末路
明けて翌日、エイナの返事を聞く日なのだが……なんでエマさんがここに居るの?ちらりとビルさんの方を見ると、ニヤリと笑いサムズアップを送ってきた……あの親父、丸投げしやがったな……
エマさんが言うには、父から後のフォローを頼まれたのもあるが、ギルド員と外部とのトラブルということもあり、事情の把握をしておきたいとの事だ(たしかに何も知らずに、後々ギルドにも責任を取れと言われても困るだろうしな)
しばらく待っていると、エイナがレインを伴ってやって来た。いつもの比較的動きやすい格好ではなく、貴族令嬢らしいドレス姿だ。俺自身はドレスの種類には詳しくはないが、夜会用の派手なものではなく、極力肌を露出させないシンプルだが質のよい物のように見える。赤薔薇のような髪に、淡い緑のドレスがよく似合っていて何時もより大人しく見えるな。
エイナはこちらへ歩み寄ると、軽くスカートを摘み挨拶を送ってきた。
「ロック様、本日は私の為に、お時間を頂きありがとうございます。母とも相談させて頂きました所、ぜひともロック様にお礼をさせて頂きたいと申しております。ですが生憎と母は病床のため未だ床より動くことが叶いません。不躾ではございますが我が家へとご招待させて頂けませんでしょうか?」
あまりの口調の変わりように俺が固まっていると、横からエマさんがつついて促してくれた。
「あ……ああ、わかった。ではお言葉に甘えて伺うとしよう。それと、エマさんが今後の為に一緒に行くがかまわないか?」
エイナはちらりとエマさんへと目線を向けると、頷き
「はい、かまいませんわ。どのような結果になるにせよ、ギルドへの報告が必要になると思いますし。それでは参りましょう」
そう言うと表に待たせてあった馬車(おそらく貸し馬車だろう。家紋が入っていないし、父親が亡くなった後では馬の維持もままならないだろうしな)に乗り込み、ハウルガン家へと向かった。
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到着したハウルガンの屋敷は一言で言うと、古びた洋館というのが相応しいだろうか?補修などで最低限の手は入れているようだが、目立たない箇所のひび割れや剥落が見て取れる。規模自体は敷地面積で500坪以上はありそうだな、子爵の屋敷としては大きいが代々この街で領主に仕えてたそうだし、この街に限れば子爵は領主である伯爵についで2番目に高い地位だから妥当ともいえるのかね?
まずは、母親に挨拶をしてほしいとのことで、寝室へと向かう。エイナに先導され中に入ると、ベッドから身を起こしこちらへと目礼する女性が目に入る。なんつーか、令嬢版のエイナをそのまま大人にしたような感じだな。ただ長い闘病生活のせいか、だいぶ痩せているように見える。
そっと鑑定で状態を確認してみる。(ちなみに鑑定時に知りたい情報だけに限定することも可能らしい)
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Name:モルガナ=ハウルガン
Sex:女
Age:35
Lv:0
Job:無し
State:毒(微)
Str:8
Agi:11
Vit:6
Int:22
Min:17
Dex:13
Luk:6
Memo:投与中の解毒剤により緩やかに回復中、ただし体力的に完治は
難しい
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あーうん、この計画1年がかりなのかよ……下手すると医者もグルの可能性があるのか?
