表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/34

そして物語は始まった

 思いがけず幽霊と出会った篠宮透真。

 彼はその幽霊の「死」を回避するため、過去へと遡る決意をする。


 だが、目を覚ました先は――異世界だった。

 王から告げられたのは、魔王討伐の使命。 


 王国は総力を挙げ、ついに魔王討伐に乗り出した。

 祈りと歓声、そして恐怖が入り混じるなか、透真と悠里はその中心に立つ。


 ――仲間を信じ、剣を掲げ、闇の城へと踏み込んだ。


 しかし、勝利の光はあまりにも遠かった。

 血と炎に包まれた玉座の間で、運命は静かに形を変える。

 透真の心を貫いたのは、剣ではなく――“喪失”だった。

 なんでだ?

 どうしてだ?

 相棒――お前の死を回避するために、俺はここに居るんだ。

 それなのに、そんな俺を守るためにお前が死ぬ?

 そんなの……クソすぎる……。


 悠里の前で、透真は身体を震わせていた。

 肩が細かく震え、握り締めた拳が小刻みに痙攣している。


 その姿を見て、レオンは眉をひそめる。

 そして槍を投げた魔物へと鋭い視線を向けた。

「うおおおおおお!」

 レオンは雄叫びを上げ、魔物へ駆け出す。

 槍を失った魔物はレオンの気迫に押され、反応すらできなかった。

 次の瞬間、レオンの剣が魔物の胸を貫く。


「英雄様! 今です!」

 その叫びが玉座の間に響く。

 透真は一瞬、ビクリと身体を震わせた。

 そしてゆっくりとレオンの方へ顔を向ける。

 レオンは必死の形相で、なおも魔物を押し込みながら――

 その先、魔王を指差していた。

「透真さま!」


 透真は悠里の遺体を両腕で抱え、優しく、まるで眠るように床へと寝かせた。

 その手は血で濡れ、震えていた。

 しかし、次の瞬間――拳を強く握り、鬼の形相で魔王を睨みつける。

「クソがああああああああ!」

 怒号とともに床を蹴った。

 爆ぜるような勢いで飛び出し、剣を突き出す。

 咆哮を上げ、弾丸のように一直線に魔王の胸を目掛けて突き進む。


 その剣はまっすぐに魔王の胸を貫いた。

 椅子に座ったままの魔王の体がのけぞり、背もたれを突き破る。

 刃は深々と刺さり、魔王は身動きを止めた。

 透真の呼吸は荒く、胸が上下するたびに熱い息がこぼれる。

 興奮も怒りも、まだ収まりはしない。

 冷たい瞳で、透真は沈黙した魔王を見下ろしていた。

 肩で息をし、興奮はまだ収まらない。


 そんな透真の視界が一瞬歪んだ。

 そして透真の視界は急にぼやけ始める。

「ん?なんだ……」

 透真は違和感に気づき、目を擦った。

 焦点を合わせようと何度も瞬きを繰り返す。


 目の前――玉座にいるはずの魔王を見た瞬間、息が止まった。

 そこには、剣を胸に突き刺された女性が座っていた。

「これは……いったい……」

 金色の長い髪が血に濡れ、静かに肩へと流れ落ちている。

 エルフのように尖った長い耳。

 血の気を失ったその顔は――恐ろしいほどに美しかった。


 女性は透真に向かって、かすかに微笑む。

 そして、弱々しく手を差し出してきた。

 状況が理解できず、差し出されるままに透真はその手を取った。

 女性は力を振り絞るように口を動かした。


「あいぼう……こんな所に居たのね……」

「……あい……ぼう?」

「ずっと、探してた……」


 透真の頭の中がぐちゃぐちゃにかき回される。

 何を言っている? 

 こいつは……。


 いや、それより――魔王はどこへ消えた?

 いったい何が起きているんだ?


「あいぼう……いっしょに、遊んで暮らすの……ごめんね……」

「お前、それ……なんで……」


 どういうことだ?

 いや、違う。

 彼女が“相棒”?


