甘味
あれから話し合いをした結果、エマさんの宿を引き払いエイナの家に住むことになった。エイナがエマさんとばかり一緒に居るのはずるいと拗ねた為だ。もちろんエマさんも一緒に引越しをしたんだが……ビルさんが号泣して引き止めようとしたので、またもや女将さんのフライパンが直撃した。
それと俺の日課に、「エイナとエマさんを撫でる」が加わったのは……ご褒美です。
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順調に依頼をこなしてはいるんだが、Eランクの依頼からチーム向けの依頼が半数を占めるようになってきた。護衛や妖魔の巣の殲滅など人数が必要な依頼がこのランクから多くなってくるため、ソロでその手の仕事をやりたい場合、受注済みのチームの欠員や不足分の穴埋めのような状況くらいしかないので、立場も必然的に低くなりがちだ。やはりチームを作るか何処かに入る必要があるかも知れねぇな
ただ、俺と同時期に始めた奴らは最初からチームを組んでたり、顔見知りが自然と集まったりしていて、正直入りにくい。かと言ってベテランチームの補充人員は競争率が高すぎるしなぁ。
とりあえず今日の所は、ソロ向けの仕事をするかと思い、クエストボードへと向かう。定番のブラウンウルフの討伐や森でのキノコの採取はいい加減飽きてきたしなぁ。そう思い貼り付けてあるメモを見ていると、面白いものを見つけた。
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依頼:ハニービーの討伐
依頼者:ミルク&ハニー菓子店
内容:蜂蜜の補充のためハニービーを倒して持ってきてください。
希望数は10匹、10匹以上は1匹ごとに追加報酬あり。
巣を見つけ蓄えられた蜜球を発見した場合は追加でボーナスを払います。
報酬:銀貨2枚銅貨50枚 追加報酬1匹ごとに銅貨25枚
蜜球を入手した場合、1個で銀貨1枚のボーナス
期限:赤の月6日まで
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巣を手に入れたらかなりの収入になるが、こんなに払って大丈夫なんだろうか?
メモを持ってカウンターに行くと、エマさんが居たので、受付をしてもらう。ついでにハニービーについても聞いておくことにする。
「エマさん、このハニービーってどんな奴なんだ?」
エマさんは、ギルドの備品である図鑑を取り出し、見せてくれる。
「ハニービーはコレね。見た目は30センチくらいの蜜蜂なんだけど、普通の蜜蜂と違って何度も刺してくるから注意してね。体内で蜂蜜を濃縮する性質があって、お腹の部分に溜め込むらしいわね。普通の蜂蜜よりも濃厚で滑らかな口当たりが人気よ」
「へー、ところで巣でボーナスってあるんだが、蜜蜂なんだからすぐ見つかるんじゃないのか?」
エマさんは頬に手を当てて
「それがね、皆そう思って探すんだけど、どこにも見つからないのよね。僅かに数度、巣を持ち帰った人も居るんだけど、情報は財産ですからね。公開している人はいないわ」
「そっか、じゃあ見つかれば良い位の気持ちで行って来るか」
エマさんは微笑むと
「そうね、普通の蜂より大きい分飛ぶのが遅めらしいけど、気をつけてね」
俺はギルドを後にしたが、後ろでエマさんが金髪ポニテさんに連れて行かれたような?きっと気のせいだろう
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ハニービーはグラリアから南西の辺りによく出没するらしい。今回の獲物は空飛んでるからな。『アースソナー』が利かないから、『インセンスドスメル』で蜂蜜の香りを『インセンスドヒアー』で羽音を頼りに探してみることにする。
1時間ほど、たまに襲ってくるゴブリンをなぎ払いながら、探していると虫の羽音が聞こえてきた。加えて甘い匂いもしてくる。音がする方角へ進んでみると、3匹ほどの大きな蜜蜂が飛んでいた。どれも同じ方向へ飛んでいることから、巣に戻っているのかと思い、後をつけていったんだが……地面が少し盛り上がり丘のようになっている場所に降り立ち、中央に開いている穴から入っていった。
蜜蜂なのに巣は地蜂なのかよ!そりゃ蜜蜂の巣を想定していたら見つかるわけねぇよなぁ
一匹ずつ倒すのもある意味修練になっていいんだが……ちょっと時間がかかりそうだしなぁ。まずは『アースソナー』と『グラウンドサーチャー』をあわせて巣の概要を見てみるか。
チェックした所、深さは20メートルほどで、内部に300近い生命反応があった、サイズから見て成虫が200ほど幼虫が100くらいか……それから一番奥に4メートルぐらいある大きな反応があったのでおそらく女王蜂だろう。やっぱり数が多いな、蜂の巣の駆除と言えば煙や薬で燻すのが定番だが……それだと蜜が駄目になりそうだしなぁ。