ベッドの上の女性――モルガナがこちらへと挨拶をしてきたので意識を切り替える
「このような格好で失礼いたします。私、エルフィーナの母で『モルガナ=ハウルガン』と申します。この度はエルフィーナがご迷惑をお掛けしました。ご承知のとおり我が家は夫が亡くなり、私が病に倒れたため他家との交流も久しく、もはやあなた様に御縋りするより他に手はないと存じております」
この言葉を聞いて、ちらりとエイナへと目を向けると、エイナも同意見なのかハッキリと頷いた。
「お母様、ここからは私の言葉でお伝えいたしますわ。ロック様、もはや財貨も力もなく、あるのはただ名ばかりの地位とこの身だけではございますが、私のすべてをロック様に捧げます。どうかハウルガンをお救い下さいませ」
俺は目を瞑り暫し黙考する……まぁ全てつうのは予想通りではあるな、だが母親とギルド員の前で貴族として誓うという事は、本気で考えた結果なんだろう。
「ふむ……だがいいのか?それでは結局のところ商人への返済が出来ないのと同じではないのか?財産を押さえられ、君自身も俺の所有物となると言うことは、そういうことだろう?」
エイナはそれを聞くと微笑み
「ええ、確かに相手が変わるだけで私自身の処遇は変わらないと思いますわ。ですがこの事態は、私の軽率な行動によるものです。ですから私は責任を取るためにも甘んじて処遇を受け入れましょう。それにロック様は絶望していた私に救いの手を差し伸べてくださいました。それを掴む決断をしたのは私の意思ですわ」
こいつ本当に昨日のエイナと同一人物か?ずいぶんと考えが変わっているようにも思えるが、言葉に嘘は感じられないしな……
「いいだろう、ならば借金の肩代わりを請け負おう。それと全てと言われてもな、俺はまだ結婚する気も、貴族になるつもりも無いからな。変わりにいくつかの条件を出させてもらおうか」
その後、俺が提示したのは以下の内容だ。
まず、エイナとレインは冒険者を引退すること。そもそも二人ともそっちには向いていないし、焦っていたとはいえギルドでも問題児扱いされてるからな。この件が片付いたら冒険者をやる意味も無いんだし、ちょうどいい辞め時だろう。
次に貴族としての義務の遂行。高貴なる義務ともいうが、この国では成人した貴族の嫡子であれば、女性でも跡を継ぐ事は可能だ。無論男性が優先されるので、結婚後は旦那が当主となるのだが未婚であれば問題ない。
その上で現在エイナは成人してはいるが、当主代理の母から正式に家督を受け継いでいないため、ハウルガン家は政治的な立場では何の力も無い状態だ。だから家督を継ぎ、この領地をより良くする為に、民の声を聞き、時には領主に意見できる立場とならねばならない。
無論、今のままではエイナは知識・経験不足の小娘でしかないため、その地位に相応しくなる為の勉強は必須ではある。まぁ詰まるところ地位に相応しい能力を身につけて、領地と家を盛り立てろって事だな。
そして重要なのが、結婚についてだ。さっきも言ったが俺はまだ結婚する気もないし、全てを捧げるたって貴族令嬢を農民の次男が愛人か奴隷扱いするのも世間的に憚られる。それにあくまで俺は未だ『ただの農家の次男』でしかないって事だ。ただの平民が貴族の婿になるなど、おそらく誰も認めはしまい。
だから3年様子を見てもらうことにした。その間に俺が何がしかの功績を打ち立てるか、ギルドランクでA+以上(A+の冒険者なら扱いは男爵と同等らしい)になっていて、その上でエイナが先の条件を満たしていれば、そのとき改めてどうするか決めることとした。
最後に、これらの約束を反故にした場合は、肩代わりした金貨300枚を即刻回収する旨の契約書を作ることにした。
ちと甘いと思うかも知れんが、助けた後で全てを奪って放り出したら、なんの為に助けたのかわからんしな。
それまでのやり取りをじっと聞いていたエマさんが、唐突に口を開いた。
「それでロック君、あなたはどうやって金貨300枚ものお金を工面する気なのかしら?」
あーそりゃ興味あるよねぇ。ついでにここまで来てやっぱり駄目でしたじゃ目も当てられないから確認するのは当然か。
「そうですね、ここに居るのは当事者とエマさんだけですし、この場でお見せしましょう」
そう言うと俺は、左の手のひらを上にして軽く差し出し魔法を発動させる。
『クリエイトマテリアル』
俺の手のひらが地の魔力に淡く輝くと、次の瞬間手のひらの上にはペアシェイプの形にカットされた200カラット近いサファイアが乗せられていた。
