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オタクの知識が前フリだけの異世界  作者: 大山ヒカル


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「タイムリープ やり方 本物」検索

 部屋の中央で、男が胡座をかいていた。

 無音の空間の中、壁にかけられた時計だけがかすかな音を刻んでいる。

 その視線は針の一点に吸い込まれたまま、動かない。

 短針と長針が重なり、やがて秒針が十二を越えた瞬間、

 男の口から深い溜息が漏れた。

 篠宮透真(しのみや とうま)

 その瞬間、彼の三十代は終わった。


 透真は立ち上がると、疲れた身体をベッドに預け、スマホを弄った。

 いつものように動画サイトを開くと、見慣れた中にひとつ――妙に目を引くサムネイルがあった。


 『過去に戻って人生やり直し! 明晰夢でタイムリープ』


「これだ……」


 その目は見開き、口元には笑みが浮かんでいた。



 それからの透真は、タイムリープにのめり込んだ。

 動画を漁り、本を読む。

 周囲から見れば、完全に現実逃避。

 だが今の彼にとっては、それは“生きる目的”だった。


 やがてその執念は、タイムリープという枠を超え、

 オカルト全般へと広がっていった。

 UFO、宇宙人、異世界、パラレルワールド、霊界、オーパーツ――。

 荒唐無稽(こうとうむけい)な言葉の数々が、現実よりもずっと鮮明に感じられた。


 そんなある日、SNSで奇妙な広告を見つけた。

 『幽霊と話せる無料アプリ ―《ネクロトーク》―』


――ふざけた名前だ!


 もちろん指は自然と動く。


 ダウンロード。インストール。起動。


 画面には黒地に白いマイクのアイコン。

 試しに話しかけてみる。

「……もしもし?」

 低い男の声が返ってきた。

 《死》《呪》《悪霊》《地獄》

 聞き慣れたホラー単語を淡々と繰り返すだけ。

「幽霊と話せるって書いてあったよな?」

 会話の意味を検索すると苛立ちが増した。


――くそったれがっ!


 近所迷惑も考えて、舌打ちで済ませると、スマホをテーブルに投げ出した。

 色々と試しているが、最近は明晰夢もうまくいかない。

 希望に満ちていた透真に、諦めの感情が生まれる。


 その夜、静寂を破ったのは電子音だった。

 テーブルに置いたスマホが、青白く光っている。

 通知ではない。アプリのアイコンが勝手に起動していた。

「……なんだ? 勝手に起動なんてしないはずだが」

 覗き込むと、黒い画面の中央に一文が浮かんでいた。


 《成功する》


 透真は思わず眉をひそめた。

 ……まるで、自分を励ますような言葉。

 そして、スピーカーから低い声が続く。


 《私はここに居る》


「おい、まじか?」

 思わず辺りを見回す。

 部屋は静まり返っている。

 けれど、何かが“居る”気がした。

「あの……幽霊さん、居るんですか?」


 《私はここに居る》


 再び同じ言葉。

 だが今度は、そこに確かに“意思”があった。

 スマホを握る手が震える。

 テーブルの上に置き、椅子に腰を下ろした。

「……“成功する”って、タイムリープのことを言ってるのか?」


 《それは簡単ではありません》


「ああ、確かにな」

 思わず幽霊に返事をしてしまう。

 その声は、わずかに震えていた。


 スマホのスピーカーから、低く響く男の声。

 それはただの機械音声のはずなのに、不思議と“応答”の間が人間的だった。

 透真はしばらく黙り込み、目を細めた。

――これは本当に、誰かと会話しているのか?


 《手伝って下さい》


「手伝う?それはこっちのセリフなんだが……」

 透真は顎に手をやり、考える。

「もしかして……あんたも一緒に、タイムリープしたいってことか?」


 《きっと》


 透真は目を見開いた。

 今までのオカルト遊びとは明らかに違う。

 この声には、感情がある。

「もしあんたが幽霊なら、俺が過去に戻れば――生きてるあんたに会えるってことなのか?」


 《それは簡単ではありません》


「分かってるさ、そんなことは。……けど、もしかしたら――」

 声に出すと、胸の奥で何かが弾けた。

 諦めかけていた透真に胸に、前よりも大きな希望が満ちていた。


 《私の死》


「……それは、過去に戻ってあんたの死を回避できるってことじゃないのか?」


 《殺された》


「まじかよ……だったら俺が助けてやる。

 頭脳は大人で、身体は子供の俺が、名推理で犯人を見つけ出してみせる」


 《殺される 前 お願い》


「ああ、もちろん分かってるさ。ちゃんとお前が殺される前に犯人を見つけ出してやる」

 名探偵は事件が起きてから犯人を暴く。

 だが、彼が殺される前の時間に、自分がタイムリープ出来たなら。

 殺人事件を根本から覆すことになる。

 何かが始まる。

 そんな予感がしていた。


 拙いながらも会話が成り立っている。

 相手は単語だけだが、意志のある返答としか思えない。


 幽霊は確かにここに居る――そう思えた。


 《祝福する》


「なんだ相棒、応援してくれるのか?」


 《あなたのために》


「ありがとう」

 いつの間にか、幽霊を“相棒”と呼んでいた。

 孤独だった部屋に、ようやく“声”が戻ってきた気がした。


 それから数日、透真は幽霊との会話を日課にした。

 朝起きれば「おはよう」と言い、夜眠る前には「また明日」。

 相手はただの声。それでも、確かに返してくれる。


 《難しい》


「そうだな。明晰夢はむずかしい」

 

 《諦めない》


「ああ、もちろんだ相棒」

 仕事の合間にも、透真はスマホを覗く癖がついた。

 メッセージがなくても、アプリを開けばそこに“存在”を感じる。

 まるで、彼が自分を見ているように。


 ある夜、ネクロトークがぽつりと呟いた。


 《実験》


「ん、実験?……ああ、そうだな。そろそろ試してみるか」

 透真はスマホをテーブルに置き、部屋を見渡した。

 机を端に寄せ、四隅に姿見を立てかける。

 鏡の中に映る自分の影が、何層にも重なっている。

 布団を敷き、その周囲に六芒星を描いた紙を並べる。

 市販の線香を灯し、灰が落ちる音だけが響いた。


 《手当たり次第》


「これだけやったんだ、どれか一つでも成功すればいい。

 もう俺の未来には希望なんて無い。

 だったら、過去に希望を託すしか無いだろうが」


 《悲しい》


「うるせぇ」

 透真は照明を消し、暗闇に身を横たえた。

 スマホの画面だけが、青白く灯っている。

「なあ、相棒。過去に戻ったら覚えた当選番号を使って、金持ちになるんだ」


 《愚かな》


「そう言うなよ、相棒にも分けてやるから」


 《大切にする》


「ああ、一緒に遊んで暮らそうぜ」


 《絶対に》


 画面の光が、まるで心音のように点滅する。

 そんな他愛もない会話をしながら、透真の意識はゆっくりと沈んでいった。

 視界の端で、スマホの画面に最後の文字が浮かんだ。


 《ありがとう》

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