後始末と再会
決着がついた後、馬鹿共は襲撃事件の犯人として衛兵に連れて行かれた。なんか剣を投げるのは卑怯とか叫んでたけど、投げちゃ駄目とか言われてねぇよ?というか弓使いとかが相手の場合も、遠距離は卑怯とか言うつもりなのか?
モルガナさんがそっと耳打ちしてくれたが、あいつ等のような三男以下の息子は、嫡男や何かあったときの為の次男と違い、あまりがっちり教育をしないらしい。そのため貴族としてのプライドばかりが肥大する傾向が強いんだとか……
コールフィード卿に一度客間まで来てくれと言われたので、エイナたちを連れて移動することにした。しばらく待っていると、コールフィード卿が羊皮紙を持ってやって来たので、立ち上がり出迎える。
「ああ、よいよい。今はおぬしらしか居らんからのう、そこまで畏まらんでよい」
先ほどまでの領主としての顔ではなく、娘に甘い親父みたいな面になってるなぁ。直接エイナに指導してたら甘やかしそうだな……
「先ほどの決闘、なかなかに面白いものが見れたのう。エイナよ、お主良い男を捕まえたようじゃな」
なんちゅうか、親戚のおっさんみたいな台詞に、エイナが頬を染めて頷いている。くそ!この場でなければナデナデしていると言うのに!
「はい、おじ様…ロック様はお強いでしょう?それにとてもお優しいですし……他の女性がたくさん寄ってこないか心配ですわ……」
うーむ、俺としてはエイナとエマさんが居れば十分なんだがなぁ。そりゃ困ってりゃ助けるかも知れねぇけどな
そんな事を考えていると、コールフィード卿は少し困ったような顔をして
「そうじゃのぅ、優秀な男に女が群がるのはいつの時代も変わらんが、その辺はお主とエマ殿じゃったか?が手綱を握るしかないじゃろ」
その台詞を聞いてエイナは何を勘違いしたのか、拳を握り締めとんでもない台詞を口にした
「分かっておりますわ。お母様から伝授されたテクニックでロック様を虜にすればよろしいのでしょう?」
その瞬間、全員の視線がモルガナさんに集まった。あんた何を教えてんの?………モルガナさんは扇子で口元を隠し、ホホホと笑ってごまかしてたが………
「ま、まぁその話はええじゃろう。ところでロック殿、先ほどの決闘でフェリオの足を取った後の動きは一体なんじゃったんじゃ?あんな組打術は見たことがないぞ?」
「アレですか。あれは私のオリジナルなんですが、一対一の対人戦を想定とした格闘術ですね。主に崩しと投げそれから関節の破壊を主眼においた、対象の無力化を目的としています」
コールフィード卿はその言葉に興味を引かれたようだ。身を乗り出して詳しく話を聞きたいと言ってきた。コールフィード卿と言うか、この町の貴族は殆どが騎士階級であり、軍人の家系である。森からの侵攻を防ぐため官僚は最低限しか居らず、軍閥が大半となっているのはある意味仕方がないとも言える。
コールフィード卿も第一線は退いているが、それでも武人であることに代わりはなく、未知の格闘術に興味を引かれたようだ。小一時間ほど掛けて、投げや関節技の概要と訓練時の注意点を説明すると、コールフィード卿は騎士団の一部の訓練メニューに加える気になったらしい。上手く使えば捕縛術としても利用できるからなぁ
「いや、なかなか面白い発想じゃ。確かに甲冑ではそういった部分は守れんからの。……それで本題じゃが、先ほどの決闘で彼奴等から奪い取った貴族位じゃが10人分あるからの、一人分はお主の物として名誉貴族に列せられるとしてじゃ。残りを如何するね?」