 透真の背筋を冷たいものが這い上がる。

 慌てて辺りを見回す。

 そこには――魔物などいなかった。

 転がっているのは、人間の死体。


「おい、幽霊!相棒!一体どうなってる?」

 透真は女性の手を両手で握りしめ、叫ぶ。

 しかし、女性の瞼はゆっくりと閉じられていく。

 その手は力を失い、透真の掌からすべり落ちた。

 玉座に落ちた手が、小さく乾いた音を立てた。



 透真は呆然としながら部屋を見回していた。

 兵士たちは――皆、一様に笑みを浮かべている。

 その笑みの足元には、転がる人間の死体。

 血が石畳の隙間に流れ込み、蝋燭の明かりがそれを鈍く照らしていた。


 何が起きているのか、理解が追いつかない。

 混乱する頭では、何を言えばいいのかすら分からなかった。

 その時――大きく開け放たれていた扉から、一人の男が入ってきた。


 重い靴音が玉座の間に響く。

 その瞬間、笑っていた兵士たちの表情が一変した。

 全員が真剣な面持ちに変わり、その場で一斉に跪く。

 レオンが男を見つけるなり、声を張り上げた。


「陛下!」


 透真が男の方へ視線を向けようとした、その刹那――。


 透真の首がレオンの手に強く掴まれる。

 鋼のような手が首筋を押さえ込み、力ずくで引き寄せられる。

 そのまま玉座の脇へと引きずられた。


 冷たい石の感触が額に触れる。

 背後では鎧の軋む音だけが響く。


 呆然とする透真は抵抗することもできない。

 床に押し付けられ、無理やり頭を下げさせられる。

 まるで、王に跪く臣下のように。


 透真はどうにか顔を上げ、視線だけでもその男に向けた。

 ――見覚えがある。

 それは以前、城門前で見かけた男だった。


「マレウス……」

 口の中でその名を漏らす。

 理解が追いつかない。

 どういうことだ?

