第1話 目覚めの回
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よろしくお願いしまーす
───────ある日世界は滅びた。
否、実際に滅びた訳ではない。
しかし、そう表現していい程の傷を、世界は負った。
だが、世界はそのまま滅びてしまうほど、脆くはなかった。
世界はその後も廻り続ける
少しずつ、その傷を癒しながら──────
◆ ◆ ◆
世界を巡る、空に浮かぶ島。それは、無数に存在していた。小さいものも大きいものも、皆等しく大空を旅する。人々が″不可侵領域″と称するその島々は、今日も気ままに大空を流れていた。
その中の一つ。一際大きな浮島には、遺跡があった。しかし、それを遺跡と呼ぶには少しばかりの違和感がある。何故なら、その見た目に限って言えば大きな損壊もなく、まだ造られてから数年しか経っていないと言われても納得出来てしまうものだからだ。だがしかし、それが造られてから長い年月を経ているのもまた、事実であった。
そして、その遺跡の内部、遺跡の地下、つまりは浮島の内部に″それ″はあった。
″それ″は、黒くて四角い箱だった。人一人が入って少し余裕があるほどの大きさだ。
プシューッ、プシューッと小さな機械的な音が部屋に響く。それはさながら、箱が呼吸をしているようでもあった。
しかしその音は、唐突に途切れることになる。
『........ガッ.....キギッ..............ク.................』
死ぬ間際に絞り出すような声が、その箱から発せられた。残念ながら何を言っているのかは分からなかったが、それを最後に箱はその機能を止めたようだった。まるで、死んでしまったかのように。
しかし、それで終わりではなかったようだ。
パシュッ、と音がしたかと思うと箱の前面が大きく開いた。そして再びの沈黙。
箱は二度と動き出す様子はない。それもそのはず、ここまでが箱の仕事。そして、長い長い期間に渡ってその役目を全うしたその箱は、完全に機能を停止していた。
箱の中には、何があるのか。箱の中には男が居た。本当に生きているのかと疑うほどに、肌は青白い。だが彼の胸の上下運動と、時折聞こえる呻き声が、彼の存命を証明していた。だが、暫くしても、彼が目を覚ます様子はない。
─────それから、彼が目を覚ますまでに三日程の時を要した─────
──三日後──
男は目を覚ます。だが、そのぼんやりとした黒い瞳には何も写っていないように見える。暫く男はぼーっとしていたが、完全に意識が覚醒したのかその瞳には意志の光が宿る。
─────なんだ、ここは
男が初めに思ったのはそれだった。見覚えのない場所に自分はいる。自分は確か、部屋で小説を読んでいたはずだった。いつ、眠ってしまったのかは知らない。だが、起きてみれば知らない場所だ。周りに誰かがいる様子もない。───誘拐、そんな言葉が思い浮かぶ。
取り敢えず、この箱の中から出てみようと身体を動かした。しかし、全くと言っていいほどピクリともしなかった。どれだけ力を込めても結果は同じ。これを男は、麻酔の類いを打ち込まれたのだと考えた。
次は声を出そうとしてみた。
「ッァ────────────」
しかし、声も枯れたように出ない。どうすれば良いのか。そもそも、これを誘拐だと仮定した場合、自分が目覚めている事を相手に知られて良いのか。分からない。しかし、こうして逃げられないようにしているのだから、知られない方が良いのかもしれない。
男は暫く様子を見ることにした。
二日、三日と時間は過ぎていく。しかし、この部屋には誰も現れなかった。それもそのはず。この遺跡には彼しかいないのだから。
そんなことは露知らず、男は真剣に考える。
この三日。部屋には誰も来なかった。身体は少しだけ動くようになった。声も少しだけ出るようになった。しかし、問題はそこではない。この三日、途中で気付いたことだが、腹が減らない。便意も催さない。これは明らかに異常事態だ。部屋を観察して感じたことだが、ここは何かの研究施設のように感じた。人体実験・改造、そんな不吉な言葉が、脳裏を過る。
─────ここから、脱出せねば
男はそう、心に決めた。しかし、今出来ることと言えば息を潜めて、周囲の様子を窺うことだけ。少しずつ身体が動くようになっているのを感じながら、身体に力を入れ続けた。
