表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/3

ウォーターボール

 「……精霊の祝福を」


 透き通るような女性の声が、透真(とうま)の意識を引き上げた。

 瞼の裏に光が差し込み、視界がじわりと白く滲む。

 窓から差し込む太陽の光が眩しくて、思わず手で目を覆った。

 やがて目が慣れてくると、ぼやけていた視界に人影が映る。


 目の前には、真っ白な髭をたくわえた老人が立っていた。

 長い衣をまとい、どこか神々しさを感じさせる雰囲気。

 そんな老人が髭を擦りながら、穏やかな声で話しかけてくる。


「ほほう、英雄様(えいゆうさま)がお目覚めになられましたか」

「……誰だ、あんた。もしかして、神様か?」

 目の前の老人は、まさに想像通りの“神”の姿をしていた。

「もしかして俺、死んだのか?」


「ふぉっふぉっふぉ。英雄様はご冗談がお上手じゃ」

 柔らかく笑う老人。

 透真は眉をひそめる。

「……なんだこれ、どうなってる?」


 透真は上体を起こし、周囲を見回す。

 だが、その時――妙な違和感に気づいた。

 床に着いた手が、小さい。

 立ち上がると、視界が低い。

「うん?」

 思わず自分の腕、足、そして顔を触る。

 ――明らかに小さい。

「もしかして……」


 次の瞬間、透真は大声で叫んだ。

「やったぞ! タイムリープ成功したぞぉぉおおお!」

 大声を上げ、その場で飛び跳ねる。

 喜びの勢いのまま天に拳を突き上げる。

「よっしゃああ! やったぞ相棒!」

 その勢いのまま辺りを見回す。

 だが、次の瞬間――状況を理解した。


 そこは、まるで物語に出てくる王の間のようだった。

 床には赤い絨毯、正面には豪奢な玉座。

 その左右には甲冑の兵士たちが整列している。


 そして、目の前には白い髭の老人。

 その頭には王冠がのっていた。

「あんた、王様?」

「ふむ。ワシはこの国の王じゃ」

「なんだよそれ……」

 透真の記憶をどれだけひっくり返しても、こんな場所に来たことなんて一度もない。

 そもそも過去に戻ったなら、自宅とか、学校とか、公園とか――そういう場所にいるはずだ。

 なのに――透真は今、王の玉座の前に立っている。

「意味が分からん」

「ふむ、それはワシも同じじゃ。まさか、二人も召喚されるとは思わなんだ」


「二人?」

 王様の視線が透真の横を指す。

 そこには――横たわる少女。

 ショートカットに学生服。

 活発そうな印象の少女が、静かに寝息を立てている。


「もしかして、相棒なのか?」

 透真が呟いた瞬間、少女が小さく唸った。

「ううん……なに? うるさい」

 目を擦りながら、寝ぼけた表情で上体を起こす。

 両手を高く挙げて身体を伸ばし、大きな欠伸。

 ぼんやりとした目で周囲をキョロキョロと見回した。

「……なにここ? あれ、どこなの?」

 そのリアクションは、ほんの数分前の透真を見ているかのようだった。

 そして、王様を見つめると言い放った。

「あれ、あなた神様? もしかしてボク死んじゃったの?」

 そんな少女を見下ろすと、透真は鼻で笑った。



「ふむ……」

 困ったように息を吐くと、王様は王座に腰を下ろした。

 そして白い髭を擦りながら、重々しく語り始めた。

「英雄様。お二人を召喚したのには理由があるのじゃ」


 その言葉に、透真の視線が鋭くなる。

 しかし、王様は気付く素振りもなく続けた。

「いま、この国には危機が――」

「ちょっと待った!」

 王様の話を透真が手で制す。

「ふむ」

「展開がおかしすぎる……。いや、今の状況はなんとなく理解は出来るんだけど。展開が間違ってるんだ」

「ふむ、ワシにはどうにも……」

 王様は髭をさすりながら首を傾げた。

「俺はタイムリープに成功したはずなのに、なんで異世界転移みたいになってるんだ?」

「なんでと言われましても、召喚したのは事実……」

「そう、急展開というわけでもない。話が繋がってないというか、俺の記憶と辻褄が合わない」


 王様は一瞬、口を閉じた。

 髭をさすり、苦笑を浮かべる。

「ふむ。ワシにはさっぱりじゃ」

 透真の意味不明な言葉に困り果てた王様は、助けを求めるように隣の少女へ視線を向けた。

「え、ボク? ボクにも全然わからないよ」

 少女は両手をひらひらと振りながら困惑する。


 王様は眉を下げ、再び重々しい声で話を続けた。

「まあよい、お二人には魔王を討伐してほしいのじゃ」


 その言葉を聞いた瞬間、透真の目がカッと見開かれる。

 そして勢いよく、王様に向けて指を突きつけた。


「ほら!」


 まるで“これ見たことか”とでも言うようなドヤ顔で、

 隣の少女に同意を求めるよう視線を送る。

 だが少女はキョトンとした表情で透真に返した。


 その場の空気が凍りついたように静まり返る。

 王は小さく咳払いをすると、穏やかに言葉を紡いだ。


「ふむ……どうやら突然のことで混乱しておるようじゃな。

 お二人はまず客室で休まれるがよい。落ち着いてから、続きを話そうかの」


 その言葉に、甲冑を着た騎士が一歩前へ出た。

「では、こちらへどうぞ」


 透真と少女は、騎士の案内に従って玉座の間を後にした。


 通路の石畳には深紅の絨毯が敷かれ、壁には古びた燭台が並ぶ。

 ステンドグラス越しの光が床を彩り、淡い赤と青の模様を描いていた。


