展示会前 ~告白
もう間近に迫った展示会の担当者一覧に目を走らせていた彩の視線が、ある一行でぴたりと止まった。
佐藤 大樹。
思わず二度見する。見間違いではない。転勤してきて、まだ一か月程のあの佐藤大樹だ。
胸の奥がざわつく。 どうして? どうしてこのタイミングで? 他にも適切な人は何人かいたはずだ。
彩は資料を持ったまま、ほとんど反射的に席を立った。フロアを歩く足取りがいつもより速い。冷静でいようとするほど、胸の鼓動が早まる。
「失礼します」
ノックも声掛けも同時に済ませて、支店長室の扉を開けた。
「支店長、お話がっ。佐藤大樹を展示ブースに入れるんですかっ」
思った以上に強い口調になってしまった。けれど、もう引き返せない。
支店長は驚きもせず、穏やかにこちらを見る。
「反対け?」
「勿論、反対です。理由は、配属されて一か月。まだ、この支店の全商品について説明・対応できるとは思えません」
言いながらも、自分の声が少しだけ硬いのがわかる。本当にそれだけ? と胸の奥で誰かが囁く。
「まぁ、言いたい事はわかるわ。ほんで実際は?」
「実際も何も・・・」
言葉に詰まる。喉の奥がひりつく。
本当の理由を口にするのは卑怯な気がした。けれど、言わなければ伝わらない。
「・・・目立ちすぎるがんやろ」
支店長の口元がわずかに上がる。
「わかっているなら、聞かないでください」
吐き捨てるように言ってしまい、彩は自分の感情の強さに戸惑う。
大樹は、目立つ。
否応なく視線を集める存在だ。
まず、あの髪。鮮やかなピンク。光の加減で桜色にも、濃いローズにも見える派手な色。整えられてはいるけれど、展示会場の白い照明の下では確実に浮く。
大きく丸い目は黒目がちで、表情豊か。通った鼻筋。輪郭はシャープ。頬や口元はどこか柔らかくて可愛らしい。30は過ぎているという話だが、低めの身長も相まって若く見える。体のバランスがいいのか、スーツを着て立っているだけで絵になる。だからこそ余計に、髪色の奇抜さが強調される。
初めて見たとき、彩は目を疑った。
営業職で、しかも法人相手の担当に、どうしてこの容姿で来られるのかと。
悪い人ではない。むしろ礼儀正しく、声も落ち着いていて、商品知識を覚える速度も速い。質問すれば素直にメモを取り、笑うとくしゃっと目がなくなり、驚けばぱっと見開かれる。だけど、髪色だけで非常識に見えてしまう。
ここは遊び場じゃない。プライベートなら、どんな服でどんな髪色でも構わない。
だからこそ、余計に腹が立つ。
あの髪さえなければ。
あんなに目立たなければ。
そう思った瞬間、自分でも驚くほど強い拒否感を知った。
展示会は企業の顔だ。ブランドイメージを背負う場だ。長年積み上げてきた信用もある。取引先は保守的な企業もまだまだ多い。そこに、あのピンク色を立たせる勇気が自分にはない。来場者の視線が商品ではなく彼に集まる光景が、ありありと想像できてしまう。
万が一、先入観だけで話を打ち切られたら?
あの会社は大丈夫か、と思われたら?
