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オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


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12/34

そこは既に独壇場

 二度目の世界で目を覚ました透真は、

 偽王ドルマンと手を組み、マレウスの支配の裏を探り始めた。

 しかし、神々の国々は「他国不干渉」の誓いによって動くことができず、

 人の世界はゆっくりと“神なき秩序”に侵食されつつあった。


 一方その頃――

 森と精霊のエルディアでは、神王エマが孤独に嘆いていた。

 かつて自分を“助ける”と誓った“相棒”を探しながら。


 そしてある日、彼女のもとに一通の手紙が届く。

 宛名には、こう記されていた。

 ――『相棒へ』


 同じ空の下、二つの想いが静かに再び動き出す。

 それを知らぬまま、マレウスの陰謀もまた、着々と進んでいた。

 透真と悠里は、いつものように剣術の稽古に励んでいた。

 中庭の芝生の上で、木剣の打ち合う音が小気味よく響く。

 朝の光に木の粉が舞い、二人の動きがその中で交差する。


 ――その静かな稽古を、突然の声が切り裂いた。


「英雄様!」


 息を荒げ、駆け込んできた男――レオン。

「お二方、魔物が現れました!」

 焦りに満ちた表情。その姿を見て、二人は同時に木剣を下ろした。


 透真は静かにレオンを見つめる。

 その瞳の奥には、微かな冷たさが宿っていた。


 ――ようやく来たか。


 この光景を、彼はすでに一度見ている。

 そしてこの先に何が起こるのかも知っていた。


「お二人の鎧は用意できております。どうか準備を」

 そう言って、レオンは背を向ける。


 透真は深く息を吐き、隣に立つ悠里へと目をやった。


「悠里」


「うん?」


 透真はそっとその手を握った。

 驚いたように見返す悠里。

 だが、透真の真剣な表情を見て、何も言わず頷いた。


 二人は手をつないだまま、レオンの背中を追う。


 前回と同じように鎧に身を包むと、二人は大聖堂へと案内された。

 重厚な扉をくぐると、そこには見慣れた光景が広がっていた。

 高い天井からは聖油の香が漂い、静寂の中で蝋燭の炎だけが揺れている。


 ――知っている。

 そして、なぜ自分たちがここへ連れてこられたのかも。


 透真は無意識に、目の前に立つ司祭を睨みつけていた。

 司祭の顔を見ると、ふと疑問が浮かんだ。


 こいつは本当に司祭なのだろうか?