目覚めてから六日が経った。まだ少しぎこちないが、漸く身体が動くようになった。未だに誰も来ないので、不思議を通り越して不気味に感じた。監視されているのかと部屋を見回したが、監視カメラらしきものは見当たらなかった。もしかしたら隠しカメラがあるのかとも思ったが、それなら自分が起きていることは既に知られているはずだし、うろうろされても困るはずだから、誰かが来ないとおかしいと感じる。益々もって不気味である。
しかし、そのまま気味悪がっている訳にもいかないので、情報収集に励むことにする。幸い、いくつかあるデスクの上に書類が散らばっていたので、それを読ませてもらうとしよう。
そうして男はデスクに近寄り、その紙の束を手に取ろうとしたのだが、男の手が触れた途端その紙束は塵となって崩れてしまった。その様子を、呆気に取られて見ていた男だが、気を取り直して別の紙束に手を伸ばす。
しかし、結果は変わらず、全ての書類が塵となって小さな埃の山を築いてしまった。
男は落胆する。まさかの情報源が全滅だ。なんてことだ、と。
しかし、この状況で嘆いてばかりもいられないので、次は棚やデスクの引き出しを漁り始めた。
結果見つかったものは、銀色のパッケージに包まれた某栄養ゼリーのような食品らしきものを幾つかと、他は何かの実験器具らしきものだけだった。
あまりの収穫の無さに、再び落胆していると、急に強烈な目眩と空腹感が男を襲った。思わず膝を付いてしまう。今まで味わったことの無い感覚に戸惑いを覚えたが、目の前には食品らしきものがあるのを思い出し、すぐさまそれを手に取り吸飲口を躊躇いもなく口に含んで、おもいっきり銀のチューブを握り潰す。味はこれといって特徴の無い只のゼリーであった。しかし、それだけでは足りなかったのでまた一つ、二つと男の胃の中に消えていった。
結局、残ったのは七つあったうちの二つだけだった。しかしそれで、空腹感も目眩も無くなったので良しとする。先程とは違い、ゼリーを見つけておいて良かったと、心底安堵し感謝する男であった。
さて、この部屋には何もないことは分かってしまったのだが、今すぐこの部屋を出るべきかを悩む男。実際はいつ出ようが、結果は変わらないのだが、そんなことは知らない男は真剣に考える。そして出した答えは、今日はもう休み、明日朝早くに行動する、だった。
そして男は、早くも眠りについた。その際、あの黒い箱のなかで眠っていたのは寝心地が良かったからなのだが、今の状況でそんな判断が出来るのなら、男の思考は十分に冷静と言えよう。
翌朝、日がまだ昇らないうちに男は目覚めた。意識が完全に覚醒するのを待ち、部屋はまだ暗いが、それもチャンスであると思って、遂に男は部屋を飛び出した。扉に鍵が掛かっていないのを確認したときは、なんて無用心なんだと呆れはしたが男にとっては都合の良いことだったので、特に問題は無い。
薄暗い廊下を、ヒタヒタと慎重に進む。
余談であるが、男の今の服装は黒の長袖のティーシャツに青のジーンズ、そして裸足である。目覚めた時には、その上に白衣を着ていて、革靴を履いていた。そんな服装をしていた覚えはなかったが、目覚めたらそんな格好をしていたのだ。理由は分からないが、着替えさせられたのかもしれない。革靴は、運動するにはあまり適さないと思ったので脱いできた。恐らく裸足の方が速く走れる。だから、男は今裸足なのだ。そして男は一度も着替えていない。不潔である。余談終わり。
そのまま進んでいくと、廊下の突き当たりに階段を発見した。辿り着くまでに幾つか部屋を通過したが、人の気配はしなかった。
男は、慎重に階段を上っていく。
上階に着いたが、人の気配がしない。一通り回ってみたが、やはり人は居なかった。なんとなく嫌な予感がする。
ここで男は、取り敢えず一番上を目指すことに決めた。
階段を上る。人は居ない。階段を上る。人は居ない。嫌な予感は徐々に大きくなる。
階段を上る。人は居ない。階段を上る。人は、やはり居なかった。
最上階まで来ても、人は愚か、小さな生き物の気配すらなかった。ここで男の予感は、確信に近づいていく。
そして目の前には、外へと繋がっているであろうドアがある。あんまり開くのに気が進まない男であったが、このままでは何も変わらないのは分かりきっていることなので、意を決してドアを開いた。
溜め息一つ。気持ちを切り替える。
陽射しが眩しい。久しぶりの外の空気を、精一杯に吸い込む。それだけで、沈みかけていた気分は晴れやかになった。
そして、目に入ってきた光景。それは、壮大の一言に尽きる。まず、雲が近い。そして、眼下には海。彼方には大陸が見える。そして、一番の驚きだったのは
─────岩が浮いている?