あまりの出来事にエマさんは息を呑み、エイナはふらりと倒れかけたが、レインが慌てて支えたため事なきを得た。まぁそうだろう、財産とかなにそれ?って光景だもんなぁ
エマさんが震える指先で、手のひらのサファイアを指差し
「ロ……ロック君?えっとそれは何かな?」
うん、まだ現実が受け入れられていないようだ。
「何といわれましても、サファイアですね。はいっ」
俺はエマさんにサファイアを投げ渡す。慌てて両手で包み込むように受け取ると、目を皿のようにして真贋を確かめていく。てかエマさん宝石鑑定出来るのか、すげぇな。
「……確かに本物のようですね。こんな大きさのサファイア聞いたこともありませんが……」
ようやくショックから戻ってきたエイナも、顔を青ざめさせながら頷く
「ええ、そこまでの大きさの物となると、王妃殿下でもお持ちではないかと。値段は想像がつきませんわね」
む、ちょっと大きすぎたか?サファイアで200カラットだと1億くらいだとニュースで見たことがあったんだが、こちらじゃまだそこまでデカイのは産出されてないのかも知れんな。
ベッドの上のモルガナさんも頷き
「それに、そのサファイアの加工も見たことが無いですが、とても繊細で美しいですね。それだけでも付加価値が付くと思いますよ」
エマさんが俺にサファイアを返すと、さらに質問をしてきた。
「先ほど、キーワードを発しましたよね?ということは、先ほどの現象は地魔法ということでしょうか?ですが地魔法は土と石を操る魔法だったのでは?」
この辺は聞かれると思ってたので、以前説明した内容(認識の違いや消費魔力など)について説明し、経済に影響を与えるつもりは無いこと、また他の地魔法使いでは実現はほぼ不可能なことを伝えた
エマさんもギルド職員として、そう云った突然変異的な魔法の才能持ちはそれこそ数百年に一人現れるかどうかということは知っていた。ただそいつが都合よく地魔法の才能を併せ持つことは非常に低い確率なこと。俺が乱発するつもりは毛頭無いと説明することでなんとか納得した。
それとギルドとしても貴重な才能を、低俗な欲望の犠牲にするわけにはいかないとの事で、この件に関して何かあれば可能な限り協力する旨を約束してくれた。ただしそのためにも、ギルドマスターへの報告の許可を取り付けられたが……
とりあえず、手の中にあるサファイアは大きすぎるらしいので、分解消去魔法『ディスインテグレート』で塵へと戻す。なんかああ!とかもったいない!とか聞こえたが、今必要なのは換金できる物であって、この街で売れないものは不要だって。
その後、金貨200枚程度になりそうなサファイアと金貨100枚程度のサファイアの親子石を作り、モルガナさんが昔から懇意にしている宝石商に持ち込むことにする。
さらに、商人が金を払うだけで諦めるとは思えないため、駄目もとで領主に立会人として参加してもらえるように、エイナには頼みに行ってもらうことにする。
それから、借用書がこちらに無いという不手際については、後日商業ギルドへと赴き確認したところ、公正な取引を行うため、2枚もしくは3枚作成し、両者とギルドで管理することが規約で定められていること。これに違反した場合、厳しい罰則があることなどを聞いた。ついでにちょっと細工もしたがその辺はあとでな。
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そしてついに返済の期日がやって来た。俺は商人を出迎えるエイナを、1階の客間から見ていたが……商人の見た目がひどいな…ギラギラテカテカと輝くスパンコールとでもいうのか?が所狭しとつけられ、目に厳しい。面は長年の不摂生で皮はたるみ油で頭皮は禿げ上がっている。まるで直立したヒキガエルだな。腹回りも何か仕込んでいるのかと疑うほどで、玄関からたかが十数メートル歩いただけなのにすでに大汗を掻いている。
ついでに、エイナを見る目が非常にいやらしい。今日から自分の自由に出来ると思っているのだろう、目が胸と尻にしかいってねぇぞ
エイナに案内され、商人――ブッチャが居間に入ってきた。そして中にいる人物に驚き目を見張る。
そりゃそうだろうなぁ。なにせ目の前にはこの街の領主がいるんだものな。なにやら慌てているが、エイナから中立公平な立会人だと説明を受けたのだろう、一転して領主に愛想笑いを浮かべながら挨拶を始めた。
「では、ハウルガン様そろそろ返済についてお話をいたしましょうか」
エイナはブッチャが座る対面のソファに腰を掛け、頷く。
「ええ、承知しました。それでは借用書を出していただけますか?私は持っておりませんので」