 ドルマンの件でも分かるように、

 おそらく彼も、どこかから見つけてきた普通のおっさんなのだろう。

 そう思うと腹も立たなくなってきた。


 悠里の隣で跪くと、透真はそっと彼女の手を握った。

 悠里は一瞬だけ視線を向けたが、すぐに微笑み、目を閉じる。

 その笑顔に、透真の胸の奥で何かが静かに燃えた。


 右手の甲――紋章が熱を帯びる。

 香の匂いが広がるたび、空気が歪み、壁の影が蠢く。


 この香には、神の信徒を“魔物”の姿に見せる幻覚効果がある。

 前の世界では、それに気づけなかった。

 だが今の透真には、通じない。

 手の甲の紋章が香の効力から守ってくれる。


 そして、その手を通じて――

 悠里を、この偽りの祈りから守ることができる。



 * * *



 “魔物の拠点”――そう呼ばれている場所へ向かって、馬車は静かに進んでいた。

 だが透真は知っている。そこが魔物の巣などではなく、ただの人間の集落であることを。


 馬車の中には、透真と悠里、そしてレオンの三人だけ。

 窓の外には、陽の光を遮るほどの濃い森が流れていく。


 前回と違うのは、透真があれからずっと悠里の手を握り続けていること。

 悠里もまた、その手を拒まなかった。

 指先から伝わる温もりが、互いの呼吸を静かに繋いでいた。


 ――何があってもお互いを信じる。

 それは、もう言葉にするまでもない。

 言葉にすれば、きっと悠里に笑われる。

 透真の握り続ける手から、きっと何かが有るのだろうと悠里は感じていた。


 透真には分かっている。

 香の幻覚は、もう自分には通じない。

 だが、それでも――確かめたわけではない。

 わずかな不安が胸の奥に残っている。


 だからこそ、透真は手を離せなかった。


 そんな二人の静かなやり取りを前に、レオンが口を開いた。


「我々が向かっているのは、魔物の拠点です。数は多くても二十ほどでしょう」


 透真は黙って頷く。

 その表情には、緊張も興奮もない。

 ただ、すべてを見透かしたような冷静さだけが宿っていた。


「緊張は無いようですね。さすがは英雄様です」

 レオンは唇の端を上げ、笑みを浮かべる。


 悠里は小さく首を傾げ、透真の横顔をちらりと見た。

 透真は何も言わない。ただ、頷くだけだった。


「――そろそろ到着する頃です。装備の確認をお願いします」


 その言葉が落ちると同時に、馬車の速度がゆっくりと落ちていく。

 軋む車輪の音が徐々に小さくなり、やがて完全に止まる。


 三人は馬車を降りた。

 冷たい風が頬を撫で、土と草の匂いが鼻をくすぐる。


 その瞬間――透真は確信した。

 香の効果は、もう消えている。


 隣を見る。

 悠里の表情がすべてを物語っていた。

 彼女は眉をひそめ、まっすぐにレオンを見据えている。

 もはや幻ではなく、真実を見ている目だった。


 透真は握った手にそっと力を込めた。

 その微かな圧に気づいた悠里が、驚いたように彼を見る。


「大丈夫だ、相棒」


 短い言葉に込められた決意を、悠里は感じ取った。

 小さく頷くと、安心したように微笑んだ。

 けれど、その笑顔にはまだほんの少し――不安の影が残っていた。


 いまここに居る全員が同じものを見ている。

 怯えた村人たちが、逃げるように家の中へと駆け込んでいく。

 戸が次々と閉まり、子どもを抱いた母親の泣き声が、かすかに風に乗って響いた。

 

