6-3
「ちょ、ま、ひかげ……っんぅ」
唇を押し当てられたまま、ベッドに押し倒される。喋ろうと開いた口を即座にこじ開けられ、熱い舌が侵入する。ともすれば、ごりごりと音が聞こえてきそうな荒さで俺の口内を暴き、蹂躙していく。
舌の先が上顎の方をつつくと、背中をピリピリと電流が流れた。俺の反応がいいと分かると、陽影は何度もそこを重点的に撫で回してくる。
頭がぼーっとしてきて、陽影の体温を全て移されたみたいに、体が火照っていく。
陽影とキスをしたのはこれで3回目だ。1回目は気が付けば終わっていた。2回目は触れるだけのキスだったけど、永遠にも思える時間唇を押し当てられ、窒息するかと思った。そして今回。捕食されているみたいだ。陽影の熱が、吐息が、思いが、俺の内側へと入り込んで体内に巡っていく。
混ざり合った甘い唾液を舌で喉の奥に流し込まれる。こくり、と喉の音が鳴り、喉から食堂、胃まで焼けるように熱くなる。飲みきれなかったのは口から溢れ出し頬を伝い、枕を濡らした。
鼻で息を吸うと、お前の香りが雪崩れ込んでくる。コロンやフレグランスなんか目じゃない。かすかに滲んだ汗の匂いすらも、お前のもんだってだけで俺は嬉しくなっちまう。
「ふうた……っ」
名前を呼ばれる。それだけで、俺の体は震えが止まらなくなる。
なあ、俺、知らなかったんだよ。キスでこんなに気持ちよくなれるってこと。ファーストキスだったんだぜ。大事に取ってたわけでもないが、それでも初めては告白した後って決めてたんだ。
それなのにお前、勝手にキスしやがってきてさ。なあ、どうすんだよ。お前の味を知っちまったら俺、もう他の人とキスなんてできなくなっちまう。
遠い将来、他の誰かとキスするたびにお前のことを思い出す羽目になるんだ。分かってんのか、お前。
俺の口内をたっぷり堪能した男が、荒い息を吐きながら唇を離す。お互いを繋ぐ糸がふつりと途切れ、俺の顎を濡らした。
鳥のさえずりと、車の音。学校帰りの奴等のはしゃぐ声。
それらを聞いて俺は、今がまだ昼と呼べる時間帯だったことを思い出す。
「|Say my name《俺の名前を呼べ》……楓太」
未だ触れ合った場所からは、陽影の熱が伝わってくる。揺するように腰を押し付けられ、そこにある硬さに頭の中を幸せがじゅわっと充満する。
視覚で、触覚で、嗅覚で、味覚で、聴覚で、お前は俺を犯し、愛を伝えてくる。
何だよお前、マジで好きじゃん、俺のこと。何で俺のことなんか好きなんだよ。
男でも女でも、芸能界だったらいい奴はもっといっぱいいる。それなのに、何で俺なんだよ。
陽影に愛されているのが嬉しくて、だけど怖くて、頭の中がぐちゃぐちゃで、俺の目から涙が溢れ出す。
陽影は瞠目した。
「おれ、俺っ、初めてなんだよ。誰かと付き合うのも、キスすんのも。なあ、それなのに、こんなに気持ちよくてしあわせになっちまったら、おれ、もうお前から離れられなくなる……っ」
陽影の頬に手を添える。叩こうとしたが、ただいたずらに指先で頬を撫でるだけになった。
「おれ、マジでおもいんだからな、でもそれ、いっしょーけんめい、かくしてんだよ。い、いじめられたら、ふつうに、きずつくし、あやめのことでむかついても、なみだ、でてくるし……おまえが、それ、あばいたんだよ!」
人前で涙を流さないのは、姉ちゃん達に迷惑かけたくないからってだけじゃない。俺が、自分が傷ついてるのを知りたくないからだ。
知ってしまったら、俺は負けを認めたことになる。姉ちゃん目当てで近づいてくる奴等に、姉ちゃん達みたいになれない惨めな自分自身に。
でも、陽影はそんな弱い俺を肯定してくれた。泣いてもいいって言ってくれた。こんなの、好きにならないわけがない。
「せ、せきにん、取れよ……っ、責任とって、おれとつきあえよ、バカ凜……っ!」
涙で視界がぐちゃぐちゃだった。それでも、目の前にいる陽影が笑っているのは何となく分かる。いつも無表情の癖に、笑うのが苦手だと自称する癖に、実際には驚くほどに綺麗に笑うのだ、こいつは。
「うん。責任取る。大好きだ、楓太」
陽影が腕を広げる。俺は陽影に抱きついて、馬鹿みたいに泣きじゃくった。
*
それから陽影はずっと俺のそばにいたが、アヤメとスミレが仕事から戻ってくるのと入れ違いに帰っていった。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られたくなくて、布団に潜り込む。だけどアヤメはお構いなしとばかりに布団を剥ぎ、俺の真っ赤に充血した目を指差して笑った。
「あんた、顔きったな! 号泣じゃん! てゆーか何で泣いてんの? 嫌な夢でも見て、陽影くんに泣きついたの?」
「……うっさい。風邪引いてるから、ちょっと情緒不安定なだけだ」
「へー、そうなんだ」
アヤメは尚のことニヤニヤしながら、俺の耳元で囁く。
「で、どうなの?」
「は? どうって何が?」
「だーかーら、陽影くんと二人きりでいたんでしょ。もうエッチした?」
「~~~っこのセクハラ女!」
枕を投げつける。アヤメは華麗にそれを躱し、笑い声を上げながら部屋から出ていく。
「くそ、何だよあいつ、わざわざ俺を馬鹿にしに来るなんて、暇人かよ」
アヤメが出ていった後も怒りが収まらなかった俺はぶつぶつと呟く。ふと、勉強机の上に置かれたものに意識が向く。
カップのバニラアイスだ。封がされたままの木のスプーンも置かれている。ついさっき買ってきたばかりなのか、中身を開けてみても溶けている部分は見当たらない。
木のスプーンを差し、一口掬い、口に含む。頭がキーンとなるような冷たさの後に甘さが広がった。
「……素直じゃねえやつ」
誰に似たんだかねえ。全く、親の顔が見てみたいぜ。
次回の更新は4月15日の17時10分予定です。