その言葉に、領主の眉がピクリと動くが何も言わず静観する。ブッチャが懐より羊皮紙を取り出し広げると
「では、返済金額は金貨300枚、返済額が用意できない場合は、財産を抵当といたしますが、査定により足りない場合はエルフィーナ=ハウルガン様の身柄を私が預かり処遇を決める。でよろしいですな?」
エイナは、眉を立て
「財産を抵当とするところまでは、確かに私も確認いたしましたわ。ですがその後の一文については私がサインしたときには無かったはずですわ」
ブッチャはいやらしく笑い
「おやおや、嘘を申されては困りますな。これこのとおり借用書にはきちんと書かれておりますぞ。よもや約束を反故にするおつもりですかな?」
エイナは花が綻びるように微笑むと
「いいえ、確かにお金はお返しいたしますわ。ですが『こちらの弱みに付け込むような者は許せない!』とおっしゃる方が居られまして」
そう言って、居間から続く扉へと目を向ける。ブッチャもその視線を追いかけ扉を見たとき、両開きの扉が開かれ数人の男を引き連れた全身鎧の男が入ってきた。
ブッチャは慌てつつも誰何する。
「な!何だね君たちは、私たちは今大事な商談中なのだよ!関係の無いものたちは出て行きなさい!」
全身鎧の男(まぁぶっちゃけると俺なんだが)はその言葉を聞くと鼻で笑う。
「ふん、まるで貴様がこの屋敷の主のごとき振る舞いだな。ここはハウルガン様の屋敷だ。その言葉を聞くわけにはいかんな」
なぜ俺がこんな格好をし、口調も変えているかと言うとだ、変装と説得力の為だな。俺が素のままで肩代わりをすれば、俺のような若造が大金を持つ不思議を探ろうとするやつが出るだろうし、年が若いと言うだけでこう云ったタイプの人間は相手を舐めるものだ。なので威圧感を出すためにアダマンティン製の全身鎧を作って着ているってわけだ。
「私はハウルガン様とは旧知の仲でな。今回の件を聞きつけ手助けを申し出たのだ。それと貴様の取引にはずいぶんと問題があるようだったのでな、商業ギルドから幾人か人を連れてきたのだよ」
ブッチャは領主へと振り向くと
「領主様この取引は私とエルフィーナ=ハウルガン様との物でございます。このような無粋なやから、領主様のお力にて追い払っていただけないでしょうか?」
先ほどから黙って座っているだけだった領主だが、ちらりとこちらを見ると微かに口元が笑いの形に歪む。
「ふむ確かに取引はハウルガンとブッチャとの間のことではあるな、だがそこの男はハウルガンの手助けをしにきたと言う。つまり代理ということかね、ハウルガン?」
問いかけられ、エイナは頷く
「はい、こちらの方を代理人と認め、私は交渉の権限を委譲いたしますわ」
ブッチャは驚き
「なっ!なにを!?」
うん、とりあえず話を進めるか
「さて、代理と認められたところで貴様に聞きたいことがある。借用書は公正な取引を行う為の義務として、必ず所属しているギルドにて2通以上作成するはずだな?ではなぜ借用書がこれ一枚なのだ?」
ブッチャは脂汗を掻きつつも
「それは……だな、この屋敷の奥方の病状が思わしくなく、一刻も早く契約を結ばねばならなかったのだ。だからギルドには赴かず、こちらで作成したのだ。それに私はちゃんと2枚作ったぞ!ハウルガン様が失くしたのではないかね!?」
ふむ、口が回るやつだな。確かにこれでは2枚作ったかはわからんな。エイナが何か言いたそうだが、この件については作った・作ってないの水掛け論にしかならん。
「ふむ、では次にエルフィーナ=ハウルガン嬢の見覚えの無い記述についてはどうだ?」
ブッチャは鼻をならし
「ふん、それこそ我が身かわいさの虚言でしょう。実際この借用書には記載があるのですからな」
そう言って、勝ち誇ったように笑う。
俺は無造作にブッチャの手から羊皮紙を奪うと、後ろにいた商業ギルドの職員に手渡す。
「なっ何をする!大事な借用書だぞ、返さんか!」
俺はブッチャの肩を掴み座らせると
「いま借用書の写しを作っている最中だ。しばらく待っておれ」
5分ほどで写しが終わると、全員で内容に間違いが無いか確かめる。特に問題は無いため頷きブッチャへと写し(・・)の方を渡す。
ブッチャは怪訝な顔をして
「なぜ写しなのだね?」
俺はヘルムの下でニヤリと笑うと
「ああ、これから面白い実験を見せてやろうと思ってな」
困惑するブッチャを尻目に、商業ギルドの職員が鉄のバットのような容器に透明な液体をいれ、説明を始める。
「こちらの液は商業ギルドの特殊溶剤でして、これに浸しますとインクを徐々に薄める効果があります。インクが薄まる時間は記入からの経過時間に比例するため、時間を置いて新たに書き加えた疑惑があるときに、確認することが出来ます。もちろんこれは極秘素材ですので皆さん口外は厳禁とさせて頂きます。もし情報が漏れた場合は……お分かりですね?」