「そうですね……では閣下が相応しいと思う平民出の騎士様方に下賜されてはいかがでしょうか?下賜の理由はお任せすることになってしまいますが……」
その言葉にコールフィード卿は顎鬚に手をやり、しばし思案すると
「ふむ、それはこちらとしてありがたい話じゃな。平民出と言うだけで、発言を軽んじられることもあるからのぅ。まったく嘆かわしいことじゃが……しかし、それではロック殿の丸損じゃろう?わしに出来る事があれば力になるぞ?」
そうだなぁ、名誉貴族になることでエイナとの婚約は可能となるだろうが、やはり実績がないが故の圧力はあるだろう……コールフィード卿に婚約を承認してもらえれば少しは和らぐかねぇ。
「では、今後こういった事が無いように、エイナとの婚約の立会人をお願いできませんか?決闘で得ただけの貴族位では、周囲の方々も納得仕切れないでしょうが、親交のある閣下がお認めになったとあれば、表立って口にする方も減るでしょう」
「そうじゃのぅ、わしが間に入れば少なくとも当主や嫡男は口出しせぬじゃろう。今回の様に部屋住みの三男以下が暴走する危険は孕むじゃろうが、それについてはお主の貴族位を利用して対抗できるはずじゃ。何よりエイナも望んで居る様じゃし、わしは一向に構わんよ。ただ、それだけじゃと礼には少し足りぬし、少しばかり金子を用意させようではないか」
遣り取りをじっと聞き入っていたエイナだったが、言葉の意味が浸透してくると感極まったのか抱きついてきた。モルガナさんが口では「はしたないですよ」と注意していたが、顔は完全に笑っていたな。
「ロック様、私嬉しいですわ。エマお姉さまと共にロック様をお支えいたしますから、末永く可愛がってくださいませ」
そう、いつの間にかエマさんの事をお姉さまと呼ぶようになっていたんだよなぁ。エイナの頭をぽんぽんとあやしつつ、ちょっとこの場では失礼だよなぁと思っていた。コールフィード卿もエイナを微笑ましい目で見てたので問題ないのかも知れねぇけどな
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コールフィード卿から頂いた金貨5枚を足すと、ようやく目標額に到達したので、『無限の鞄』を買うためにプミィさんと魔道具屋へと向かった。こういうアイテムは個人所有とはいえ実際にはチームで利用することになるだろうし、プミィさんなら経験から足元を見られることもないだろうと言う判断の元、一緒に行くことになったわけだ。
カラン、カラン
扉に付けられたベルが鳴り、カウンターに座っていた店員がこちらに視線を向ける。若い俺を見て、上客では無いと判断したのか、手元の伝票整理の作業に戻ったようだ。プミィさんが慣れた様子で、物を物色し『無限の鞄』を鑑定していく。どれも外見は普通の革鞄だが、以前ロベルトさんに見せてもらった物より色が褪せている様に見える。効果はどれも同じらしいが、デザイン的に一番使いやすそうな中型の物をチョイスした。間口が広く重量がプミィさんでも持ち上げれる物を選んだ結果だな。
『無限の鞄』を持ってカウンターへ行くと、店員が訝しげな顔でこちらを見ている。どうやら本当に払えるか疑問に思っているようだな。
そして、ここからプミィさんの交渉術が炸裂した。まず相手から金額を提示させた後、皮の日焼けからこの商品が頻繁に売れる物でない事や、売れないでも掛かる維持費、さらに別の店の提示額(いつ調べたんだろうなぁ)を巧みに使い、いつの間にやら金貨10枚から金貨7枚に値下げさせ、おまけとして着火の魔道具まで付けさせていた。おおう、店員が真っ白に燃え尽きておる……プミィさん、恐ろしい子!!
