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オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


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タイムリープ?こういうのでいいんだよ

 思いがけず幽霊と出会った篠宮透真。

 彼はその幽霊の「死」を回避するため、過去へと遡る決意をする。


 だが、目を覚ました先は――異世界だった。


 信じていた仲間が敵に変わり、救いたかった相棒がその腕の中で息絶えた。

 透真が剣を振るった相手は、魔王ではなく――神。


 「英雄」という名のもとに操られ、祈りは血に染まる。

 崩れ落ちる理想、喰らわれる神、そして偽りの王。


 すべてが終わった瞬間、透真の世界は音を立てて崩壊した。

 残ったのは、怒りと後悔、そして――死の瞬間に見た“真実”だけだった。

 透真の意識が覚醒する。

 それは――音も光も存在しない、完全な闇の中だった。

 自分の手すら見えず、身体の感覚さえ曖昧だ。


 なんだ?

 どうなった……?


 視界は闇に閉ざされている。だが、耳だけは確かに動いていた。

 ぼんやりと、人の声が聞こえる。


 現時点で、透真に残された感覚は聴覚だけだった。

 その声を頼りに、耳を澄ます。


 ――重い足音が近づいてくる。


「陛下!」

「いい、続けろ」

「はっ」

「どうなっている、なぜ二人居る?」

「それが、我々にもどういうことなのか……」

「ふむ、まあいい。……神二柱の心臓か」

「へ?」

「いや、なんでもない。香は焚いているのか?」

「はい、既に焚いております」

「ジジイの用意は?」

「ワシは準備できております」

「……なんだ、もう少し威厳を出せないのか?」

「威厳と申されましても、ワシには……」

「まあいい、計画を進めろ」


 最後の声とともに、足音はゆっくりと遠ざかっていった。

 再び闇だけが残る。


 ――そして。


「……精霊の祝福を」


 瞼の裏に、光が差し込む。

 白い光がぼやけて広がり、視界がゆっくりと形を取り戻していく。


 眩しさに思わず手で目を覆った。

 やがて光が落ち着くと、目の前には一人の老人が立っていた。


 真っ白な髭をたくわえ、長い白衣をまとった老人。

 どこか胡散臭い雰囲気を纏いながら、穏やかに口を開く。


「ほほう、英雄様がお目覚めになられましたか」


 目の前に立つ王の格好をした見覚えのある老人を見上げる。

「もしかして俺、一度死んだか?」


「ふぉっふぉっふぉ。英雄様はご冗談がお上手じゃ」

 柔らかく笑う老人。

 透真は眉をひそめる。


「クソジジイが」


「へ? なんとおっしゃいましたか?」


 透真はゆっくりと立ち上がり、辺りを見回した。

 そこは――この世界に召喚された、あの最初の光景だった。


「タイムリープしたのか」


 静かな独白。

 透真は自分の身体を確かめる。

 着ているのは、あの時と同じ――子供の頃の私服。


 そして、その正面には――白髭の偽王。


 透真の鋭い目線が、まるで刃のように老人を射抜く。

 老人はその視線に気圧され、声を震わせた。


「あ、あの……英雄様?」


 透真は、かすかに笑って呟く。


「なるほど、勇者とは呼ばずに英雄か」


 その瞬間、透真の中で全てが線で結ばれた。

 召喚も、戦争も、神殺しも。

 この世界に呼ばれた時から――筋書きはすでに完成していた。


 倒すべき“魔王”も、信じた“仲間”も、すべて計画の駒。

 最終的に英雄となるように仕組まれていた。


 だったら、最初から勇者ではなく英雄と呼ぶ。

 そんなふざけたシナリオに――透真は怒りを通り越して、呆れていた。


「まったく、ふざけた奴らだ」


 その呟きとほぼ同時に、隣で微かな声がした。

「ううん……なに?うるさい」


 小さな呻き声。

 透真は一瞬、心臓が止まりそうになった。


 悠里が、ゆっくりと目を開けていた。

 寝ぼけたように目を擦り、あくびをひとつ。

 まるで何事もなかったかのように、柔らかい動作で上体を起こす。


「……なにここ? あれ、どこなの?」


 きょとんとした顔で周囲を見回す悠里。

 その視線が、正面に立つ白髭の偽王で止まった。


「あれ、あなた神様? もしかしてボク死んじゃったの?」


 その言葉に、透真の胸が強く締めつけられる。

 彼女は、あの“死”を覚えていない。


 透真は悠里の前へ歩み寄り、

 膝をついて目線を合わせた。


