ギルドにて
早朝を少し過ぎたこの時間は、冒険者たちの大半が依頼を手にしギルドを後にしたため、ようやく一息つける時間帯だ。
もうしばらくすると、簡単な依頼を終えた冒険者や、ギルドのスタッフが作る料理目当ての人たちで混雑し始める。
そんななか、本日の登録窓口担当となったエマはしばらくは客も来ないかと見慣れたギルド内を見渡す。
木材とレンガで組まれた建物に、内壁を覆うのは漆喰だ。
元は白かったその壁も、長年の蝋燭や竈の煤や冒険者たちの一部が嗜む煙草でだいぶ色が変わってしまっている。
出来るだけ掃除はしているのだが、どうしても高い場所は手が届かないため(なにせ台に乗って掃除をしようとすると、わざとらしく近くに寄ってくる不届きものが多いのだ)汚れが目立つのが不満だ。
カウンターの右手側、奥の会議室やギルド長がいる執務室へ続く通路の手前の壁には、さまざまな依頼を貼り付けたクエストボードが置かれている。
それぞれの生活が掛かっているため、実入りのいい依頼が優先されるのは仕方ないことだが、雑用の類の依頼がどうしても溜まってしまうのがギルドとしても悩みの種だ。
……キィ
扉が開いた音がしたため、そちらに意識を向けるとそこには見知った顔があった。
平均ランクDのチーム『グローリーハンド』の面々だ、確か知人の商人の護衛がてら魔石採取の依頼を受けていたはずだけど……
そう思っていると、その後ろに見たことのない顔があることに気がついた。
日の光に輝く見事な銀髪を無造作に後ろに流し、少したれ目気味のトパーズのような目は好奇心一杯に輝いている。
スッと通った鼻筋に、意志の強そうな口元は、今の落ち着き無くキョロキョロと周りを見ている時でなければ十分に美男子といえるだろう。
背もおそらく190は超えているだろうに、ひょろりとした印象は無く、ロベルトたちと比べてもそれほど見劣りしない程度には鍛えられているように感じられる。
ロベルトたちと何か話をしていたかと思うと、こちらに向けて歩いてきた。
一瞬私の耳と胸に視線を感じたが、すぐに視線が消えたことからどうやら性格も悪くはなさそうだ。
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扉を開けると目に飛び込んできたのは、まさにギルド!って感じの光景だった。
依頼らしき紙が無数に張られた掲示板に、カウンター……そして何より受付嬢!
むさいおっさんより美人なお姉さんのほうがいいもんなぁ。
俺がいろいろな物に目移りしていると、ロベルトさんが声をかけてきた。
「おい坊主、俺達はこのまま依頼の完了報告をしたら、ジョッシュの旦那に合流するために移動しなきゃなんねぇ。あそこの窓口で登録の手続きをしてくれるからよ、後はおめぇだけで大丈夫だな?」
俺はうなずき
「ええ、大丈夫です。案内ありがとうございました」
ロベルトさんは俺の肩を叩くと、別れを告げ手前の窓口へと去っていった。
うん、俺も登録を済ませるか。
ロベルトさんが指した窓口へ向かうとそこに座っていたのは、ウサ耳の美女だった……
ロップイヤーっていうんだっけ?あのたれ耳の兎だよ。
あんな感じの柔らかそうな耳が、薄茶色の髪の上にほにゃりと乗っていた。
思わず手が出そうな衝動を抑えた俺をさらに衝撃が襲ったのは、耳から無理やり目線を外そうと下へ向けた時だった。
でけぇ……なにあれ?机の上に載ってるんだけど!?前に見た柚鬼とタメ張りそうな大きさだよ!?