プミィさんは一仕事終えた男の顔で、こちらに向かいサムズアップをして来たので、俺も返しておいた。俺は値切るのが苦手なんだが、こういう風にやるんだなぁと関心してしまったぜ。
その後、ついでにくたびれて来たラウンドシールドを鋼鉄製のヒーターシールドに交換し、プミィさん用の矢の補充もして今日は解散した。
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いつものように、討伐と採取を済ませギルドへ戻ってくると、エマさんから声を掛けられた。
「ロックくん、ちょうど良かったわ。『グローリーハンド』の人たちが戻って来てるわよ」
「ロベルトさんたちか……と言うことはジョッシュさんも一緒なのかな?」
エマさんは小首をかしげ
「『グローリーハンド』が契約している商人さんなら一緒みたいよ。『森のクマさん』で待ってるそうだから、行ってみたらどうかしら」
「そうだな、プミィさん、俺がこの町に来るときに世話になった人たちが戻って来てるみたいなんだけど、一緒に行かないか?紹介もしたいしな」
プミィさんはにこやかに笑うと、
「おお、それはぜひ挨拶せんとなぁ。ロックはんの恩人ならわしにとっても恩人みたいなもんやさかい」
うむ、なら決まりだな。早速いくとするかねぇ
ついた『森のクマさん』の中は既にカオスと化していた。ジョッキと服が飛び交い、暴れる冒険者とそれを殴り飛ばす店の親父、尻を触ろうとする手をすべて紙一重で避ける看板娘と、直後に頭に直撃するお盆……酔っ払いはこえぇなぁ
そんな中、比較的まともな部類にジョッシュさんとロベルトさんが居た。グレッグさんとウィムさんはさっきの半裸の集団に居た気もするが、見なかったことにしよう。
「おお、ロック!!随分と立派な出で立ちじゃねぇか。おめぇさん結構噂になってるぜ」
「ロベルトさん、ジョッシュさんお久しぶりです。こちらはプミィさん、俺とチームを組んでもらっています。」
プミィさんは、黒揚羽族の伝統ポーズ(半身で振り返りながら左手を腰にやり、右手は横ブイで目の近くと言う意味が分からんポーズだ)で挨拶をしていたが、既に出来上がっている二人には問題なく受け入れられたようだ。
「初めましてや、ロックはんと組ませてもらっとりますプミィちゅうもんや。あんじょうよろしゅうに」
その名前にジョッシュさんが反応した
「プミィさんですか、確か『七色揚羽商会』の代表では?」
「そやでー、今は事情があって若いのに店を任せとるけどな」
その後、プミィさんの事情や俺の噂(いわく、難攻不落の受付嬢を落とした。斬新なゴーレムを連れていた。脅威の達成率など)を酒の肴に、酒を酌み交わした。
「しかし、ロックくんはすごいですねぇ。今まで失敗が無いそうじゃないですか」
ジョッシュさんが感心したように言うが、失敗してない訳じゃねぇんだけどなぁ
「そんなことないですよ。以前Gランクの依頼を受けたときは、足の悪いおばあさんの代わりに買出しをするって事だったんですが、まだ物の相場を良く分かっていない上に、値切るのが基本て事も知らなくって随分余計な出費をしてしまったんです。あの時は、凹みましたよ」
ロベルトさんが、ジョッキを傾けながら
「だけどよ、討伐系は失敗したことねぇんだろ?十分対したもんだと思うぜ?」
「そりゃ、最初の方は魔獣と言っても、野生動物に毛が生えたような物ですからね。村で追い払ってた猪や熊に比べれば弱いほうですし、お使いの失敗以降は事前に調べれることは全部調べてますから」
ロベルトさんは関心したように、こちらを見やる。なんか目が久しぶりに会った甥が予想以上に成長していた時みたいな目だなぁ
「こりゃもう坊主とは呼べねぇな。そうやって失敗を冷静に分析できる奴は長生きするもんだ」
プミィさんもウンウンと頷き
「そやねぇ、若いときは無謀と勇気を履き違えがちやけど、ロックはんはきちんと引くべきタイミングを間違えんと思うで。娘が冒険者になるときは、ロックはんが面倒みてくれへんやろか?」
プミィさんの娘さんか……お世話になってるから預かるのは問題ないけどな、まだ先のことだし今すぐ決めなくてもいいと思うけどなぁ
「俺は構わないけど、でもプミィさんが冒険者になったのって、娘を諦めさせる為じゃなかったっけ?」
プミィさんは飲んでいたエールを噴出し叫ぶ
「そや!あんまりにも順調やから忘れ取ったわ!!あかんー諦めさせる理由が見つかれへんー」
プミィさんが混乱のあまり、なぞの踊りを始めた……あんまり口出ししないけど、止める理由がないなら、プミィさんの経験を元に冒険者になる準備を進めさせるのも手じゃねぇかな?
成りたい!だけじゃあぶねぇだろうが、経験者のノウハウがあれば、危険度はグンと下がるだろうしなぁ
そんな考えをとりあえずこの踊りが終わったら伝えてみるかと思いつつ、酒場の夜は更けていった。
ロックは前世の社会人としての経験から、意外と安全マージンを取りたがります。
ただ、こちらの世界では15年分の経験(田舎ぐらし)の為、常識に疎い部分もあり、そういった点で細かい失敗をすることがありますね。
2013/1/14 誤字修正しました。ご報告ありがとうございます




