一人上手と呼ばないで
ここ2週間ほど休みなしだったので、今日はギルドに行かずに買い物でもしようと思い立った。
少し遅めに起きて食堂に顔を出すと、エマさんはすでに出勤したようで居なかった。給仕をしていた女将さんに朝食を頼むと、朝食を運んだついでに話しかけられた。
「おや?今日はずいぶんとのんびりなんだねぇ。それとも今日は休みかい?」
「ええ、今日は仕事はせずにぶらぶらとしようかと思いまして」
女将さんは笑いながら
「ああ、そりゃあいいねぇ。私もたまには旦那にデートに誘われたいもんだよ」
そういった瞬間、厨房で鍋をひっくり返す音が聞こえたが……今日の昼は休みかもな
朝食のデザートのポリッシュの実を齧りつつ、まずはエイナの家に向かう。そろそろモルガナさんに掛けた補助魔法が弱まってくる頃なので、掛け直しが必要か様子を見に行かないとな。
エイナの家に着くと、庭に見慣れない馬車が止まっていた。紋章があるということは何処かの貴族の物かも知れんな……来客中ならまた後で来ようかと思っていると、窓から見かけたのだろう、レインがこちらへと走ってくる。
「はぁはぁ、ロック様、いらっしゃいませ。エイナ様に御用でしょうか?」
「ん?とりあえずモルガナさんの様子を見に来たんだけど……来客中なら出直そうか?」
レインは慌てて首を振る
「そんな!ロック様より大事なお客様なんて御座いません!いつでも歓迎するようにと、エイナ様からも仰せつかっていますから」
うーん、俺自身はそんな大層な身分じゃないんだが……エイナがそうしたいなら、好きにさせるべきかねぇ
「なら、モルガナさんに会えるかい?」
「はい、ご案内いたします」
この間も通った通路を歩き、モルガナの部屋へと到着した。レインがノックをして部屋に入り俺の到来を伝える。すぐに許可が出たので、俺も入室する。レインはそのまま退室し、足音が遠のいていったのでエイナに知らせにいったのかな?
「おはようございます。モルガナさん、だいぶ顔色がよくなりましたね」
「ええ、ロック様に手当てをして頂いてから、すごく調子がいいんですの。おかげで娘の教育も捗っていますわ」
モルガナさんは以前見た時より、かなり調子がよさそうだ。頬に赤みも差してきているし。そっと鑑定するとVitの値が10まで上がっている。昔、興味本位で手当たり次第村人の鑑定をした時、女性のVitの平均は13ほどだったので、もう少し回復すれば問題ないだろう。
「教育ですか……そういえばエイナのあの令嬢ぽい口調も教育の成果ですか?それともギルドでのほうが演技で?」
モルガナはレインからエイナのギルドでの様子を聞いていたのだろう、頬に手を当てつつ答える
「今の口調があの子本来の物に近いですわ。ギルドに居た時は……皆から荒くれ者や乱暴者が多いと聞かされていたのでしょうね……侮られない様に、あの子が思う強そうな振りをしていたのでしょうね」
ふむ、やっぱり思い込みが激しいのかもしれんね。その辺はモルガナさんが矯正していくに違いないと思ってるが……
「とりあえず、この間の治療を掛けなおしますので、それでほぼ回復すると思いますよ」
そう言って、モルガナさんに『ヴァイタルアップ』と『ストレングスオーガン』を掛け直し、その後もしばらく雑談をしていると、エイナが入ってきた。
部屋によって声を掛けなかったことを怒っているのか、少し頬を膨らませながら
「ロック様、いらっしゃったなら声をお掛けくださればよかったですのに、放って置くなんていけずですわ」
「ああ、わるい。来客中だったようだからな、邪魔しちゃ悪いかと思ってたんだが……もういいのか?」
「ええ、おじ様からの使者でしたわ。私の正式な家督の相続の許可と来週からの城砦でのお仕事の連絡、それからブッチャの処遇が決まったとのことですわ」
きちんと約束に向けて進んでるようだな、あとはあのおっさんか……
「奴はどうなるんだ?」
「はい、まず商業ギルドからの制裁についてですが、ブッチャとその息子二人の関与が判明したため、商業権の取消と進行中の取引の完全停止が課せられましたわ。また、取引停止に伴う相手方への賠償責任がありますから、かなりの資産が流出するものと思われますわ」
あ、取引の停止で出た相手方の赤字の補填もするのか……
「それってブッチャの息子が逃げたら補填はどうなるんだ?」
「彼らの人相や特徴はすでに魔道具を介して通達済みですわ。ですから逃げたとしてもじきに捕らえられるかと」
大魔王からは逃げられない的な感じ?
