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オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


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6/34

異世界に来た。それ自体が能力だと言っていい

 思いがけず幽霊と出会った篠宮透真。

 彼はその幽霊の「死」を回避するため、過去へと遡る決意をする。


 だが、目を覚ました先は――異世界だった。

 王から告げられたのは、魔王討伐の使命。


 初めての戦いを終えた透真と悠里。

 命を奪うことの重みと、仲間の支えを胸に、二人は王国へと凱旋する。


 街は歓声に包まれ、民は彼らを“英雄”として迎え入れた。

 王からの褒美と盛大な宴――それは確かに勝利の証だった。


 だが、安堵と誇りの裏で、透真の心はまだ震えていた。

 かつて無力だった自分が、いま誰かの希望になっている。

 その実感と戸惑いの中で、彼は静かに誓う。


 ――この国を、救おう。


 穏やかな日々が続く中、突然もたらされた知らせ。

 「決戦の日が決まった」

 王国軍はついに、魔王城への総攻撃を開始するという。


 英雄たちの運命は、再び戦いの渦へと導かれていく――。

 ――前の戦とは、明らかに空気が違っていた。

 それは、集まった兵士たちの数を見れば一目瞭然だった。


 城の中庭には、これまで見たこともないほど多くの兵が整列している。

 甲冑の擦れる音、馬のいななき、武器を手にした兵士たちの息遣い――

 そのすべてが混ざり合い、重々しい緊張を孕んでいた。


 さらに城門の外では、無数の騎兵たちが出陣の時を待っている。

 鎧の輝きが太陽の光を反射し、まるで大地そのものが戦の熱を帯びているようだった。

 場内の空気も慌ただしく、兵士だけでなく、侍女や従者までもが走り回っている。

 人の声、馬の鳴き声、金属の響き――その全てが“決戦”の二文字を物語っていた。


 兵士たちの整列を窓から見下ろす二人。

 透真と悠里もすでに鎧を纏い、出陣の支度を終えていた。

 金属の重みが身体にのしかかり、その一つ一つが現実を突きつけてくる。


「行きましょう」

 一言だけ告げて、レオンは廊下へと向かった。

 二人もその背中を追い、足を踏み出す。


 城内はいつになく慌ただしく、人々の声と鎧の軋む音が絶え間なく響いていた。

 その騒がしさの中で、透真はふと悟る。

 ――本当に始まったのだ、と。

 胸の奥で、心臓が跳ねる。――鼓動が早まる。


 隣を歩く悠里に目を向けると、彼女はいつものように笑ってみせた。

 けれど、その笑みの奥には小さな緊張が滲んでいる。

 長い時間を共に過ごした相棒だからこそ、透真にはすぐにそれがわかった。

 透真はそっと手を伸ばし、悠里の手を握る。

 そして優しく頷いて、言葉ではなく眼差しで伝えた。



 玉座の間には、レオン、透真、悠里の三人が呼び出されていた。

 その背後には、厳めしい鎧を身に纏った兵士たちが静かに整列している。


 前回、透真たちと共に戦った兵士たち――。

 おそらく彼らは、この国でも選りすぐりの精鋭たちだったのだろう。

 外で待機している一般兵とは、装備の質も雰囲気もまるで違っていた。


 透真はふと彼らの胸元に目をやる。

 そこには、この国の象徴である王家の紋章が刻まれていた。

 前回の戦では気づかなかったその印が、今はやけに重く感じられる。


 玉座の間は、静寂に包まれていた。

 高い天井にかすかに響くのは、鎧の軋む音と、遠くで燃える松明の揺らめきだけ。

 空気は張りつめ、神聖な緊張が場を支配している。


 透真たちは玉座の前で跪き、静かに目を閉じた。

 その前に立つ司祭が、両手を胸の前で組み、低く、祈りの言葉を紡ぐ。

 穏やかだが力のある声が、玉座の間の石壁に反響し、まるで聖歌のように響いた。


 祈りが終わると、脇から助祭が恭しく現れた。

 彼の両手には銀の鎖で吊るされた香炉が握られている。

