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透明人間になりたい     :約2000文字 :コメディー :透明人間

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/11/01

 とある劇場。お笑いライブにて――。観客の拍手が鳴り響く中、二人組の芸人がセンターマイクの前へ駆け出していった。


「はい、どーも!」

「どーもでーす」


「エナジートングです! いやあ、こんなにたくさんのお客さんに来ていただけて、ほんまありがたいですねえ」

「さっそくなんですけどね。僕、透明人間になりたいんです」


「ほんま、いきなりやな。しかも、なんや透明人間て。ここにおるお客さんたちから隠れたいみたいやないか。失礼やろ」

「そういう意味ちゃうねん。昔からの夢なんや」


「まあ、気持ちはわからんでもないですけどね。透明になってね、誰にも気づかれずにね、あれやこれやと好き放題にね、むふふ、と」

「うわあ……」


「なに引いてんねん。お前が言い出したんやろが」

「んでな、おれが透明人間やるから、お前、そいつを見つけた人をやってくれ」


「透明人間を見つけた人をやれっちゅうのも、また変な注文やけどな。まあ、見つからんことには話が始まらんか」

「そういうことや。ほな、いくで。夜、お前がアパートの部屋に帰ってきたら、なんや物音がするんや。で、泥棒やと思て飛びかかって捕まえたら、なんとそいつは透明人間やったんや」


「ほー、まあやってみよか。……ただいまーっと。いやあ、今日も疲れた……ん? なんや、誰かおるんか……そこか! こら、お前! この泥棒野郎! 捕まえた――えっ、なんやこれ。誰もおらんのに、確かに感触が……」

「きゃー!」


「おい、『きゃー』ってなんやねん! 女みたいな声出すなや」

「私、女よ! きゃー! やめてー! 離してー!」


「なんで女やねん! 透明人間やろが」

「透明人間の女よ! きゃー!」


「どっちかにせえ! 女になって美貌を見せびらかしたいんか、透明人間になって隠れて好き放題したいんか、どっちか一つにしろや!」

「透明人間の女になって、どうしてもやりたいことがあるのよ。きゃー!」


「やかましいなあ。まあ、ええわ。おら、この透明人間! 泥棒なんかしおって! どついたるわ!」

「きゃー! 離してー! へんたーい! ちかーん!」


「誰が変態や! 全裸で不法侵入しとるお前のほうがよっぽど変態やろが」

「ごめんなさい……。実は以前、町であなたを見かけてから、どうしても気になってしまって……」


「え、お、おう。そうなんか。へー、まあ、悪い気はせんけども。せやけど、なんでおれなんや? ほかにもっとええ男、なんぼでもおるやろ」

「私に似てるって思ったの。あなたの、その存在感のなさが」


「失礼やろ! 透明とちゃうぞ!」

「だって、職場でもいてもいなくても変わらない存在なんでしょ。あなたが同僚から『あ、いたの?』って言われたあの瞬間……私、胸がときめいたわあ」


「やかましいわ! 透明人間がどこに共感しとんねん!」

「ごめんなさい。確かにそうよね……。でもね、あなたに共感したのは、あたしが透明人間だからというわけじゃないの」


「なんや、どういうことや?」

「あたし、透明になるずっと前から存在感が薄かったの。誰からも話しかけられず、自分から話しかけても冷たくあしらわれていたの……」


「……」

「あたしなんて必要ないんだ。いっそ消えてしまおうかな。本当に誰の目にも映らなくなればいいのに。毎日そんなことばかり考えていたの。そしたら、ある朝、本当に透明になっちゃったの」


「そやったんか……。てっきり、そういう薬かなんか飲んだんかと思うとったわ」

「ううん。たぶん、あたしの心の問題なの……。消えてしまいたいなんて願い続けた、あたしのせい……」


「そら、しんどかったやろな……。ほんで、元に戻りたいんか? なんか心当たりはあるんか?」

「ええ、一つだけ。たぶんだけど……」


「なに?」

「誰かに必要とされること。ちゃんとあたしのことを見てもらうこと。愛してくれる人がいること……。そうすれば、自分はここにいてもいいんだって思える気がするの。でも、そんなふうに思ってくれる人なんて、いるわけないよね……」


「……いや、おるぞ」

「え?」


「ここにな。その証拠に、ここまで話聞いてやったろ? せやから、そんなふうに自分のことをいらんもんみたいに言うなや」

「でも……本当に? あたし、綺麗じゃないよ? 姿を見たら、きっとがっかりすると思う」


「そんなん、おれかて同じや。自分の顔に自信なんかあらへん。それに、多少は目を瞑らんとな。……なんてな」

「ふふっ」


「ははは」

「……ありがとう。あっ、体が元に戻り始めたわ! ごめん、ちょっとだけ目を閉じてくれる? ほら、恥ずかしいから……」


「え、おお。わかったわ……あ、今」

「ふふっ、お礼のキス。続きはもう少し待ってね」


 直後、ステージの照明がゆっくりと絞られていった。舞台は闇に包まれ、客席に静けさが広がった。

 そして、再び灯りが点いたその瞬間――。


「見てえええええ! あたしを見てえええええ! ふぉおおおう!」

「いや、裸を見てほしかったんかい! お前、なにほんまに服脱いどんねんって……肌着は!?」


 一方が服をすべて脱ぎ捨て、舞台の中央で手足を大の字に広げていた。全身を余すことなく客席に見せつけ、恍惚とした表情で天井を仰いでいる。相方は目を見開いて固まったものの、すぐに我に返って駆け寄り、裸の相方の頭を思いきりひっぱたいた。

 客席からは笑い声どころか悲鳴が飛び交っていた。


「お前、肌色のパンツ履いとく手はずやったやろ! なんで全部脱いでんねん!」

「はあ、はあ、はああん」


「やめろ、その恍惚とした顔! 何を達成感に浸っとんねん! お客さん、みんな出ていってもうたやないかい!」

「はあ、はあ……いや、おるで」


「はあ? どこにおんねん! 誰もおらんやろが!」

「透明になっただけや」

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