パート3
「落ち着け……深く、息を吸うんだ……」
朝が来た。洋館の裏手にエージェントたちが集まっていた。再び警察官たちの姿があったが、今回の空気は昨日までとは明らかに違っていた。
そこには、巨大な杭か鉄棒で腹を貫かれたような、無残なエージェントの遺体が転がっていた。そして、あの料理人の姿も消えていた。
マヨラがタカオに短く指示を出す。タカオは静かに頷いた。
「……少し、お話ししてもいいですか?」
「ああ、構わない」
タカオはマヨラを誰もいない場所へ連れ出し、昨夜気づいた違和感について話した。マヨラはその推測を聞き、驚きを隠せなかった。自分ですら思い至らなかった視点だったからだ。
昼下がり。マヨラ、タカオ、そしてエージェントのジンカイとスガロウの四人は森の奥へと足を踏み入れた。調査を進めると、タカオの言葉通り、点々と続く血痕が見つかった。
その跡を辿った先には、周囲の土がどす黒く染まった巨大な「穴」が口を開けていた。
四人は息を呑んだ。そこは、紛れもなく『ゴラリ』の根城だった。
暗闇の奥で、ギラリと光る黄色の瞳だけが彼らを見つめていた。
「館に戻るぞ!」マヨラの鋭い声が響く。
四人は必死の形相で洋館へと走り、固く門を閉ざした。彼らは他のエージェントが待つ部屋へ飛び込み、背後で扉の鍵を力一杯閉めた。
二日後——。
館の前に一台の車が止まった。タカオとジンカイが車から降りる。マヨラが外で彼らを待っていた。
「この二日間、様子はどうだった?」
「……静かなもんでしたよ」
マヨラはジンカイの問いに短く答えた。
全員が部屋に揃うと、マヨラがジンカイに報告を促した。
「これが手がかりの書類です、先輩」
マヨラが最初に手に取ったのは、古い寺院の写真だった。
「この寺と、あの化け物に何の繋がりがある?」
ジンカイは頷き、写真の一枚一枚を指差しながら説明を始めた。
「先輩……信じがたいことですが、これらは『ゴラリの寺院』です。一部の人間はゴラリを崇拝している。いや、興味深いのは……(咳き込む)……彼らは神として崇めているのではなく、ただ『自分たちを襲わないでくれ』と祈っているだけなんです」
マヨラは眉をひそめ、タカオはその異様な事実に寒気を覚えた。
「さらに……インドのような遠い異国でも、これに似た小さな祠が見つかっています。呼び名は違えど、本質は同じものです」
ジンカイは古びた紙束を広げた。
「これによると、ゴラリは人間の『未練』ではなく、『未だ枯れぬ渇望(あくなき欲望)』から生まれるそうです。死の間際、理性を超えた狂気、手に入らないものへの執着……それが化け物を生む」
それを聞いたマヨラは、黙って部屋を後にした。残された者たちは困惑して顔を見合わせる。
夜、タカオは館の階段に一人で座っていた。そこへマヨラがやってきて、隣に腰を下ろした。
「お前は……復讐のために、まだここにいるのか?」
「……いえ。(間を置いて)僕にとって、母がすべてでした。生まれる前に父を亡くしたことは話しましたが……でも、母に何の罪があったんですか? 僕にはもう、失うものなんて何もない。だからここにいるんです」
会話の中で、マヨラはタカオに母親の写真を見せてくれと頼んだ。タカオは躊躇うことなく、大切に持っていた写真を取り出した。
その写真を見た瞬間、マヨラの呼吸が止まった。喉が急激に乾き、胸の奥で何かが砕け散るような衝撃が走った。
「……ジカシさん? どうしたんですか?」
マヨラは力なく首を振ると、ふらつく足取りでその場を立ち去った。
館の外に出たマヨラは、門の傍で凍りついたように考え込んだ。
「まさか……。本当に、そんなことが……。タカオは……俺の、弟なのか?」
——記憶の断片。
マヨラがまだ七歳の頃。
『あの日、両親は激しい口論をしていた。母は怒りに任せて父に「死んでしまえ」と言い放ったんだ。その数日後、父は本当に帰らぬ人となった。俺は隅で泣き崩れる母を、激しく憎んだ……』
家の中に警察の声が響き、視界は霧がかったようにぼやけていた。当時、母は妊娠三ヶ月だった。
マヨラは母への憎しみから、警察の証言台で母を追い詰める言葉を吐いた。
妊娠中であったため刑は免れたが、母は監視対象となった。その後、マヨラはゴラリ・エージェンシーに引き取られていったのだ。
現在——。
「そして、あの後に生まれた子が……ゴラリに殺された母の息子が、タカオ……タカオ・ジカシだったのか」
マヨラは外のベンチで頭を抱え、震えていた。
館の隅では、タカオが何も知らずに自分の寝床で丸まっている。エージェントたちがマヨラを探しに外へ現れ、彼を館の中へと連れ戻していった。