「それから貴族への詐欺行為による処罰は、ブッチャに対して個人資産の没収と犯罪奴隷として売却されることが決定されました。奴隷として『隷属の輪』を着けましたので、仮のマスターであるおじ様の命令によって、今回の件に関与した者たちもすべて証言したそうですわ」
「息子以外にも居たのか?」
エイナはうなずくと
「ええ、2年前に雇い入れたメイドが母に薬を盛っていたそうです。また、母を見ていた医者も、ブッチャがお金を握らせて治療を遅らせていたそうですわ」
「そいつらも犯罪奴隷になるのか?」
エイナは頷き
「ええ、貴族への犯罪行為には事情による減刑などの考慮はありませんから、全員犯罪奴隷に落とされることになると思いますわ」
ちなみに奴隷には『犯罪奴隷』と『借金奴隷』の2種類があり首輪の色で区別される。赤い『隷属の輪』と白い『従属の輪』を使い分け区別するらしい。大きな違いとしては『従属の輪』は本人の了解がないと着けれないこと、また命の危険がある命令は出来ないこと、開放条件に金額が存在することなどが上げられる。ほかにも細かい違いがあるらしいが、詳しいことは俺も知らない。
ただ、これらの輪は国が製造と管理を行っているため、国から認可を得た商人と、国王および各地の領主のみが使用することができるらしい。いろんな手段で流用や盗難の防止策を打ってるらしいが、どうやっているのかねぇ?
その後、しばらくエイナと今後の仕事や母からの教育の話を聞いたが、買い物もあるのでお暇することにした。出る時に、エイナからえらいことを囁かれたが……15禁を超えそうなので、詳しいことは割愛する。
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エイナの家を後にした俺は、『商業区』で以前行った武器屋へと足を向けた。相変わらず商売は順調のようで、武器を前に悩む人たちがたくさん居るな。今回は片手剣のコーナーで物色することにしたんだが、スタンダードな武器とあって最も人が多いな……
初めて来た時の俺のように、鎧もなしで安売りの剣を前にどれが良いか見比べている金髪の少年や、壁に掛けられた剣をみてため息をつく中年手前の男性など、ちょっと多すぎて隙間が無いくらいだな。俺の剣術は精密に切り裂くタイプではなく、筋力で叩き切るタイプなので、既製品の中で刃渡り80センチほどの肉厚な鋼鉄製のロングソードを選ぶ、ほぼ予算どおりで品質も問題なさそうだったので、そのまま支払いを済ませると次の目的地である防具屋へと向かう。
といっても隣なんだけどな!ここは武器屋と同じ店主が経営する店で、規模が大きくなりすぎたので店舗を分割したらしい、儲かってんだなぁとか思わないでもないが、それだけ質がいいものを作れているって事なんだろう。
こちらで手に入れたのは、通常の物より肉厚なガントレットだ、相手の武器を受け流したり止めたりするので、通常よりも厚い物を選んだ。少し大きかったが、地魔法でサイズを調整できるので問題は無い。それと皮鎧から鉄のブレストプレートに買い換えた、皮鎧は一度も傷ついてないので意外と高く買い取ってもらえたのがうれしい誤算だな。そして新しく鉄と木で出来たラウンドシールドを購入した、今後の魔獣や妖魔相手では掴んで投げるのは困難であると判断したため、今のうちから盾の扱いを覚えようと思ったからだ。
武器とあわせて銀貨40枚ほどが無くなったが、これでしばらくは装備の変更をしなくてもやっていけるはずなので、先行投資と割り切ることとする。装備を変えて姿見で確認すると、見た目はいっぱしの戦士に見えてきたが、どれも新品のため渋みが足りないなどと、益体も無い事を考えてしまった。
