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オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


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掌を見つめる癖

「「「ええーーー!?」」」

 

 酒場のテーブルを囲んだパーティメンバー。

 全員の視線が一斉にオレへと注がれた。


 どういうことだ?

 オレにとってはごく当たり前のことなんだが……。


「おい、そんなの神話級の魔法だぞ」


「アタイのお師匠様だって無理だよ」


「それどころか、大賢者グランゼオンでも使えない魔法じゃないか?」


 みんなの視線がイタイ。


「実は、あの魔法を編み出したのはオレが5歳のころなんだ……」


 一瞬の沈黙。


 そして――


「「「ええーーー!?」」」


 またしてもオレに注がれる視線。

 正直イタイ……。


 あはは、オレまたやっちまったか?

 こんな低レベルな魔法でか?


「そんな難しいことでも無いと思うんだがな」


「トウマ、お前ってヤツは……全く」


 目の前で嘆くトニー。

 とりあえず自分のチカラのおかしなところを探ってみますか。


 オレは掌を見つめた。


 見つめた。

 見つめた。

 見つめた。





「なんだ……これ……」


 自分の掌から目が離せない。


 違和感が、じわじわと広がっていく。


 見慣れているはずの手だった。


 だが――違う。


 そこにあるはずのものが、ない。


 細かなシワ。


 皮膚の凹凸。


 それらが、すべて消えていた。


 不自然なほど滑らかで、均一な表面。


 まるで精巧に作られた人形のように。


「なんだこれ!」


 透真は思わず声を上げる。


 椅子を引く音とともに立ち上がり、両手を確かめた。


 指を曲げる。


 触れる。


 だが、感触が現実と噛み合わない。


 その瞬間――


 周囲の音が消えた。


 ざわめきも、声も。


 まるで遠くへ引き剥がされるように、すべてが薄れていく。


 そして。


 理解だけが、静かに浮かび上がる。


 透真は、知っていた。


 この感覚を。


 何度も繰り返した経験として。


 夢の中で――

 夢だと気づくための訓練。


「……リアリティチェック」


 小さく、呟く。


 夢は現実ほど精密ではない。


 細部は曖昧になる。


 指の本数が違うこともある。

 文字が読めないこともある。


 そして――


 手のひらのシワが、消えていることも。


 だから確認する。


 これは現実か、と。


 現実で繰り返したその癖は、夢の中にも現れる。


 そして気づく。


 ここが夢だと。


 それが明晰夢。


 夢の中で夢だと理解しながら、意識を保つ状態。

 自分の意思で動ける、もう一つの現実。


 以前の世界で何度も繰り返していた訓練の記憶。

 それが一瞬にして蘇った。


 透真は、もう一度自分の掌を見た。


 滑らかな表面。

 不自然な質感。


「これは……夢か」


 理解した瞬間、透真から笑いが溢れた。

 先程までの会話を思い出す。


「はは、グランゼオンって誰だよ……」


 呆れたように笑いながら、視線を正面へ向ける。


 酒場には――誰一人いなかった。

 さっきまで確かに存在していたはずの気配も、音も、すべて消えている。

 透真の表情が、すっと引き締まる。


 短く息を吐く。

 そして、ゆっくりと目を閉じた。


「起きろ」


 低く、命令するように言い放つ。

 まぶたを開く。




 ――そこには、女の顔があった。


 距離が近い。

 近すぎる。

 まるで最初からそこに居たかのように、透真を覗き込んでいた。


「……起きちゃった」


 女はそう呟くと、興味を失ったように立ち上がり、ソファーへ腰を落とす。


 透真は周囲を見回した。

 そこは真っ白な空間だった。

 上も下も分からない、境界のない白。


 そして自分は、ソファーに座っている。


「いつの間にか寝てたみたいだな」


 そう呟きながら、首元に手をやる。


 違和感。


 そこには見覚えのある首飾りが掛けられていた。


「はぁ……」


 透真はため息をつき、首元の想綴に手をかけた。

 ゆっくりと、それを外す。


「これ、あんたがやったのか?」


「そうだよ」


 当然のように、女は答えた。


 眉間にシワを寄せ、透真は抗議の視線を向ける。


「おい」

 

