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オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


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神が信じる自分を信じろ

 ――死は終わりではなく、もう一つの始まりだった。

 篠宮透真は、ある夜、幽霊に出会った。

 彼はその幽霊の「死」を回避するため、過去へと遡る決意をする。


 だが、目を覚ました先は、異世界だった。

 神が祈りを聞き、王が命を下す世界。

 透真は“英雄”として召喚され、

 少女・悠里と共に「魔王討伐」を命じられる。


 戦いの果て、悠里は死に、

 透真が討った“魔王”の正体は、かつての幽霊――神王エマだった。

 神殺しの罪を背負わされ、透真は処刑される。


 しかし、時は再び巡る。

 気づけば、異世界へ来た最初の日。

 透真は笑った。今度こそ、奪われない。


 神と幽霊と、人の罪。

 そのすべてを越えて、彼はもう一度、

 彼女たちのいる“未来”を取り戻す。

 突然――それはまるで嵐のようだった。

 大勢の軍を率い、マレウスはこの街へと現れた。


 城門を開け放った瞬間、兵士たちはまるで吸い込まれるように中へなだれ込む。

 矢を放つ者も、剣を抜く者もいなかった。

 抵抗は――ほとんど皆無だった。


 マレウスの軍勢は整然と、しかし容赦なく城を制圧した。

 血の一滴すら流れないのに、空気だけが異様に冷たかった。


 ドルマンには、もはや何もできなかった。

 市民の命を守るためにも、城を明け渡す以外に選択肢はなかった。

 ただ、あの時――自分が城の鍵を差し出した瞬間の冷たい金属の感触だけが、今も手に残っている。


 透真は黙ってその話を聞いていた。

 彼の世界では考えられないほどあっけない陥落。

 「戦い」というより、「支配の宣言」だった。



 そして透真は素直に疑問を口にする。


「神ってこの国のトップなんだろ? 助けを求めなかったのか」


 透真の問いに、ドルマンは苦い笑みを浮かべ、短く首を振った。


「無駄だよ。――我らの神には成す術はない。

 もともと大きな軍隊など持たないこの国には、太刀打ちできないんだ」


 その言葉には、諦めが滲んでいた。

 夜気が冷たく、部屋の蝋燭の炎がわずかに揺れる。


「そんなんで国がやっていけるものなのか?」


「まったく、何も知らんのだな……ああ、そうか」


「そうだよ。俺はこの世界を何も知らない。知っているのは“魔王軍”くらいだよ、王様」


「悪かったよ。そう虐めてくれるな」


 透真は肩をすくめた。

 その仕草を見て、ドルマンはようやく小さく笑う。


「この世界には六つの国、そして六柱の神がおられる。

 そしてお互いの国に“不干渉”の誓いを立てている」


「だからそもそも軍隊が必要ないと?」

「そうだ」


「いや、それでも警察とか自警団みたいなのはあるんだろ?」

「それはもちろんある。犯罪はどの国にもあるからな」


「だったらマレウスを止めるために警察に頼むとか」


 透真の提案に、ドルマンは短くため息をついた。

 その瞳の奥には、わずかに怒りとも悲しみともつかぬ影が差している。


「言っただろう。この国には太刀打ちできる軍事力が無い。

 マレウスの軍隊と比べれば、警察など赤子同然だ」


「……」


「そして“他国不干渉”の誓いで、他の神も手出しできない。

 マレウスもそれを見越して、この国に自分の拠点を築いたのだろう」


「そういうことか」


 透真はゆっくりと息を吐き、背もたれに体を預けた。

 ドルマンは気にせず話を続ける。


「そもそもこの世界には、神を討とうなどと考える人間は居なかった」


 ドルマンの声には、長い年月を背負ったような重みがあった。

 窓の外では夜風が低く鳴り、カーテンがわずかに揺れている。


「神殺しの罪か?」


「罪? そりゃ神を討つなど大罪だが……」


 ドルマンは顎に手をやり、眉を寄せる。

 その表情から察するに、どうやら深い事情までは知らないらしい。


「人々を守り、慈しむ神に対して、そんな感情を抱く人は居ない」


「でも――」


「そう、奴らは違う」

 ドルマンの瞳にわずかな怒りが宿る。

「世界中から、そういった考えを持つ人間を集め、軍隊を作ったのだ」


 静かな部屋の中に、その言葉が重く響いた。

 しかし透真の頭の中では、すでに別の思考が動いていた。


 ――神殺しの切り札は、異世界人。