しばらく悩んだ後、酸欠で始末する方法を思いついたので実行することにする。まず『グラウンドサーチャー』で確認した巣の出入り口をすべて鉄板を生成して塞ぐ、その上で巣穴の内壁を分厚いセラミックに置換することで、掘る事を出来ないようにする。あとは外から帰ってくるハニービーを始末しつつ、『アースソナー』と『グラウンドサーチャー』で反応と掘られていないかを確認すれば良い。
さっそくやって見たが、20分経っても巣穴の形が変化しないのでどうやら掘ることが出来ないようだ。一度に戻ってくるハニービーも1匹か多くても3匹ほどなので、空中を飛ぶ敵の対処の練習にちょうど良い感じだな、ラウンドシールドで叩き落して剣で止めとほぼ作業感覚になってきた頃、巣穴の中の反応がすべて消えた。
鉄板を消し、巣穴を土を動かして地表に移動させると、山のようなハニービーと幼虫そして、巨大な女王が出てきた。幼虫には蜜がないようなので、とりあえず放置だな。女王の方は体の7割を占める巨大な腹に、通常のハニービーよりもさらに上質な蜜が詰まっているようだ。それと深さ5メートル地点にあった食料庫に大量の蜜球(蜂蜜を蜂の出す特殊な唾液で固めたもののようだ)が見つかったんだが……
これどうやってもって帰ればいいんだろう……まだ鞄は買えてないから、人力になるんだが……仕方ないゴーレムを使うか……
生成したストーンゴーレム2体にロープで縛った女王とハニービーを引っ張らせる。蜜球は100個近くあったが採取用と道具用の袋に何とか入ったので、パンパンになったそれを担ぐ、俺の手も埋まったため護衛としてアインを一応呼び出しておく。蹴りだけで対処できる奴なら俺が相手するが、ゴブリンが5匹以上だとさすがに担いだままじゃ難しいしな。
1時間ほどかけて森の端まで来たので、何本か木を切って簡易的な荷車を作り上げる。生木をそのまま使ったので、車輪が歪だがまぁ使えないことは無いだろう。ゴーレムを消し、代わりに荷車を引く用に、いくつか作ったテンプレートから馬型のゴーレムを生成しなおす。荷車にすべての荷を乗せて運んでいると、『五葉草』採取に来た新米冒険者達がなぜかこちらを驚いた目で見ていたが……ゴーレムが珍しかったんだな!
門の所でも聞かれたが、ちゃんとゴーレムだと伝えると首を傾げながらも納得してくれたので、きっと問題は何も無い。
商業区のある『ミルク&ハニー菓子店』へと歩を進め。中を見ると若い女性や、貴族らしき男性が特に多いな。女性も侍女が多いようだし、甘味は高級品なんだなぁと改めて思う。
カラン カラン
「すみません。店長さんはいらっしゃいますか?」
近くの店員さんらしき女性に話しかけると
「あ、はい、ただいま奥に居りますが、どのようなご用件でしょうか?」
「ギルドで依頼されました。ハニービーの件なんですが」
店員さんはポンと手を打つと
「ああ、すぐに呼んで参りますので、裏手に回っていただけますか?」
「わかりました。すぐに行きますよ」
ゴーレムに指示し、脇道から裏手へと回る。そこには既に長いコック帽をかぶった立派な顎鬚のお爺さんが立っていた。……店の名前と似合ってないと言ったら殴られそうだな。黙っておこう
「お前さんが、ワシの依頼を受けてくれたのか?」
「ええ、ただちょっと多いんですが良いですか?」
お爺さんは、豪快に笑いつつ
「がっはっは、ワシの所はハニービーの蜜をふんだんに使うのが売りなんじゃ。じゃから蜜はいくらあっても足りないのが現状での有れば有るだけ買い取るぞ」
「そうですか、では確認をお願いします」
そういって、ゴーレムの引く荷車を進ませると、お爺さんが固まった。
「………おい、ワシは疲れておるのかのう?ハニークイーンが居るように見えるんじゃが?」
「えっと、名前は知りませんが、たぶん女王蜂だと思いますよ。腹に上質な蜜がありますし」
お爺さんは店に駆け戻ると、同じくコック帽をかぶったパティシエだろう3人の女性を連れて戻ってきた。
「す、すまんが、本物か確認させてもらっていいじゃろうか?」
「え、ええどうぞ。俺では質は分かりませんから、専門家に見てもらえるならむしろ願ったりですよ」
その後、女王蜂や袋に詰めた蜜球を確認していたお爺さんが、こちらへと向き直りこう言ってきた。
「すまん、ワシらもこれほどの品質と量をすべて買い取るほどの資金はすぐさま用意できんのじゃ。だが出来ればワシらにすべて売ってほしい。そこでじゃ、まずは手持ちで払えるだけ払う。それから残りの代金を集まり次第、払う事にさせてもらえんじゃろうか?もちろん、それだけではお前さんにメリットが無いからのう、月に銀貨5枚分の菓子を半年分でどうじゃろうか?」
なんかすさまじい金額に聞こえるんだけど、一体いくらになるんだ?
