7 無断欠席ダメ、絶対に
遅くなってごめんなさい。なのにお気に入りが増えてました。泣きかけました。
「――で? 何故ここに関係者以外の者がいるのでしょうか、フロワティア?」
「それは深く反省していますが……まぁ、正規の入門手続き……? をしているからいいのではないでしょうか」
「深くは追求しないことにしますよ」
「すみません……」
シエルは珍しく申し訳ないように深く溜息をついた。
一階の学院長室からは、外の芝生で行っている一年生の入学式の様子が伺える。本来ならシエルも参加しなければならないが、特別な用事があって、普通は入室できない学院長室に赴いていた。
学院長がシエルを王女様などと呼ばないのは、この学院の校訓となっているからだろう。『平等』を校訓としているこの学院は、名前なども基本的には身分の上下関係無しに呼ぶ。勝手に渾名を付ける好意的な教師もいれば、権力で圧力が掛けられるかもと恐れをなして様付けする教師もいる。平等を校訓としているのは、やはり『身分に踊らされていては教え方にまばらが出来る』という考えがあるからだ。
「そこの銀髪」
「は、はいっ」
シエルと学院長とでの会話で、話は振られてこないだろうと油断していた水姫は、突然の呼ばわりに背筋を伸ばした。
「君は、フロワティアに召喚されたのかな?」
「あ、はい」
「それについて説明しておくよ」
学院長は若い男だった。微笑むと可愛い。
「普通は、天使を人間と言い間違えても何も出てこないはずなんだけどね。召喚魔法の仕組みを簡単に説明しておくよ」
手を伸ばして一冊の本を本棚から引っ張り出し、机に頁を開き見せ付ける。
「基本的に、この世界と別の世界――幻想界とかと契約で繋がっているんだけどね、君のいた――地球だっけ? とは契約されていないんだ。契約するとね、予め決めておいた詠唱で召喚出来る様になるんだよ。あ、契約って言うのは、召喚が常に出来るような状態って事ね。ここは二年生の歴史で習うと思うから、フロワティア、しっかりと覚えておきなさいね。……今回の場合は、そう、あえてやるなら」
学院長は釣竿を大海原に向かって投げる真似をした。
「海の近くに契約した生き物がいるとする。海のずっと向こうには、契約されていない生き物がいたとしよう」
水姫は真剣な顔で頷いた。
「普通は釣れないのに、間違えて釣っちゃった、っていう感じかな。で、今の状態は、間違えて釣った魚を返そうとしたけど、海は別にそんな物釣られていないし、別に返さなくても良いよって、勘違いして拒否しているんだと思う。銀髪で召喚されたのは、フロワティアが銀色であって欲しいと願ったからだと考えている」
学院長には、今までの経緯を大体話してある。召喚された事や、還さなかった事――。
契約という事をしていないからか、召喚魔法が狂ったらしい。まさか人間を召喚したとは思っていないみたいだ。
「そういう事だからか、フロワティアは魔力が減らなかったんじゃないかな」
「確かに……それは疑問に思っていた。あたしの召使が天使を呼び出すと、一時間召喚するのが限界で。それ以上やったら魔力が無くなって吐き気と頭痛の総出、実際に吐いたからな……」
経験があるのだろうか。シエルは気持ち悪そうに口元を押さえた。
「まぁ、一応魔力の方測ってみようか。よし、じゃあ準備――」
「見つけたで!」
学院長室の閉められていた扉が開け放たれた。息の荒い男女二人が飛び込んでくる。驚いたのは水姫、関係無さそうに準備を始める学院長、目線を男女に向けてから逸らすシエルとで全員分かれた。
「フロワティア、サボりかっ。寮内を探してもいないし実習棟を探しても校舎を探しても……!」
捲くし立てながら、握られた拳が徐々に悲鳴を上げていく。
「全員参加の入学式を何やと思っとるんや! 卒業式に次いで大事な行事だと言うのに……!」
「ハンドレイか。うむ、ご苦労」
「そのご苦労は誰のせいやと! 風よ、我の下に集いて――ぬうぉぉっ」
危うく魔術を詠唱しかけた男を、女が口に手を当てて制する。
そんな中でも、平和そうに微笑みながら水晶玉を用意している学院長。水姫はどちらの光景も見つつ口を大きく開けて呆けた。
「すみません、フロワティア様。こら、魔法殺し、謝りなさい」
「毎回毎回禁句やと……学習能力が無いんやな」
「何か言いましたか、アピティス人」
