迎撃準備
さて、何をするにせよ雇い主であるジョーンズさんと話さないことには何も出来んしな、村長達とまだ話しているようなので、ちょっと割り込むか……
「なぁジョーンズさん、ちょっといいか?」
ジョーンズさんはこちらに振り向くと、内容を察しているのだろう、少し心配そうな顔で聞き返してきた。
「はい、なんでしょうか?」
「ジョーンズさんとしては、如何するつもりなんだ?知り合いの為に戦うかい?それとも、積荷を捨ててでも逃げるかい?」
その質問に苦痛に耐えるように顔を歪め、口ごもる……現状では、この村を守ることは不可能だろう。自警団とは言え、冒険者でない人たち戦力は獣や低級の魔獣を追い払う程度だ。オーク相手では10人掛かりでも倒せるとは思えない。
そして逃げるにしても、積荷を載せたままでは移動速度の関係で難しいだろう。徒歩の村人達が襲われている間に逃げるなら、逃げ切れるだろうが……ジョーンズさんにとっては、この村の人たちは顔見知りばかりだ。見捨てたときの罪悪感は相当なものだろう……
深く息を吐くと、苦笑いを浮かべながらジョーンズさんが答える。
「商人としては失格なのでしょうが、何年も取引してきた人たちです。見捨てることなど出来ませんよ……何か手伝えることがあれば良いのですが……」
「そうですか、逃げるなら少し考えがあったのですが……護衛がジョーンズさんを守るために戦うのは当然ですから、身を守る為にオークと戦うのは依頼の範疇ですね」
ジョーンズさんは一瞬何を言われたのか分からなかった様だが、どうやら俺の意図に気がついたようで話を合わせてくれた。
「そうですね、たまたま(・・・・)居合わせた村が襲われて、私を守る為に戦うのは仕方が無いですよね」
なぜこんな話をしているのか……それはこの村には、オークの討伐報酬を用意することが出来ないからだ。通常のオーク一匹あたりの報酬は銀貨数枚だったはず、さらに猟師からの報告にあった統率者が支配階級のオーク・エリートであるならば銀貨数十枚の負担になるはずだ。
この規模の村では備蓄は金貨で1枚程度、それと収穫直後なので食料品ぐらいか……それだけの量を放出してしまえば、村自体は助かっても困窮からいずれ崩壊してしまうことになるだろう。だが防衛を請け負って、報酬を貰わないとしてしまうと、今後も似たような事態になったとき、他の冒険者がそれを迫られる事になってしまうため、無報酬という訳にはいかない。
そこで、あくまで俺達はジョーンズさんの護衛中にオークの襲撃に巻き込まれ、やむなくジョーンズさんを守る為に戦ったという事にするわけだ。これなら村側からは無理の無い範囲での謝礼で、出費を抑えることが出来るというわけだ。
ちなみに、ここでジョーンズさんが逃げる選択をした場合、ジョーンズさんとの契約を解除し違約金を払った後、俺が貴族として民を守るために戦う……と言う事にするつもりだった。仕事中は冒険者の身分が優先されるが、依頼を受けていない時なら貴族としての義務が発生するから、民を守るのは当然というわけだな。
これにジョーンズさんが賛同したのも、顔見知りの村を見捨てたくないと言うのも有るだろうが、商人としても打算も有るだろう。現在のジョーンズさんの収入源はグラリアとレスト、ファーウッドへの定期行商が主になる。これを失うのはかなりの痛手のはずだからだ。
周囲の村人はともかく、村長はさすがに年食ってるだけはある様で、俺達の会話の裏側をしっかりと読み取ったようだ。
「巻き込んでしまってすまないが、手伝って貰えるならありがたいのう。無論村人でないおぬし等に最後まで戦ってくれとは言えないが、もし無事に生き延びれたら出来る限りの礼をしましょうぞ」
小次郎さんや千鶴さんたちには申し訳ないが、仕事だからね。一緒にがんばって貰おうか……ドルフさんが既にガクガクしているのは、見なかったことにするか。
「それじゃ、まずはグラリアに報せを運ばないとな。早く動けば明日の夕刻には騎馬隊が来れるだろうし……」
村長さんは頷くと
「それならば今用意しとるよ、どの村でも早馬用に一頭は居るからのぅ。村で一番乗馬が上手い、わしの息子が行く手筈になっとる」
ふむ、村長の息子ならば納税時などで顔も知られているだうし、妥当な選択だろうね。なら次は守るための準備だな……遂に大々的に使うときが来たんだなぁ
「なら、もう時間もないし急いで作るかねぇ……村長さん、これからちょっと刺激的な事が起こるけど……混乱を抑えてくれるかい?」
俺の言葉に首を傾げるが、説明している時間も余りないしな。一発かましますか!