「すみません、そんな高いんですか?」
「ああ、まずハニービーが198匹じゃからこれで銀貨49枚と銅貨50枚じゃな。それと蜜球で金貨1枚ここまではよいな?」
俺は頷く
「金額は確かに、ただ蜜球が高い理由がちょっとわからないんですが」
「蜜球はのぅ、言うなれば天然の保存食なのじゃよ。あの状態じゃと、地下の倉庫で3年くらい持つんじゃ。それと、時がたった蜜球は色が変わっていくのじゃ、濃い紅茶色になった蜜球は熟成された証での?濃厚な甘みと花のような芳香を放つようになるんじゃよ」
へー、つまり上級蜂蜜ってことなのかね?普通のものより美味いならそりゃ高いか
お爺さんは腕を組み
「問題はここからじゃ、お前さんが持ってきたハニークイーンに蓄えられた蜜は通称「ロイヤルハニー」と言っての?蕩ける様な甘みと芳醇な香りが癖になる極上の蜜なんじゃ。あまりの美味さに北の帝国では皇帝が独占するほどじゃと言う」
え?なにそれこわい、たかが蜜で権力乱用かよ
「それはまた、すごいですね。そんなに美味いなら、ちょっと食べてみたいな」
お爺さんはニカっと笑い
「ほほう、ならこいつを使ったケーキの第一号をお前さんに進呈しようかの、それとこいつの報酬じゃが、この量じゃし金貨5枚でどうじゃろうか?」
高っ!蜂蜜が500万だと!?
「そんなに出して利益は大丈夫なんですか?」
「がっはっは、なーに心配いらんよ。ワシも商売人じゃからな、きっちり利益は計算しとるわい」
本人がそういうなら、問題ないのかな?それに菓子店に卸すなら、皆の口に入るし、ちょうどいいか。
「わかりました。ではそれでお願いします」
お爺さんは、顔を輝かせると
「おお、受けてくれるかね!よしでは前金の金貨5枚じゃ。残りは集まり次第ギルドへ持っていくからの、今からケーキを作るから店の中で待っていてくれるかの?」
しばらく待っていると、大き目の紙箱を持ったお爺さんが戻ってきた。
「これがロイヤルハニーを使った『ミィル ド オル』じゃ。黄金の蜂蜜と言う意味でな?たっぷりと使ったロイヤルハニーと焼き色で金色に見えるのが特徴じゃ」
おお、確かに黄金色に見えるな、かなりの量を使っているのか蜜があふれて、表面が濡れているほどだ
「無粋ですが、ちなみにいかほどで?」
「そうじゃのう、ホールで銀貨5枚と言った所かの?これでもかなりのサービス価格じゃぞ?」
「それだと、庶民には手が出せないんじゃないですか?」
お爺さんはにやりと笑い
「うむ、もちろん一人分の切り売りなんかもしとるが、子供向けに小銅貨5枚からのクッキーや飴なんかも売っておる。その中に当りとして混ぜておこうかと思っておる。それとカップケーキならもう少し安く提供できるしの」
さすが年の功だな、色々考えるもんだ
「それは、引き当てた子は喜びそうですね。それではこの辺で失礼しますね。ケーキありがとうございました」
「うむ、また在庫が切れたら依頼を出すと思うから、その時は引き受けてくれるとありがたいのぅ」
持ち帰ったケーキを皆で食べたが、銀貨5枚が納得できるレベルで美味かった。ロイヤルハニーがここまで美味いとはなぁ。しかも、美肌効果があったみたいで女性陣がつやつやになってたのちょっと驚いたがな




