襲撃
「いやー、予想以上の売り上げやったわ。特にヌイグルミが好評でな、今後も定期注文が取れそうやねん」
プミィさんが自分の半分ほどもあるジョッキを傾け、エールを呷りながら上機嫌に語っている。孤児院の露店は例年をはるかに越える売り上げだったようで、冬場の蓄えを取り戻すことが出来たようだ。プミィさんプロデュースのお好み焼きのようなもの(便宜上『妖精焼き』とでも呼ぶか)も珍しさもあり完売御礼となったらしい。
「そいつはよかった、協力した甲斐があったってもんだな」
プミィさんはうんうんと頷いていたが、ふと思い出したようにニヤリと笑い
「そういえばロックはん、あんさん子供らに隠れてご褒美作っとたやろ?あの子らえらい喜んではったで?お礼したい言うてたから今度顔出しにいきまひょか」
俺はエールを呷り、片目を瞑る
「ははは、アレは神様からのプレゼントさ。頑張っている子供達へのね」
「ロックはんは気障やなー、わしがそんな事言うたら嫁が爆笑するで。美形ちゅうんは得やでほんまー」
プミィさんと嫁さんの間に何があったかは聞かないほうが良さそうだなぁ。特に酔っ払っている今はかなり危険なにおいがするし……
大分夜も更けてきたので、そろそろお開きにすることにしたんだが……プミィさん、あれ大丈夫なのか?ジョッキに頭が嵌まってたけど、窒息しねぇだろうな?まぁビルさんが回収してたから、問題ないだろう。
酔い覚ましもかねてふらふらと道を歩く。今日は月が明るいから明かり無しでも問題なくて楽だねぇ。そう思いつつ歩いていたんだが……誰かつけて来てやがるな。『アースソナー』で確認した所、10人て所か……金属鎧の擦れる音が普通に聞こえてきてるんだが……もしかして隠れている積りなんだろうか?
とりあえず、わざと人通りの少ない道を通って見たが、全員付いて来てるなぁ……やっぱり俺に用があるのかねぇ。
『商業区 2番街』の広場で立ち止まり相手の出方を伺ってみる。少数の露店が店じまいをしているが、他の店舗はすべて明かりを落としている。どうやら俺が動く気がないと悟ったらしく、半円で囲むように包囲してきた。
視覚強化魔法『インセンスドアイ』はいくつかの効果を使い分けることが出来るが、今回は猫の様に瞳孔を大きく広げナイトサイトの効果を引き出しておく。どうやらこいつ等はこれだけ明るいのに夜なら顔を見られないとでも思っているのか、大胆に近づいて来てるな。
周囲を囲んでいる奴らはどいつもこいつも、ニヤニヤと笑ってやがるが……うん、アホだ。服装が明らかに庶民には買えそうも無い、高級品ばかりじゃねぇか……隠す積りがあるのか無いのかどっちなんだよ。
俺が頭を抱えていると、中央のリーダーらしき(なんか一番偉そう)な奴が話し掛けてきた。
「おい、貴様がロックだな」
無論、こんな不躾な質問に答える気は毛頭ない
「………」
黙っていると、右隣にいた奴がいきなり怒鳴りだした
「貴様!!答えんか!!」
いや、切れるの早えよ。どんだけ気が短いんだよ、小魚食べるか?迷信らしいけど……しかたねぇなぁ、相手をしてあげるか。
「いんや?俺はナナシーノゴンベってんだよ?」
ちょっと遊んで上げただけなのに、今度は左隣が怒鳴りだした。お前らもうちょっとユーモアを解さないと人生楽しくないよ?
ぎゃあぎゃあと喧しい奴らにそろそろ苛立ってきたので、真面目に相手をしてやるかぁ
「わかったわかった、俺がロックだったとしてだ、それが如何したってんだ?」
「貴様、なんだその無礼な態度は!!」
「ん?貴族だと認めるのかい?こんな暗がりで囲むから隠したいのかと思ったんだが、余計なお世話だったかね?」
そう言うと、さっきまで騒いでいた奴らが一斉に静かになった……えーと、まさか本気で気がついてなかったのか?
リーダーが手を上げて他の奴らを静めると、こちらに向かって話し掛けてきた。
「ばれてしまっては仕方ないな。本来は穏便に済ませようと思っていたのだが……キミ、僕にハウルガンとの契約書を渡してこの町から出て行きたまえ。そうすれば命だけは助けてあげようじゃないか」
………は?いや、いくらなんでもここまで馬鹿だとは思わんかったぞ?こいつ等どんな教育を受けてきたんだ?
