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Say my name.  作者: 雷仙キリト


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1-4

 朝、物音と人の気配で目を覚ます。


 何で俺、こんなに体痛いんだっけ。という疑問から始まり。

 ああ、そういやソファで寝たんだったわ、そりゃ体バッキバキにもなるわ。

 でも、何でソファで寝ることに?

 えーっと、確か昨日姉ちゃん達が飲みに行って、それで同じ事務所の人が酔っ払った姉ちゃんを家まで連れてきてくれて……。


 と、芋蔓式に昨晩の出来事を思い出した俺は、ガバッと起き上がった。


「起きたか」


 キッチンから、ニュッと顔を覗かせる男。陽影凜(ひかげ りん)。俺はそいつの精悍な顔をこれでもかと睨みつけ、何だかんだと堪能し、最後の抵抗とばかりに低い声を出す。


「……まだいたのか」


 イケメンと美人は狡い。酷いことをしても、何だかんだ許しそうになってしまう。流石に姉ちゃん達の顔は見飽きたけどな。


「出て行けと言われてないからな。それに、家主が寝ているうちに出ていくのも、マナー的にどうかと思う」


 まともっぽいこと言いやがって。昨日俺に許可なくキスしやがったくせに。つか、頼まれてもゼッテー許可しねえけど。


……しまった。今のは墓穴だった。思い出したくもないことを思い出しちまった。


 顔がみるみるうちに熱くなっていく。恥ずかしさから、陽影から視線を逸らすと、クスッと笑う気配を感じとる。


「顔赤いよ。昨日のこと、思い出しちゃった?」

「……寝起きは体温上昇のせいで体が熱くなるんですぅ。お前のせいじゃありませんー」

「そう。それは残念だな」


 陽影は尚のこと、クスクスと笑っている。


「……お前さ」

「何?」

「昨日の、その……キスのことだけど」


 陽影が、「あ、自分から言うんだ」って顔をする。

 

「あれ、俺を部屋から追い出すためにやったんだろ」


 きょとんと、大きな目を更に丸くさせる陽影。


「自分のことを狙ってる男がいるとなりゃ、同じ部屋で寝るなんてできっこないからな。策士だな、お前」


 昨日のは決して本気ではない。快適な睡眠スペースを得るために俺をからかったのだ。

 そうに違いない。


「お前がそう思いたいなら、そういうことにしておいてあげるよ」


_____今はね。


 陽影はそんな生意気なことを言って、キッチンの戸棚を開ける。

 つか、今更気がついたけど、こいつ勝手に人のキッチン漁ってんな。そっちのがマナー違反だろ。


 俺はのそっと立ち上がり、洗面所に顔を洗いにいった。戻ってきても、陽影はやはりキッチンで料理をしている。


 シンクに置いたままにしていた皿や調理道具は綺麗に片付けられていた。


 そして、陽影はハンバーグの種をフライパンの上に置き、焼いている。

 昨日俺が下味をつけていたものだ。


「ユリさんは和食派。アヤメさんは肉料理全般。スミレさんはフレンチ」

「……え?」

「雑誌のインタビューに載ってた。家族が自分達の好きな料理を、栄養に気をつけながら作ってくれるから、感謝してるって。あれ、お前のことなんだろ。雑誌見てない?」


 首を横に振る。ユリ姉ちゃんがデビューした時は俺も誇らしくて、雑誌を買っては周りに見せつけていた。だけどそのうち、誇らしさよりも劣等感の方が優って、雑誌を買うことも、テレビを見ることもなくなっていた。


 まさか、そんなふうに言われていたとは。感謝してるって、ユリ姉ちゃんはともかく、アヤメもスミレもそういうポジティブなのは本人に言えよ。素直じゃねえな。


「昨日、泣いてただろ。目元が赤かった」

「……泣いてねえし」


 そう言われて、咄嗟に否定してしまう俺も俺なのだけど。


 じゅうじゅうと肉の焼ける音がする。陽影が近づいてきて、親指で俺の目尻を撫でる。またキスされんのかと身構えたが、陽影はすぐに離れていった。


「アヤメさん、落ち込んでたんだ。弟を前にすると素直になれないって。昨日もそれで酷いことを言ったかもしれないって、悩んでた」

「別にそれはいつものことだし。つか俺も言い返してるし」


 目には目を、歯には歯を、拳には拳を。アヤメとはよく取っ組み合いの喧嘩になるが、向こうが体を資本としている分、俺は分が悪い。


「弟と顔合わせるの気まずいから、一緒に家まで来てほしいって頼まれた」

「……それで、慰めのつもりであんなことを?」

「涙は引っ込んだだろ」


 まあ、それどころじゃなくなったからな。


「今度嫌なことがあったら、一人で抱えるんじゃなくて俺に言いなよ。何度だってキスして、忘れさせてあげる」

「そ、そういう口説き文句は女子に言えよ」


 つか「今度」って。次あんのかよ。

 

「女の子と付き合うのは事務所NGなんだ」

「え、じゃあ俺ん家まで来たの、結構ヤバくね?」

「実はヤバい」

「おいおい……」


 などと喋っているうちに、目を覚ました姉ちゃん達がリビングにやってくる。


 ユリ姉ちゃんは俺を見るなり眉を八の字にして深々と頭を下げた。陽影もそれに恭しいお辞儀を返す。


「楓ちゃん、昨日は本当にごめんね。私、迷惑かけたよね。それに凜くんも、ここまで送ってくれてありがとう」

「こちらこそ、泊めていただきありがとうございました」


 アヤメは鼻を鳴らし、目を輝かせる。


「うわー、美味しそうな匂い! ハンバーグ? もしかしてこれ、陽影くんが作ってくれたの?」

「泊めさせてもらったから、お礼に何かできないかと思って。楓太(ふうた)が準備してたのを俺は焼いただけだよ」


 アヤメは気まずそうな顔で、「そ、そうなんだ」と笑う。だけど俺はアヤメの態度よりも、陽影が「楓太」と俺を名前で呼んだことの方が気になってしまった。


 苗字呼びはややこしいと思ったんだろう。そう理解はしているが、不意打ちに、引っ込んだ熱がまたぶり返してくる。


 男に名前呼びされたって嬉しくねえよ!