装備を一新し、気分がよくなったところで本日のメインイベント………新魔法の実験を行う事とする。
南門から外に出ると、岩陰になっている場所で実験を開始する。まずは今後、依頼の難易度が上がっていくに連れて、俺自身も強くなるつもりだが一人では手が足りなくなることを考えて『クリエイトクレイゴーレム』を改造することにする。
まず、この魔法は『核を作る』『核に設定可能な能力を刻む』『ボディを作成する』の3段階で成り立っている。そこで、それぞれの工程のテンプレートを作成し、組み合わせることで任意のゴーレムを短時間で設定できるようにしようと思う。
核はゴーレムのエンジンであり、CPUでもある。元となる素材によって出力や設定できる機能の限界があり、土くれや石ならせいぜい1メートル程度のゴーレムを動かし、5つ程度の機能と作業を設定できる。これが鉄になると出力は約10倍ほど、設定数も10個ほどに増えるようになる。核の素材については昔試したので今回は飛ばすことにする。基本は量産用の鋼鉄の物で大体5トンくらいまで動かせる程度の出力がある、そしてそれを束ねる指揮官クラス用にバランスが最もよかったトルコ石を採用する、こいつは一般的な魔法使い100人分の容量があるのでほとんどの素材で出来たゴーレムを動かすことが出来るし、設定可能な機能・作業も30個ほど可能と多すぎずバランスがいい。
次に設定についてだが、基本設定としてマスターおよびサブマスターの設定領域の確保とクレイゴーレムにもあった『潜行』の付与、それから自立行動のための仮想精霊化および遠隔操作機能、最後に大地からの魔力吸収を基本セットとして設定することとする。
マスターは当然俺だか、第2優先として俺の指定した対象をサブマスターとして認識、命令を受け付けるようにする。もちろん、権限は俺が最上位なので、俺の意向に背くことは無い。
『潜行』は地中に潜る機能でこれは少し強化して石の中も潜れるようにしておく。
仮想精霊化はいわゆるAIだな条件付けによる行動の最適化と指示の実行を行う為の機能だ。遠隔操作は魔力のリンクによってゴーレムの操縦を行う為の機能だ。つまりこれで30メートルくらいのゴーレムを作って、乗り込んで操縦とか出来る……うん、目立ちすぎだな。
最後のは特に説明は要らんな。この設定をプリセットとして、個別に強力なゴーレムを作る場合は、追加の機能をつけるつもりだ。
基本のボディは、ベーシックにストーンゴーレム……ドラ○エとかに出るやつそのまんまなデザインにしといた。それと俺のガーディアンとして2体のアダマンティンゴーレムをデザインした。こいつらは俺の護衛として常に土中に待機し、俺が呼ぶか命の危機に瀕した時に守護するために現れる様に指示を下した。
ガーディアンはそれぞれ『アイン』と『ツヴァイ』と名づけた。ボディの基本設計は以前の球体人形とブッチャとの対面で着ていた甲冑をベースデザインとしていて、見た目は身長2メートルほどの黒いフルプレートを着た重騎士のようだ。アインは武器としてロングソードとタワーシールドをツヴァイはコンポジットボウとブロードソードを持たせた。こいつらの核はユニーク固体のため、特別にアインを大粒のダイアモンド、ツヴァイを虹昌石で作った。ちょっとやりすぎた気がしなくも無いが……こいつらを切って核を取れる人間が悪だと、世界が滅んでそうなので居ないと信じよう。
ほかにもいろんなゴーレムのボディをテンプレートとして作成したので、状況に応じて呼び出すことが可能だろう。
ただ、ゴーレムの戦闘技術はあくまで俺の技術を元としているため、弓に関する技量は無いに等しい。その為、ツヴァイをリンク状態で暫く森に置き、弓の練習を行う事とした。遠隔操作リンク中は俺自身がその動作を行っているように感じられるため、ゴーレムと俺が同時に練習をすればそれだけ早く上達することが出来る……と思う。
