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第一話:平穏な日常

 俺の名は高橋周。基本的に意欲ない。容姿は普通。勉強も普通。何もかも普通な俺の日常は平穏そのものだった。人生をひっくり返すような大きな事件はなかったし、ただ毎日朝に起きて学校に行って授業を受ける単調な日々を繰り返すだけのどこにでもいる普通の男子高校生だった。

 なのに俺の平穏な高校生活はある少女に出会ったことで粉々に砕けてしまった。


「高橋!」


 教室の後ろのドアが開き、透き通った声が聞こえてきた。俺を呼ぶ声に、俺はドアの方に顔を向けた。

 ドアの前には制服姿の少女が立っていた。雪のような白い肌。大きい目と通った鼻筋。腰まで伸びたロングストレート黒髪はツヤツヤしている。

 少女は同じクラスの櫻井菜々。可愛くて学校で有名ないわゆる美少女であった。

 櫻井さんは教室に入り、こっちに向かってつかつかと歩いてきた。やがて櫻井さんは俺のすぐ隣に立って俺の机を勢いよくバンと叩いた。


「な、なんだ。いきなり」


 俺はびっくりしてパッと顔を上げた。すると櫻井さんはフフッと笑みをこぼした。


「今日こそ私が元アイドルだった証拠を持ってきたわ。これ見て」


 櫻井さんは鞄の中をゴソゴソ探り始めた。俺は櫻井さんをじっと見つめた。


 またあれか。


 俺は吐息を漏らした。


 これでもう何回目だっけ。


 同じクラスになってから櫻井さんは毎日自分が人気アイドルグループ『ダイヤ』のメンバーだと主張している。俺は当然あんなバカなこと信じない。クラスメイトにいきなり実は自分人気アイドルなんだと言われて、「ああ、そうですか。全然気づけなかったんです。すごいですね」と信じるほど俺はバカではなかった。

 それなのに櫻井さんは飽きもせず自分が元アイドルだったとしきりに主張していた。


「これ見て」


 櫻井さんは鞄から棒を一つ取り出して見せた。手のひらの1.5倍ほどの大きさの棒。棒のヘッドにはダイヤモンドみたいなものがあった。櫻井さんが棒のボタンを押すとダイヤが黄色の光を放っていた。


「これ何かわかる」

「ファンライトだろ。『アイヤ』の」

「やっぱ知ってるね。じゃあこれが何を意味するかわかる」


 わかるわけねえだろ。と即答したい気持ちだったけど、そうしたら櫻井さんに「もうちょい考えてから言いなさい」と言われるに間違いなかった。そのため、少し悩むふりをしてから答えるしかなかった。


「わからない」

「え、本当に?!この色見て何も思わないの」

「この色がナナの色なのは知ってる。って何が言いたいんだ」

「だから私があのナナだって言ってるのぉ」


 櫻井さんは机をバンと叩きながら言った。俺は勢いよく上下に振り下ろされる彼女の手を見ながら思った。


 あのセリフももう十回以上聞いたな。


 もはや耳にタコができるくらいだった。俺はため息を吐きながら頭を振った。


「つまりこのファンライト持ってるから君が『ダイヤ』のナナって言いたいわけ?」

「そう」


 櫻井さんは堂々と答えた。その即答に、俺は呆れて一瞬言葉を失った。


「・・・あのさ本当に純粋に気になって聞くけど。バカか、君は」

「いきなり何。喧嘩売ってんのか」

「君さファンライトなんかで自分がアイドルだったことを証明できると思ってる?できるわけないだろ」

「えっ、どうして」


 櫻井さんはきょとんとした顔を浮かべた。俺はそんな彼女のために言葉を継いだ。


「あんたの論理に基づくとあのファンライトを持ってる人は全部『ダイヤ』のメンバってわけ?」

「いやっ、それは」

「うちの妹『ダイヤ』の大ファンでファンライトを持ってるんだ。じゃあうちの妹も『ダイヤ』のメンバか」


 櫻井さんは何も言い返せずに顔を横に振った。


「じゃあのファンライトでどうやって証明するつもりなの」

「で、でもこれ初期モデルだよ。もう手に入れられないんだよ」


 櫻井さんはよく見ろと言わんばかりにファンライトを差し出した。


「俺には差がわからないが。うちのものと同じっぽい」

「いやっ結構違うって。ほら、ここだって今のモデルと違うから」


 櫻井さんはダイヤの部分を指さした。俺は櫻井さんの説明を聞きながらファンライトを詳細に見たけど、やっぱり差はわからなかった。


「まあこれが初期モデルだってことはわかった。でもこれで君がアイドルだったとは証明できない。君が『ダイヤ』の古参ファンで初期モデルを持ってるのかもしれないから」

「古参ファンじゃないっつの。私が初期メンバーだよ!」


 櫻井さんは悔しげに足を踏み鳴らした。


「ああもーいい。信じるかどうか勝手にして」


 そう言って櫻井さんはふんっと鼻を鳴らし、隣の席に座った。

 一見すると諦めたように見えるが、あのセリフももう十回以上聞いた。口ではああ言って、明日になると飽きもせずまた自分が元アイドルだって言い張るに違いなかった。


 そろそろ諦めて欲しいなんだけど。


 俺は隣の席を横目でチラッと見た。櫻井さんはすごくむかついた顔をして何か独り言をぶつぶつ呟いていた。


 あ、ダメだ。あれ明日もまた言い張るパターンだ。


 櫻井さんと知り合う前の一年の時は朝はすごく平穏で静かな時間だったのに、彼女と同じクラスになった今は全然そうじゃない。俺の平穏な日常は櫻井さんに出会ったことで粉々に砕けていた。

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