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オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


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悪魔の仕業

透真たちが遭遇したのは、奇妙な誤解から始まる騒動だった。

ノアが男性であることを告白し場が混乱する中、透真を巡るやり取りは次第に騒ぎへと発展する。


しかしその最中、澪は周囲の異変に気付く。

人々はすぐ近くにいるはずの彼らをまったく認識していない。


やがて街の喧騒は突如として消え、時間が止まったかのような静寂が訪れる。

そして次の瞬間、人々は一斉にその場で眠りへと落ちていった。


理解不能の現象を前に、透真たちはただ立ち尽くすしかなかった。

 エマは理解していた。

 感情の停滞こそが、この国の民の生存戦略なのだと。


 しかし、この状況はあまりにも異様だった。

 感情を抑えることと、存在が停止することは別物だ。


 その行き着く先がこの光景だなどと、エマには到底容認できない。


「夢ノ輪の神王に会いに行きます」


 迷いのない、力強い言葉だった。


 それに頷き、サラは即座に動き出す。


 そこへ、混乱しながらも悠里が率直な疑問を口にした。


「エマさん。これって……エマさんたちが言ってた悪魔の仕業?」


 その問いに、エマの動きが止まる。


「悪魔……」


 完全に失念していた。


 ロクトの自信に満ちた態度。

 悪魔など歯牙にもかけないかのようなあの言葉。


 いつしか疑念は夢ノ輪の現状へと移り、

 神としての責務――幸福の在り方へと、思考は飛んでいた。


 そうだ。

 自分は悪魔の存在を警告するためにここへ来たはずなのだ。


「そうでしたね。秘密裏に潜伏し、神を――国を攻撃する。

 それは悪魔の常套手段」


 エマはその場で眠る人々を見つめた。


「……そういうことだったのね。

 悪魔が、この国に既に巣食っていたということ」


 もし悪魔の仕業ならば。


 民の幸福の在り方に苦悩する必要はなくなる。

 すべては外敵による侵害で説明できる。


 エマの無意識は、都合の良い答えへと静かに傾き始めていた。


 ――その隣で。


 ノアの顔が、みるみるうちに青ざめていく。


 澪を真剣に見つめ、必死に首を横へ振った。


 違う。

 違う。

 違う。


 言葉にならない否定を、全身で訴えている。


 だが澪は――


 まるでそれを愛でるかのように、慈愛に満ちた瞳でノアを見つめた。


 うんうん、と優しく頷く。


 そして満足げに、その頭を撫でる。


 まるで幼い子供をあやすかのように。


 自分の主張がまったく伝わっていないと理解したノアは、

 なおも必死に首を振り続けていた。


 もちろん、澪には分かっている。

 これがノアの企みなどではないことを。


 それでも――


 あまりにも必死で、あまりにも愛らしい。


 涙目で否定する姿に、理性よりも欲求が勝った。

 可愛いものを愛でたいという欲望に打ち勝つことは誰にも出来ないことだ。



 そんな二人をよそに、エマの思考はすでに結論へと到達していた。


「それでもやはり、目的地は変わりません。

 現状、もっとも危険なのは夢ノ輪の神王――ロクトです」


「ああ、そうだな」


「うん」


 透真と悠里が迷いなく頷く。


 二人の同意を確認すると、エマはじゃれ合う澪とノアへ視線を向けた。


「ごめんなさい。お二人を巻き込むような形になってしまいました。

 あなた達は今すぐこの国から離れてください。

 できればエルディアへ避難を」


 真剣な声音だった。


 そんなエマの突然の提案に、慌てる素振りを見せることもなく、澪は淡々と答える。


「そうね。こんな恐ろしいところに居るのは嫌ね。

 今すぐ逃げましょうか? ノア」


 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、ノアへ視線を向ける。


 ノアはゆっくりと周囲を見回した。


 眠り続ける人々。

 異様な静寂。

 そして――


 透真たちの真剣な表情を、一人ずつ確かめる。


 その瞳に映るものを確かめるように。


 やがて、ノアの表情が変わった。


 先ほどまでの戸惑いは消え、

 代わりに浮かんだのは――決意。