 司祭は軽く頷き、それを受け取った。


 そして、透真たちの前へと静かに歩み寄る。

 鎖の先で揺れる香炉から、白い煙がゆらゆらと立ち上り、香木の甘い匂いが空気を満たしていく。

 やがてその煙は、ゆるやかに彼らの周囲を漂い、張りつめた空気を静かに溶かしていった。


 頭のすぐ近くで、鎖のこすれる澄んだ音が響く。

 その規則的な響きは、まるで神々の拍動のように玉座の間に反響していた。

 誰一人として息を漏らさない。

 ただ、祈りと煙だけが、ゆっくりとこの場を満たしていく。


 儀式が終わると、司祭はゆっくりと香炉を助祭へ手渡した。

 そして正面を向き直り、両手を広げる。

 その姿に呼応するように、兵士たちが立ち上がり、透真と悠里もそれに続いた。


 司祭は真剣な眼差しで一同を見渡すと、厳かに声を発した。

「――精霊の祝福があらんことを」

 その一言が玉座の間に響き渡る。

 透真を含めた全員が、深く恭しく頭を垂れた。

 神聖な沈黙が、まるで祝福そのもののように彼らを包み込んでいた。



「――出陣!」

 馬上から響くレオンの雄々しい号令が、朝の冷たい空気を震わせた。

 その声を合図に、兵士たちは一斉に動き出す。

 鎧の擦れる音、蹄の響き、旗のはためく音が、行進のリズムを刻む。


 整然とした軍列が、魔王城へと続く街道を進む。

 そこに透真と悠里の姿があった。

 あれから二人は確かに成長していた。

 今や、一人で馬を操り、風を切って進むことができる。

 馬の腹を軽く蹴り、レオンの背中を追う。


 ――ついに、自分の役目を果たす時が来たのだ。

 前を行くレオンの背中を見つめていると、透真の脳裏に過去の光景が蘇る。

 この世界に来て間もない頃、まだ何も掴めずにいたあの日の夜。

 初めて剣を握った日のことだった――。


 * * *


 夜の静けさに包まれた城の一室。

 透真は悠里と共に、レオンの部屋の扉をノックした。

 扉を開いたレオンは二人を見て微笑む。

「英雄様。どうされましたか」

「レオンさん、少し聞きたいことがあるんだ」

「ええ、どうぞ。お座り下さい」


 丸い木のテーブルを挟み、三人は向かい合って座った。

 蝋燭の灯りが静かに揺れ、金属のティーポットが淡く光を反射している。

「お茶はいかがですか?」

 ティーポットを手にしたレオンの問いに、悠里はにこりと笑って頷いた。

 透真は軽く首を振り、両手を膝に置いたまま答える。


 レオンがティーカップを並べる音が静かな部屋に響く。

 湯気が立ちのぼる中、透真は胸にあった疑問を口にした。

「ずっと、気になっていたことがあるんです」

「ほう、何でしょう。私が答えられることであれば良いのですが」

 レオンは悠里にカップを手渡し、落ち着いた笑みを浮かべた。


「……何で、俺と悠里なんですか?」

 そんな漠然とした問に、レオンは一瞬だけ眉を上げた。

 そして戸惑いを隠せない表情を見せる。

 透真は、その反応を予想していたように、言葉を続けた。

「今日の剣術の稽古、それで分かった。俺たちは普通の子供だ。

 そんな俺たちに――戦いを強いる理由が知りたいんだ」


 しばしの沈黙。

 蝋燭の炎がわずかに揺れ、長い影が壁を這う。

「……なるほど。それは当然の疑問ですね」

 レオンは静かに立ち上がった。

 月明かりの射す窓際へと歩き、外の夜空に視線を向ける。

 その背中からは、重く、しかし覚悟に満ちた気配が滲んでいた。


「それは――貴方たち“英雄様”でなければ、魔王を倒すことができないからです」

「だけど、俺も悠里も特別な力なんて無い」

「いいえ」

 レオンは振り返り、窓の縁に手をかけながらきっぱりと言い切った。

「魔王を殺せる力を持っているのは、英雄様だけなのです」

「魔王を……殺せる力」


 月光がレオンの横顔を照らし、その表情をより鋭く見せる。

 彼は顎に手を添え、ゆっくりと説明を続けた。

「我々もかつて、幾度となく討伐隊を送りました。

 剣で貫き、炎で焼き、聖水で祓っても……どんな手段を使っても……魔王は死ななかったのです」


 言葉の合間に、レオンの目が光る。