 レオンは顎を押さえ、淡々と呟く。

「逃げ込んだか……」


 その口調には焦りも迷いもない。

 目の前の状況をだた言葉にする。


 そして透真の視線に気づくと、レオンはゆるやかに笑う。

「どうやら魔物たちは怖気づいたようです。これは勝機ですね、英雄様」


 透真は何も返さない。

 ただ死んだ魚のような目でレオンを見つめていた。


 ――こいつは、こんな人たちを虐殺していたのか。


 怯えながらも家族を守ろうとする父親。

 子を抱きしめて逃げ惑う母親。

 震える手で槍を構え、恋人や親を守ろうとした若者たち。


 おそらく、前の世界で自分と剣を交えた“魔物”たちは――みな、そうした人間だったのだ。

 家族のために立ち上がっただけの、ただの村人たち。


 透真はゆっくりと視線をレオンへ向ける。

 脳裏に、前回の戦いの記憶が蘇った。


 ――「英雄よ! 俺に続け!」


 そう叫んでいたレオンの声が、耳の奥で再生される。


 そんなことを叫んでこいつは村人相手にイキってたのか。

 それを誇らしげに“勝利”と呼び、こいつは胸を張っていた。


 以前の自分たちは村人が魔物に見えていた。

 だがこいつは怯える村人だと知りながら、

 その恐怖する表情を見ながら剣を振りかざしていた。


 もはや怒りではなかった。

 透真の中にあるのは、純粋なレオンへの軽蔑。

 ただそれだけだ。




 村の前には、鎧をまとった兵士たちが整列していた。

 緊張に満ちた空気の中で、ただ命令を待っている。


 そんな中――透真と悠里は手をつないだまま、ゆっくりと前へ歩き出した。

 その足取りは、戦場に向かう者のものではない。

 まるで、穏やかな散歩でもしているかのように。


 レオンは最初、その光景を呆然と見つめていた。

 目の前で何が起きているのか理解できず、声を張り上げる。


「英雄さま! 危険です、下がってください!」


 その呼びかけを、透真はまるで聞いていないかのように無視した。

 悠里の手をしっかりと握り、村の入り口まで歩ききると――静かに立ち止まる。


 そして、ゆっくりと振り返った。

 村に背を向け、透真はレオンたち兵士と対峙する。


 レオンの顔が引きつる。


「ど、どうされたのです……?」


 恐る恐る問うその声にも、透真は答えなかった。

 代わりに、隣の悠里へと視線を向けて、穏やかに微笑む。


「もう、大丈夫そうだな」


 そう言って、つないでいた手をゆっくりと離した。

 悠里はわずかに驚いたように瞬きをする。


「どうなってるのかは、これから分かる。――見ていてくれ」


 透真の声には、不思議な静けさがあった。

 混乱の渦中で、悠里はただ小さく頷く。


「うん、分かった」




 透真はゆっくりと笑みを浮かべ、真っすぐにレオンを見据えた。

「なあ、レオン……いったいお前の目の前で、何が起きてると思う?」


 透真の浮かべる笑み。

 それを見てレオンは余計に混乱する。


「な、なにをおっしゃっているのか、俺には分かりません」


 引きつったレオンの表情を見ると、

 透真は嬉しそうに声を上げる。


「だよなぁ!」


 まるで悪役が観客を挑発するかのような笑み。

 その空気だけで、兵士たちは息を呑んだ。


 ここからは、透真の独壇場だった。


「お前らの計画も、何もかもお見通しなんだよ」


 レオンには“計画”という言葉にもちろん心当たりがあった。

 だからこそ、その口が震える。

「どういう意味でしょうか……」


「お前らが、何の罪もないこの村の人達を虐殺しようとしてることとかな」


「村人?何を言ってるんです。そこには魔物が――」


「レオン、俺は村人って言ってるんだよ。その意味が分からないのか?」


「い、いや……まさか」


「そうだ、香の幻覚は効いてない」


 レオンから乾いた笑いが漏れる。

「そんな、でも確かにここに来る前に香は十分に」


「まだ理解出来てないみたいだな。

 俺が香の効力を知っている時点で、効いていようがいまいが関係無いんだよ」


「まさか……」


「俺たちに村人を殺させたかった、そうだな」


 レオンは考える。

 ここから挽回できる“シナリオ”を。


 目の前の少年は――香の効力を知っている。

 それはつまり、自分たちが幻覚を使って騙していたことを、すでに見抜かれているということだ。


 二人は唯一、神を殺すことができる“武器”。

 自分たちにとっての切り札。

 絶対に失うわけにはいかない。

 今ここで、味方に引き込む筋書きを――捻り出さなければならない。


 額から汗が伝い落ちる。

 唇を噛みしめ、必死に頭を回す。

 だが、どんな言葉も浮かばない。


 その様子を見て、透真は何を考えているのかを正確に理解していた。


「どうした、言い訳が思い付かないか?」


 低い声。

 まるで底なしの闇の奥から響くようだった。


「……」

 レオンは何も返せなかった。

 沈黙しかできない。

 それが、最大の敗北の証だった。


「だったら――決定的なことを言ってやる」


 ゆっくりと笑みを浮かべる透真。

