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第2話 出逢い・旅立ちの回


こんにちワニ

 



 

 ──数ヶ月後──



 遺跡があるあの浮島は、今は大陸の上空を漂っていた。遺跡の外には、小さな範囲ではあるが草原が広がる。そしてその中心に、男は寝転がっていた。その様相は目覚めた時とは大分違っていた。細過ぎず、太過ぎず。身体全体に、バランス良く筋肉がついている。服の上からでも、それが良くわかった。よくもまあ、ここまで鍛えたものである。 

 男は空を眺めていた。彼は、既に島が陸の上空にあることを知っていた。しかし、何もしない。いや、何も出来なかった。何故なら、まだこの島から出る方法が見つかっていないのだから。だが、男が焦る様子はない。何時も通り、いや以前よりも気楽な雰囲気を醸し出している。果てにはフンフフ~ン、と鼻唄まで聞こえてくる始末だ。男は案外、誰にも邪魔されず自由気ままに、住み処ごと世界を旅する生活を気に入っているらしかった。確かにある意味では、衣食住が揃った理想的な生活ではあるのも事実だから、敢えて手放す必要も無いのかも知れない。よっしゃ、今日も一日気楽に過ごしてやるぜ、なんて当初とは正反対の気合いを入れ、立ち上がる男。のほほんとした雰囲気を纏いながら、施設の方へと歩いていく。そしてまた、いつもの日常が始まるのかと思われた。


 しかし、そんな穏やかな日常は唐突に終わりを迎える。


 影が落ちた。身体が影に覆われた。かなり大きい。思わず空を見上げる。何かが、飛んでいた。この島自体もかなりの高高度に浮かんでいるのに、それはそのまた遥か上空を飛んでいた。逆光のせいで、シルエットしか分からない。鳥かな?凄い高いとこ飛んでんな、と思いながらそれを眺めていたら、シルエットが大きくなったような気がした。いや、気がしたのではなく、それは実際に大きくなっていく。しかし、男は慌てることなく、へぇ、結構でかいなと思いながらそれを見ていた。シルエットはどんどん大きくなる。そこで、男は何かがおかしいことに気付く。シルエットは大きくなっていくだけではない、こちらに近づいてきているのではないか、と。そんなことを考えている間にも、シルエットはどんどん大きくなっていく。男は思う。あれは、自分の方に向かってきているのでは、と。目を凝らせば、それは最早シルエットではなくなりかけていた。男は考える。あれは、やばい。自分が狙いだ、と。そしてようやく初めての脅威から逃げるため、足を動かそうとしたのだが、その時にはもう既にそれは目の前に降り立っていた。


 その着地は以外にも静かだった。男は思う。改めて、でかいな、と。そして考える。どうやって逃げれば良いのか。

 目の前に居るそれは、見たことも聞いたこともない姿をしていた。いや、聞いたことならある。しかしそれは、物語の話なのだ。あり得るのか、いや、あり得てはいけないもの。そして、あり得ても欲しいもの。それがしかし、現実となって目の前に存在しているのだ。




 ──────(ドラゴン)──




 幻想世界の住人が、今、目の前に降り立った。




 男は呆然としていた。歩くのは既に止めた。止めてしまった。目が合う。黄金色の瞳に見据えられ、身がすくむ。歓喜と恐怖が心の中で、(せめ)ぎ合う。しかし、最後に勝ったのは恐怖だった。


 ─────逃げなきゃ


 こういうときの為にも、身体を鍛えてきたのだ。今こそ努力が実を結ぶときだ。男は精一杯に脚に力を込めて走り────出せなかった。身体が動かない。


 ─────何故?恐怖のせいか?


 何度試しても、身体は動かない。


 なんてことだ。これでは意味がない。無駄な努力だった。身体を鍛えても、心を鍛えるのを忘れていた。そもそも、どうやって心を鍛える?恐怖に打ち勝つ方法は?


 男は嘆く。そして前を見る。竜がいた。純白の鱗が太陽光を反射して、眩しいくらいに輝いている。大きな翼。本体よりも大きい。きっとあの口の中には、凶悪な牙がびっしりと生え揃っているに違いない。恐らく肉食。自分はただの餌。今さら逃げても無駄だろう。男は悟った。


 ─────これが本当の、詰みってやつか...