 そう言いたいとこなんだけど……正直、ちょっとだけ。本当にちょっとだけな? 嬉しかったりする。


 家族以外に名前呼びされるのは本当に久々だから。


「えー、アヤねえばっかり狡い! 最近お肉料理ばっかりじゃん! おにい、次は2日連続でフレンチだからね? わかった?」


 スミレはぷりぷりと音を立てて怒りながら、輪の中に入ってくる。


「お前、客人がいるのにパジャマは駄目だろ」


 陽影を前にして朝っぱらから化粧をしている意識の高いユリ姉ちゃんやアヤメとは違い、スミレはすっぴんかつ寝巻き姿だ。

 寝癖はついてないから、申し訳程度には櫛で溶かしてきたらしい。だが、それだけである。

 

「えー? いいでしょこのくらい。ほら、可愛くない? ね、陽影さんもこの服可愛いと思うよね?」


 スミレはピンクの可愛らしいネグリジェを着て1回転した後、パチンとウインクをしてみせた。視線の先は陽影。熱烈なアピールに対して、陽影はしれっとしていた。

 元々表情筋が軟弱なのか、自分でこんなことは言いたくねえが、マジで俺にしか興味がねえのか。


「うん。すごく似合ってるよ」


 でも、サラッとこういう褒め言葉は口にする。海外暮らしが長いから、異性を褒めるのも慣れているのかもしれない。


「えへへ、そうでしょ」

 

 スミレは表情をへにゃへにゃにして笑っている。


 なあ、陽影。せめてキスすんなら俺じゃなくてこいつにしろよ。スミレはお前のこと好きみたいだし、俺なんかよりよっぽど可愛いぜ? いや、男の俺が現役中学生モデルに可愛さで優ってたら、それはどうかと思うけどさ。

 

「……スミレ、いい加減制服に着替えてこいよ。学校遅れても知んねえからな」


 頭にはてなを浮かべたスミレが、ようやく大切なことに気がついたのか「あ!」と口元に手を当てて大きな声を上げた。


「そうだった、スミレ、今日補習があるんだった!」


 スミレは今、受験生だ。アオイと同じ芸能人御用達の高校を目指している。

 芸能活動をしている子供が通う中学校もあるにはあるのだけど、スミレはどうにもそれらが気に入らなかったようで、現在は家の近くの普通の学校に行っている。

 義務教育という半ば強制的に卒業させられるシステム所以か、あるいは寛容な校風なのか、スミレが頻繁に学校を休んでも、休日に補習を受けることで手打ちにしてくれているようだ。


「おにい、送ってって!」


 そして、休日とは言え働かされるのも、奴隷の悲しき宿命である。


「はいはい。分かったよ」


 外に出る準備をしようと部屋に戻りかけた俺を陽影が手で制する。


「ちょうど帰るところだったし、俺が送っていくよ」


 俺以外の全員は納得したように頷いていた。


「そっちの方が早いし、いいじゃん。でも朝ご飯くらい食べていったら? 楓太の奴あげるから食べなよ」


 だからお前、勝手に決めんなっての。


「凜くん。またご迷惑かけちゃうけど、お願いできる?」


 陽影はスマホを取り出し、どこかに電話を始める。アオイが耳打ちしてきた。


「陽影くん、家にお手伝いさんがいるんだよ。その人が仕事の送り迎えもしてくれるんだって」


 マジかよ。あいつ、顔もよくて頭もよくて、その上実家も太いとか、どんだけだよ。


「……つか、俺等もお手伝いさん雇ったら? 金には余裕あんだろ?」

「そしたら、あんたがここにいる理由なくなるじゃん。それに、あんたに家事をさせる提案したの、スミレなんだよ」


 アオイは歯を見せてニシシ、と笑う。


「あの子、あんたのこと大好きだからねえ」


 制服を着てリビングに戻ってきたスミレは、いつの間にか陽影が送ってくれることになっているのに驚いていた。


 目の中にハートが浮かび、夢見心地に陽影を見つめ……そして、気まずそうに俺を見遣る。


「陽影さんが送ってくれるのは嬉しいけど、でも……」

「送ってってもらえよ」


 俺はすかさず言った。


「俺だって休日くらい休みたいんだよ」


 半分本当で、半分嘘だ。

 スミレが陽影に気があるのを知っていたから、差し向けてやった。己の貞操を守るチャンスを俺は見逃さない。


 スミレは頬を膨らませて俺を睨んだかと思うと、陽影の二の腕をがっしりと掴んだ。


「おにいの意地悪。もう行こ、陽影さん」


 陽影は頷き、席を立つ。去り際、俺の肩に手を置き、


「また今度、学校で。楓太の手料理、楽しみにしてる」


 と言い残し、スミレと共に部屋を去った。

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価などをしていただけたら嬉しいです。


次回の更新は3月6日 17時10分予定です。

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