「誰がアピティス人やねん、フロワティア人め」
「申し訳ありませんが、アピティス弁バリバリの貴方にはアピティス人というしかないでしょう。嫌なら標準語でお願いします」
水姫には関西の方言にしか聞こえなかった。
「標準語で言ったところで、お前はこーさいいしょくしょーとかまほーごろしー、とか言ってくるやろ。ワイは何を言うたら――」
「華麗とか、耽美とか、綺麗とか」
「罵倒出来る言葉でな……」
誰から見ても漫才としか思えなかった。
「この者が謝らないので、私が謝っておきます。風紀委員の者が、無礼を……」
「別にいい。楽しめた」
そうは言ったが、顔は不機嫌そうだった。シエルは常にこのような顔なので、風紀委員両名は別に気にも止めない。シエルは表情よりも言葉で表す王女だ。
まあ、校訓は校訓と言っても、やはり一国の王女だった。そう簡単に仲良くは出来ない。
「フロワティア。入学式に出席を――」
「欠席する。風紀委員、先生に頼むな」
「ワイは伝言係かっ」
水姫の為に欠席するらしかった。ちなみに、二人はシエルに夢中で水姫まで目が行かなかったらしい。一切触れてこない。
諦めたらしいのか、二人は走って出て行った。自分達だけでも出席せねばと考えたのだろう。
「さてと、準備出来たよー」
「あ……はい」
茶色い木製の机に置かれた水晶玉を軽く叩く。硬い音が響いた。
「この水晶玉に触れてみて」
この水晶玉は、魔力を測れるという優れものだった。
「何を測るんですか?」
「魔力だよ。さっきも言ったでしょう?」
魔力とは『魔術を使うために必要な力を集める』という係りだ。とても重要な要素で、これが無ければ魔法が使えないという程に大切だ。
「当校は、土魔法については扱っていないから、測らないけど、いい?」
素直に頷くしかなかった。
水姫は水晶玉にそっと手を触れた。ひんやりとしている。
赤い液体が水晶玉にかけられると、赤く変化する。そこから発せられるのは、か弱い光。
「むぅ、炎は絶望的だね……」
「炎を指先に付けて何秒持つのか……」
炎魔法の才能は無いらしかった。
次にかけられたのは、黄色の液体。これには全く動じない。
「え、壊れたかな? 普通は少しでもあるはずなんだけど」
「あたしとは対照的……。雷の魔力、分けてあげようか?」
同情された。
薄い水色の液体がかけられる。風を表しているようだ。これについても発光しない。
「……絶望的だね、君」
「だ、大丈夫よ。きっと次があるわ」
更には肩を辛そうに叩かれた。
青色の液体がかけられる。魔法の種類の残りが少ない。
「伏せろ!」
水晶球が青く発光した。少し遅めの反射で手を離す。脊髄で困惑でもしていたのだろうか。もしくは大脳まで行っていたのだろうか。
眩しい。その一言に尽きる。
「氷魔法は凄いね。ここまでは普通いないよ」
「今年の入学生で氷魔法一番と言ったら、ルカ・メルヴィスと聞いたぞ」
水姫の表情が少し緩んだ。
しゃがみ込んでいた学院長とシエルはゆっくりと立ち上がる。
最後に、虹色の液体がかけられた。召喚魔力を測る液体だが、虹色なのは様々な属性の魔物を召喚できるからだ。
「……!」
氷魔力を測っているときよりも強い光。学院長室から光が漏れるほどだ。
これには咄嗟に手を離した。まだ目が先程の光で正常にならない。
「……氷と召喚。君はその魔法で高位に位置するよ。特に召喚については……初めてだ。多分、今までの人物よりも魔力が強い。天使様は良い人を恵んでくださったな」
水姫には、あまり状況が把握出来ていなかった。
普通はどれかが特化しているとしたら、一般的には一つの魔力だ。二つも強いというのは、多分歴代では一例もないだろう。
「という事で、はい」
学院長から何故か入学届けが渡された。
「あの、これは?」
「知らないのか? 魔力の強い者はな、何らかの学校に入る事が義務付けられているんだぞ」
「……」
「魔法使うときに魔力が暴走したら困るから、制御の方法を学ぶ為に入るんだな。あたしもその為にこの学院に――おい、水姫、聞いているか?」
「聞いていまふ……」
「一年生に一人ほど明きがあるし。ささ、ここに名前と――」
ほぼ強制的に書かされるのであった。
召喚の仕組み
どんな文章にすればいいのか分からなかった。ごめんなさい
虹彩異色症
つまりはオッドアイ。この世界にはオッドアイって言葉がないんだよ、きっと