 男はここで初めて絶望を覚えた。もう、どうしようもないのだ。自分はここで死ぬ。食われて死ぬ。逃げ場はない。

 男はすべてを諦めた。しかし、そうしたら気が大分楽になった。これが、悟りを開くということか。そんな冗談まで思い浮かんでくる。身体も動く。


 だが、男はもう逃げない。そもそも、始めからこの結果は決まっていたのだ。この島は浮島だ。逃げ場は限られる。逃げても、少しだけ寿命が延びるだけ。いつかは捕まる運命なのだ。だからもう、逃げない。自分はここで、死ぬのだ。


 


 ─────こんにちは



 声が、聞こえる。美しく、心地よい声だ。幻聴か。こんにちは、か。確かにこんにちはだ。あの世にこんにちは状態だ。これからよろしくな、あの世。


 



 暫く経った。何も起きない。食わないのか。逆に不安になってきた。食わないなら、目的はなんだ。まさか、怖がる様を見て楽しんでいるのか。なんて悪趣味な、意地悪な奴だ。



 ─────こんにちは



 また声が聞こえた。先ほどと同じ声だ。幻聴ではないのか。誰かがここに────────いる?




 目の前に竜が、いた。


 考えてみれば、竜は何もしていないのだ。自分をただ見るだけ。獲物を狙う目ではなかった。観察するような目だ。自分が勝手に恐がっていただけであった。

 取り敢えず、こんにちは、と返してみる。


 ─────ふふっ、こんにちは


 返事があった。


 ─────怖がらせてしまい、申し訳ありません


 声の主はやはり、目の前の竜であった。しかも、謝罪までされた。しかし謎だ。目的はなんだ。自分を食うことではないのか



 竜に問う。


 竜は答える。



 ─────そんなつもりはありませんよ  言い方は悪いですけど、あなたが勝手に怖がったんですからね


 まさにその通りであった。全ては自己完結。自分の内で起きたこと。だがしかし、その原因はやはりお前だ。お前が悪い。

 竜を非難する。


 ─────その事については謝ります  本当にごめんなさい


 また謝られた。嘘をついている様子はない。言っていることは本当なのだろう。そう思う。そう思いたい。



 しかし、男は安堵した。そうか、自分はまだ死ななくていいのだな、と。身体から力が抜ける。ふにゃりと地面にへたりこむ。


 

 そのまま男は、気を失った。





 ──数時間後──



 男は目を覚ました。傍らには竜がいる。しかし、その事に男は気付いていない。


 夕日が綺麗だ。空は赤く染まり、海は赤く輝く。なんとも幻想的であった。いつまででも見ていたい。そう、思った。

 ふと、横を向けば、見慣れない壁があった。それもまた、夕日を反射して美しく輝いている。思わず手を伸ばす。壁に触れた。撫でる。ひんやりつるつるでこぼこだ。

 視線を感じ、上を向く。一対の黄金の瞳と目があった。そこで男は思い出す。ああ、そうか。気絶したのだったな。

 そして、隣には竜がいる。何故居るのか。何処かへ行ってくれて良かったのに。

 そんなことを思う男に構わず、竜は話しかけた。


 ─────おはようございます  気分はどうですか?


 最悪だ、と返す。


 ─────それは残念です


 と全然残念そうには思えない、むしろ嬉しそうな声音で言ってくる。

 やはりこいつは性格が悪い。男は、改めてそう思ったのだった。


 しかし、こいつの目的はなんなのだ。食う気があったなら、気絶している間にもパクリとされていたことなのだろう。しかし、自分は生きている。分からない。謎だ。

 

 ─────貴方と話したかったのですよ


 いきなり声が、飛んできた。まさか、心を読んだのか。怖いよ。


 ─────いえ、顔に出てましたので


 そういうことかと納得───は出来ない。返答がどんぴしゃだ。やはり心を読まれているに、違いない。ああ、いやだ。もう、どうにでもなれ。


 ─────ふふ、やはり面白い人ですね


 やはり?


 ─────ずっと、見ていましたから


 そうなのか。こいつはストーカーなのか。納得した。


 ─────そこは納得しないで下さい


 避難めいた声で言ってくる。知るか。お前はもう、ストーカーなのだ。変態なのだ。


 ─────はあ 分かりました もうそれでいいです


 ふん。そうだ。潔く認めれば良い。この変態め。


 ─────......食べちゃいますよ?