 “陛下”って――あの白ひげの爺さんじゃないのかよ。


 男はゆっくりと歩みを進めた。

 漆黒のマントが音もなく翻り、玉座の間の空気を切り裂く。

 その歩みには一片の迷いもない。


 透真の横を通り過ぎる時――マレウスはふと足を止めた。

 冷たい視線が、透真の上に落ちる。


「よくやった」

 それは労いの言葉のはずなのに、どこにも温度がなかった。

 まるで感情というものが存在しない声。

 マレウスはゆっくりとレオンへと視線を移し、指先で小さく合図を送った。


 次の瞬間、透真を押さえつけていたレオンの手が離される。

 透真の身体に自由が戻る。

 そんな透真を一瞥すると、マレウスは玉座へと静かに歩み寄った。

 その足取りには、何の感情もない。

 ただ、すべてを支配する者のような、揺るぎのない静寂だけがあった。


 玉座の前に立つと、マレウスは何も言わずに女性の胸に突き刺さった剣の柄を掴んだ。

 そして――迷いなど一切なく、力強く引き抜いた。


 鈍い音と共に刃が抜ける。

 その勢いで、女性の身体は玉座の前へと崩れ落ち、石床に重く倒れ込んだ。

 冷たい音が、広い玉座の間に響く。

 引き抜いた剣を無造作に投げ捨てると、男はゆっくりと女性の前で屈んだ。

 冷たい床に影が落ちる。


 そして、先ほどまで剣が突き立っていた胸の傷口に――ためらいもなく腕をねじ込んだ。


 ぐちゅ、と湿った音が響く。

 その腕は、まるで何かを探すようにゆっくりと蠢き、肉の奥をかき回す。

 やがて、その腕の動きがぴたりと止まった。

 女性の身体から、勢いよく腕を引き抜く。

 その手には心臓が握られていた。

 赤黒い血が滴り、マレウスの腕を伝って床に散った。


 それを胸に前に掲げると――

 何の躊躇もなく、それを喰らい始めた。


 歯が肉を噛み千切るたびに、ぴちゃり、と血が弾ける。

 突き当てられた牙の隙間から、温かい血しぶきが飛び散った。

 だが、マレウスはそれを気にも留めず、無言のまま貪り続ける。

 手も、顔も、そして唇までも真っ赤に染まっていた。

 その光景はあまりにも異様で――あまりにも残酷。


「ばけものか……」

 透真が呟く。

 マレウスは心臓を喰らい終えると、満足げに息を吐いた。

 そして、ゆっくりと王座へ腰を落とす。

 片肘を手すりに預けると、指先から赤黒い血が滴り、石床に点を描いて落ちていく。

 その姿は、まるで血に染まった王そのものだった。


 マレウスは透真に視線を向け、無言で顎をわずかに上げる。

 それが命令であることを、誰もが理解していた。

 レオンはすぐに動いた。

 透真の腕を乱暴に掴むと、その身体を引きずるようにしてマレウスの前まで連れて行く。

 そして、抵抗する間も与えず、膝をつかせた。

 跪く透真を冷たく見下ろすと、マレウスの口が開いた。


「お前には褒美をくれてやろう」

 マレウスは左手を肘掛けに乗せ、その手に顎を預けた。

「なにも分からないといった表情だな」

 透真は無言で頷いた。

 その仕草が気に入ったのか、マレウスの口元に下卑た笑みが浮かぶ。


 そして、血の滴る右手をゆるやかに持ち上げると、

 床に転がる女性の死体を指差した。

「あれは神だ」


「……神?」


「神殺しというのは危険が伴う。

 この世界の者がそれを行えば、罪として世界が崩壊する。

 ――だから、別の世界の人間であるお前に殺させた」


「異世界人は関係無いってことなのか?」


「そうだ、その呪はお前だけのものだ。既にその呪はこの世界とは関係無いものになった」

 

「俺は、呪われたってことか」


「ああ、これでようやく神の力が俺のものになった」


 満足げに語るマレウスに、透真は眉をひそめた。


「魔王って話はどこにいった?」


「ああ、あれか……どうやら別の世界の人間には“大義名分”が必要らしくてな。

 ――(こう)を使ってお前達の認識を変えた」


 透真の脳裏に、あの儀式の光景が蘇る。

 教会で立ち上る白い煙。

 “精霊の祝福”――そう呼ばれていたあの香。

 それは祝福などではなかった。

 幻覚を見せる香。


「神々に迎合(げいごう)する矮小(わいしょう)な奴らを“魔物”に見せる香だ。

 まあ、こいつらは魔物どころか――ゴミ以下だ」

 マレウスは両肘を膝に乗せ、ゆっくりと透真の顔を覗き込む。

「まあ、分かると思うが。罪というのは邪魔でしか無い。

 俺の弊害となるものは消さねばならない」


 その言葉と同時に、マレウスの視線が兵士へと向けられた。

 命令の意図を理解した兵士が、すぐに透真のもとへ歩み寄る。

 両腕を後ろ手にねじ上げられ、強く拘束された。

 隣ではレオンが無言で剣を抜き、透真に切っ先を向ける。

 金属が擦れる音が、静かな玉座の間に響いた。


 一連の状況で、透真は自分の身に何が起ころうとしているのか理解した。


「まてまてまてまて!」

「なんだ、お前とは関係のないこの世界に、言い残したいことでもあるのか?」


 マレウスは呆れたように言った。

 背もたれに深く身を預けると、ゆったりと足を組む。

 その何気ない仕草が、まるで“裁き”の余裕を感じさせた。

 透真は喉を鳴らしながら、思考を必死に巡らせる。


 どうする?どうすれば生き残れる?

 何を言えば生かしてもらえる?

 俺はあんたの役に立つ?いや違う、そんなセリフを吐いた奴は確実に殺される。

 法螺ほらでも吹くか?突拍子もないことを言えば食いついて生かされるか?

 いや、こいつが食いつくようなことが思い浮かばない。

 どうする?なんて言えばいい……。


 透真の額から汗が流れる。

 眼球は高速で泳ぎ、口元は声にならない呟きで動き続ける。


 そんな透真を見て、マレウスは飽きたように首を傾ける。


「ふむ…つまらん」


「いやいや、まってく――」


 その瞬間、視界が回転した。

 いや、俺の頭が飛んだのか。


 くそ、タイムリープなんてやるんじゃなかったぜ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