「大丈夫だ、絶対に死なせないよ」


 それは悠里にとっては透真との初めての会話。

 透真にとっては悠里への誓い。


「あなたは誰?」


 悠里の瞳はまだ夢の中のように澄んでいる。

 透真はかすかに笑って答えた。


「俺の名前は――篠宮透真しのみや とうま。よろしくな」

 悠里はそんな透真の笑顔に見惚れるように眺めていた。


 * * *



 前回と同じように、透真の部屋で悠里は椅子に腰を下ろしていた。

「さっきはごめんね、突然だったから自己紹介を忘れてたよ」

 悠里は頬を指で掻きながら、照れ笑いを浮かべる。


「ボクは――白石悠里しらいし ゆうり。よろしくね、相棒」


「相棒か……」


「そうだよ、ボクと透真、この世界に飛ばされて、魔王と戦うんだよ。相棒じゃないか」


「なるほど」


 その言葉に、透真は小さく笑いを漏らした。

 けれど、その笑いにはどこか痛みが混じっていた。


「なんだい、おかしいかな?」


「いや、俺が馬鹿だったと思っただけだ」


 悠里は意味がわからずに首を傾げる。

 前回の透真は相棒という言葉を聞いて幽霊の正体が悠里であると思い込んだ。

 確かに一緒にこの世界へ来た人間をそう勘違いしても仕方がないが

 それでも最後まで気が付かなかった自分に呆れていた。



 部屋の扉の前には、鎧に身を包んだ兵士が二人。

 まるで当たり前のように立っているが――今の透真には、彼らの存在が違って見えた。


 護衛じゃない。

 監視だ。


 迂闊に前の記憶やこの世界の真実を話すわけにはいかない。

 もし口を滑らせれば、あのマレウスにすぐ伝わるだろう。


 前回は、彼らを味方だと信じて疑いもしなかった。

 だが今は違う。

 彼らの言葉の一つひとつが、嘘の脚本の断片として透真の頭の中でつながっていく。


 見えていなかったものが、今ではすべて線になっている。



 * * *



 前の世界線と同じように、剣術の稽古が始まった。

 二人は城の中庭へと案内される。

 澄んだ空気。朝靄の残る芝生。

 かつて透真と悠里が幾度となく木剣を交えた、あの場所。


 そして、透真の前に立つのは――

 かつて自分の首を落とした男。


 透真の喉がひくりと鳴る。

 レオンは何も知らない顔で、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。

 その優しい笑顔が、透真の感情を逆撫でする。


「あの、透真さま。俺の顔に何か付いておりますか?」

 苦笑い混じりの声に、透真は一瞬はっとした。

 無意識に睨みつけていたらしい。


「い、いや……少し、緊張してるだけだ」

 視線を逸らし、無愛想に返事をしてしまう。


「そうですか、ならば大丈夫です。英雄のお二方は剣を持つのも初めてと聞いております。

 今日は木剣に慣れていただくだけで結構。無理はなさらぬよう」


 レオンはそう言って、木剣を手渡してくる。

 それは透真にとって握り慣れた感触だった。




 剣の扱いに慣れた透真から見ても、悠里の太刀筋は見事だった。

 踏み込みも、重心の移動も自然で、初めて木剣を握る者の動きとは思えない。


 ――やはり、こういうのはセンスなのかもしれない。


 そんな言い訳じみた考えを抱きながら、透真は悠里の動きに見とれていた。

 木剣を振るたび、陽光を受けて髪がふわりと揺れる。

 その姿は、戦いというよりも舞に近い。


「お二方、素晴らしいです。初めて木剣を持ったとは思えない動きですよ」


 パチパチと手を叩いて称賛するレオン。

 その声音がどこか芝居がかって聞こえ、透真は無意識に舌打ちした。


  ――わざと言ってるんじゃないだろうな?

 事実だとしても剣の扱いに慣れた透真と、初めて木剣を持った悠里を同等に褒める男に苛ついた。


 ……いや、違う。

 たぶん“この男”だからだ。


 どれだけ笑顔を向けられても、透真にはもう分かっている。

 その裏にある冷たい本性を。

 自分の首を、迷いなく斬り落としたこの男を。



 * * *



 その夜、透真は自室で休んでいた。

 月明かりが窓から差し込み、静かな夜だった――はずだった。


 突然、頭の奥で何かが弾けたような痛みが走る。

「――っ、なんだこれ」

 立っていられず、床に崩れ落ちる。

 こめかみの奥で、何かが爆ぜるように痛む。

 思考が掴めない。

 頭を抱え、歯を食いしばる。

 視界がぐにゃりと歪み、世界が遠のく。


「……っ、ぐ……あ……」

 声にならない呻きが喉を震わせた。

 こんな頭痛、前の世界では経験したことがない。

 レオンの顔を見続けたせいでストレスが爆発したのか?

