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オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


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剣と斧と槍のファンタジー

 思いがけず幽霊と出会った篠宮透真。

 彼はその幽霊の「死」を回避するため、過去へと遡る決意をする。


 だが、目を覚ました先は――異世界だった。

 国王から魔王討伐の命を受け、透真と相棒の悠里が戦場へと向かう。

 特注で(こしら)えた二人のための鎧。

 それを身に着けた瞬間、透真は息を呑んだ。


 全身に吸い付くように馴染む。

 まるで身体の形を正確に知っていたかのように、隙ひとつなく作られている。

 鋼の表面は鈍く光を反射し、動くたびに金属がかすかに鳴った。

 重みは確かにある。

 けれど、不思議と動きを妨げない。

 守られている安心感と、戦う者としての責任が、同時に肩へとのしかかる。


 悠里もまた、腕を回したり膝を曲げたりして、鎧の感触を確かめていた。

 その顔には緊張よりも、わずかな誇らしさが見える。

 透真の胸に、じわりと実感が広がっていく。

 腰の真剣に手を添え、鞘の重さを確かめる。


 準備は整った。

 レオンが短く頷く。

 「こちらへ」


 * * *


 二人が通されたのは、荘厳な大教会だった。

 高い天井からは色ガラスを通した光が差し込み、

 静寂の中に淡い神聖さが漂っている。

 中央には、厳かな衣をまとった司祭が立っていた。

 その姿は静かで、まるで時の止まった像のように見えた。


 案内されるまま、透真と悠里は司祭の前へと進み、同時に跪いた。

 背後には大勢の兵士たちが整列し、甲冑が擦れ合う音が一瞬だけ響いて、また静まる。

 長い鎖の先に繋がれた香炉が、司祭の手に渡された。

 炉の中からは、白い煙がゆるやかに立ち昇っていく。

 鎖が揺れるたびに、金属の擦れる音がわずかに鳴り、

 香炉は透真の頭のすぐ横をゆっくりと通り過ぎた。


 立ち上る白煙が、鼻をかすめる。

 懐かしいような、どこか甘い匂い。

 その瞬間、透真の脳裏に“あの声”が蘇った。

 「……精霊の祝福を」


 初めてこの世界で意識を取り戻したとき、確かに聞こえた、あの女性の声。

 そして、その時にも漂っていたこの香り。

 ――間違いない、同じだ。


 司祭は目を閉じたまま、祈りの言葉を静かに紡ぎ続ける。

 鎖がまた揺れ、今度は悠里の頭上を香炉が通り過ぎる。

 白い煙が彼女の頬を包み、その髪をやさしく揺らした。


 厳粛な空気の中、鎖のかすかな音だけが響く。

 それはまるで、この世界そのものが祈りを捧げているかのようだった。


 白い煙がゆるやかに消えていく。

 その残り香の中で、透真はふと、自分の心の奥が静まり返っていくのを感じた。

 ――これは、戦いの前の“儀式”なのだ。

 恐れも迷いも、この煙とともに天へ昇っていく気がした。


 * * *


 鎧をまとった騎兵たちが先頭を走る。

 その背後に続く長い軍列の中央――そこに、透真と悠里を乗せた馬車があった。

 車輪の軋む音と、蹄の響きが途切れなく続く。

 車内はそれ以外、息を呑むような静けさに包まれていた。


 透真は馬車に乗ってから、何度も深く息を吐いた。

 それはまるで、自分の心臓をなだめる儀式のようだった。

 両足の間には納刀された剣。

 その柄を両手で握りしめ、額をそっと寄せる。

 まるで十字架に祈りを捧げているかのような姿だった。


 そんな透真の手に、そっと温もりが重なる。

 顔を上げると、悠里が優しく微笑んでいた。

 その笑顔は、不思議なほど静かで穏やかだった。

 彼女もきっと緊張しているはずだ。

 それなのに、透真を想い、気持ちを和らげようとしてくれている。


 そのことに気づいた瞬間、透真の中で何かが固まった。

 恐怖でも、逃げたい気持ちでもない。

 それは覚悟だ。


 透真は小さく息を吸い、悠里に微笑み返す。

 その一瞬、二人の間に言葉は無かった。

 ただ確かなもの――“相棒”と呼ぶにふさわしい信頼があった。


 透真の瞳に決意の光が宿ったのを確認すると、レオンがゆっくりと口を開いた。

「現在、我々は魔物たちの拠点へ向かっています。その数は多くても二十。兵力差ではこちらが勝っています」

 二人を安心させるように、レオンは穏やかに口にした。

