夜が明けて
井戸水を被り全身に浴びた返り血を洗い流しておく。流石に血塗れで村人達と話し合うのはNGだろうしな……鞄から最後の着替えを取り出しごそごそと着替えを行う。予想外に戦闘が続いたので返り血で予備の着替えがなくなってしまった。
身だしなみを整えてから、改めて村長の家へと足を向ける。だいぶ落ち着いてきたのか、先ほどよりは静かになっている……ただ、周囲のゴーレム達を警戒しているのか家からは出てきていないようだ。
ゴーレム達は、アインに指揮権を与えて整列させている。今の状態の村人達では見張りは無理だろうから、今夜はアインとツヴァイに警戒を任せようと思うんだが……
村長の家の扉を開け中に入ると、生き残った男達の目が一斉にこちらへと向けられる……人間とは言え単独でオークを殲滅できると言うのは、やはり警戒の対象となるのだろうな……
「すまないが、村長さんは?」
俺の問いかけに、人の壁を割って一人の老人が進み出てくる。一部の村人が止めようとした様だが、片手を上げて抑えたようだ。こちらを上から下まで眺め口を開く。
「ワシがファーウッド村の村長じゃ。助けて貰ったというのに不躾な態度で申し訳ない。しかし……君は何者じゃね?見たところ冒険者の様じゃが、外の……兵は仲間かね?」
どう説明したものかねぇ。顎に手を当て考え込むが……結局はそのまま正直に言うことにした。
「まず、俺はロック。E+ランクの冒険者です。そちらもご存知だと思いますが、ジョーンズと言う商人の護衛でレスト村に滞在していました」
村長は片眉をあげその名前に反応する。周囲の人たちも知った名前が出たことで幾分か雰囲気が和らいだように感じられた。
「おお、ジョーンズ殿の。ということはこちらに向かっているのかね?」
「いえ、実はレスト村もオークの襲撃を受けそうになっていまして、たまたま居合わせた俺や他の護衛と共に迎撃をしたんです。その際にレスト村でもグラリアへ早馬を出したので、この村のユーリさんが到着した時には既に馬がいなかったんですよ」
村の青年の名前を聞いて村長が食いついてきた。
「ユーリは無事に着いたのかね!」
その勢いに少し押されながらも質問に答える。
「え、ええ。かなり疲労はしていましたが、レスト村には無事に。代えの馬がいなかったので、俺が代わりを提供しました。レスト村からも早馬は出ていますが、ファーウッド村に隊を分けて駆けつけるなら騎士団も代え馬を連れてこないといけませんからね。グラリアに近い位置で捕まえれればその報せも渡せるでしょう」
「そうだったのか……いや、しかし代わりとは一体?あなたの個人所有の馬ですかな?」
うん、普通はそう思うよなぁ。でもその答えは外のゴーレムとも合わせての回答になるんだなぁ。
「そうですね。実際に見たほうが早いでしょう。『クリエイトゴーレム』」
右手の指を家の外に向けキーワードをつぶやく。その仕草に村人達の視線が外に向けられると……地面より巨大な鋼鉄の馬が出現した。その光景に村人たちは驚き戸惑っている。比較的冷静な村長も目を丸くして馬ゴーレムに見入っている……落ち着くまでしばらく待つかねぇ
5分ほど経った頃、ようやくざわめきも収まってきたようだ。村長がこちらに説明を求めるように視線で促してきたので、話を再開する事にした。
「まぁ、見ての通りで、俺は地魔法の使い手です。地魔法にはゴーレムの作成が出来る魔法がありまして、それを改良したのが先ほどの魔法です。そして……外にいる兵はお察しの通り、全て俺のゴーレムです」
「なんと……地魔法で土くれよりゴーレムを作る魔法があるとは聞いたことがあったがのぅ……このような事も出来るのですなぁ」
とりあえず、これで外のゴーレムの説明とここへ来た理由は説明し終えたかな?そろそろ遅い時間だし、オークの襲撃で皆疲れているだろうから、休ませたいところだが……
「とりあえず、これで俺がここへ来た理由は分かったでしょうか?」
村長はしっかりと頷き
「ええ、ユーリより我らの窮状を聞き助けに来て頂いた様ですな……君のお陰でわしらは全滅を免れたようじゃ……感謝の言葉も無い……」
「いえ、それよりも皆さんお疲れでしょう。ゴーレムたちに警戒させておきますから、今夜はもうお休みください」
村長や男達は周囲を見回し、かなりの人数か船を漕いでいることに気がつく。緊張の糸が切れ、我慢の限界が来たのだろう……男達は部屋の奥から備蓄の毛布を引っ張り出してきて、皆へと配りだした。