 その視線には、深い絶望と憎悪が混じっていた。

「……我々は、歴史を紐解いてようやく知ったのですよ」

 レオンの声が低く、ゆっくりと響く。

「この世界に生まれた人間は――“魔王を殺す”ことができないと」


 部屋の空気が一瞬止まる。

 蝋燭の炎が細く揺れ、三人の影を壁に長く伸ばした。

「かといって、我々はこの地獄を甘んじて受け入れることは出来ない」

 レオンは胸に手を当て、強い瞳で二人を見据えた。


「だから俺たちが呼ばれた……」

 透真の声は低く、かすかに震えていた。

 理解したというよりも、その事実の重さに押し潰されそうだった。

 レオンは静かに頷く。

「そう。貴方たち以外に、この絶望を終わらせる手段はないのです。

 私たちは、貴方たちに“希望”を託すしかなかった」


 “希望”――その言葉が、重く透真の胸にのしかかった。

 それでも、逃げたいとは思わなかった。

 どんな運命であっても、彼はもう目を逸らせなかった。


 * * *


 丘の上に、黒々とした影を落とす巨大な魔王城が建っていた。

 その周囲を取り囲むように、魔物たちの住む城下町が広がっている。

 すでに混乱に満ちたその町からは、耳をつんざくような叫び声が絶え間なく響いていた。

 昼間だというのに、空気は濁り、遠くからもその咆哮が聞こえてくる。


 城下町の手前には大軍が陣を敷いていた。

 整然と並ぶ投石機の列。その後ろには、無数の兵士たちがずらりと並び、旗を掲げている。

 熱気と緊張が入り混じるその場は、まるで地面ごと震えているかのようだった。


 ――魔王城を攻める。

 言葉にすれば簡単に聞こえるが、透真は目の前の光景を見て、それがどれほどの覚悟と犠牲を要するものなのか初めて理解した。

 これほどの軍勢を動かすには、膨大な準備と労力が必要だ。

 それでも今、この場に立つ者たちは誰一人として怯んでいない。

 長い戦いの終わりを願う者たちの瞳が、確かに輝いていた。


 透真は鎧越しに胸に手を当てる。

 心臓の鼓動が早くなる――だが、不思議と恐怖ではなかった。

 隣を見ると、悠里がまっすぐ前を見据えていた。

 その横顔には、怯えではなく、静かな決意が宿っている。


 兵士たちの熱に当てられ、透真の中にも火が灯っていく。

 その胸の奥に広がる感情は、興奮と緊張が入り混じった、言葉にならないものだった。





 レオンに導かれ、透真と悠里は仮設の大きなテントへと入る。

 中は臨時の指揮所になっており、数名の兵士がテーブルに広げられた地図を囲み、真剣な面持ちで目を落としていた。

 テントの中は湿った土と鉄の匂いが混ざり合い、外の喧騒とは違う、張りつめた静けさに包まれている。


 レオンが入ってきた瞬間、その空気がさらに引き締まる。

 兵士たちの視線が一斉にレオンへと向けられた。

 それに応えるようにレオンは言葉にする。


「状況は?」

 短くも鋭い声。

 その言葉に、地図を囲んでいた兵士たちは慌てて身を引き、レオンのために道を空けた。

 レオンは無言のまま、その隙間をゆっくりと歩き、テーブルの上に広げられた地図を見下ろす。

 地図の上では、無数の駒が配置され、赤と青の線が複雑に交差していた。

 その視線には、戦場を読む者だけが持つ鋭さが宿っている。


 そこには、周囲の兵たちの中央に立つ髭を蓄えた老兵――ブライがいた。

 幾度となく戦場を駆け抜けてきた歴戦の将。

 レオンもまた、その実力と判断を深く信頼している。


 そんなブライが、低く重い声で話し出した。

「配置はすでに完了している。――まず投石で牽制し、続けて弓で数を削る。その後は騎兵で押し潰し、歩兵で殲滅だ。それを繰り返して包囲網を狭める」


「そして最終目標は、魔王城……か」

 レオンの言葉に、ブライは静かに頷いた。

「そういうことだ」

 ブライはレオンの背後に立つ透真と悠里を一瞥した。

 そして視線をレオンに向ける

「レオン、最後はお前たちに託す」


 その言葉に、レオンは口元をわずかに緩め、力強く笑った。

「ああ――任せろ!」

 ブライは満足そうに頷くと、両手でテーブルを力強く叩いた。

 地図の上の駒が小さく揺れ、乾いた音を立てた。