同時に、ほんの僅かに認めざるを得なかった。
派手なはずなのに、不思議と品がある。
堂々としていて、視線を逸らさない。
逃げるでも、媚びるでもなく、まっすぐ立っていた。
大樹がブースに立てば、きっと人は集まる。
そして彼は、あの落ち着いた声で丁寧に説明するだろう。
もしかしたら、思っている以上に・・・うまくやるかもしれない。
それを認めたくない自分がいる。
まだ一か月。
まだ早い。
そう言い聞かせながらも、彩の胸の中では、理屈と感情が複雑に絡み合っていた。
○ ○ ○
彩が勢いよく支店長室に入っていく姿を、フロアの何人かがちらりと目で追っていた。
扉が閉まると同時に、空気がわずかに緩む。
「まぁた、やってるねぇ」
そう呟いたのは小林誠。三十代前半、入社してもう十年近くになる中堅どころだが、どこか学生気分の抜けない空気を纏っている。年下からは気安くいじられ、年上からは『まだ若いな』で済まされる、ちょうどそのあたりのポジション。デスクに浅く腰かけ、ジーンズにスポーツサンダルというラフな格好でコーヒーを片手にしている。足をぶらぶらさせる様子は落ち着きがないとも言えるが、本人は気にしていない。ひげだけはきちんと整えているものの、どこか頑張りすぎない三十代の余裕も漂わせている。
半ば呆れ、半ば楽しそうに、支店長室のドアを見やった。
「彩さん、頭、固すぎなんですよ」
即座に返したのは葵。今度の展示ブースに入る予定の一人だ。仕事にも慣れてきて自分の立ち位置もわかってきている世代特有の、軽やかな自信をまとっている。オーバーサイズのパーカーにセンタープレス入りのスラックス。緩さの中にもきちんと感を残すあたりが抜け目ない。首元にはヘッドホン。ネイルはくすみ系のニュアンスカラーで、指先までさりげなく整っている。いかにも“服装自由”を体現しているような格好だが、ただラフなだけではなく、ちゃんと今っぽさを押さえて。
椅子をくるりと回しながら、長めの前髪を指で払う仕草もどこか様になっている。
「服装だって、せっかく服装自由の会社に入ったのに。あれこれ言われたら意味ないじゃないですか。そう思いませんか、誠さん」
「まあまあ」
誠が笑いながら肩をすくめる。
「呼び方だってさ。頑なに苗字呼び。そこ大事なんですかね?」
葵が首をかしげる。
そのとき、背後から低い声が割って入った。
「あれで少しは柔らかくなった方だぞ」
振り向くと、四十代の鈴木が苦笑交じりに立っている。ネクタイはしていないが、きちんとジャケットを羽織った世代だ。
「入社した時は、夏でもきっちりスーツ。クールビズ? なにそれ、って感じだったからな」
「え、マジですか」
「名前だって、俺なんてずーっと『鈴木さん』呼びだからね。今もだけど」
わざとらしくため息をつき、肩を落とす。
誠が吹き出した。
「俺の方は『小林さん』から『小林くん』に進化しましたねぇ」
「進化って」
葵が笑う。
「でもさ」
誠は少しだけ真顔になり、支店長室の扉に目をやる。
「今回の件、たぶん『あの件』だろ?」
「あー・・・『ピンクの王子様』の件ですか」
葵は声を潜めながらも、どこか楽しそうに言った。
口元がゆるく上がり、目がきらりと光る。
フロアの何人かが、無意識に営業部の一角を見る。そこには、今は空席のデスク。鮮やかな色が視界に入らないだけで、妙に静かに感じる。ピンク色は派手なはずなのに、不思議といないと物足りない存在になりつつあった。
「まあ、目立つよなぁ」
誠がぼそりと呟く。
「でも、展示会なんて目立ってナンボじゃないですか? 正直、展示会で見てみたいんですよね。あの人がブース立ってるとこ」
からかい半分、でも明らかに興味と好意が混じっている声音。
「だって、絶対、人集まりますよ? しかもちゃんと説明うまいし」
そう付け足してから、葵は少しだけ照れたように肩をすくめる。
「商品より目立ったら困るだろ」
鈴木がたしなめるように言うが、その口調はどこか面白がっている。
「彩さん、真面目だからなぁ」
誠がカップを机に置く。
「会社の『顔』とか『印象』とか、全部背負っちゃうタイプだよな」
「悪い人じゃないんですけどね」
葵がぽつりと言う。
「むしろ、ちゃんと考えてくれてるんでしょうけど」
支店長室の中からは、まだ声は漏れてこない。
三人はそれぞれに仕事へ視線を戻しながらも、どこかで続きを待っていた。
この嵐が、どう転ぶのかを。
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