「斥候の報告によれば、付近を通る行商人や旅人に被害が出る可能性があると判断しました。

 ゆえに我々の任務は――魔物の殲滅、及び拠点の破壊です」


「はい」

 透真と悠里は、同時に短く答えた。

 その声音には恐れよりも、確かな覚悟が滲んでいた。


 レオンは二人の表情を見て満足そうに頷く。

 そして柔らかい微笑みを浮かべた。

「よろしい」

 それは、厳しい指導を乗り越えた教え子に向ける、どこか誇らしげな笑みだった。


「おそらく、もうすぐ到着します。今一度、装備の確認を」

 その声を合図に、馬車の中の空気が引き締まる。

 鎧の留め具を確かめる金属音。

 腰の剣を握る手に、力がこもる。


 車輪が軋む音が、次第にゆっくりと減速していく。

 外から、誰かの号令と馬の嘶きが聞こえた。

 透真は思わず息を呑む。――どうやら、目的地に着いたようだ。


 馬車から降りた瞬間、焼けた風が頬を打った。

 昼の太陽は真上にあり、鎧の表面を白く照らしている。

 兵士たちの列の中では、号令の声と怒号が交錯していた。


 地面を踏み鳴らす音、鎧が擦れる金属音、

 どこかで馬が嘶き、兵士たちが声を上げる。

 その熱と音が渦を巻くように混ざり合い、

 初めて踏み込む“戦場の空気”を肌で感じさせた。


 透真は息を整えようとしたが、胸の鼓動が速すぎて追いつかない。

 握った拳の中で、手のひらの汗がじっとりと滲む。

 隣では悠里が無言で空を見上げていた。

 太陽の光が彼女の鎧に反射し、淡くきらめいている。

 顔は穏やかだが、その肩はかすかに震えていた。


 そんな二人に、レオンが振り返る。

 その目は静かで、揺るぎがなかった。

「我々も行きましょう」

 短い言葉。

 それだけで場の喧騒が遠ざかり、

 透真と悠里の意識は一気に引き締まった。

 透真と悠里は無言で頷き、レオンの背に続く。


 歩きながらふと、透真が低く声を発した。

「あの、レオンさん」

「どうされました?」

「少し、悠里と二人で話してもいいですか?」


 レオンは透真の真剣な顔を一瞥して、ゆっくりと会釈してから背を向けた。

 足音が遠ざかる。馬の嘶きと金属の擦れる音だけが、しばらく残る。

 透真は息を整え、悠里の肩元に寄る。鎧の隙間から冷たい風が差し込み、指先が僅かに震えた。


「なあ、悠里……」

 その視線に、悠里は驚いたように眉を寄せる。

「どうしたのさ?」


 透真は一瞬だけ目を閉じ、刃の重さとここにいる理由を胸に確かめる。

 そして目を開け、言葉を区切って告げた。


「お前は——絶対に、俺が守る。死なせたりはしない」


 言葉を受け、悠里は一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて自然と頬を緩める。

「へぇ~、言ってくれるね、相棒」

 透真の胸に、決意が熱く灯る。

 ――そうだ、俺はお前を死なせない。過去の結末を変えるために、今ここに居る。


 * * *


 そこは――まるで人間の集落のようだった。

 低い木の柵が周囲を囲み、粗末な木造の家がいくつも立ち並んでいる。

 昼下がりの太陽が屋根を照らし、乾いた木の壁を白く光らせていた。

 だが、そこに人間の気配は無い。

 風が吹き抜け、吊るされた洗濯物がかすかに揺れる。

 遠くで何かが軋む音がした――それが風のせいなのか、生き物の声なのかも分からない。


 次の瞬間、透真の視線が“それ”を捉えた。

 二足で立つトカゲの魔物が、黄色い眼をぎらつかせてこちらを睨んでいる。

 松明を掲げたゴブリンが、甲高い声で吠えた。

 黒ずんだ皮膚のゾンビが、よろめくように槍を引きずりながら前へ進み出る。

 屋根の上には、ハーピーが翼を広げ、昼の光を背にして影を落とした。


 どの魔物も動かない。

 ただ、こちらを見ている。

 それは、まるで獲物を待つ肉食獣の沈黙だった。

 その沈黙こそが、声を上げるよりも恐ろしかった。


 透真は息を飲み、喉が鳴る音を自分の耳で聞いた。

 ――ここは、人の集落ではない。

 魔物たちの“巣”だった。



 教え子の二人を連れて、レオンは前へと進み出た。

 昼の光が鎧に反射し、兵たちの顔を照らす。

 その背中は、戦場の熱気と覚悟を一身に背負っているようだった。


「抜剣!」

 鋭い声が響いた瞬間、空気が一変した。

 レオンが剣を抜き放ち、天へ突き上げる。

 陽光を浴びた刃が閃き、眩い光を弾く。


 その号令に合わせて、兵たちが一斉に剣を抜いた。

 金属が擦れ合う音が波のように広がり、戦場の空にこだました。

