相談事
正直なところ、返済だけを考えるなら俺の能力を使用すればいくらでも可能ではある。
多くの人が勘違いしているが、魔法とは属する力を生成し操る(・・)能力だ。炎や雷、光などは使用後、実体を維持できず霧散するため後に残ることは無い。水も暫くは残るが、その内地面に染込んだりして消えてしまう。だが土や岩は片付けない限り何十年何百年と残り続ける。そして地魔法は地に属するものを生成することが出来る。
つまり、俺は貴金属や宝石を生成することも可能なのだ。そこで疑問に思うだろうが、ならなぜ他の地魔法の使い手はそれをしないのか?だろう。これは大きく二つの理由がある、一つは認識の違い、この世界の人々は地とは土と石そして岩のことを指すと認識している。金属や宝石は精霊と神の作る賜り物だという認識なのだ。
そして、他の地魔法使いでは出来ない理由は魔力だ。生成時に必要な魔力は対象物の元素の構成密度や、魔力保有限界量によって大きく変動する。仮に石を生成するのに10の魔力が必要とした場合、同じ大きさの鉄を作る為には100の魔力が必要だ。更に高密度な貴金属や魔力保有量が桁違いの宝石はいわずもがなであろう。そして平均的な才能を持つ魔法使いの魔力の総量は500程度と考えてくれればいい。
ならば小さなものなら作れるのではと思うだろうが、あくまで500は総量だ。一度の魔法で制御できる魔力の量は、個人差はあれどほぼ総量の1割程度が限界だ。過去に無理やり2割ほどの魔力を搾り出した結果制御できず、すべての魔力を放出し干からびて死んだものも居るそうだ。そのため実際には50の魔力、つまり石の半分ほどの鉄を作るのが精一杯なのだから、魔力枯渇ぎりぎりまで頑張っても鉄のインゴット2つ程度がせいぜいだろう。
そうした理由から、金属など作れないと思っているか、知っていても無駄だと諦めるかのどちらかとなる。だが俺には魔力の才能LV5がある、こいつのおかげで俺にはほぼ無尽蔵の魔力があり、その気になれば1tの金塊を生み出すことすら可能だろう。
しかし、俺はこの手段を封印している。考えても見ろ、いくら自らの能力で生み出した物とはいえ、苦労もなく手に入れた金で豪遊して何が楽しいというのか。前世での俺が、初めてのバイトを失敗を繰り返しつつも学び手に入れた金や、親の工務店で先輩たちに厳しくも真摯に鍛えられ、一生懸命汗水たらして手に入れた給料、今世での木材や髪の調達の為に頼んで回り、ようやく完成した人形の対価として受け取った数十枚の銅貨。あの充実感とではそれこそ比べるまでも無い。
だからこそ、直接物質を生成することはなく、魔法として一時的な使用にのみ止めている。無論、使用後の後始末用として地に属する物限定で元素に分解する魔法を開発し、後には残らないように注意している。
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俺たちはいま、『微笑む親父亭』に戻ってきている。エイナとレインは泣き止みはしたが、目と鼻が赤かったため非番のエマさんに見つかり、なぜか俺が叱られそうになった。エイナたちが止めてくれたので事なきを得たが、前回の事もあって、物理的にお仕置きをしたのかと早とちりしたらしい。
「ごめんなさい、ロック君。……そうだ!ねぇお腹すいてない?お詫びにお姉さんがお昼ご飯を作ってあげるわ」
そういえば、まだ食べてなかったな。ちょうど良いから頂くとするかね?