 男は土下座した。許してくれと泣いて謝った。食べないでくれとお願いした。調子に乗り過ぎたと反省した。


 それを見て、竜は満足気に頷き


 ─────許します


 と言った。




 


 




 

 男と竜は話していた。お互いの素性、お互いの目的を話し合った。竜の名は″アイ″といった。男の名は″コウ″といった。


 アイはコウと話したかったと言う。何故自分なのか、とコウが問えば、気になっていた、と返ってくる。ずっと見ていたのに何故今なのか、と問えば、調度良かったので、と返ってきた。何が調度良いのか。分からない。まあ、今更そんなことはどうでも良いのだが。


 アイは嬉しそうに話す。特にコウが名前を呼んでやれば、一層喜ぶ。何が嬉しいのか。分からない。まあ変態だから、名前を呼んでくれる友達が少ないのだろう、と勝手に納得しておいた。アイはそれを、ジト目で睨む。コウはすぐさま土下座する。それを、アイは許す。


 そんなことの繰り返しで、夜は更けていった。




 朝が来た。快晴だ。とはいっても、雲は殆んど島の下にあるのだから、いつものことだ。


 一晩話して、コウは決めていた。島を降りることを。今しかないのだ。この機会を逃したら、もう二度とチャンスは無いかもしれない。それに、まだある食料も、いつかは底をつく。そうなれば待っているのは、ただの餓死だ。それは嫌なのだ。今の生活が嫌いなわけではない。寧ろ好きだ。この島は我が家だ。自分はそう思っている。しかし、アイと話して決心した。この島を降りるのだ。


 この事をアイに話した。そしたら、そうですか、とだけ返ってきた。その瞳に少しだけ、哀しみが宿っていることに、コウは気付かなかった。




 それからまた、数日間アイとコウは話し合っていた。この世界についてだ。コウの思った通り、この世界は自分のいた世界とは異なるもののようだった。コウの世界は、岩なんて浮かないし竜もいない。既におかしいとは思っていたので、驚くことはなかった。しかしそうなると、どうやってこの世界に来たのか。死んだ覚えはないし、見た目も変わらないので、これは物語で言う異世界転移というやつなのか。それくらいしか分からない。まあ、それも探していけば良いさ、とコウは思う。

 そして、この世界には″魔法″なるものが存在するという。既にコウが目にした例で言うならば、この浮島達だ。これらも″魔法″の影響からなる現象らしいのだ。不思議なものである。竜といい″魔法″といい、まさにファンタジーな世界ではないか。自分も″魔法″を使ってみたいと思うのは、自然であろう。そう、自然の摂理なのだ。コウの心は浮わつく。


 コウはもうすっかりと、この世界を楽しみ満喫する気でいた。だから、その様子を複雑な感情を湛えた眼で眺めているアイに、気付くことはなかった。



 そうして、コウは旅のために、この世界に関する知識をアイから教えて貰いながら、日々を過ごしていった。



 ある日コウは、アイにあることを頼んだ。背中に乗せてくれ、と。そして、出来れば飛んで欲しい、とも。陸に降りるときの予行演習だよ、と理由は言っていたが、ただ単にアイの背中に乗って空を飛びたいだけだというのは明白だった。目が期待に輝いているのだから。それに気付かないアイではない。クスクスと可笑しそうに笑いながらも、快く了承してくれた。


 ワクワクしながら、コウはアイの背中に跨がる。コウが紐でちゃんと身体を固定したのを確認したアイは、飛び立つための準備体勢に入る。ブワサァっと翼を広げる。その時に白銀の羽が舞い落ちる。何とも幻想的で神々しい様に、思わず見とれるコウ。

 そして待ちに待ったそのときがやって来た。アイが翼を羽ばたけば、フワリとアイの身体が浮く。そしてそのまま上昇し、ちょうどいい高さまで上がったなら、アイは急にスピードを上げて、空を飛び始めた。


 最初は素直に楽しんでいたコウも、だんだんと上がっていくスピードに少し恐怖を感じる。気分は世界最高速のジェットコースターに乗っているみたいだ。というより、それよりも酷い。


 暫く経って、アイが気付けばコウは泡を吹いて失神していた。この時チビっていなかったのは、男の意地か。しかしそれを見たアイは一言。


 ─────あら 少し調子に乗りすぎちゃいましたね


 と言って、特に反省の色も無く寧ろ嬉しそうに島の方へ引き返していった。しかし、その後コウに責められて、その時に少しだけ落ち込んでしまうのだが、それは内緒の話だ。


 そしてまた、暇があれば、一緒に飛ぶようにもなった。


 