俺はジト目で馬鹿どもを見つめると、きっぱりと言い放つ
「話にならんな、さっさと家に帰って勉強しなおせ。今のうちに取り戻しておかんと、将来家をたたき出されるぞ?」
馬鹿共は一瞬何を言われたのか理解できなかったのか、ポカンとしていたが……理解が進むと共に顔を怒りで真っ赤に染めて怒鳴りだした。
「貴様!貴族である僕が命令しているんだ!平民のお前は黙って言う事を聞け!!」
「はぁ、貴族だろうがなんだろうがアレは俺とハウルガン家の間で取り交わされた契約だ。たとえ契約書をお前が持ったとしてもまったく意味は無い。ちなみに俺を脅しても無意味だぞ、契約は双方が了承しない限り第三者への譲渡は出来ないからな」
リーダーは何を言っているんだコイツは?見たいな顔でこちらを見ている……え?これも理解できねぇのかよ、契約の基礎だぞ。
「ええい!つべこべ言わずに渡せばいいものを!お前ら少し痛めつけてやれ!!」
リーダーの号令で取り巻き共が一斉に剣を抜き放ち、突きを放って来た。俺は比較的隙間が大きかった2番目と3番目の間に飛び込み、抜き放ったロングソードで2番目の突きを弾きつつ、半身の姿勢で3番目の突きをギリギリでかわす。ここまで接近すると他の奴らも同士討ちが発生する危険があるため、迂闊に追撃はできまい。
左足を3番目の左足の裏に引っ掛けつつ、左手で突きを放った右腕を掴む。剣を振った反動を利用して体を右に捻り、3番目の体を崩し投げ飛ばす。まぁ運が悪けりゃ持ってた剣が刺さるくらいだ我慢しろ。
こじ開けた包囲網から、一足飛びに抜け出すことに成功する。さて……このまま殲滅してもいいんだが、少し脅してみるか。
「お前ら、剣を抜いたんだ……当然ぶった切られる覚悟は出来てんだろうな?」
そう言い放ち、切っ先を一番手前の男に向ける。
流石に本気だと気づいたのか、何人か後ずさり始めたんだが……リーダーが発破を掛けやがった
「お前たち、何をしている!相手はたかがEランク一人だぞ!!負けるわけが無いだろうが!!」
俺はニヤリと笑うと
「ふん、負けるかどうかはしらねぇが、半分は死ぬぞ?とりあえず最初に掛かってきた奴は、確実にぶった切る!!それでもいい奴は掛かって来い!!」
………どうやら動けないようだな。さてと…そろそろ来てもいい頃なんだが……お、足音が聞こえてきたな。
物音を聞きつけてやって来た騎士団が、この状況を見て困惑しているようだ。そりゃそうだよなぁ、10対1で双方剣を抜いてるんだから、どういう状況かわからんか……
「これは一体どういう事なんだ?」
隊長らしき騎士の問いかけに、俺と馬鹿どものリーダーが同時に相手を指差し答えた。
「こいつ等が襲い掛かってきたんだ」
「こいつが襲ってきたのだ」
完全に食い違う主張に隊長は頭を抱えたが、集団の方が貴族であると気づくとこちらに話しかけてきた。
「おい、お前が襲ったので間違いないな?」
は?何で断定口調なんだよ、身分差だけでまさか証言に重みを付ける気じゃねぇだろうな?
「いや、さっきも言ったが、俺が(・・・)襲われたんだ。こいつ等が俺の持っている証文をよこせと脅してきたのさ」
「証文?何の話だ?」
「とある貴族との契約さ、名前は出せんがね」
俺と隊長との会話を聞いていた馬鹿どものリーダーが割り込んできた。
「うそだ!こいつは私たちにいきなり襲い掛かってきたんだ。さあ早く拘束して処刑してしまえ!!」
その言葉に隊長があきれたような言葉を返す
「馬鹿を言うな。証拠もないのに処刑できるわけがないだろう」
ふむ、いきなり襲い掛かったねぇ……
「なぁ、いきなりって事は不意打ちって事だろう?」
「だ、だからどうしたと言うのだ!現に彼はお前に襲われて怪我をしているではないか!」
そう言って指差したのは、先ほど俺が投げ飛ばした男だが……多少擦り傷があるようだが、非常に元気そうだな
「俺は金属鎧に盾を背負ってるんだが、どうやって奇襲するんだ?待ち伏せしていたのか?それと10人相手に襲い掛かるとか馬鹿のすることだぞ?」
「そ、それは……」
リーダーの不利を悟ったのか、馬鹿共が一斉に捲し立ててきたが、ぜんぜん説明になってねぇな。隊長も苛立ってきたのか、俺とリーダーの二人を残して他は身元を確認して帰らせたようだ。
その後、それぞれの主張を聞き取りされ、その日は家に帰ったが……かなり遅くに帰ったため、エイナとエマさんにどこに行っていたのか問い詰められてしまった。
状況を説明したところ、エイナから領主に俺の証言を保障すると伝えてくれるとの事だが、どれほど効果があるのかねぇ