 そんなくだらない考えが浮かんだところで、意識が途切れた。


 * * *

 

 どれくらい時間が経ったのか分からない。


「おーい、相棒。起きてるかい?」


 扉をノックする音と、悠里の声。

 透真はぼんやりと目を開けた。

 手探りで丸テーブルに手をつき、体を起こそうとする――が、

 テーブルがバランスを崩して倒れ、床に再び倒れ込んだ。


 ドンッという大きな音。


 慌てた足音とともに扉が勢いよく開かれる。

「どうしたの!? 大丈夫?」


 悠里が駆け寄り、床に手をつく透真の顔を覗き込んだ。

「ちょっと透真、どうしたのさ」

「ああ、ちょっと寝ぼけただけだ」

「何言ってるのさ、顔色が悪いよ」


 悠里は透真を支え、ベッドまで連れていく。

 座らせて、心配そうに顔を覗き込んだ。


「ちょっと手を擦りむいてるけど、大きな怪我はなさそうだね」

「ありがとう、悠里……」

「ほら、擦りむいたところを見せてごらん」


 そう言って悠里は透真の右手を優しく取った。

 灯りの下でその手をまじまじと見つめ――眉をひそめる。


「いや、これ……擦りむいたんじゃないね」

「え?」


 透真の右手の甲には、桜の花のような赤い紋章があった。

 血でも傷でもない。皮膚の奥に焼きついたようだ。


「なんだこれは……」

「へぇ、なんか可愛いね」


 悠里の無邪気な声が、やけに遠く聞こえた。

 透真はその紋章を何度も擦った。

 爪でこすっても、息を吹きかけても、消える気配はない。


 前の世界線では、こんなものは無かった。

 自分の身にいったい何が起こっている?

 目の前の現実が理解できず、ただ同じ動作を繰り返す。


「ねえ、透真。大丈夫?」

 悠里の声で我に返る。彼女の瞳は、まっすぐで優しい。


「ああ……。いや、正直、混乱している」


「今日はゆっくり休もう?」

「ああ、悪いけどそうさせてもらうよ」

「分かった。じゃあボク、そのことを伝えてくるね」


 悠里がドアの方へ駆け出す。

 その背に透真が小さく声をかけた。


「悠里」

「うん?」

「ありがとう」


 振り返った悠里は、一瞬だけ笑みを浮かべた。


 扉が閉まる音が響く。

 部屋に静けさが戻ると、透真はゆっくりとベッドに身を沈めた。


 右手を持ち上げ、ぼんやりと紋章を見つめる。

 そして右手の力を抜き、手の甲を額に当てた。


 “ペチン”――軽い音が部屋に響く。


 その小さな音を最後に、部屋は静寂に包まれた。

 窓の外では風が低く唸り、カーテンが揺れている。



 * * *



 透真の目の前には、胸を剣で貫かれた女性が居た。

 苦しそうに歪むその顔。

 握る自分の右手から、温かい血が指の間を伝って流れ落ちていく。


 赤く染まった手の甲が――淡く光った。


「相棒……どうして……」

 女性は悲しそうに、震える唇でそう呟いた。


「ちがう、そうじゃないんだ。俺は、お前を助けに来たんだ」


 叫んだ瞬間、女性の血が腕を這い上がるようにして広がっていく。

 腕が熱い。

 焼けるような痛みが肩を超え、胸の奥まで侵食していく。


 声が掠れる。

 足元が崩れ落ちるような感覚。

 全身の熱は、罪の重みとなって彼の心をどん底へ突き落とした。


「俺が……相棒を……」


 その瞬間、透真はベッドの上で目を覚ました。


 ――息が詰まる。

 胸が焼けるように熱く、荒い呼吸が肩を揺らす。

 頭の奥ではまだ、剣を握った感触が残っていた。

 右手の甲を見ると、淡く灯っている。

 やがてその灯りはゆっくりと消えていった。


 気が付くと、すでに日は落ちていた。

 窓の外から差し込む月明かりが、薄いカーテン越しに部屋を青白く照らしている。

 透真の口から、かすれた笑いが漏れた。


「そうか……そういうことか……」


 全てを理解した。

 脳裏に、あの男――マレウスの声が蘇る。


 ――神殺しというのは危険が伴う。それは罪という形で国を崩壊させる。


 右手の紋章を見つめる。

 彼女を殺した罪。

 それはタイムリープしても拭うことは出来なかった。

 神殺しの代償は、時を越えても消えない。


 透真は静かに息を吐き、自分の置かれた状況を理解した。


 そんな透真の隣から、小さな寝息が聞こえてきた。

 見ると、悠里が気持ちよさそうに眠っている。


 月明かりが彼女の頬を照らし、柔らかい光がその寝顔を包み込んでいた。

 透真はしばらく言葉を失ったまま、その穏やかな表情を見つめる。


 そっと身を寄せ、指先で彼女の前髪を撫でるように整える。

 その瞬間、悠里はうれしそうに小さく笑みを浮かべた。


 透真の胸に、ふと温かいものが灯る。


「……ありがとう」


 静寂の中、その言葉だけがゆっくりと零れ落ちた。

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