「よし、始めるぞ!」

「応ッ!」

 テントに響き渡る声。

 兵士たちは一斉に動き出し、鎧の音を鳴らしながら外へと出ていった。


 残されたのは、レオン、透真、そして悠里の三人だけ。

 テントの外からは、遠くで鳴り響く角笛の音が聞こえてくる。

 三人は無言のまま視線を交わした。

 その表情には、もはや迷いひとつない。

 透真は、兵士たちが出ていったテントの入口をじっと見つめながら言った。

「……レオンさん、ついに始まったんですね」

 レオンはゆっくりと頷き、わずかに目を細める。

「はい」




 透真の想像よりも、遥かに早く城下町は落とされた。

 日が傾き始め、空が赤と黒に染まり始めるころ、

 遠くの城下町からは兵士たちの掲げる松明の光が点々と揺れていた。

 まるでその光が、勝利の証のように夜の帳を押し返している。

 燃える光が点々と線を描き、進軍を示していた。

 この勢いのまま、レオンたちは一気に魔王城へ攻め込む。


「行くぞっ!」

 馬上のレオンが松明を高く掲げ、雄叫びを上げた。

 その声に呼応するように、精鋭部隊の騎兵たちが一斉に前へと駆け出す。

 透真と悠里も馬を走らせ、レオンの背中を追う。

 風を切る音。

 鉄の蹄が地面を叩き、松明の炎が流れるように揺れる。


 城下町を駆け抜ける中、透真の視界に飛び込んできたのは――無数の魔物の死体だった。

 腕を失い、焼けただれ、動かなくなった影がそこかしこに転がっている。

 そして、嗅ぎ慣れぬ生臭い鉄の匂いが鼻を刺した。

 透真は思わず眉をひそめる。

 喉の奥に重く、苦い味が広がる。

 ――これが戦場なのか。


 道の両脇では、松明を掲げた歩兵たちが次々と進軍していく。

 その足元にも、血に染まった魔物たちの亡骸が幾重にも横たわっていた。

 そんな光景を馬で駆けた抜けた先――

 そこには、黒々と聳える魔王城の巨大な門があった。


 門はすでに破城槌によって打ち破られており、鉄と木が無惨に裂けた痕が残っている。

 地面には砕け散った扉の破片と、焦げた木片が散乱していた。

 炎の光がその残骸を照らし、影を歪ませて揺らめかせる。


 レオンは破城槌の前で手綱を引き、馬を止めた。

 続いて透真と悠里、そして後続の兵たちも馬を降りる。

 足元の地面は血と灰にまみれ、踏みしめるたびに湿った音がした。


 吹き抜ける風が、城の奥から何かの呻き声を運んでくる。

 それは人の声にも、獣の声にも聞こえた。

 透真は息を飲み、見上げる。

 漆黒の城壁が空を覆い尽くしていた。

 まるで“闇そのもの”が形を成したかのように。

 ――ここが、魔王の居城。

 ――そして、俺たちの最終目的地。

 胸の奥で鼓動が高鳴る。


「抜剣!」

 レオンの鋭い号令が響いた瞬間、兵たちは一斉に剣を抜き放った。

 金属の擦れる音が重なり、空気が一気に張り詰める。


 レオンを先頭に、透真と悠里も走り出す。

 破られた門を抜け、漆黒の魔王城の内部へと踏み入れた。

 城内は思いのほか明るく、壁に並ぶ燭台の炎がゆらゆらと揺れている。

 その光が甲冑に反射して、まるで無数の影が動いているかのようだった。

 レオンは手にしていた松明を床に投げ捨て、腰の剣を握り直す。


 静寂――。

 聞こえるのは、鎧の擦れる音と、遠くで滴る水の音だけ。

 だが次の瞬間、その静けさを切り裂くように、低い唸り声が響いた。


「うおおおおおッ!」

 通路の影から、巨大なカエルの魔物が飛び出してくる。

 手には人間の腕ほどもある剣を握り、涎を垂らしながら突進してきた。

 しかし、レオンは眉ひとつ動かさない。

 飛びかかる魔物の剣を軽くいなし、その勢いを利用して身をひねる。

 銀光が閃いた。


 次の瞬間――魔物の首が宙を舞い、鈍い音を立てて地に落ちた。

 血の匂いが漂う中、レオンは剣を軽く振って血を払い、振り返る。

「ご安心を、魔王までの道は我々が切り開きます」

 その声は落ち着いていて、まるで戦場すら日常であるかのようだった。

 その頼もしさに、透真と悠里の胸の中に少しだけ安堵が広がった。