 そして、その“異世界人”こそ自分たちだ。


 アドバンテージは確かに自分にある。

 だが、あの時の光景――あの手の温もりを、透真は忘れていない。

 もう二度と、同じことは繰り返さない。

 自分も、悠里も、神を殺したりはしない。


 沈黙の中で、透真は小さく息を吸い込んだ。


「ドルマンさん」

「なんだ」

「神に連絡は取れるか?」


「手紙を送るくらいは出来るが……」

 ドルマンは肩をすくめて続けた。

「それでもワシのような一般人の手紙を、神様が読んでくれるかどうか……」


「何言ってるんだ、ドルマンさん。あんた仮にも市長だろ。自信を持ってくれ」


「ふん……まあ、やってはみるがな」


 透真は静かに頷いた。

 胸の奥では、確信にも似た感覚が燃えていた。


 ――彼女は、あの時こう言っていた。


「ずっと、探してた……」


 その声が、今も耳の奥に残っている。

 彼女は今でも、自分を探している。

 この世界のどこかに、透真は必ず居ると信じているはずだ。


 そして透真もまた、今度こそその手を掴むために――動き出す。



***



 日はすでに落ち、悠里の部屋には蝋燭の明かりだけが灯っていた。

 小さな炎がゆらゆらと揺れ、壁にかけられた鏡の中で赤く反射している。

 櫛を滑らせるたびに、淡い光が髪に宿り、静かな夜の空気を照らしていた。


 ――コツ、コツ。


 扉を叩く控えめな音が響いた。

「悠里、起きてるか?」


 その声に悠里は櫛を止め、鏡越しに扉を振り返る。

「どうぞー」


 返事を受けて、扉が静かに開く。

 現れたのは透真――いつものように軽い調子ではなく、どこか真剣な顔をしていた。

 蝋燭の炎が彼の頬を照らし、光と影の境目にその横顔を浮かび上がらせる。


「夜遅くに悪いな」

「なにが?」


 悠里は肩をすくめながら椅子に腰を下ろす。

 その向かいに、透真も自然と腰を落とした。

 椅子の脚が木の床をこすり、低い音を立てる。


「ちょっと話があってな……」

「なんだい?」


 静かな部屋に、透真の低い声だけが落ちる。

 けれど、肝心の言葉はなかなか続かない。

 蝋燭の炎が小さく揺れ、透真の瞳にその光が映り込む。


 ――先ほどから、何かを言い出せずにいる。

 普段なら冗談のひとつでも飛ばすはずの彼が、今夜はまるで別人のようだ。


「こんな事を言うと変に聞こえるというか、変な奴に思われそうなんだけど」


 透真は指先を組み、視線を落とした。

 蝋燭の炎が小さく揺れ、その光が彼の頬に陰を落とす。


「さっきからなんだい、ウジウジ少年かい?」


 悠里の軽口に、透真は苦笑いもせず――大きく息を吸い込んだ。

 そして、まっすぐに悠里の目を見つめる。

 その瞳の奥に、一瞬だけ迷いが消える。


「俺は何があっても悠里の味方だ。何があっても悠里を信じる」


 静まり返った部屋に、その言葉だけが落ちた。

 蝋燭の炎がわずかに揺れる。


 悠里は、ぽかんとした表情で透真を見つめた。

 何を言われたのか、すぐには理解できなかったようだ。


「悠里も俺を信じて欲しい。何があっても、俺を信じて欲しいんだ」


 透真の真剣な声に、悠里の眉がわずかに寄る。

 そして――ため息。

 それは怒りでも呆れでもない、あまりにも自然な呼吸のようなため息だった。


 透真は一瞬、不安になる。

 言葉を間違えたか。タイミングを誤ったか。

 けれど、悠里はいつもの調子で口を開いた。


「当たり前だろ、何言ってるのさ」

「え?」

「当たり前なことを、なんだか凄いことを言うみたいにさ」


 悠里のリアクションに、透真は思わず乾いた笑いを漏らした。

 胸の奥にあった緊張が、ゆっくりと溶けていく。


「まったく、相棒にそんなことを言うなんて変だよ」

「そうか、俺、変なこと言ったか……」

「そうだよ、透真は変なこと言ってたよ」


 悠里はくすりと笑い、蝋燭の炎がその笑顔をやさしく照らした。

 その光が彼女の瞳に映り、まるで夜の中に小さな星が瞬いたように見えた。


 ――透真は、たまらなく嬉しかった。


 言葉にしなくても、きっと最初から通じていた。

 信頼というものは、約束よりも静かで、確かなものだ。

 むしろ今の言葉は、相棒に対して少し失礼だったのかもしれない。


 ふと気づけば、頬が自然と緩んでいた。

 透真は照れ隠しのように口元を押さえ、それでも笑みが止まらなかった。


 蝋燭の光が二人の間で揺れ、ゆっくりと、夜の静寂に溶けていった。

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