想綴と織士
透真たち四人は茶屋を後にし、夢ノ輪の神が住まう城へと向かった。
街の喧騒を離れると、空気は次第に澄み、耳が痛いほどの静寂が訪れる。
やがて視界の先に、それは現れた。
夢ノ輪の城。
その姿はどこか日本の城を思わせる。
だが、規模も荘厳さも、常軌を逸していた。
見上げれば天守閣の屋根には黄金の鯱が輝き、
その口には大きな珠が咥えられている。
陽光を受けて鈍く光るその装飾は、美しく、そしてどこか不吉だった。
案内された廊下は、畳の香りと塗り立ての漆の匂いが入り混じる。
息を呑むような静けさ。
足音が一つ響くだけで、空気そのものがたわむようだった。
和服の女性が静かに振り返る。
「御対面所でお待ちください」
彼女はそう言うと、襖を滑らかに開けた。
そこは一面に畳が敷かれ、黄金の襖がぐるりと部屋を囲っている。
その反射で室内全体が淡く光り、現実の輪郭が曖昧になったように感じられた。
すでに座布団が人数分、整然と並べられている。
エマ、透真、悠里、サラの順に腰を下ろす。
透真と悠里は落ち着かない様子で、視線を泳がせていた。
そのとき、横の襖が音もなく開いた。
現れたのは、長身で端正な顔立ちの男だった。
豪奢な和服に、深い藍の羽織。
整った顔には一片の感情もなく、
その眼差しは静かに、しかし冷たく彼らを見下ろしていた。
夢ノ輪の神、ロクト。
その場の空気が、一瞬で張り詰めた。
サラは即座に頭を下げた。
それに倣って悠里、透真も深く礼をする。
ただ一人、エマだけは動かなかった。
背筋を伸ばし、正面を見据えたまま――視線でロクトを追う。
ロクトはエマたちよりも一段高い上座に腰を下ろした。
着物の裾がわずかに擦れ、パサリと静かな音が響く。
彼は胡座をかき、ゆっくりと顔を上げた。
その目は鋭く、まるで相手の心を見透かすようだった。
「よくきたなエマ。千年ぶりか?」
「いいえ、八百年くらいかと」
「そうか……そんな年月を経て、今日。なにしに来た?」
「悪魔の件で来ました」
「悪魔?」
ロクトは眉をわずかに上げ、冷ややかに笑う。
「今さらあいつらの話をするために、わざわざお前が出向いたと?」
その鋭い視線が、エマの瞳を真っ直ぐに射抜いた。
だが、エマは一切怯まずに答える。
「率直に言うと、悪魔は“神の秘密”を知りました」
「秘密だと?」
「――神殺しの手段を、です」
ロクトの口元が歪んだ。
そして短く、鼻で笑う。
「そんなことか」
あまりに軽いその言葉に、エマの表情がわずかに曇る。
「……そんなこと、ですか?」
「悪魔がそれを知ろうが、オレには大したことではない」
ロクトは立ち上がり、静かに言葉を落とす。
「……お前のような最弱の神とは違う。そんな些末なことをわざわざ言いに来るとはな」
そのまま背を向け、スタスタと立ち去っていく。
金の襖が閉まる音だけが、部屋に残った。
透真と悠里は、声も出せずに呆然とする。
エマはわずかに肩を落とし、困ったように笑った。
「……あはは。困りましたね」
その笑みはどこか乾いていて、
部屋の中には、誰の言葉も届かない静けさだけが残った。
* * *
透真たちと別れ、澪とノアは滞在している宿へと戻ってきた。
外観は堂々とした造りで、どこか懐かしい日本旅館の趣を残している。
玄関をくぐると、従業員たちが一斉に笑顔で頭を下げた。
その笑みは整っていて、まるで磨き上げられた仮面のように乱れがない。
廊下を進むたびに、畳と木の香りが心を包み込む。
部屋に入ると、澪は小さく息を吐いて両腕を伸ばした。
「ふう……」
その隣で、ノアはすでにテーブルの前に座り、
湯気の立つ急須を手に、二人分のお茶を淹れていた。
その光景はどこまでも穏やかだった。
そんな光景を眺めながら、澪はぽつりと呟いた。
「この世界でも、メンタルクリニックを開こうかしら」
「それは難しいと思うよ」
ノアは畳の上にぺたりと座り、湯呑を両手で包むように持って息を吹きかける。
そして髪を耳にかけてお茶をすする仕草、どう見ても少女そのものだった。
澪は少しむくれたように眉をひそめる。
「どういう意味かしら?」
「コレがあるからね」
ノアはテーブルに置かれた小さなネックレスをつまみ上げた。
淡く光る珠、その周りには繊細な装飾が施されている。
「なあに、それ」
澪は興味深げに身を乗り出し、ノアの隣に腰を下ろした。
「この国の人達はメンタルケアは必要無いんだ。この想綴っていう道具を使って、夢の中で娯楽を満喫できるんだ」
「寝たまま使う、没入型VRみたいなものかしら?」
「そうかもね、ボクもやったことはないよ」
「面白そうね、私たちにも出来るのよね」
「うん。こうやって国外からの観光客の為に、宿には想綴が置いてあるんだよ」
澪はノアの手から想綴を受け取り、掌の上で転がした。
珠の中心が、かすかに呼吸するように光を脈打つ。
「夢だけでストレスのない世界が作れるなんて、信じられないわね」
「この国の神が作った仕組みなんだ。
“織士”って人たちが夢を紡いで、それを想綴を通じて国民に届けるんだ」
「それでストレスのない社会が生まれるってこと?にわかには信じがたいわ」
「澪も見たでしょ、街の人達はみんな笑顔だったじゃない」
「……言われてみれば、確かにそうね」
「この国じゃ、カウンセラーなんて生きていけない職業だね~」
ノアの無邪気な言葉に、澪は頬をふくらませる。
そして次の瞬間、いたずらっぽく笑ってノアに抱きついた。
「ノアのくせに、生意気ね!」
「ちょっ、やめてよ澪~!」
二人の笑い声が畳の上で弾ける。
まるで、じゃれ合う姉妹のようであった。