 その笑みを見た瞬間、レオンの背筋が凍りつく。


「いや! 待って下さい!」

 レオンは反射的に叫んだ。

 だが、それは無意味な抵抗だった。


「お前たちは――神王エマを殺そうとしている」


 その一言で、世界が終わった。

 レオンの中で、すべての言い訳も理屈も音を立てて崩れ落ちた。


 思わず、短く吐き出す。

「くそが……」


 その瞬間、仮面が剥がれ落ちた。

 レオンの表情が変わる。

 それは――あの時、マレウスの前で見せた、あの“本性”の顔だった。


 そんなレオンを見た瞬間、透真の記憶が――

 脳裏に焼き付いた“あの瞬間”を呼び覚ました。

 鉄の匂い。首筋に触れた冷たい刃。

 あの時、視界の端に映ったのは、まさに――その表情だった。


 思わず透真は、抑えきれずに叫んでいた。


「あの時よくも俺の首を切ってくれたな!」


 その言葉に、レオンの眉がひくりと動く。

 そして次の瞬間、怒鳴り返した。


「お前はいつも何言ってるのか分かんねーんだよ、クソガキが!」


 声に、かつての穏やかさは一片もなかった。

 かつて二人に剣を教え、笑っていた師匠――レオンは、完全に消え去っていた。



 透真の背後で、ざわめきが広がる。

 戸が開き、家々から人々が出てくる。

 怯えながらも、その目には確かな怒りが宿っていた。


 「神王エマを殺す」――

 その言葉を、彼らは聞き逃さなかった。

 怒りが恐怖を塗りつぶしていく。


 老人が、母親が、少年が、槍や鍬を手に握りしめ、兵士たちを睨みつける。

 その表情には、決意の炎が宿っている。


「なんだ、ゴミどもが。ぞろぞろと出てきやがって」


 レオンが吐き捨てるように言った。

 その声音に、悠里が思わず声を上げる。


「あれって本当にレオンさんなの?」


「そうだ」


 透真の声は低く、冷え切っていた。

 怒りも悲しみも通り越し、ただ静かな軽蔑だけがそこにある。


 悠里の向ける視線に、レオンは何の反応も見せない。

 その視線はただ――村人たちへと、ゆっくりと向けられていた。


「別に構わない。所詮お前たちは道具だ、使い方は一つじゃない」


 吐き捨てるような言葉。

 その声には、もはや“人”の温度が無かった。


「だろうな、きっとそう言うと思ったよ」


 その返答を聞いたレオンの口元に、ゆっくりと下卑た笑みが浮かぶ。

 まるで“図星を突かれたこと”すら楽しむように。


 だが、透真は一歩も動じない。

 淡々と、まるで相手の思考を読み上げるように言葉を続けた。


「村人を人質に取って脅し、無理やり俺と悠里に神を殺させる。

 クズのお前なら、その発想に行き着くことは想像できた」


 レオンは表情ひとつ変えず、ゆっくりと腰の剣を抜いた。

 金属の擦れる音が、静寂の中に鋭く響く。

 陽光を受けた刃が淡く輝き、その光が彼の笑みを照らした。


 レオンはその剣を肩に担ぐと、誇らしげに言った。


「ここに居るのは軍の中でもトップクラスの精鋭だ。

 結局お前が何を知っていようと、神を殺すことには変わりがないんだよ」


 それでも透真は、微動だにしなかった。

 その顔には、怒りも焦りもない――ただ、“確信”があった。


「それも知っている。そして今――城には、お前たち精鋭は居ない」


「なに?」


 レオンの眉がぴくりと動く。


 対峙する透真の右手に、微かな熱が宿る。

 右手に視線を向けると、赤く淡い光が灯っていた。

 透真はそれが“合図”だと悟る。


「タイミング最高だな」


 軽く呟いた声に、レオンは戸惑いを浮かべた。

 赤く光る手に視線を釘づけにされ、息を詰まらせる。


「なんだ?」


 その問いに答えることなく、透真は余裕の笑みをこぼす。

 まるで楽しかった会話の終わりを惜しむように、軽い調子で言葉をかけた。


「お前との会話は楽しかったけど、そろそろ時間みたいだ」


 まるで透真の声が合図だったかのように――

 村全体が白い光を放った。


 地面の下から湧き上がるように、足元が光に満たされていく。

 その光はやがて村人たちの身体を包み込み、一人残らず照らし出した。


 村人たちは自分の手足を見つめ、互いの顔を見交わす。

 恐怖と困惑の色が、光の白さにかき消されていく。



 目の前で何が起きているのかは分からない。

 だが――確実に“何か”が起ころうとしていた。

 レオンは咄嗟に息を吸い込み、号令を放つ。


「抜剣! 村を包囲しろ!」


 その号令に応じ、兵士たちは一斉に剣を抜き放った。

 兵たちは一斉に動き、包囲陣を形成する。

 だが、時すでに遅かった。


 透真は隣に立つ悠里を抱き寄せた。

 不意のことに、悠里は目を見開く。

 その驚きをよそに、透真は静かに笑みを浮かべ、レオンへと視線を向けた。


「マレウスによろしくなー」


 軽やかな声が風に溶ける。

 次の瞬間、眩い光が村を包み込んだ。

 透真と悠里、そして村人たちの姿が、跡形もなくその場から消えた。

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