「澪……ボクたちにも、何か出来ないかな?」


 その言葉を聞いた瞬間。


 澪の顔に、これまで見たことのないほど嬉しそうな笑みが広がった。


 強く、優しく、ノアを抱きしめる。


「ノア、本当にあなたは……」


 言葉にならない何かを飲み込むように、声が途切れる。


 そして澪はノアから離れ、エマへ向き直った。


 先ほどまでの軽さは消えている。


「エマさん。私達も一緒に行くわ」


「ですが――」


 制止しようとしたエマの言葉を遮るように、澪は言った。


「私とノアの心配なら無用よ。

 だから、行きましょう」


 今まで澪が見せたどの表情とも違っていた。

 軽さも、余裕も、からかいもない。


 ただ――本気。


 そこに満ちているのは揺るぎない自信。

 根拠を示す必要すらない、絶対の確信。


 まるで、有無を言わせぬ力そのものが宿っているかのようだった。


 エマは、その瞳を真正面から見つめ返す。

 言葉は交わさない。

 それでも十分だった。


 そして静かに頷いた。




 城へと走り出す一行。

 目に映るのは、そこかしこで倒れ込み、眠り続ける人々の姿。

 その異様な光景は彼らの足を止めるどころか、むしろ焦燥を煽り、歩調をさらに速めさせた。


 城門前――以前とは違い、彼らを制止する者は一人としていない。

 辺りは不気味なほど静まり返り、風の音すら遠く感じられる。


 透真が城を見上げた、その瞬間だった。


 右手に、焼け付くような熱が走る。


「熱っつ!」


 思わず声が漏れる。

 慌てて右手を掲げ、食い入るように見つめるが――外見に変化はない。

 赤くも腫れてもいない。ただ、内側から炙られるような熱だけが残っている。


 それは火傷のような痛みではなかった。

 むしろ、何かが流れ込んでくるような、あるいは内側から溢れ出そうとするような――奇妙な感覚。


 右手の奥で、どくん、と一度だけ強く脈打つ。

 自分の鼓動とは一致しない、不規則な拍動。


 まるで右手だけが、別の生き物のように脈動している。


 次の瞬間、熱は何事もなかったかのようにすっと引いた。


 残ったのは、わずかな痺れと――言葉に出来ない違和感だけ。


「どうしました、透真?」


 エマが振り返り、心配そうに顔を覗き込む。


「い、いや……なんでもない。大丈夫だ」


 これから敵地へ踏み込むという状況で、余計な不安を与えるわけにはいかない。

 透真は無理に平静を装い、右手をさりげなく下ろした。


「本当に大丈夫ですか?」


 疑念を拭いきれないまま、エマはなおも問いかける。


「ああ。今は急いで進もう」


「そう、ですか……」


 腑に落ちない表情を浮かべつつも、エマはそれ以上追及せず前を向いた。


「それでは、城内へ入ります」



 不気味なほど静まり返った城内を、何の障害もなく進んでいく。


 やがて辿り着いたのは、御対面所と呼ばれていた部屋。

 先頭に立ったエマが、迷いなく襖へ手をかけ――勢いよく開いた。


 一面に敷き詰められた畳。

 変わらぬ広さと豪奢さを誇るその空間の中央に、男が座していた。


 大きな開扉の音にも動じることなく、ただ視線だけを向けてくる。

 初めて対面した時と寸分違わぬ表情。

 そこからは、感情の揺らぎを一切読み取ることができない。


 やがて、まるでそれが自然の摂理であるかのように、静かに口を開いた。


「やはり来たか、エルディアの神」


「夢ノ輪の神、ロクト」


 エマは座す男――ロクトを真っ直ぐに見据え、次いで背後のサラへと視線を送る。

 すでに室内の安全確認を終えていたサラは、静かに、しかし確かな動きで頷いた。


 ゆっくりと部屋の中央へ歩みを進める。

 やがてロクトを見下ろす位置まで来ると、エマは足を止め、静かに口を開いた。


「この状況、分かっているのですよね」


 その声音には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。

 わずかながらでも身を案じた相手が、何事もないかのように座し、平然としている。

 さらに、民の異常な状況を前にしてなお、何もせず静観している――その事実が、エマの神としての矜持を逆撫でしていた。


「ああ、分かっている。貴様の方こそ分かっているのか?」


「チッ」


 小さく舌打ちが漏れる。


「エマ様」


 すぐさまサラが咎めるように名を呼んだ。