笑顔が怖いよ……まぁ俺たちに取っちゃそんなもん口外するメリットなぞないからな、ありえそうなのはさっきから顔色が赤と青を行ったり来たりしているブッチャくらいのもんだろう。
分かっていた事ではあるが、実験の結果借用書の改ざんが認められ、詐欺行為と商業ギルドの規約違反でブッチャは2重に罰を受けることになった。
だが、これで借金自体がチャラになるわけではない。改ざん前の契約部分についてはエイナの意思で行ったため、支払う義務までは消えないのだ。ブッチャもこうなったら財産だけでも奪い取ろうと思ったのだろう、返済を迫ってきた。
「ぐぬぅ、だ、だが貸し付けた金貨300枚の返済がなくなるわけではない!こうなったら貴様らをここから追い出してやる!病床の母を抱えて路頭にでも迷うのだな!!」
なんか叫んでるのでその手に金貨300枚を置いてやった。
「ほれ、ご要望の金貨300枚だ。足りてるかしかと数えるのだな」
ブッチャは驚愕に顔を歪め、くず折れながらも商人の本能か金貨を数え始め、300枚ある事を確認したところで力尽き、商業ギルド員に連れて行かれた。
エイナを振り向き声をかける
「ふう……これで、一応は解決したかな?」
「はい、数々のご尽力まことにありがとうございました。おじ様も急なお願いを聞いていただき感謝の言葉もありませんわ」
領主は首を振り
「いや、わしはただ座って居っただけよ。それよりそこの者、領主の前でヘルムを外さぬとは失礼とは思わぬか?」
む……確かに失礼だな。それに領主には今回の件で無理を言って来て貰っているからな、正体を知りたいのなら見せようじゃないか。俺はヘルムの留め金を外し、ゆっくりと外す。下から現れた予想よりもはるかに若い顔に、さすがの領主も驚いたようだ。
「失礼いたしました。コールフィード閣下、私は冒険者のロックと申します。縁がありまして、こちらのエルフィーナ嬢を助ける運びとなりました」
領主は顎鬚をなでつつ
「声から若いとは思うておったが……これほどとはな、お主どうやって300枚もの金貨を用意した?」
俺は領主に頭を下げると
「申し訳ありません。それは私の切り札でもありますので、お教えすることは出来ません。ですがむやみに使用できない手段だとお考えいただければよいかと」
領主は頷き
「ふむ、ならば深くは問わぬ。それからエイナよ、これからは困ったことがあればわしにも相談するのじゃぞ?わしにとってはお主も娘のようなものじゃからな」
エイナは微笑むと
「はい、今回のことで私が本当に未熟者だと痛感いたしましたわ。ハウルガン家の当主に相応しくなれるよう、努力いたしますので、何卒私を導いてくださいませ」
俺は、仲良く話す領主とエイナの邪魔をしないように退出すると、モルガナの部屋へと向かう。部屋の前にはレインが立っており、どうやら顛末を報告したところのようだ。
ノックをして許可を得たので部屋に入ると、相変わらず顔色の悪いモルガナだが問題が解決した為か、昨日よりも幾分かましになっている。
「ロック様、娘を助けていただき本当にありがとうございます。本来であればロック様にもこちらに住んでいただきたいのですが、それはお望みではありませんよね?」
俺は無言で頷く
「とりあえず、最後のサービスをしに来たよ。」
モルガナは頭の上にハテナマークでも浮かびそうな顔をして
「サービスですか?ですがこれ以上ご恩を受けたら返せそうにありませんわ」
俺は笑うと
「気にするなこれはただの自己満足だからな」
そう言うと、俺はモルガナの傍へ行き、腹の上辺りに右手をかざす。最初に発動したのは体力強化魔法「ヴァイタルアップ」。これは対象の生命力を活性化させ、体力の上昇とともに消化吸収力なども増大させる補助魔法だ。
次いで、内臓強化魔法「ストレングスオーガン」を使う。これはあまり思い出したくないが、小さいころ腹が減って齧った山菜の中に、下剤のような効果を持つものが混ざっていて、三日三晩腹痛に悩まされたことから生まれた魔法だ。効果は各種内臓機能の強化、特に消化器官系が最も強化される魔法だ。
どちらも、気の流れに乗り循環しながら効果を維持するため、だんだんと弱りながらとはいえ3日ほど効果がつづく省エネな魔法だ。
これで、低下した体力を補えれば元の健康な体に戻ることも可能だろう。しばらくは定期的に診に来るとしますかね
12/24 誤字修正しました。ご報告ありがとうございます。