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翌朝、日の光と共に改めて村を見渡すと、その惨状が良くわかった。家屋の7割が倒壊し、周囲の畑はもはや見る影も無いほどに荒らされている。アインに指示を出して、犠牲者を集めて貰った一角は正視に耐えられないほどだ……ほとんどの遺体が、欠損し一部は身内でも身元が分かるかどうか……
村人達も起き出し、村の惨状を目の当たりにすると、泣き崩れる者、家族を探して走り出す者、呆然とする者など反応はさまざまだ。その中でも村長は比較的冷静な村人に指示を出し、動き始めている。俺も手伝うか……
「おはようございます。何か手伝えることはありますか?」
「おお、そうじゃのぅ。人手が足らんでな、出来れば皆を埋葬してやりたいから、穴を掘りたいんじゃが……」
ふむ、こういう農村は主に『豊穣神 フローディア』を信仰するものが多い、確かフローディアのシンボルは十字架の上部が半円で繋がった様な形状だったはずだな……
「分かりました。墓穴を掘る場所はどこですか?それと、力仕事が必要ならあそこのゴーレム達を貸し出しますので、使ってください」
暗い表情をしていた村長に少しだけ明るさが戻ってきたようだ、生き残った僅かな男達を呼び寄せると先ほどの話を伝える。俺の方でも魔力経由でアインとツヴァイに村人達を手伝う様に指示を出しておく。
「それは助かるのぅ。残った男手だけではいつ片付くか分からんからのぅ」
俺は頷くと村長と共に墓地へと移動する。村から少し離れた位置にある墓地の一角に『ピット』を使って等間隔に墓穴を開けていく。平行して墓石を『クリエイトマテリアル』で生成していく。あっと言う間に必要な分の墓が出来たのを見て、村長が一瞬固まるが、昨日からの衝撃で慣れてきたのか直に立ち直ったようだ。
村長の指示を受け、墓石に名を刻んでいく……顔も知らぬ人達だが、それでも安らかな眠りをと祈らずには居られない……
死者との別れを悼む一方、村の中では瓦礫の撤去が続いていた。倒壊した家屋をゴーレム達が持ち上げ移動させる。ひょいひょいと軽く移動させているが、人がやれば10人でも持ち上がるかどうか…程度には重い。村人たちは家屋の跡から使えそうな物や財産などを回収していた。幸い家屋の下敷きになった村人は居なかったようで、それだけでも少しは救いになったのだろうか……
瓦礫の撤去もひと段落した頃、村長たちが集まって今後の事を話し合っていた。一部の年寄りたちはここに残ることを望んだが、人口の3分の2が失われてしまった状態では村としての機能を維持することは不可能と判断され、一時レスト村へと身を寄せることが決定された。
後にグラリアに援助を申請し、移住希望者がいれば村を再建する方向で話が進んだようだな。どちらにしろ今の状況で、ここに残るのは得策では無いと思う……オークがまた来ないとも限らない中で、村唯一の狩人が死亡している状況では偵察することもままならないからだ。
移動に向けて荷物を皆が纏めているが、家畜は全滅しているため全て自らが背負って移動する事になりそうだ……体力を消耗し、今も満足に休養が取れていない状態でここからレスト村まで移動するのはかなり厳しいと言わざるを得ないのだが……
まぁ、最後まで面倒見るのが筋ってもんだろうしねぇ。馬車でも作るとするか……
形状は単純な荷馬車の形状とした。倒壊した家屋の屋根板を流用し、地魔法で切り、削り形を整えていく。車輪部分は通常の馬車のように直接設置せず、前世での俺の愛車を参考に、独立懸架方式で四輪それぞれにサスペンションを形成して接合した。ゴムタイヤじゃないが、これだけでもかなり乗り心地は良くなるはずだ。
とりあえず詰めれば20人くらい乗れそうな大型の荷馬車が出来たので、こっちに子供や年寄り、女性は乗ってもらうことにした。男と荷物用にワンサイズ小さな荷馬車をもう一つ作り積荷を載せていく。移動の準備や馬車の作成などで結局は日が暮れたため、出発は明日に持ち越しになった。
明日は移動だ……今日は早めに寝るとするかねぇ。
その夜、夢を見た。俺の村が襲われ多くの犠牲者が出る。夢の中の俺は何の力も無い子供だった……騎士団が助けに来た頃には、生き残りは殆どいなかった。感情を抑えれなかった俺は騎士団に向けてこう言い放った。
「な ん で も っ と は や く き て く れ な か っ た ん だ」
分かっている……これが夢だと言う事も、その言葉がただの八つ当たりだということも……そして、これはもしかしたら俺がファーウッド村の人たちから言われていたかも知れない言葉だと言うことも。