ギルドの制服らしい、袖の膨らんだエプロンドレスの胸元を押し上げる兵器に食い入りそうになるが意思を振り絞って、無理やり目線を彼女の顔に戻す。
……どうやら気づかれなかったようだな
気を取り直し、受付嬢に話しかける
「すみません、ギルドへ登録をしたいのですが」
彼女はニコリと微笑んで答えてくれた
「はい、ようこそ冒険者ギルドへ。新規の登録ですね?ではこちらの用紙に記入をお願いいたします。」
受け取った用紙に必要事項を記入していく。名前、年齢、出身地などなど スラスラと書いていた手が止まる。
「すみません、特技ってどんなことを書くんですか?」
「どんな内容でも構いませんよ、たとえば剣であったり槍であったり、魔法や罠の設置なんかもありますし、変り種ですと穴掘りとか接客なんて人もいました。仕事の斡旋時の参考にする程度ですので気軽に書いていただいて結構ですよ。」
ふむ、なら『特技:剣、木工、地魔法』と、うん…これで書けるとこは書いたな。
「ではお預かりしますね。あら……地魔法ですか、ずいぶん希少な特技をお持ちなんですね。魔法の使える方はギルドでも一割ほどと少数ですが、地魔法となりますと更に少ないですし、仮に持っていてもあまり公言しませんから…」
そうなんだよなぁ、この世界の魔法は基本的に戦いの為の道具って認識のせいか、火力不足の地魔法は基本的に使えない魔法使い扱いなんだよなぁ。
ばっちゃの所で本を読み漁った限りだと、どうも地魔法ってのは土と石を操る魔法ってのが常識みたいでな、土では強度が足りずかといって石で槍を作っても、この世界の魔法は質量を移動させるためには余分に魔力の消費が掛かるから、火と同じサイズの槍を飛ばそうとすると、消費量が倍以上になっちまうんだよな……
「書いたのはまずかったですか?俺としては問題ないと思ったんですが…」
「いえ、この書類は関係者以外は閲覧禁止ですから問題ありませんよ。それでは身分証をお持ちでしたら、こちらの水晶に当てていただけますか?」
いわれるままに身分証を水晶に当てると、するりと飲み込まれてしまった。
「大丈夫ですよ。身分証の情報をギルドカードに転写してひとつにしますから、以後はギルドカードが身分証の代わりとなります。では、水晶の手前にある板に手を当てていただけますか?」
目の前にある黒い板に手を当てると仄かに発光をはじめ、その光が水晶へと移動していく。しばらくすると、一枚のカードが水晶から吐き出された。
「はい、これで手続きは終了です。続きまして当ギルドの説明をさせていただきますね」
グラリアへの旅の途中にロベルトさんからある程度は聞いているが、漏れがあってはいけないためきちんと説明を受けておくことにするか。
「まず、カードをご覧ください。」
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名前:ロック
性別:男
年齢:15
出身地:トト村
Lv:1
職業:ノービス
筋力:147 敏捷:72
頑強:133 魔力:XXXX(計測不能)
器用:213 運勢:中吉
特記事項:なし
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あー、魔力も突っ込みたいところだが、運勢:中吉っておみくじか?
「お名前や年齢などは説明は不要ですね?まずLVについてですが、これは【戦神 マルファス】の加護によるものです、戦神は挑戦をことのほか愛しておられる為、冒険者に挑戦する力を授けられております。戦うことで己の限界を超越することが出来、いつかは神に至るともいわれていますが真偽のほどは定かではありません。」
「つまり、戦えば戦うほど強くなれるってことですか?」
「はい、LVが上がることによって各能力が上昇していきます。個人によって上限があるともいわれておりますが、実際に上限に達した者はいないため、確かめようはありませんね。ちなみに、現在の最高LVは国王陛下の137で筋力が1200以上あるといわれていますよ。」
「続きましてギルドランクについてですが、こちらはF-から始めましてF、F+、E- ・・・ SSまでの20段階となっています。依頼はギルドランクの前後1ランクまでの範囲で受けることが出来ます。また、例外として街中での雑用はGランク依頼として、どのランクでも受けることが可能となっています。ギルドランクは、依頼をひとつ達成することによって1ポイントとし合計で20ポイント貯めることで、ランクアップすることが出来ます。ただしCランクからはD+からC-へなどの上位ランクへのランクアップに際しまして、ギルドから提示されます試験をクリアすることで、ランクアップすることが可能となります。依頼の失敗時の罰則についてですが、基本的に依頼料の3割をギルドに納付していただきます。また、あまりに失敗が続くようですとギルド資格の停止もあり得ますのでご注意ください。その他、詳細な規約に関してはこちらの冊子を差し上げますので、ご確認をお願いいたします。以上ですが、何かご質問などございますでしょうか?」
いくつ疑問があるので聞いてみるか。
「えーと、この能力値って表示しっぱなしなんですか?」
「能力値の表示につきましては、他者は基本的にカードを見ても知ることは出来ません。カードの持ち主が他者からも見えるように念じることで、一時的に見ることが出来るようになります。」
「それと運勢って能力値なんですか?」
「運勢はもともとギルドカードに無かった項目なんですけど、いつの頃からか表示されるようになったそうです。日によって変わるそうですから行動の参考にしてもいいかもしれませんね。」
今日の占い○ウント○ウンかよ……まぁ、なんかの足しにはなるかもな。
「あと、職業:ノービスってなんですか?」
「職業の欄はロックさんの冒険者としての活動を見て【戦神 マルファス】が付ける一種の称号のようなものになります。ノービスは冒険初心者みたいなものですね。」
ふむ、あとはだいたい聞いてた内容と同じだな、規約の冊子も貰えるみたいだし問題はなさそうだな。
「いや、特にはないです。」
「はい、では早速依頼を受けてみますか?」
む、どうするかな。先に宿を確保してもいいが、簡単な依頼なら昼過ぎには終わるだろうしちょっとためしにやってみるか?