 ある日は、コウはアイに年齢を聞いた事がある。そしたら、女性に年齢を聞くのは失礼なことなのですよ、と言って拗ねられてしまった。アイは女性だったのか、と見当違いで今更な事を考えながらも、必死でフォローしていたら、クスクスと笑いながらも許してくれた。そもそもアイは最初から拗ねてなどおらず、只からかわれていただけなのだが、コウはそんなことを知らない。アイはそのあと、ちゃんと教えてくれた。


 ─────一万歳くらいですかね


 その言葉を聞いたとき、愕然とした。といってもすぐに納得したが。竜はそのくらいは生きると、本で読んだことがあるからだ。もっとも、それは創作物なのだが、コウはそんなこと気にしない、というより忘れていた。

 その間、どうしていたのかと問えば、


 ─────世界を見たり 寝ていましたね


 と返ってきた。なんでも、アイは基本的に長期の睡眠をとりながら、時折目覚めて世界の移り変わりを観察していたそうだ。それを一万年も続けてきたのだから、なんとも気が遠くなる話である。そして今は、ちょうど目覚の時期であったとか。出会った時に言っていた、ちょうどいいってのはこの事か、と一人納得するコウであった。



 そんな、取り留めのない事の繰り返しで、日々は過ぎていく。



 そして、コウが予定する出立の日、つまりは島を出る日の前日。コウは、準備したものの最終確認を行っていた。とはいえ、持っていくものはそう多くない。

 まず、護身用の拳銃が二丁。これは施設にあったものだ。ご丁寧なことに、射撃訓練所まであったので、そこで撃ちまくらせて貰った。今では的の中心に10発中7発命中の腕前だ。全く当たらなかった当初と比べれば、天と地ほどの差である。弾はありったけを持っていくことにしている。多すぎて困ることは、確実にないだろうから。

 そして、食料と水だ。これも、ありったけを持ってきた。まあ、種類はお察しの通り、ゼリーチューブ一択である。栄養的には全く問題ないのだろうが、やはりいつも同じ味は味気無い。半年以上ずっと同じメニュー(メニューというのもおこがましい)に堪えた自分を誉めてやりたいくらいだ。下に降りたら、ちゃんと他のものも食べてやるのだと、密かに決意する。

 そして衣服。これも施設にあったものを上下、下着と5セット拝借した。これを着ていて分かったのだが、なんとこの服は吸汗発汗消臭殺菌作用に優れているようで、着用者の身体をかなり清潔に保ってくれるのだ。そして、自浄機能も持っていて洗濯の手間が必要ない。なんとも高性能な服なのである。新たな服を手に入れるまでは、お世話になるので、大切に使っていこうと思う。因みに靴も施設のものだ。こちらにも、便利機能が付いている。予備も幾つか持っていく。

 その他に、旅に役立ちそうな雑貨を少々。

 そして最後に、それらを入れる大きめのリュックサック。見た目からすれば、ただの大きなリュックサックなのだが、なんと驚くべき機能を備えていた。入り口が真っ暗で、容量が見た目の十倍以上だったのだ。これには流石に驚いた。が、都合がいいので詰めるだけ中に詰めたのだ。お陰で容量は、まだ少し余裕があるくらいにまでなってしまった。


 あとでこの事をアイに聞いたら、それは"古代の遺物(アーティファクト)"と呼ばれる物ですよ、と言われた。実は、この施設も古代文明の遺跡であったようで、コウの持っていく服なども″古代の遺物(アーティファクト)″であるそうだ。施設に関しては、遺跡には見えないほどきれいだったので、コウは気付かなかったのだ。その事実に驚きつつも、ここに人が居なかった理由を知れて納得していたらアイに、無くしたらいけませんからね、と脅すように言われた。確かに、″古代の遺物(アーティファクト)″は地上では珍しくて貴重な物らしく、無くしたら大変なことになりそうだと思ったので、そこは素直に頷いておいた。因みに、これは魔法なのかと聞くと、どちらとも言えない、と返された。アイでも分からないのだったら、相当昔の文明なのだな、と感心させられた。



 そんな風に、明日へ向けての準備は着々と進められていった。





 その夜、空を見上げるアイを、小さな草原で見つけた。

 近寄って、何をしているのかと、聞いてみる。


 ─────星を、見ているのです


 アイは静かに答えた。


 星か。確かに星は、この夜空は美しい。今まで気付かなかったのは、何故なのだろう。


 アイの隣に立ち、一緒に空を見上げる。


 何故だか、この構図がとてもしっくり来た。


 心地よい安らぎを感じる。


 それは、アイも同じだったようで


 ─────心が、安らぎますね


 とポツリと呟く。


 静かな時間が、ゆったりと流れていく。

 