もう一つ必要だと感じたのが、防御魔法だ。人間というのはどれだけ強く・上手くなっても絶対にミスをしないと言う事はありえない。つまり不慮の事故や、不意打ちなどで致命傷を受ける可能性は常に存在すると思っている。
そこで、『ストーンスキン』を改造し、新たな防御系の魔法を作り上げた。魔法名を『ガードスキン』とし、7層からなる多重装甲の防御幕を展開する魔法として作成した。
1層目はアダマンティンによる斬撃、刺突に対する防御としており、同等以上の硬度でぶつけなければまず貫通は不可能だ。
2層はヒヒイロカネをハニカム構造でくみ上げた、火炎と衝撃に強固な守りを発揮する層となっている。
3層はミスリルによる対魔法装甲となっている、ミスリルは魔力が無い者でも強い魔法防御を発揮するが、魔力を通すとより強力な魔法防御を発揮するため、魔法使いは防具の一部に必ずミスリルを使うと聞いている。
4層と5層目は銀と雲母による複合装甲だ。高い伝導率の銀と絶縁体として用いられる雲母を使用し、全身の各部から足の裏へと銀によるラインを引くことで電流をアースする目的の装甲である。前世の死因が落雷だったからちょっとトラウマなんだ。
6層目はロックウールだ。断熱材として使用されるこの素材は、金属ゆえに熱を伝えやすいという弱点をカバーするためのものである。
7層目はカーボン繊維を編みこんだ、衝撃吸収素材としての役目を担う層となっている。
この魔法は自動モードと手動モードが存在し、普段は自動モードで常駐設定としているが、俺の意思で実行も可能となっている。自動モードは頭部と頸部それから心臓周りを対象とし、真皮まで裂傷や感電など攻撃と判断できるモノが到達すると、自動起動し血管や臓器への到達を食い止めるようになっている。表皮と真皮の間で具現化するため多少の傷を負うことにはなるが、死ぬよりはよっぽどましだ。
出来上がった『ガードスキン』の効果を試すために、ストーンゴーレムを作成し、殴ってもらうことにした。
『クリエイトゴーレム』
出来上がったのは、3メートルほどの石の巨人だ。ゴーレムに命じて俺にパンチを打たせてみる。
ゴギャ!!
金属を石が打つ音が響き、俺は派手に吹っ飛んだ。体重の差で転がるが、ダメージはほぼ無い。イメージ的には5歳児のパンチ程度か……各種装甲の厚みは自由に変えれるため、状況に応じて変えれば即死は防げそうだな。この世界にどのぐらい強いやつが居るか分からんから、確実とは言えないけどな。ついでなので全身を覆う形で展開して、鏡を作って見てみる。見た目の印象はベルトが無い仮面○イダー○鬼だろうか?ブレストプレートを取り込んだ胸部と重要な頭部の装甲が一際分厚くなっている。
その後、夕方近くまでアインと刃引きした模擬剣をつかって延々殴りあった。『ガードスキン』のおかげで手加減が不要なのでアインには全力で戦うように指示したら、容赦なく急所を狙ってきたので盾と回避の腕前がだいぶ上がった気がする。スキルが俺とアインはリンクしているため、俺が上手くなればなるほどアインも強くなるので、決着がつかず俺の体力が尽きるとしばらく休憩し、また殴りあうという作業を延々と繰り返していたんだが………
後日、黒騎士と黒鬼がすさまじい速度で戦っているのを見たと、ギルドで噂になっていた………俺がモンスター側なのかよ……
装備を購入する事に対する疑問ですが、「相談事」でも書いたように対価なしで手に入るものをロックは好みません。ですので自分が使うものは、きちんと稼いだお金を使って購入します。