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3日後、領主から呼び出しがあった。結局辻褄の合わない馬鹿共の主張を重点的に聞いてたらしいが、一向に撤回しないため領主立会いの下で決着をつけることになったらしい。
一応エイナとモルガナさんも一緒に行ってくれるらしいので、面倒だが行くかねぇ
領主の城砦は相変わらずでかいな……槍を持った門兵にモルガナさんが家名と目的を告げると、目的地へと案内してくれた。戦時の防御力を考えてわざと複雑な作りにしてあるため、初めて入った人間はほぼ確実に迷子になること請け合いだ。一端の階段を上って、また下りて右へ左へ曲がりと迷路のような道順をたどり漸く客間へとたどり着いた。
室内に入ると既に馬鹿共は来ていたらしく、エイナとモルガナさんを伴った俺を見て驚きに顔を歪めている。
「コールフィード閣下、お呼びにより参上いたしました」
領主であるコールフィード卿は鷹揚に頷くと、周囲を見渡し口火を切った。
「さて、君達に集まってもらったのは他でもない、君達の諍いの内容が大きく食い違うことについてじゃ」
馬鹿共のリーダーが、手を上げ
「閣下、その前にお聞かせ願いたいのですが、なぜハウルガン子爵令嬢と奥方がここに?」
「ふむ、ハウルガン家が彼の証言を保証しているからじゃが、どうかしたかね?」
コールフィード卿がなんでもないような口調で答えると、リーダーはあからさまにうろたえ始めた
「ま、まさか下賎な平民の戯言を、ハウルガン家が信じるとおっしゃるのですか!」
その言葉にエイナが柳眉を立て怒鳴ろうとしたが、ギリギリで思いとどまり唇をかみ締めて我慢したようだ。うむ、場所考えて我慢したようだな、ちゃんと成長しているようで何よりだ。そんな風にエイナを観察している間にモルガナさんが答える。
「あら、ロック様は私達にとってかけがえのない恩人ですもの。信じるに余りありますわ。それにあなた達を襲う理由がロック様には御座いませんもの」
その言葉にリーダーは愕然とした表情で立ち尽くす。もしかしてエイナたちは自分の味方だとでも思ってたんだろうか?借金から救う正義の味方でも妄想してたのかねぇ。
「な、何をおっしゃるやら。こやつが我々を襲った理由など明白でしょう。貧しい平民が我らの懐を狙ったに決まっています」
その言葉に、モルガナさんが異を唱える
「あら、ロック様は私たちの窮状を救うほどの財をお持ちですのよ?あなた方の懐を狙うほど困窮していらっしゃるとは到底思えませんわね」
もっともな正論にぐうの音も出なくなったのか、ようやくリーダーは黙り込んだ。それを見計らってかコールフィード卿が周りを見渡し、言い放つ。
「そろそろ良いかの?先ほどの言い合いでもそうじゃが、すべての言い分が食い違っておってな、このままではどうにも解決しそうにないのじゃよ。よってこの案件を代表者による決闘を以て決着を着けようと思うのじゃ」
随分と強引だなぁ。俺たちの証言と比べて相手の内容は矛盾だらけだと思うんだが、やはり貴族って部分が足かせになってるのかねぇ。そう思っているとコールフィード卿がこちらを意味ありげに見つめていることに気がついた。俺の方も気がついたと見るやコールフィード卿は
「さて、決闘といってもロック殿は平民、ルールなどを知らぬであろうから、わしから説明をさせて貰おうかの。ロック殿あちらの部屋へ来てもらえるかね」
そう言って一足先に別室へ向かったコールフィード卿を追いかけて、客間を後にした。一礼して部屋に入り扉を閉めると、コールフィード卿に手招きで呼び寄せられた。
「ロック殿、此度の件大層不満もあるじゃろうが、話を聞いてくれんかね?」
「ええ閣下、何かお考えがあることと存じますが、お聞かせ願えますか?」
コールフィード卿はうむうむと頷き説明を始めた
まず、俺の予想通り個別に聞き取りをした際に、あきらかな証言の矛盾がいくつもあったらしい。しかし明確な第三者からも証言や物的証拠が現在のところ見つかっていないことから、証言のみで貴族を断罪することができないという事らしい。(これは王国法典に記載されている貴族法なので、例え国王でも証拠がなければ裁けないそうだ。自浄作用的に問題ありすぎじゃないかと思わないでもないな)
さらにこのまま日がたつと、あいつ等は高確率で証拠を捏造するだろう(目撃者をつくるとか)から、今のうちに決闘にて決着をつけてしまおうと言う事らしい。ちなみに彼らの父親たちは、既にこの対処について了承済みであり、如何なっても構わないと言っているらしい(普段から問題ばかり起こしてやがったなさては……)