 


 夜の闇に、きらりと一つ、流れ星が、零れ落ちた。











 出立の日。


 アイとコウは、流れる景色を見ていた。燦々と照る太陽が、肌を焼く。アイの鱗が光を反射して、キラキラと輝く。綺麗だが、しかしそのせいで、二倍の暑さを感じるコウであった。


 眼下には、広大な草原が広がる。草花が風に靡き、その影でグラデーションを表現する。海は遥か彼方に見える。夏だな、とコウは思う。この時期にうるさい虫達の声は、聞こえない。静かな夏だ。


 思えば、随分遠くへ来たものだ。目覚めてから、ほぼ半年と少し。特に変わったことは無かったが、今もこうして生きている。隣には竜がいる。今ではもう、大切な友達だ。


 荷物の最終点検をして、問題の無いことを確認する。



 そして、よしっ、と気合いを入れて、傍にいた既に離陸体勢のアイの背中に跨がり、身体を固定する。


 お察しの通り、アイに乗せて貰い下へと降りるのだ。というより、これしか方法が無いのだが。


 ブワォッとアイが翼を広げる。純白の羽根が舞う。神々しさを感じさせるその姿は、まさに伝説の竜であった。


 フワァッと翼を動かす。それだけで、身体は浮かんだ。羽ばたくアイ。上昇するアイとコウ。


 そしてそのまま地上には降りず、いつものように空を飛び始めた。


 それからアイとコウの遊覧飛行は、お互いの気が済むまで、と言えばずっと飛び回っていそうだったので、一時間程で終わりを迎えた。




 


 楽しい時間は、あっという間に過ぎ去ってしまうものだ。


 アイとコウは、草原の真っ只中で向き合っていた。


 ─────本当にここでいいのですか?

 

 アイは問う。


 それはそうだろう。ここは見渡す限りの緑の海だ。それ以外には、何もない。わざわざこんなところで降りなくても良かったのだ。


 しかしコウは、ここでいい、寧ろここがいい、と言う。


 もうアイは何も言わなかった。というより、コウにはこのような言動がよくあるというのは既に心得ていたので、先程の質問も確認の意味合いが強い。まあ、心配していないわけではないのだが。


 コウは、そんなアイの複雑な心境を他所に、大丈夫だ、と断言する。


 それを聞いてアイは


 ─────わかりました お気を付けて  では


 と言って、コウに背を向け少し離れた所に移動する。


 そうして、ゆっくりとこちらを向き、アイは翼を広げた。


 彼女とはここでお別れだ。一度、駄目元で一緒に来れないのかと、コウは聞いた。しかし彼女は、難しいと言った。それはそうだろう。彼女はまず大きすぎる。そして竜なのだ。他の生物を、むやみに怖がらせてしまうかも知れない。コウは人間だ。一緒に旅をするには、何かと不都合があった。



 離陸の準備を始めるアイに、コウは声をかける。



 「─────また、会おう」



 と。


 アイはそれに応える。



 ─────はい また、会いましょう


  

 と。



 今更な話ではあるが、二人は会おうと思えば簡単に会えるのだ。アイはコウを覚えている。アイがコウを探し出せばよい。それだけで、再会だ。

 ここでわざわざ、言葉に出して約束したのは言ってしまえば、なんとなく、なのだ。しかし、このやり取りが、今の別れには相応しいと、お互いに感じていた。



 ─────ずっと、見守っていますからね



 そんな言葉を残し、アイは羽ばたき、フワリと飛び立った。



 コウの頭上で、二回三回と旋回をして、やがて彼方へと飛んでいく。


 それをコウは、彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと眺めていた。

 

 


 アイは彼方へ飛び去った。これでコウは一人だ。しかし、別れの悲しさよりも、独りの寂しさよりも、未知への好奇心の方が勝っていた。


 これで、頼れるのは自分の身一つとなった。不安はある。しかし、楽しみだ。


 青空の下、青々とした大地を踏みしめる。大空を見上げる。異世界の大地。異世界の大空。異世界の大海原。考えるだけで、気分は高揚する。


 

 顔に不敵な笑みを浮かべながら、これから始まる旅の、最初の一歩を踏み出した。








 ─────さあ 冒険の 始まりだ














こんばんワンコ



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