 それは主人の威厳と印象を損なうことを危惧しての制止であり、ロクトを擁護する意図は微塵も含まれていない。


 エマは両手を腰に当て、不機嫌そうに顔を横へ向けた。

 しかし視線だけは逸らさず、ロクトを射抜くように見据えたまま言い放つ。


「現状を知ってのその落ち着き様……あなた、悪魔に魅入られましたか?」


 その言葉を聞いた瞬間、ロクトは胡座をかいた膝を軽く叩き、低く笑い出した。


「クククク……悪魔だと? まだそんなことを言っているのか」


「笑い方が悪魔っぽいです」


 エマは即座に切り返す。


 ロクトはゆっくりと立ち上がった。

 その動作には一切の慌てがなく、むしろ余裕すら感じさせる。

 そして、口元にわずかな笑みを浮かべたまま言い放った。


「この国に悪魔など居ない。奴らが手出しする隙など――夢ノ輪には無い」


 断定だった。

 揺らぎも、迷いもない。


 エマはその言葉をじっと見据える。

 やがて、豊満な胸が押し上げられるように腕を組み、露骨な疑念を込めた視線を向けた。


「外に出て、自分の国を見たらどうですか?」


「貴様、我の目を節穴とでも言いたいのか?」


「ええ。夢を見ている間に、悪魔に取り憑かれてしまったのでしょうね」


「なんだとっ! 最弱の神の分際で、よくもそんなことを――」


「最弱はどちらでしょうね? この状況を考えれば、一目瞭然かもしれませんが」


「悪魔などこの国にはおらん! 最弱の貴様にはそれすら分からんとはな!」


 いつしか会話は、口論の様相を呈していた。


 神同士の対峙のはずだった。

 だがそこにあったのは、ただの人間の喧嘩と何も変わらない応酬。


 以前感じた、肌を刺すような威圧も、

 近づくだけで膝が震えるような神威も――今は感じられない。


 まるで、何かが決定的に欠けているかのようだった。


 透真は呆れたように頭を掻き、悠里は苦笑しながらもどこか面白そうに成り行きを見守っている。



 そんな中、ノアが二人へとおずおずと近づいてきた。

 青ざめた顔で、エマとロクトの顔を交互に見比べ、どうしていいか分からない様子で慌てている。


 やがて何かを決意したのか、震える右手を弱々しく挙げようとした。


 ――だが。


 すかさず澪がその手を掴み、強引に自分の方へ引き寄せる。


「ちょっとノア、何やってるのよ」


「え、でも……」


「空気を読みなさい。話が変になるでしょう」


 ノアは泣き出しそうな表情で澪を見上げた。


 その哀願するような瞳。

 今にも零れそうな涙。


 可愛すぎる。


 だが澪は、気圧されそうになるのを必死に堪える。


「いいから! 今は黙ってなさいって」


「でも澪……ボク耐えられないよぉ」


「くっ……」


 破壊力抜群の上目遣い。

 それは澪にとって、ほぼ致命傷だった。


「今は……おとなしくしてましょ……」


 すでに声は震えている。


「でも、でも! 澪、あのロクトって人が可哀想だよ」


「いいのよ、あの人は。今は知らないフリしてなさい」


 そう言い切った瞬間だった。


 気が付けば、エマとロクトの口論は既に止んでいた。

 室内の全員の視線が、ノアと澪へと集中している。


 そして――


 エマとの応酬で溜まっていたロクトの苛立ちが、そのまま二人へ向けられた。


「おい、貴様ら……我が可哀想だと?」


 低く、押し殺した声。


 ノアはびくりと肩を震わせ、慌てて首を振る。


「ち、違うんです! ボクはただ――」


「ちょっと、うちのノアを睨まないでちょうだい。怯えてるじゃない!」


 澪が割って入り、ノアを庇うように抱き寄せた。


「貴様……」


 ロクトの眉がぴくりと動く。


 ノアは自分を包み込む腕の中から澪を見上げた。

 その瞳には、怯えと、それでも何かを決意したような光が混ざっている。


 やがて小さく一度だけ頷くと、そっと腕をほどき、一歩前へ踏み出した。


「ボクが悪魔です。ごめんなさい!」


 その場の空気が凍りついた。


 誰もが目を見開き、言葉を失う。

 時間が一瞬止まったかのような静寂。


 ロクトでさえ、開いた口を閉じることができずにいた。


 やがて、澪が深くため息をつく。

 そして呆れたように頭を振ると、再びノアの前へと歩み出て、庇うように立ちはだかった。


「ノアは悪魔だけど、この件とは関係ないわよ」

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