「……というわけじゃ。それで決闘のルールじゃが、普段であればファーストブラッドを用いるんじゃが、それでは彼奴等の獲物が有利すぎるでの、サレンダールールを使おうと思うとるんじゃ」
「サレンダールールですか……具体的にはどのようなルールなんでしょうか?」
「うむ、まぁ読んで字のごとくどちらかが降参するか死ぬまで戦うルールじゃな。基本的にそれ以外の制約は存在せんが、さすがに毒物なんかは違反になるかのぅ」
ふむ、なんでも有りならかなり有利だと思うが、あいつ等がそれで納得するとは思えねぇんだけど……
「ですが、そのルールを彼らが呑むでしょうか?」
「そこは決闘の承認者であるわしが決める領域じゃからな、問題はないぞ」
「わかりました。ではそれでお願いいたします」
コールフィード卿は心得たとばかりに頷き、共に客間へと戻っていった。
「さてと、待たせたの。決闘の代表者は前へ」
俺がコールフィード卿の前に向かうと、馬鹿共からは当然のようにリーダーが出てきた。どうやらかなり自信があるようで、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべている。
「ロック殿とフェリオだったかの?フィーダン男爵の所の三男の」
「左様にございます。閣下」
「では、決闘の立会人はわしが務めるが、双方異論はないの?」
どちらも頷いたことで、立会人が成立した。さらにコールフィード卿がルールを説明したところで、馬鹿共からざわめきが出たが、既に立会人を認めているため口を挟むことができないようだ。やっぱりファーストブラッドだと思い込んでたのかねぇ
決闘の場所として中庭を使用することが宣言され、皆で移動する事となった。
「ではこれより決闘を始める。決闘にあたり揉め事の正当性以外にひとつ賭けることができるが、何かあるかね?」
コールフィード卿がそう言うと、フェリオが左手をあげてのたまう
「では、卑劣な手段で苦しむハウルガンを救うため、証文をかけてもらいましょうか」
……この期に及んでまだ諦めていなかったのかよ……執念深いというか、空気が読めないというか……
「ふむ、ではロック殿は代わりに何を望むかね?」
「そうですね、元はといえば証文を狙って襲ってきたようなやつらですし、彼らが貴族であることそのものを賭けてもらいましょう」
コールフィード卿は面白そうに笑うと
「かっかっか、ではロック殿は負ければ証文を手渡す、フェリオ以下は負ければ平民じゃ。わしが認める!」
おお、動揺しとる動揺しとる。思わぬ結果になって混乱ってとこかねぇ。ああ、楽しくなってきたぜ
5メートルほどの距離を置いて互いに向かい合う。相手の獲物はレイピアほどではないが細身の直剣のようだな、構え方がほぼそのままなので、多少は威力重視を考えた結果なのだろう。対する俺は右足を後ろに下げた半身の姿勢で盾を前に構えているオーソドックスな構えだ。
コールフィード卿が少し離れ、決闘の開始を合図した!!
開始した瞬間、フェリオはこちらに向かって駆け出した……が、そこへ俺がロングソードを振りかぶりフェリオ目掛けて投げつけたため、必死になって避ける。走っている途中で避けたため、体勢が崩れた上何を思ったのか口を開きかけてた所で、既に懐に潜り込んだ俺の姿が見えたようだ。
剣を投げたことで空いた右手を握り締め、フェリオの左の肋骨目掛けて拳を叩き込む!
ゴギ…メキャ!!
骨の砕ける音が拳から伝わってくる。あまりの痛みからか、無意識に左手をわき腹に伸ばそうとしてるフェリオに、さらに追撃を加える。意識が留守になっている左足を掴みドラゴンスクリューを仕掛けて引き倒す。さらにそこからヒールホールドに移行する。
完全に極まったフェリオの膝関節からミシミシと音が鳴っている。もはや激痛に声も出ないらしく、降参すらできない様子だが……こいつに手心を加える理由が一切見当たらないので、容赦なく力を加え膝を破壊した。
手を離すとフェリオはのた打ち回り、もはや人間の言葉を発していない。俺は投げたロングソードを拾い上げるとフェリオの首筋に当て、問う
「どうする?今降参すれば命だけは助かるぞ?」
フェリオは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をさらに歪めると、小さく参ったと言い、降参の合図である右手を掲げるポーズを取る。
それを見届けたコールフィード卿が決着を告げ、ようやくこの茶番も幕を閉じることとなったのだった。




