょっと探せば川くらいあるだろう。暫くは、その川の水で我慢すれば良い。雨を待たなくても良くなるのだから、今までと比べれば断然ましだ。
今更過ぎる衛生面での改善策を考えながら、コウは出発の準備を始める。
次に目指すのは、行く手に聳える高い山だ。何となくだが、5000mくらいはありそうだ。
山頂まで行く気はないが、中腹までは登りたい。山登りは、一度してみたかったのだ。だからといって無理をする気はない。その上は、ちゃんとした準備をしてからだ。
コウの気分は高揚する。昂る気持ちを抑えることなく、コウは山に向け、一歩を踏み出した。
コウの一人旅は、まだまだ続く───────
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