透明人間になりたい :約2000文字 :コメディー :透明人間
とある劇場。お笑いライブにて――。観客の拍手が鳴り響く中、二人組の芸人がセンターマイクの前へ駆け出していった。
「はい、どーも!」
「どーもでーす」
「エナジートングです! いやあ、こんなにたくさんのお客さんに来ていただけて、ほんまありがたいですねえ」
「さっそくなんですけどね。僕、透明人間になりたいんです」
「ほんま、いきなりやな。しかも、なんや透明人間て。ここにおるお客さんたちから隠れたいみたいやないか。失礼やろ」
「そういう意味ちゃうねん。昔からの夢なんや」
「まあ、気持ちはわからんでもないですけどね。透明になってね、誰にも気づかれずにね、あれやこれやと好き放題にね、むふふ、と」
「うわあ……」
「なに引いてんねん。お前が言い出したんやろが」
「んでな、おれが透明人間やるから、お前、そいつを見つけた人をやってくれ」
「透明人間を見つけた人をやれっちゅうのも、また変な注文やけどな。まあ、見つからんことには話が始まらんか」
「そういうことや。ほな、いくで。夜、お前がアパートの部屋に帰ってきたら、なんや物音がするんや。で、泥棒やと思て飛びかかって捕まえたら、なんとそいつは透明人間やったんや」
「ほー、まあやってみよか。……ただいまーっと。いやあ、今日も疲れた……ん? なんや、誰かおるんか……そこか! こら、お前! この泥棒野郎! 捕まえた――えっ、なんやこれ。誰もおらんのに、確かに感触が……」
「きゃー!」
「おい、『きゃー』ってなんやねん! 女みたいな声出すなや」
「私、女よ! きゃー! やめてー! 離してー!」
「なんで女やねん! 透明人間やろが」
「透明人間の女よ! きゃー!」
「どっちかにせえ! 女になって美貌を見せびらかしたいんか、透明人間になって隠れて好き放題したいんか、どっちか一つにしろや!」
「透明人間の女になって、どうしてもやりたいことがあるのよ。きゃー!」
「やかましいなあ。まあ、ええわ。おら、この透明人間! 泥棒なんかしおって! どついたるわ!」
「きゃー! 離してー! へんたーい! ちかーん!」
「誰が変態や! 全裸で不法侵入しとるお前のほうがよっぽど変態やろが」
「ごめんなさい……。実は以前、町であなたを見かけてから、どうしても気になってしまって……」
「え、お、おう。そうなんか。へー、まあ、悪い気はせんけども。せやけど、なんでおれなんや? ほかにもっとええ男、なんぼでもおるやろ」
「私に似てるって思ったの。あなたの、その存在感のなさが」
「失礼やろ! 透明とちゃうぞ!」
「だって、職場でもいてもいなくても変わらない存在なんでしょ。あなたが同僚から『あ、いたの?』って言われたあの瞬間……私、胸がときめいたわあ」
「やかましいわ! 透明人間がどこに共感しとんねん!」
「ごめんなさい。確かにそうよね……。でもね、あなたに共感したのは、あたしが透明人間だからというわけじゃないの」
「なんや、どういうことや?」
「あたし、透明になるずっと前から存在感が薄かったの。誰からも話しかけられず、自分から話しかけても冷たくあしらわれていたの……」
「……」
「あたしなんて必要ないんだ。いっそ消えてしまおうかな。本当に誰の目にも映らなくなればいいのに。毎日そんなことばかり考えていたの。そしたら、ある朝、本当に透明になっちゃったの」
「そやったんか……。てっきり、そういう薬かなんか飲んだんかと思うとったわ」
「ううん。たぶん、あたしの心の問題なの……。消えてしまいたいなんて願い続けた、あたしのせい……」
「そら、しんどかったやろな……。ほんで、元に戻りたいんか? なんか心当たりはあるんか?」
「ええ、一つだけ。たぶんだけど……」
「なに?」
「誰かに必要とされること。ちゃんとあたしのことを見てもらうこと。愛してくれる人がいること……。そうすれば、自分はここにいてもいいんだって思える気がするの。でも、そんなふうに思ってくれる人なんて、いるわけないよね……」
「……いや、おるぞ」
「え?」
「ここにな。その証拠に、ここまで話聞いてやったろ? せやから、そんなふうに自分のことをいらんもんみたいに言うなや」
「でも……本当に? あたし、綺麗じゃないよ? 姿を見たら、きっとがっかりすると思う」
「そんなん、おれかて同じや。自分の顔に自信なんかあらへん。それに、多少は目を瞑らんとな。……なんてな」
「ふふっ」
「ははは」
「……ありがとう。あっ、体が元に戻り始めたわ! ごめん、ちょっとだけ目を閉じてくれる? ほら、恥ずかしいから……」
「え、おお。わかったわ……あ、今」
「ふふっ、お礼のキス。続きはもう少し待ってね」
直後、ステージの照明がゆっくりと絞られていった。舞台は闇に包まれ、客席に静けさが広がった。
そして、再び灯りが点いたその瞬間――。
「見てえええええ! あたしを見てえええええ! ふぉおおおう!」
「いや、裸を見てほしかったんかい! お前、なにほんまに服脱いどんねんって……肌着は!?」
一方が服をすべて脱ぎ捨て、舞台の中央で手足を大の字に広げていた。全身を余すことなく客席に見せつけ、恍惚とした表情で天井を仰いでいる。相方は目を見開いて固まったものの、すぐに我に返って駆け寄り、裸の相方の頭を思いきりひっぱたいた。
客席からは笑い声どころか悲鳴が飛び交っていた。
「お前、肌色のパンツ履いとく手はずやったやろ! なんで全部脱いでんねん!」
「はあ、はあ、はああん」
「やめろ、その恍惚とした顔! 何を達成感に浸っとんねん! お客さん、みんな出ていってもうたやないかい!」
「はあ、はあ……いや、おるで」
「はあ? どこにおんねん! 誰もおらんやろが!」
「透明になっただけや」