事だった。意味が分からなかった。一瞬錯覚かとも思ったが、それも違うようだ。今までこのような光景は見たことがなかった。世界でも、岩、いやもはや島と言っていいほどの塊が空宙に浮くなどという現象は、耳にしたことがなかった。
そして違和感。その島達は、自分と同じ目線の高さにあるということ。それが何を意味するのか、考えたくもなかった。しかし、知らなくてはならないこともあるだろう。
男は、恐る恐る四方を見回す。見渡す限りの海、海、海。遥か彼方に陸、陸、陸。これでもう、確定だった。
自分は今、島にいる。しかも、宙に浮く。まさに絶海の、いや、絶空の孤島だった。
これはもう、逃げるどころの話ではない。どうやって、陸に降りれば良いのか。別に飛び降りる事が出来ない訳じゃない。だが、それが意味するのは確実に、死だ。逃げ場がない、と途方に暮れる男。
そして忘れてはいけないことが一つ。この島には、男以外に誰も居ないということ。それはもう、確信していた。しかしその事実が、途方に暮れた男の心に更に追い討ちを掛ける。
本当にどうしようも無いのだ。解決策を一緒に考えてくれる人も居ない。そう嘆いていて、ふと頭に疑問が浮かんだ。
どうやってこの建物を建てたのか、と。
そして、この島に建てるには建材を運んでくる必要がある。ということは、島と陸を行き来する手段があるはずだ、と。
男は嘆くのを辞め、施設の中に戻る事にした。脱出手段を探すのだ。あるに決まっている。無ければどうしようもないが、あると信じなければやってられない。時間はいくらでもあるさ。そう、気楽に考えることにした。
そして男は、来た道を戻っていく。
結果として、何も見つからなかった。施設内を探し回ったが、まあ思った通り人は一人も居なかった。残りの紙は塵になっていくし、機械類も動かない。勿論、脱出手段も見つからなかった。これが詰んだ、ということか。いや、まだだ。幸い、食料庫のようなものを見つけて、その中には大量のゼリーチューブが保管されていた。水もあるようだ。なら、なんとでもやりようはあるはず。しかしいつかは食料も水も尽きてしまうのは、分かりきったこと。それまでにどうにかして、ここから出る手段を探すのだ。焦っても意味はないから、まあどうにかなるよね~、と取り敢えず笑っておく。
しかし、ここで謎が残る。誰が、何故、どうやって自分をここに連れてきたのか。何故、人が居ないのか。そして、ここは、いや、この世界は何なのか。
考えても分からない。考えようとしても、その都度ズキンッと頭に走る痛みが、答えを出すのを妨げる。
やっぱり詰んでるじゃん、と苦笑する。考えれば、この余裕の出所もよく分からない。謎が謎を呼ぶ。ミステリーだ。
よく分からない思考に呑み込まれるのを、強制的に中断する。今のところ、出来ることは少ない。食って寝て、調べるだけだ。とここで、唐突に閃いた。頭の上に電球がピカッ!と光る。
そうだ。身体を鍛えよう!
本当に唐突である。とはいってもただの考え無しというわけでもない。いざというときに、身体能力が高い方が何かと有利だと男は思ったのだ。それに、この男の考えは間違ってはいないのだ。この世界では、身体能力の向上は生きていくためには不可欠なのだから。それを知ってか知らずか、いや、知るわけはないのだが、男は身体を鍛えることにした。
幸いにも、ジムのような施設があったから、それを使わせてもらえばいい。
そうして
男は、食って寝て調べて、身体を鍛えながら日々を過ごしていった。
ありがとうございます