 透真と悠里も、息を呑みながらそれに続く。

 鞘から引き抜かれた真剣の重みが、手の中に現実を刻みつける。


「俺に続けえええ!」

 レオンが再び叫んだ。

 その声に応えるように、兵士たちが(とき)の声を上げる。

 無数の足音が一斉に地を叩き、砂塵が舞い上がる。



 咆哮を上げながら、斧を振りかざすゴブリンが突進してきた。

 その刃が陽光を反射した瞬間――レオンの姿が掻き消える。

 次に見えた時には、ゴブリンの胸にレオンの剣が突き刺さっていた。

 鈍い音と共に、血が噴き出す。

 その勢いのまま、ゴブリンの体は後ろへと吹き飛び、地面に倒れ込んだ。


 レオンは一歩踏み込み、突き刺さった剣を一気に引き抜く。

 返り血が陽光を受けて、赤く光った。

 その剣を高々と掲げると、振り返って二人を見た。


「英雄よ!俺に続け!」

 その声は戦場全体を震わせた。

 鼓膜が震え、胸の奥まで響く。

 恐怖が熱に変わる――透真はそれを全身で感じた。


 悠里と視線を交わす。

 彼女の瞳は怯えていなかった。むしろ、闘志に燃えていた。

 二人は無言で頷き合うと、地面を強く蹴った。



 透真は悠里の前へと飛び出した。

 目の前に立ちはだかるのは、鱗に覆われたリザードマン。

 陽光を反射する刃を構え、鋭い爪のついた手で咆哮を上げる。

 刃と刃がぶつかり合い、甲高い金属音が響いた。

 鍔迫り合い――火花が散るほどの距離で、互いの息が触れ合う。


 そんな鍔迫り合いの横を悠里が素早く駆け抜ける。

 視線も合図もない。だが、二人の動きには迷いがなかった。

 まるで長年の相棒のように、阿吽の呼吸で動いていた。


「うおおおお!」

 透真は叫び、腕に力を込めた。

 剣に伝わる圧力が、骨を軋ませるほど重い。

 リザードマンも咆哮を上げ、体格差を活かして上から押し潰そうとする。

 だが、その瞬間――透真は一気に腰を落とした。

 相手の力をいなすように身を屈める。

 そのまま身体を回転させると、低い姿勢のまま足を払った。


 鈍い音と共に、リザードマンの巨体が傾ぐ。

 鱗に覆われた足が宙を掴み、次の瞬間、地面に叩きつけられた。

 透真は反射的に立ち上がり、倒れた胸元に剣を突き立てる。

 手に伝わる感触が、肉を裂き、骨を貫いた。


「ぐあああああ!」

 獣のようでありながら、人間にも聞こえる悲鳴が響く。

 そして――その声は、すぐに途絶えた。

 透真の呼吸が荒くなる。

 胸の奥が焼けるように熱く、手が小刻みに震えた。




 地を駆け、悠里はまっすぐに敵を見据えた。

 槍を突き出して突進してくるゾンビ。

 悠里はその突きを紙一重で躱すと、全身をひねり、勢いのまま剣を振り上げた。


 刃が風を裂き、ゾンビの脇へと吸い込まれる。

 鈍い手応え――次の瞬間、ゾンビの腕が宙を舞い、乾いた音を立てて地面に落ちた。


 手応えを感じながらも、悠里は振り返らない。

 背を向けたまま、静かに呼吸を整える。

 背後では、腕を失ったゾンビがその場に立ち尽くしていた。

 何が起きたのかも理解できず、濁った眼で悠里の背中を見つめている。


 その気配を確かに捉え、悠里は迷いなく剣を背後に突き出した。

 振り返ることもなく、確信に満ちた動きだった。

 刃が肉を裂き、骨を貫く。

 ゾンビの胸を正確に貫いた剣は、そのまま動きを止めた。


 悠里が引き抜くよりも早く、ゾンビの身体が崩れ落ちる。

 地面に倒れ、砂煙がゆらりと上がった。


 悠里は背後を一瞥すらしない。

 ただ、剣を持ち上げ、ひと振りで刃についた血を払った。

 その仕草には、恐れも興奮もなかった。

 ――そこにあったのは、ただ“静かな確信”だけだった。



 そこからは兵士たちも入り乱れ、戦場は一瞬にして混沌と化した。

 剣と剣がぶつかり合い、怒号と咆哮が入り交じる。

 砂煙が舞い上がり、視界が白く霞む。

 倒れゆく魔物の身体を踏み越え、兵たちはさらに前へ進む。

 血の臭いが風に乗り、空気が重く淀んでいった。


 そして――。

 喧騒は次第に小さくなり、やがて音が消えた。

 剣の金属音も、怒号も、もうどこにもない。

 ただ、風が血の匂いを運び、倒れた影を静かに撫でていく。


 辺りには、魔物たちの屍と、荒い息を吐く兵士たちだけが残っていた。

 昼の太陽が、沈黙に包まれた戦場を無情に照らしている。


 ――戦闘は、あっという間に終結した。

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