『グラウンドサーチャー』で周囲の地形を把握し、脳内に作業後の状態をシミュレートする。一部の畑が巻き込まれるが、収穫後の麦畑のため、被害はなさそうだ……後で戻すから問題ないだろう……
俺は地面に手をつき、シミュレート通りの形状になる様に魔法を発動する。
「『ムーブマテリアル』」
魔法が発動し、周囲の地形に変化が起こる。村側から見ると、柵の外側の地面がどんどんと盛り上がり、壁へと変わっていく。ものの数秒で門を除く村の周囲が高さ4メートルを超える壁に囲まれた。そして壁の外側には同じだけの深さを持つ堀が刻まれている。魔法により厚さ2メートル半。高さ4メートルの土を村の周囲全てで移動させたのだ。
周囲の余りの変化に皆沈黙している……だがこのままの土壁ではオーク相手に崩されてしまうだろう。
「『チェンジマテリアル』」
出来上がった土壁に対し、構造を変質させる。巨大な土壁は継ぎ目の無い一つのレンガブロックへと変わった。内部の結合密度を通常のレンガより上げたので厚みは2メートルに減ったが、強度は下手な鉄よりも高くなったはずだ。
「は~、話には聞いとったけど、実際見るととんでもないなぁ。そらこんなもん、人には見せれへんで」
プミィさんは感心した様に感想を口にするが、他の人たちはいまだ驚きから立ち直れないようだ。村の奥から馬の足音が聞こえ、一頭の馬が広場へとやって来た。
「親父!こりゃあ一体なんだってんだ!?」
30歳くらいの男性が馬から下りて村長に問い詰める。たぶん村長も分かってないから聞いても無駄な気がするが……
「そ、それが……わしにも訳が分からんが……おそらく、あそこにいる青年がやったんじゃと思う……」
その言葉に皆の視線が俺に集中する。俺はその言葉を肯定するように頷き言葉を返す。
「ああ、この壁は俺が作った。まずはオークに周囲から一気に攻められないようにする必要があるからな」
その言葉に村長を含め皆が絶句する。
「い、いや……作ったってそんな簡単に……」
どう説明するかねぇ。そんな事を思っていると、プミィさんがふよふよと前に進み出た。
「あんな、ロックはんはとんでもない魔法の才能が有るんや。せやけど普段は使わんようにしとるんや。無理やりにでも取り込もうとする奴も居るやろうし、使うんが当たり前やと思われたくないからや」
その言葉に、村人は納得できない部分があるようだが……ジョーンズさんや村長は気がついたようだ。
「なるほど、その力は確かに便利でしょうな。ですがそれを当たり前と頼れば、失われたときのダメージは計り知れないでしょう」
「そう……ですね。たとえばロックさんが居れば、城壁の建築などあっと言う間でしょう。そうなればもはや城壁の建築技術は無用の長物と成り果てる。そうしてロックさんが死ぬまで30年40年と経てばもはや城壁と作れるものなど居なくなっている事でしょうね」
この世界には、技術書なんて物はない。師の下で技術を学び伝えていくため、新たな弟子が居ない技術職はそのまま廃れてしまうのだ。そして一度無くなった技術を再度同じ水準まで戻すのは、廃れる時間より圧倒的に長く掛かるだろう。だから突出した力というのは余り使うべきではないと思うのだ。
「ああ、だが今はこの力が必要だろう?いくらなんでも全周囲からオークに攻められたら、どうしようも無いからな」
村長がこちらを見やり質問を投げかけてくる。
「所でお尋ねしたいのじゃが、一箇所だけ壁が無いのはなぜじゃね?全て囲めばオークは入ってこれんじゃろうに」
「ああ、まずグラリアへ早馬を出して貰う為に道を空けているのが一つ、もう一つはオーク相手に罠を仕掛けるためだな」
「そういえばそうじゃのぅ。なんにせよグラリアへ使者を出さぬ事には始まらんか……ベイルよ、ボケっとしておらんとさっさと行かんかい!」
村長に一喝され慌てて息子は馬に飛び乗り、駆け出していった。確かに乗馬は上手い様だな。かなりの速度を出しているのに全然バランスが崩れていないし……
こうしてオーク相手の防衛戦を行うための準備を皆で協力して行い(この時プミィさんの植物魔法をはじめて見たりした)男達は何人かに分かれて其々に役割を振り分け、女達は食事や治療の準備、それと売るつもりで採取してあった薬草を使用してポーションを作って貰うことにした。非常時ということでレシピは俺から公開したが、それを他所に教えないように約束させた。
門の外で最後のチェックをしていると、森側が騒がしくなってきた。茂みから草を掻き分け、枝を踏み折る音が響き。森からオーク達が飛び出してきた。どうやら全てのオークが出てきたようだが……その数、約30余り……はぐれや、食料調達の部隊ではありえない数だ……
オークに対し鑑定を行う
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名称:オーク・ファイター
氏族:ゲランバル氏族
説明:『黒緑の森』のオーク氏族『ゲランバル』の戦士
生まれながらに持っている闘争本能を鍛え上げた
オーク族の戦士階級
通常のオークより更に筋力と耐久力が向上している
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名称:オーク・エリート
氏族:ゲランバル氏族
説明:『黒緑の森』のオーク氏族『ゲランバル』の貴族
通常のオークをはるかに上回る力と頭脳を持つ
また、戦闘も技術と力を用いて戦うため
並みの戦士では一対一で勝つことは不可能
また、全てのオークは嗜虐性が高いが、階級が上がる
ほどその嗜虐性も増していく傾向がある
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さぁて、こっからが正念場だぜ。オーク共に目に物見せてやるとしますかね!!




