3 どこの世界でもオバサンは会話好き
後書きで挿絵注意
落ち着きながら、土で整備された道を歩く。
でも、だんだん落ち着いてくると、水姫は自分の容姿が気になってきた。さっきの白銀色の髪の事もある。
しばらく歩いたところで、座るのに丁度いい切り株を見つけて腰掛けた。
「体の形とかはそのままだし、着ていた制服もそのまま……。でも……」
髪の一部をつまんで見る。
「……何で髪が銀色なんだろう……」
染めた記憶は無い。漆黒だったはずの髪は、白銀色になっている。
大体、水姫自体が何故此処にいるのかが分からなくなった。
「あら、どうしたの、ここで」
数人の婦人達が、物珍しそうに水姫に寄って来た。農業をしていたようで、それらしき服を着ている。
「え、ええと……」
「アラ、この前倒れていた子? 目が覚めたのね。良かったわ」
「あ、ありがとうございます」
先ほどの一件もあって、水姫は体を強張らせていた。
「村長さんに酷い事されなかった?」
「あ、そうよねぇ。村長さん達、結構怖いからねぇ」
「ウィル君の家に連れて行かれたのよね?」
「あ、はい……」
どこの世界でも、婦人の方はお喋り好きらしい。
自分達の会話に浸りつつも水姫に話題を振ってくる。
「でも、ウィル君じゃなくて私の家だったら良かったのに」
「あ、そういえば、昔同じような事あったわよね」
「え、そうだったっけ?」
「そうそう。その時もウィル君の家だったんだけど……。怪しい者だと分かった瞬間、魔法で殺したんだってね」
「ああ、その話。今思い出したわよ。じゃあ、貴女は怪しくないのよね?」
水姫は大きく首を縦に振って肯定した。
「そうなのね。これからはどうするの?」
そう話題を振られて、水姫は戸惑った。これからどうしろというのだろうか。目を開けたら草原で、熊から逃げ回ったら村。目覚めたら拘束状態。別にこれからすることもない。ただ、『元の世界に戻りたい』という思いだけだった。水姫は、やはり情報集めが適当だろうと考えた。
「調べ物が出来る場所、ありませんか?」
「ええと……それなら王都かしらね」
「そうね、王都よね」
婦人達は顔を見合わせ、頷き合う。
「王都まではどうしたらいいんですか?」
「そうね。歩きで行くといいと思うわ。ここから王都まで近いし、すぐに行けるわ。半日ってところかしら。道はそこの道をずっと進んでいけばいいわよ」
半日だとしたら遠い事に、水姫は何故か突っ込まなかった。
「食べ物って持ってる? 何かいる?」
ちなみに王都までの距離は、大体十キロほどある。国の中では、これでも近いほうだ。
「そうですか。お気遣い、有り難うございます」
礼儀正しくお辞儀をする。
婦人達は微笑んでから歩いていった。
水姫は、婦人達を見送った後、切り株から立ち上がり砂などを払い落とした。鞄を手に持ち、指定されたほうに向かって歩き出す。
中々の広さを持つ道を歩いていく水姫。
食べ物を貰うのを断ってしまい、腹が食べ物を求めている今、水姫はめげずに王都への道を進んでいた。遠くの方に城と思われる建物が見えるが、ほとんどは山で覆い隠されている。
「駄目だ、これは。もう無理だよぅ」
弱音を吐きつつも歩き続ける。
途中休憩を挟みながら歩いていれば、城がだんだんと近づいてくる。と、その時だった。赤い皮膚に覆われた魔物が水姫の血を嗅ぎ、水姫の前に立ちはだかった。
喉を鳴らして詰め寄る魔物。これには小さな悲鳴を上げ、退く事しか出来ない。
右は山。左は田。決して苗字ではない。
「そこっ! 危ない!」
山の方から感嘆を上げて滑り降りてくる者があった。
金髪縦巻きに金目、ブラウスに簡易ローブ。黒いプリーツスカートに白いニーソックス、茶色の折り返された短いブーツという、山に居たとは思えない格好の少女が現れた。水姫に顔を向けずに魔物に立ちはだかる。
「そこで待っていなさい。指先に電気の力を宿いて、放出せよ。電磁光線」
少女は人差し指を魔物に向けてから詠唱した。魔力が力を集め、指先から一気に放出される。
青白く光る一筋の電気は、魔物の心臓部位を見事に貫いた。その場に倒れる赤い皮膚の魔物。もう動く気配は無い。
その電気は、数十メートル先で当たりに散っていた。やがてその筋は消え失せていく。
「……危なかった」
「あ、ありがとうございます」
ずっと魔物を見つめている少女。魔物を哀れむというよりは、顔を見せたくないようだった。
「怪我は無い? あたし、久しぶりに魔術使ったから変だったかもだけど」
「は、はぁ……」
「まぁいい。じゃあ、ここらで――」
「あのっ!」
聞きたい事のある水姫は、立ち去ろうとする少女に向かって声を張り上げた。
「お、お名前は……」
水姫は、もっと別の事を聞きたかった。魔術の事や、ここについて――。
だが、それを聞く勇気が無い水姫は、ほとんど関係の無い事を聞いてしまった。
しばらく沈黙の時間が過ぎる。水姫は緊張で顔を高潮させていた。
「名乗れない。あたしは――」
少女は口にするのを迷っているようだ。
「あ、あたしは、この国の――」
恥ずかしそうに山の中に戻ってしまった。水姫は罪悪感に塗れながらまた進んでいく。王都まではもうすぐだ。
後に、水姫はこの少女が国の第一王女だと言う事を初めて知るのであった。
☆
「王女様ーっ!」
若事服を着た若い男性執事が、王女の姿を見るなり駆け寄る。掃除をしていたメイドも、食事作っていた料理人も、仕事をすっぽかして来た。
「……ちょっと、門外に行っていた」
「王女様、それはなりませんといつもいつも……! どれだけ危険な事と……!」
「知ってる。魔物にも出会ったし」
王女は胸の前で腕を組み、口を尖らせた。
驚愕の表情になる執事。急いで腕を取り、怪我が無いか確かめる。
「倒されたのですか?」
「電磁光線で。久しぶりに良い運動になった」
「それなら、学院の方ですればいいじゃないですか」
「学院だと壊してしまう。脆い」
王女は過去に一度、電磁光線により建物の壁に穴を開けたことがある。そのことを思い出してか、執事は苦笑いした。
「まぁ、怪我も無かったようですし……。さて、明後日から新学期も始まりますし、早く行きますよ?」
「分かった……」
王女は嫌そうに拗ねてみせたが、結局馬車に乗り、レミア魔術専門学院へと向かうのだった。