 城内を歩くうちに、透真はだんだんと現実味を感じ始めていた。  

 まるでファンタジーの世界――だが、そこを歩いているのは紛れもなく自分だ。


 やがて、重厚な装飾が施された大きな扉の前にたどり着く。

「こちらが客室です」


 どうやら透真と少女は別々の部屋を用意されているらしい。

 少女は兵士に導かれ、静かに廊下を進みはじめた。


 透真は咄嗟に声を上げた。

「あの!」


 その声に、少女と兵士たちが振り返る。

「その娘と……少し話がしたいんだけど」


 兵士たちの視線が少女へと集まる。

 少女は一瞬だけ目を瞬かせ、それから柔らかく微笑んだ。

「うん、ボクは構わないよ」


 その返答に、騎士のひとりが軽く頷く。

「ではこちらへどうぞ。我々は扉の前で待機しております」




 客室の扉が閉じられると、室内は静寂に包まれた。

 丸テーブルの上には、磨かれたティーセット。

 ちょうど二脚の椅子が向かい合って置かれている。


 透真が腰を下ろすと、少女も続いて椅子に座った。


「俺は篠宮透真(しのみや とうま)って言うんだ、よろしく」

「ボクは白石悠里(しらいし ゆうり)、よろしくね相棒」


 ――相棒。


 その一言で、透真の心臓が跳ねた。

 思わず目を見開いて固まる。


 そんな透真(とうま)を見て、悠里(ゆうり)は小首を傾げる。

「どうしたの?」

「相棒……なのか?」

「え?」


 透真は驚きの表情を緩め、ゆっくりと笑みをこぼした。

 そして、小さく息を吐く。


「なんだよ相棒。というか、おまえ女だったのかよ」

「へ? ボクは男になった事は無いよ」


 脱力した透真は椅子の背にもたれ掛かり、ため息をついた。

「なんで俺のリープに相棒が相乗りしたのに、逆に俺が相棒に付いてきて、この世界に飛ばされてみたいになってるんだ?」

「うん? なに言ってるのかな」

「相棒、もしかして覚えてないのか?」

「なにを? ボクたちって会ったことあるの?」


 透真は顎に手を当て、眉をひそめた。


 ――忘れている?

 いや、もしかしてタイムリープに成功したのは俺だけなのか?

 タイムリープを実践したのは俺だ。

 そこに幽霊だった悠里が同調するようにして一緒にリープした。

 なのに――気が付けば異世界。


 悠里の服装を見る限り、俺と同じ世界の人間だ。

 だが、彼女は死後の記憶を持っていない。

 つまり、悠里は“殺される前の時間”のままなのか?


 だとしたら、これから彼女には“殺される未来”が待っているということになる……。


 難しい顔で黙り込む透真を見て、悠里は首を傾げた。

「ねえ、大丈夫? 透真」

「ああ、ごめん。ちょっと考えてた」


 悠里は明るい笑顔で話題を変える。

「ボクは中3でバスケ部、エースって呼ばれてるんだ」

「中学生の子だったのか」

「なにいってるのさ、透真もボクと同じくらいでしょ?むしろボクよりも年下に見えるんだけど」


 そう言われて透真は思わず自分の手を見る。

 ――実際、今の俺は何歳なんだ?


 立ち上がり、壁に掛けられた大きな鏡の前へ。

 映る自分は、想像していたよりも少し幼く見えた。


 ――歳の頃は……十三、いや、十二?

 悠里の言う通り、おそらく年下に見えるだろう。


「ああ、俺も中3だ」


 面倒になった透真は、適当に合わせた。


 悠里は緊張している様子もなく、すぐに部屋の空気に馴染んでいた。

 もともと順応が早いのか、それとも度胸があるのか――。

 彼女は両手を広げてテーブルにもたれ掛かる。


「でもさ、さっき魔王討伐とか言ってたけど。何なんだろうね~」

「ファンタジーな世界なんだろうな」

「ふぁんたじー? ボクよくわからないや」

「とりあえず戦えってことなんだろうな……」


 アニメやゲームではよく見る展開。

 だが実際にその立場になると、全く実感が湧かない。


 自分や悠里が剣を持ち、鎧を着て魔物と戦う――そんな姿は到底想像できなかった。



 

 何かを思いついたのか、突然透真は立ち上がった。

 そんな透真を悠里の視線が追う。

 

 そして透真は窓に向かって、両手を前にかざした。


 瞼を閉じ、頭の中でイメージする。

 水。

 透き通った球体の水が掌から浮かび上がる……そんな光景を思い描く。


「ウォーターボール!」


 大声が室内に響き渡った。

 透真の背中を眺めていた悠里の身体が、突然の大声に驚いて跳ねる。


 しかし、手をかざす透真の掌には――水の一滴も現れなかった。


「ちょっと!急に何なのさ!」

「あれ?……ごめん」

「どうしたのさ?」

「異世界に来たなら何かしらの力があるはずなんだよ」

「なんで?」

「さっき見ただろ?あの甲冑の兵士たち。あんなムキムキの男たちがいるのに、俺たちみたいな子供に戦いを頼むなんておかしいだろ?」

「たしかに!」

「だとしたら、俺たちはあの兵士たちよりも強いってことだ」

「それは無いと思うけどな~」


 悠里は肩をすくめ、テーブルにもたれ掛かった。

 透真はそんな彼女に背を向けて、もう一度試す。


「ステータスオープン!」


「今度は何さ~」


 悠里は顔をテーブルに伏せたまま、気の抜けた声で返す。

 透真は人差し指で空間を突くが――視界には何も現れない。

 ゲームのようなステータス画面など、当然どこにも無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