2-1
姉ちゃんを俺の家まで送り届けてくれた次の週の月曜日。陽影は俺の教室にやってきて、大きな弁当を掲げた。
「楓太、一緒に弁当食べよう」
にこりと微笑まれ、全身の体温がバイブスを上げる。あまりの破壊力に、それは俺の心臓を貫通し、俺の後ろに立っていたクラスメイトのハートをブチ抜いた。
背後でクラスメイトが悶える声を聞きながら、俺は、どうしたもんかと頭を悩ませる。
クラス中がざわめき、どこからか囁くような声が聞こえる。「何で晴中が陽影くんと」とか「芸能人の姉がいれば人気モデルに話しかけてもらえるんだな」「あいつ自身は何の取り柄もないくせに」とかそんな声が。
あー、めんどくせぇことになった!
モデルの家族を持つ身として、ただでさえ肩身狭い思いしてんのに、その上人気上昇中の陽影とつるむとか。俺、どんだけだよ。めちゃくちゃ周り煽ってるみたいじゃん。
つか、こいつ……俺のこと好きとか何とか言ってたよな。まさか本気で俺を狙ってるとか……いやいや、そんなことあるはずがない。あれは冗談だったんだ。こんな高身長アルカイックイケメンが俺を好きになるはずがないって。
「おま、なんで、俺のとこ……」
「まさか、この間のでそれきりだと思ってた? 言わなかった? また今度って」
「そりゃ、そうは言ってたけど、マジで来るとは思ってなかったから」
「俺は約束は破らないよ」
その瞬間、俺は愕然とした。嫌じゃなかったのだ。むしろ、予告通り俺の前に現れてくれたことが、ちょっと嬉しかった。男同士なんてありえないとは思っているけれど、気持ち悪いとかは全く思わなかった自分があり得ない。
たった数日で、自分の価値観が塗り替えられてしまったみたいな、あるいは、内なる自分を暴かれたみたいな、そんな気持ちだった。
待てい! 待て、待て、落ち着け。
こいつ、どっからどう見ても男だろ?
俺は今まで男のことを好きになったことなんて一度も_____
俺がじっと見つめると、陽影は不思議そうに見つめ返してくる。陽影の背後から光が放たれてるように見える。うっ、眩しい。イケメン、眩し過ぎる。直視できねえ。
分かった。こいつが特別なんだわ。こいつは性別の垣根を越えさせる謎の魅力を持っている。
このまま一緒にいれば、俺までおかしくなっちまうぞ。後ろで未だ悶えているクラスメイト(男)みたいに。
俺は後ずさりながら、逃走ルートを頭の中で叩き出す。不意をついて後ろの扉から逃げ出せば、撒けるはずだ。
「楓太、どこに行くつもり?」
しかし、そんな考えは即座に見破られ、陽影に手を掴まれる。
「一緒にご飯食べるって約束したよね?」
してねえしてねえしてねえっつの! お前が勝手に約束を押し付けてきただけじゃねえか。
「お、俺、他の奴と先に約束してて_____」
「嘘だ。お前、いつも一人でご飯食べてるだろ」
何で俺の悲しき交友関係を把握してんだよお前は! 怖えよ!
「ほら、早く行くよ。食べる時間がなくなる」
陽影は俺の手を掴んだまま、教室の外へと引っ張っていく。扉の縁を掴み必死の抵抗をしたが、
「楓太。約束は守らないと駄目だ」
陽影の無表情の裏にある圧に負け、俺はあっさりと白旗を振った。
「は、はい。分かりました。食べます」
そうして俺は、こいつと飯を食べる羽目になった。
その時に改めて、「俺と友達になりたいと思ってる」ことと「俺のことが恋愛的に好き」であることを聞かされた。聞いてしまった。理由までは聞けなかった。そこを知ってしまえば、いよいよ引き返せなくなっちまいそうだった。
*
その日の夜のことだ。俺の通話アプリに、見知らぬアカウントからメッセージが送られてきた。
『楓太。今日は一緒にご飯を食べてくれてありがとう。すごく楽しかった。明日も食べよう。何かリクエストがあったら教えてくれ』
ヒェッ、と俺がなったのも無理はないだろう。この男、俺に対する執着が強すぎる。
俺はつるっつるの脳味噌を駆使してこの状況をどう乗り越えようか考える。
『楓太とは誰のことでしょうか。送り間違えだと思います』
ふう。ひとまずこれで難は逃れた。
と思ったのも束の間、ピロン、と音が鳴り、返信がやってくる。
『アヤメさんから聞いたから間違えないと思うんだけど』
『何で別人のフリするの』
『嘘はよくない』
『楓太?』
『ねえ、何で返事してくれないの』
俺はスマホを放り出し、すぐさま隣の部屋の扉を叩く。
「おい、アヤメてめえ! 今すぐここ開けやがれ!」
ドンドンドンドン! と長距離走を走った後の心臓のBPM並に叩きまくると、スケキヨみたいな顔パックをしたアヤメが至極面倒臭そうに部屋から出てくる。
「何よ、夜にそんな大声出したら近所迷惑になるでしょ」
「何よ、じゃねえよ! 近所どころか今、俺自身に迷惑が降りかかってんだよ! ジャスト、ナウ!」
「……はあ? 何の話?」
俺は先程ベッドに放り投げたスマホを取ってきて、アヤメに見せつける。
「お前、あの男に連絡先教えただろ」
「あの男?……ああ、陽影くんのこと? 教えたけどそれが何か?」
「何か、じゃねーよ! 何で勝手に人の連絡先教えてんだよ」
「だって陽影くんが知りたそうにしてたから。でもちゃんと陽影くんに許可は取ったよ。これから君のスマホにウチの弟の連絡先送るけど大丈夫? って」
まずは俺に許可取れよ!
俺はがっくりと項垂れた。ショックだ。何がショックかって、勝手に連絡先伝えられたのはマジでムカつくけど、陽影から連絡が来たことにちょっぴり喜んでいる俺自身だ。
自慢じゃねえが、俺はたくさんの学校を渡り歩いてきたおかげで交友関係だけは広く、知り合いの連絡先もたくさん持っている。だがしかし、それらの殆どは化石となっており、こちらから連絡を送ることもなければ、向こうから来ることもなかった。
そんな中で、家族以外の人から連絡が来て、すぐさま返信が来るのは、ちょっと……いや、かなり嬉しい。
でも、それとこれとは話は別だ。ストーカー許さん。
「まあ、減るもんじゃないし大丈夫でしょ。それに、陽影くんがいい人なのはあたしが保証するよ」
「保証されても嬉しくねえよ」
こっちにゃ貞操がかかってんだよ。前か後ろかは分からんけど! 想像したくもないけど!
「……つーか」
どんと来い、とばかりに己の胸を叩くアヤメに違和感を覚え、俺は思ったことをそのまま口にする。
「お前、あいつのことが好きなんじゃねえの? なんつーかこう、敵に塩送る真似なんかして大丈夫なのか?」
言った直後、完全に失言だったと悟る。アヤメがニマニマと嫌な笑みを浮かべていたからだ。
次回の更新は3月8日 17時10分になります。