 城内の抵抗は、思っていたほど激しいものではなかった。

 すでに城外での戦闘で敵の主力は削がれていたのだろう。


 数体の魔物をレオンと兵士たちの剣が次々と斬り伏せる。

 廊下には倒れた魔物たちの亡骸が転がり、壁には血が飛び散っていた。

 燭台の炎がそれを照らし、ゆらめく影が不気味に揺れる。

 血に濡れた床を踏みしめながら進むうちに、ついに――目的の場所へ辿り着いた。


 重厚な両開きの扉。

 黒鉄で作られた巨大な扉は、他のどの部屋のものよりも威圧感を放っていた。

 レオンが振り返り、短く命じる。

「開けろ」

 精鋭の兵士たちが掛け声とともに扉へ手を掛ける。

 軋む音が低く響き、重い扉がゆっくりと開いていく。




 ――魔王城、玉座の間。

 厚い扉をくぐると、そこは闇と炎が入り混じる巨大な空間だった。

 天井は高く、赤黒い光を放つ魔法の燭が宙を漂っている。

 その中央――高台に設けられた玉座に、魔王が座していた。


 禍々しい黒衣をまとい、額にはねじれた角。

 その双眸は血のように赤く、静かにこちらを見下ろしている。

 ただ座しているだけなのに、圧倒的な威圧感が空間を支配していた。

 その玉座の前には、二十体ほどの魔物たちが武器を構えていた。

 ――次の瞬間、雄叫びが轟いた。


「ウオオオオオオッ!」

 魔物たちが一斉に飛び出す。

 空気が爆ぜ、金属の衝突音が響き渡る。

 剣と剣が交わり、火花が散る。

 その場は一瞬で乱戦となった。


 レオンが大柄な牛の魔物――ミノタウロスと鍔迫り合いをしていた。

 金属と筋肉がぶつかり合う音が、玉座の間に響き渡る。

「ぐっ……おおおおおっ!」

 レオンの腕が震え、剣が火花を散らす。


 その瞬間、透真と悠里は視線を交わした。

 言葉は要らない。阿吽の呼吸だった。

 二人はレオンの両脇から飛び出す。

 同時に剣を構え、牛の魔物の腹部へと突き刺した。

 クロスするように放たれた二本の刃が、分厚い皮膚を切り裂く。

 魔物の目が見開かれ、鈍い呻き声が漏れる。

 全身が痙攣し、巨体が倒れた。


 巨体が崩れ落ちたその先――魔王までの道が開かれた。

 透真は息を荒げながら顔を上げ、玉座に座る魔王を見据えた。

 全身から血の気が引く。

 あれを倒せば全てが終わる。

 剣を強く握りしめる。

 足に力を込め、前へと踏み出そうとした、その瞬間――

 視界の端で、銀色の光が閃いた。


「――透真ッ!」

 悠里の叫びが響いた。

 次の瞬間、金属が弾けるような音とともに、視界が白く跳ねる。

 透真の身体は床に叩きつけられていた。


 反射的に身を起こすと、腕の中に悠里の身体があった。

 彼女の胸の奥から、何か温かいものが流れ落ちていく。

 その感触に違和感を覚え、透真は掌を見下ろした。

 ――真っ赤だった。


「えっ…なん…」

 言葉が喉で途切れる。

 状況が理解できず、悠里の顔を覗く。

「えへへ……相棒は……まだまだだね……」

 微笑みながら言う悠里の口元から、一筋の血が流れ落ちる。

 腹部には黒い槍が深々と突き刺さり、鎧の隙間から血があふれていた。


「おい、悠里!」

「だいじょうぶ……かい……相棒……怪我、は……」

 悠里は不安そうに透真を見つめる。 

 閉じそうになる瞼を必死に開いて、怪我が無いかと透真の身体を視線で探る。

 しかし、その瞳はどこか焦点が合っていない。

 透真は悠里の手を握りしめ、必死に声を震わせた。

「待て、今助ける! 頼むから、待ってくれ!」


 透真の呼びかけに答えられず、悠里の唇は苦しげに震える。

 次の瞬間、眉をひそめて口から血を吐き出した。

「悠里!」

 しかし、すぐに透真を見つめ、優しい表情を作る。

「透真……死なないでね……」

 そう言葉にした瞬間、悠里から表情が消えた。

 支えていた首がぐらりと傾き、透真の腕の中で静かに沈んだ。


「おい、悠里!駄目だ!」

 透真の叫びが、玉座の間に反響する。

 それでも――悠里の唇は二度と動かなかった。

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