「ええ、頂きます。それとこの子達にも作ってくれますか?」
エマさんは頷くと、快く引き受けてくれた。
「分かったわ。じゃあ3人分作るわね!」
そう言って、厨房に消えていった。
昼食後、俺とエイナはビルさんに頼んで、相談に乗ってもらうことにし、俺の部屋へ移動し、エマさんはビルさんの替わりに厨房へ(後でお詫びに何か甘いものでも持っていくか)、そしてレインは自身とエイナの着替えを取りに実家へと戻らせた。実際二人の服は草の汁や土でどろどろだしな。
まずは、エイナから聞いた話をビルさんに改めて説明する。ところどころエイナからの補正が入るが、おおむね俺の認識で間違いはなさそうだ。それとビルさんからエイナの家『ハウルガン子爵家』はこの一帯の領主である『ギリアム=コールフィード』に昔から仕えている騎士の家系で、10年前の戦の際には親玉に突撃を仕掛ける際の囮役を、自ら引き受け亡くなったと補足を受けた。
エイナが言うには、そのあたりの事情もあって、1年に数回連絡を取っていたそうだが、ここ最近は母の看病などで連絡を取れていないそうだ。……追い詰められて視野狭窄になってたんだろうが、少しは相談しろよなぁ。ついこの間成人したばかりのガキに、子供に助言を与えるべき親は臥せっている……幸い病状は快方に向かっているそうだし、あとは母親による矯正しだいかねぇ。
説明をし終えると、おもむろにビルさんが聞いてきた。
「で?坊主、俺にどんな相談があるってんだ?正直そんな額の肩代わりなんぞ不可能だし、この町を守ったのはハウルガン様だけじゃねぇからな、特別扱いもできんだろう」
俺は頭を掻きながら
「んー正直迷ってます。姉の言いつけもありますが、金に関しては何とかできる手段が俺にあるからです。ただ、俺がそれを行えると世間に知られた場合、確実にトラブルが起きる。最悪、命を狙われる事も視野に入れたほうがいい手段です」
ビルさんは唸り、こちらを見やる
「そんなにまずい手段なのか?まさか犯罪じゃねぇだろうな?」
「ある意味では犯罪でしょうね。何せ無差別にやれば貨幣価値が崩壊しますから……」
ちなみに金の採掘と管理は国が行っている、そのため国の刻印と管理番号なしの金塊なぞ作った日には確実に捕まるね。
エイナとビルさんは目を見開き俺を見つめる。
「まぁ、今の段階ではどうやるか?までは教えれませんが、金銭価値のある物が手に入るとでも思ってくれれば良いです。そして起きるトラブルは大多数が、他の誰もが俺に同じ事を頼むことでしょうね」
ビルさんは頷きながら
「確かにそうだろう。断っても恐らくそいつらはこう言うだろうぜ『なんであいつはよくて、俺はだめなんだ』てな。そいつを防ぐにゃ、この娘が有象無象とは違う特別な存在であるとするか、受けるための相応の代価が必要とするかだろうな」
そう、恐らく無償で助ければ大多数の人間はそう言うだろう。つまり受ける側にリスクの無い救済など、地位も名誉もましてや他者を救う義務も無い俺がするべきではない。
「ええ、その通りだと思います。それこそ今回のような額ならば、それなり理由か物が必要でしょうね」
俺はエイナへと向き直り問う。
「さて、エルフィーナ=ハウルガン嬢、聞いての通り俺には君の借金を肩代わりし、君を嵌めた商人から守る手段がある。だが俺にもデメリットのある手段だ、そのことに対し君は俺に何を代償として捧げる?」
エイナがすぐに口を開こうとしたため、一度とめる。
「短絡的に答えるのは止めた方がいい。今夜一晩考えて答えを出すんだな。無論君の母親に相談しても構わない、ある意味母親も当事者だしな」
エイナはしばらく悩んでいたが頷くと、戻ってきたレインに付き添われ自宅へと帰っていった。
二人を見送ったビルさんが、俺の部屋へと戻ってきて尋ねた。
「しかし坊主、よかったのか?どんな手段かしらねぇが、おめぇにも相当のリスクがあるんだろ?この町の人間ならともかく、おめぇにとっては赤の他人だろうが……なぜそこまでする」
俺は言葉につまり、ほほを掻く
「えーと、笑わないでくれます?」
ビルさんは怪訝そうな顔をして
「あん?笑うような理由なのか?」
「ええ、つまり……似てるんですよね。俺の初恋の人に…」
それを聞いたビルさんがニヤニヤしだした。
「ほほう、それでどんなやつなんだ?その初恋の人ってなぁ」
「それが……その……姉なんです。5歳くらいの頃に、姉とは結婚できないと知らずにプロポーズまでしましたからね」
ビルさんが笑いをかみ殺しながら
「ククク……そうかい、初恋の君に似てるんじゃ肩入れもするわなぁ」
俺は頬が羞恥で熱くなるのを感じながら
「ああもう!笑わないって言ったじゃないですか!だから言いたくなかったんだ………まぁそれでも明日の返事しだいでは、どうなるか分かりませんがね」
ロックと別れたビルは3階へと続く階段を通りががるとき、上へ向かってぼそりと呟いた。
「よかったな、あいつは年上好きらしいぞ」
通り過ぎた後、階上でガタッと音がしたが、ビルは聞かなかったことにしておいた。