「もっと寝ててもよかったのに」


 抗議したはずなのに、返ってきた言葉はそれだった。


「はぁ、変わったヤツだな」


 透真は呆れたように言い返す。


 女は、不機嫌そうに目を細めた。


 わずかな沈黙。


 視線だけが、透真を測るように動く。


「キミ、何かあった?」


「……は?」


「夢の中で、何かあったでしょ」


 透真は一瞬だけ黙る。


 考える。


 何か――と言われても。

 ありすぎる。


「あんたに夢を見せられてたんだが」


「違う」


 即答だった。


「違うってなんだよ。全く悪びれないな」


 苦笑する透真を、女はじっと見つめる。

 そして、小さくため息をついた。


「そういう所だよ」


 理解できないまま、透真は眉をひそめる。

 女は、どこか残念そうに言った。


「もっと、ふわふわしてたのに」


 まるで、別人を見るように。


「そうか」


 透真は立ち上がり、軽く頭を掻いた。

 一度、周囲を見回す。


 大きく背伸びをして、両腕の力を抜いた。

 ぶらりと垂らし、そのまま息を吐く。


 そしてソファーへ腰を下ろした。


「よし、仕切り直さないか? 最初からさ」


「うん?」


 女はわずかに首を傾げる。

 透真は構わず続けた。


「俺の名前は透真。あんたの名前を教えてくれるか?」


「名前?」


「そう、名前」


 女は答えなかった。

 透真も、それ以上を求めようとはしない。

 ただ静かに待つ。


 白く塗りつぶされた空間の中で、二人の間に沈黙だけがゆっくりと広がっていく。

 時間の感覚は次第に曖昧になり、どれほどの間そうしていたのかも分からなくなる。


 長い。

 その感覚だけが、妙に残った。


 やがて――

 女が、ぼそりと呟いた。


「……ピィティー」


「え?」


 あまりに小さく、不意だった。

 透真は慌てて聞き返すが、女は何も言わない。


「ごめん、よく聞こえなかった。ペティ?」


 わずかな間。


「……もう、それでいいよ」


「いいのかよ」


「うん、それでいい」


 透真は頷く。


「分かった。ペティって呼ぶ」


 透真はペティを見つめた。

 その無表情の奥に何かを探るように、わずかに目を細める。


 どうやってここへ来たのかは分からない。

 気づけばこの場所にいて、眠らされていた。

 そして今、目の前にはこの女がいる。


 ――何か目的がある。


 自分は、そのためにここへ連れてこられた。

 そう考えると、ばらばらだった状況が少しずつ繋がっていく。

 思考を巡らせるほどに、意識は冴えていった。

 ぼやけていた輪郭が、ゆっくりと形を持ち始める。


 ペティは退屈そうに視線を宙へ漂わせていたが、やがて不意に透真へと向けた。


「ねえ、呼ばないの?」


「へ?」


 間の抜けた声が漏れる。


「名前。呼ばないの?」


 透真は小さく笑った。


「ああ、そうだな。ペティ」


「うん」


 感情の起伏を見せることなく、ペティは頷く。


 その様子を確かめるように一瞬だけ見つめてから、透真は息を整えた。


 そして、言葉を選ぶように問いを投げる。


「なあペティ。なんで俺をここに連れてきたんだ?」


「うん……」


 返事は曖昧だった。

 それきり、言葉が途切れる。

 白い空間の中で、静けさだけがゆっくりと広がっていった。


 時間の感覚が曖昧になる。

 どれほどの間があったのか、うまく掴めない。


――唐突すぎたか。

――それとも、聞き方を間違えたか。

 透真は下唇を噛み、わずかに苦い表情を浮かべる。


 言葉を探そうとした、その時だった。


「アルケーのためだよ」


 あまりにもあっさりと、ペティは言った。


「あるけー?」


 透真は顔を上げる。

 視線がぶつかる。

 ペティの表情は変わらない。


 そのまま、言葉を続ける。


「アルケーを殺すのにキミが必要だから」


 透真は言葉を失った。


 意味は分かる。

 だが、理解には届かない。


 わずかに眉をひそめながら、それでも無理やり納得しようと口を開く。


「ああ、なるほど。ペティはそのアルケーって奴をぶっ飛ばしたいのか」


「ちがう」


 即座に否定された。


 ペティは透真を見つめる。

 感情の見えない瞳。

 その奥に、確かな意思だけがあった。


「殺すの」


 短い一言だった。


 だが、その重さだけははっきりと伝わる。


 透真はわずかに息を詰まらせた。


「殺すって言われても、俺は殺し屋でもないわけだしな」


「キミはもう二人の神を殺しているよ」


 さらりと告げられる。


 その言葉に、透真の喉がわずかに鳴った。


「二人の神……」


 無意識に胸へ手を当てる。

 力が入る。


「エマとロクトのことか?」


「うん。二人の神性は、もうキミの中にあるよ」


 透真は深く息を吐いた。

 そして、ゆっくりと視線を上げる。

 その目は、先ほどまでとは違っていた。


「そのアルケーって奴も、神なのか?」


「うーん……ある意味ではね」


 透真は身を乗り出し、膝の上で両手を組む。


「最初に、自分は悪魔だって言ってたな」


「うん」


「そして、俺を神だとも言った」


「そうだよ」


 ペティを見つめていた透真の表情が、ふっと崩れた。


「ハッ……なるほど」


 小さく苦笑が漏れる。


「つまり俺は、殺しの実行犯じゃなくて――凶器のほうってことか」


 ペティは大きくため息をついた。


「はぁ……。そういうところだよ」


「そういうところ。それは俺の意志のことを指しているのか?」


「そう。キミの意志も、感情も、必要なかった」


 透真は背もたれに体を預けた。


 わずかに視線を落とす。


「なんて奴だ……」


「そういうのも要らない」


 あっさりと切り捨てられる。


 透真はそれ以上言い返さなかった。


 ただ、視線を宙へ向ける。


 自分がここにいる理由。

 眠らされていた理由。

 点と点が、ゆっくりと繋がっていく。


 自分は“使われる側”だ。

 意思ではなく、存在そのものが。


 その理解に行き着くと、不思議と感情は湧かなかった。


 透真は背もたれに頭を預け、天井のない白を見上げる。


「悪魔か、お前は……」


「キミたちは、そう呼ぶよね」

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