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第2話 無能と呼ばれた日


王都の中心にそびえ立つ大神殿――。

白亜の大理石で築かれた建物は、朝日を浴びて黄金色の輝きを放ち、まるで天へと伸びる祈りそのもののようだった。


幾重にも重なる尖塔は雲を突き抜け、壁面には聖人や女神を象った彫像がずらりと並ぶ。

正面に広がる大階段は磨き抜かれ、踏みしめる者の背筋を自然と正させるほど荘厳だ。


今日は年に一度――五歳を迎えた子供たちが一堂に会する「魔力鑑定」の日。

この国に生きる者にとって、魔力量と属性の適性は、未来を大きく左右する“指針”となる。

貴族の子であればなおさら。将来の進路、家の名誉、場合によっては婚約にまで影響を及ぼす。


大広間には、煌びやかな衣装を纏った貴族たちが列をなし、子供の背を誇らしげに押し出していた。

天井を覆う巨大なステンドグラスから差し込む光が床に七色の模様を描き、まるで神話の舞台に立っているかのようだ。

壁一面には、かつて神々が魔を討ったとされる伝承が描かれており、その視線に見下ろされるたびに、幼い子供ですら息を呑む。


そして中央に鎮座するのは、人の背丈を優に超える巨大な水晶――「真理の晶石」。

触れた者の魔力を読み取り、属性を光の色で示し、その輝きの強さで魔力量を測る。

この世界における揺るぎない基準、人生を定める“審判者”そのものだった。


アレンは家族に連れられて広間へ足を踏み入れると、自然に喉が渇いた。

(……これが、魔力鑑定……)

胸の奥がじわりと熱を帯び、同時に冷たい緊張が背筋を這う。


今日、この場でどんな光を放つか――それが、アレンの新しい人生の第一歩を決めるのだ。


「始めに――バルゼン侯爵家次男、レオン・ド・バルゼン!」


司祭の声が広間に響いた。

黒髪の少年が壇上へと進む。姿勢は堂々としていて、幼いながらも自信に満ちている。


レオンが手を晶石へとかざす。


――ごうっ。

水晶の奥から赤と茶色が噴き出すように輝き、大広間に熱風と震動が走った。


「火と土、二属性!」

「すごい……あの年で、ここまで明確な力を示すとは」


観衆が一斉にざわめく。

火は攻め、土は守り。二つの属性を併せ持つ者は、戦場で無類の力を発揮すると言われていた。


レオンは満足げに顎を上げる。壇下で見守る侯爵夫妻も誇らしげに頷いた。


(……やっぱり、強いな)

アレンの胸の奥で、重苦しい感情が膨らむ。

同じ五歳でも、彼はもう「将来を約束された者」として周囲に認められている。



「次はグリューネヴァルト公爵家長女、ビアンカ・フォン・グリューネヴァルト!」


壇上に上がった少女は、年齢に似合わぬ気品を漂わせていた。

鮮やかなドレスをひるがえし、長い睫毛の下から観衆を見渡す仕草は堂々たるもの。


小さな手が水晶に触れた瞬間――。


ばさぁっ!

碧緑の光が爆ぜ、烈しい突風が大広間を駆け抜けた。

髪や裾が舞い、席にいた令嬢たちが思わず声をあげるほど。


「圧倒的な風属性!」

「この歳でこれほど強い光……! 将来は間違いなく一流の魔導士だ」


周囲から歓声と称賛が渦を巻いた。

ビアンカは満足げにスカートを摘み、優雅に一礼する。

その一挙手一投足が観衆の視線をさらい、まるで舞台の主役のようだった。


(……華やかすぎる。俺とは住む世界が違うみたいだ)

アレンは小さく息を呑む。


ざわめきは止むことなく、その熱気を受けて次々と子供たちが壇上へと進んだ。


ある少年は鮮やかな黄色を示し、土属性の才を誇示する。

またある少女は水と火、二つの光を同時に灯し、会場を驚かせた。

光が灯るたびに歓声が上がり、失望の吐息もまた漏れる。


「これが名門の力か……」

「いや、あの家の子は一属性か……」


大広間は期待と落胆が交互に渦巻き、熱と冷気が入り混じる不思議な空気に包まれていた。


やがて、ざわめきが少し落ち着いたその時――。


「――続いて。リュミエール伯爵家三男、アレン・ド・リュミエール・オルレアン!」


司祭の声が広間に響く。

一瞬で場の空気が変わった。


「剣聖アルマンの息子だ」

「母は元・宮廷魔導士……並ぶ者なき才を継いでいるはずだ」

「どんな光を見せるのか」


期待と羨望と嫉妬が入り混じった視線が、一斉にアレンへと注がれる。


小さな足で壇上へ向かうたび、心臓の鼓動がどんどん早まっていく。


(父上や母上のように……俺にも、きっと……)


水晶が目前に迫る。

その透き通った輝きは、まるで全てを見透かす瞳のようだった。


「――続いて。リュミエール伯爵家三男――アレン・ド・リュミエール・オルレアン!」


司祭の声が響き渡った瞬間、大広間にざわめきが走った。

「剣聖アルマンの息子か!」

「母は元・筆頭魔導士マティルダ……」

「英雄の血を受け継いだ子だ、どれほどの光を示すのか」


期待と羨望と嫉妬が入り混じった視線が、壇上に上がるアレンへと注がれる。

小さな足音が響くたび、その重みが胸を締めつける。


(……やっぱり、俺には荷が重いよな)


