2-5
陽影は今度は唐揚げを取り出し、俺の口に放り込む。そして俺は、鮭を一口サイズに切って陽影にあげる。
互いに互いを餌付けしている。この瞬間、世界には俺とお前しかいないような錯覚に陥る。
俺達の関係を是正してくれる者は誰もいなくて、おかしいと分かっているはずなのに、陽影に請われると俺は言うことを聞いてしまう。
咀嚼して、口の中のものを飲み込む。休憩時間に購入したパックのお茶を吸い、一息つく。
「……あの、よ。陽影」
しっとりと潤んだ瞳が、俺をじっと見据える。
「凜」
「あ?」
「そろそろ、名前で呼んでくれないのか」
ため息を吐く。
「それだよ、それ。俺が言いたいのは」
陽影は首を傾げる。
「こういうのって友達の距離感じゃねえと思うんだけど」
「俺達はいつか恋人になるんだから、おかしくないはずだ」
勝手に脳内で関係性を進めるな。ほんとに怖えよ、お前。
「でも、まずは友達になりたいんだろ。だったら、友達っぽいことをするべきだ。違うか?」
俺の言葉に、陽影は納得したようなしていないような曖昧な返事をする。
「じゃあ、友達って何をすればいいの」
「はあ? そりゃ普通のことすればいいんだよ」
「普通って何」
陽影の瞳は真剣そのものだ。全くふざけていない。
「楓太が教えてくれたら、俺はその通りのことをする。だから、教えてほしい」
「……お前、今まで友達は」
「いたけど、友達って呼んでいいのか分からなかった。そこにいるのが俺じゃなくても、いいような扱いだったから」
……あー、何となく、言いたいことは分かる。
こいつは、とにかく優秀過ぎたんだろう。あまりに卓越した優秀さを持つと、本人の人格ではなく肩書きに食らいつく人が増えていく。
そして、今までこいつの周りにはそんな人しかいなかった。こいつもこいつで、自分から進んで友達を作ろうとはしなかった。そういうこった。
そう考えると陽影が可哀想に思えてきて、俺もマジモードで質問に答えてやらねばという気持ちにさせられる。
「えっとな、友達っていうのは……」
友達。それは何ぞや。
1+1=2を証明すんのと同じくらい、難易度が高い問題だ。
幼い頃には気がつけば「そういうもの」だと認識して習得しているものだから、この歳になってわざわざ悩むようなことでもない。
いや、それとも、思春期の今こそ悩むような問題なのか? よくある、友達と恋人の定義で思い悩んで、友人関係がギクシャクするやつ。
うわ、まさに今の俺達じゃね?
いやいや、そもそも俺達、友達と呼べるほどの関係なのかい?
ちょっと話が逸れた。ともかく、友達とは何であろう。
腕を組み、頭を傾け、ティッシュケースからティッシュを一枚抜き取るみたいに(たまに失敗して何枚か取れる時もある)、脳の奥に詰まった一連の知識を引っ張り上げる。
「友達ってのは、えっと……」
家が近ければ、一緒に登校したり。休み時間に一緒に飯食ったり、くだらない話したり。放課後や休日は遊んだり、とかか。
……既にやってるな、うん。じゃあ俺達、もう友達なのか。
とは言え、素直に答えてしまうと、頭がいい癖に馬鹿なこいつは「じゃあこのままでいいのか」と、毎朝俺の上履きを履き替える作業に勤しみ、弁当の食べさせ合いっこをするために貴重な睡眠時間を使ってせっせと豪華な弁当作りに励み、俺を追いかけ回すに違いない。
それはよくないだろ。こいつのためにも、俺のためにも。
こいつにはモデルとして築き上げてきたブランドイメージがあるし、何より俺が恥ずい。
どうやってこいつの思考の軌道修正をしてやろうかと悩んでいた時、ふと、隣で座っていたはずの陽影が膝立ちになっていることに気がつく。
陽影は、クリーム色のカーテンの境目を指で摘み、外の景色をじっと眺めていた。
「どうした?」
声を掛けるも返事はない。
随分と熱心に見てんな、俺のことは無視ですか。嫉妬しちゃうぞ、なんて。あまりにもバッドなチョイスが頭に浮かび、慌てて否定する。男友達に言うならともかく、こいつに冗談は通じない。
俺も一緒になって外を覗いた。学校のグラウンド。昼休みの時間を使って無邪気に駆け回っている男子生徒が見える。
「男って馬鹿だよなぁ」
思わずそんな言葉が漏れた。俺はグラウンドの一角を指差す。
「あいつ等、上履きのまま外出てるぜ。友達のことからかって、そのまま喧嘩になったんだろうな」
「……じゃあ、喧嘩すれば友達になれるのか」
「それは、ちょっと違うんじゃねえかな」
友達は喧嘩するかもしれないが、喧嘩する関係イコール友達には残念ながらならない。
「つかお前、俺がその通りだって言ったら、俺と喧嘩するつもりだったん?」
「お前を泣かせることくらい容易い」
「どんなエグいことするつもりなんですか……」
「知りたいか?」
陽影がペロリと舌を舐める。その行為で俺は全てを察して、顔が熱くなる。泣かせるってそういう意味かよ。この変態。
「あー、結構です」
「まあまあ、遠慮するな」
「遠慮じゃねえ。拒絶してんだよ……顔近づけんな! そんなに俺に嫌われてーのかお前は!」
白昼堂々キスをぶちかまそうとしてきた陽影の両頬を片手で掴む。イケメン顔が少しブサイクになって、気分がいい。
「つかさ、お前。俺を泣かすにしろ慰めるにしろ、やることは一緒なんかよ。性欲魔人か?」
「ふぉふぁふぇふぉふぁふぃふぁふぉふぉふぃふほはふぉへはふぇへふぃふぃ」
「日本語で喋ってくれ」
頬から手を離す。陽影はパンを捏ねるように両頬のコンディションを整え、無表情で仕切り直した。
「お前の泣き顔を見るのは俺だけでいい。そう言ったんだ」
よく分かんねえ台詞もイケメンが言うとサマになるのだ。ズリいよ、イケメン。
「……なんだそりゃ。意味分かんねえ」
赤くなった顔を見られたくなくて、すぐに視線を逸らす。
次回の更新は3月16日 17時10分投稿予定です。