けれど逃げ場はない。

水晶――真理の晶石の前に立つと、息を呑んで手を伸ばした。


次の瞬間。


ぱっと水晶に二色の光が宿る。

赤と緑――火と風。二属性。


「二属性だと!?」

「やはりリュミエールの血か!」


驚嘆の声が広間を駆け抜け、ざわめきが大きく広がった。

だが――それはほんの一瞬だけだった。


光はすぐに弱々しく揺らめき、ろうそくの火のように頼りなく明滅する。

輝きは広がらず、やがてしぼむように小さくなっていく。


「……薄い」

「魔力量がまるで足りん」

「二属性だろうと、この程度では意味がない」


会場の熱が冷め、代わりに冷ややかな視線が突き刺さる。

やがて誰かが吐き捨てるように言った。


「兄に剣の才、弟に魔法の才……妹にすら兆しがあるのに」

「三男には、何も残らなかったか」

「出がらしだな」


出がらし――。

その言葉が、ざわめきと共に広間を満たしていく。

登場したときは期待と憧れの視線を浴びていたのに、今は失望と嘲笑だけ。


(……俺は、出がらし……か)


耳を塞いでも、幻聴のように「無能」「期待外れ」の声が響く。

胸の奥がひやりと凍りついた。


壇上の端から見えた母マティルダは、無理に笑みを浮かべながらも瞳を揺らしている。

「二つも適性があるのよ、立派なことだわ」

必死に支えようとする声が痛いほど優しい。


「そうだよ!」

次兄コンラートが真っ赤な顔で叫んだ。

「二つもあるんだ、すごいに決まってる!」


だが、父アルマンは何も言わない。

強く握られた拳と、険しい横顔だけが視界に映った。


(……父上。俺は……やっぱり期待外れなんですか)


小さな拳をぎゅっと握り、俯いた。

観衆の視線が背中に重くのしかかり、逃げ出したい衝動を必死に堪える。


(でも……俺は、このままじゃ終わらない)


唇を噛み、胸の奥で火を灯す。

二度と大切な人を失わないために。

無能と呼ばれても――努力だけは、誰にも負けない。


小さく呟いた誓いは、誰にも聞こえなかった。

だが確かに、この瞬間アレンの心に刻まれていった。



「続いて――モンテフォルト公爵家次女、エリーゼ・フォン・アルテナ=モンテフォルト!」


司祭の声が響くと同時に、大広間はざわめきに包まれた。

「宰相閣下の娘だ!」

「王国の未来を担う名家の令嬢……」

「どんな光を示すのか」


貴族たちの視線が壇上へと注がれる。


ゆっくりと歩み出たのは、栗色の髪を揺らす少女。

年はアレンと同じ五歳。けれど、背筋をすっと伸ばし、静かな気品をまとっている姿は、まるで小さな王女のようだった。

澄んだ瞳が広間を一瞥するだけで、空気がわずかに引き締まる。


(……堂々としてる。俺とは、全然ちがう……)

アレンは思わず息を呑む。


エリーゼは壇上に上がると、深く息を整え、水晶にそっと手を触れた。


――瞬間。


大広間が鮮烈な光に包まれた。

真理の晶石がまばゆいまでの純白と蒼の輝きを放ち、天井の聖像や壁画を照らし出す。

ステンドグラスを透かして差し込む朝日と重なり、空気そのものが清められていくかのようだった。


「光……!」

「いや、水属性も! 二属性……しかもこの魔力量……!」

「なんという強さだ!」


驚愕と歓声が爆発する。

人々は立ち上がり、口々にその名を呼んだ。

「さすがモンテフォルトの令嬢だ!」

「これほどの適性……まさに奇跡だ!」


エリーゼの周囲に広がる光は、恐怖も嫉妬も洗い流すように温かかった。

その神々しい輝きに、誰もが心を奪われていた。


(……同じ五歳なのに……俺とは、こんなにも……)

アレンは光に包まれながら立ち尽くす。


自分の光は弱々しく揺らぎ、出がらしと嘲られた。

その記憶が胸を刺す。

彼女の輝きとの落差は、絶望的だった。


なのに。

なぜか涙が出そうになった。


悔しさでも、羨望でもない。

もっと暖かい、懐かしい感情。


(……この光……どこかで……)


前世の記憶がよみがえる。

白柴エレンの毛並み。

妻・恵子の微笑み。

病室で見た、あの優しい光景。


(……似てる。恵子の……あの笑顔に……)


胸の奥が強く揺れた。

その意味を理解するには、まだ幼すぎたけれど――。


やがて光が収まると、大広間は嵐のような歓声に包まれた。

「将来の聖女だ!」

「王国の宝だ!」


壇上から降りてきたエリーゼは、凛とした表情のまま歩みを進め、アレンの横を通り過ぎる。

一瞬だけ視線が重なった。


エリーゼは、ほんのわずかに微笑んだ。

その笑みは光の余韻をまとっていて、胸をぎゅっと締め付ける。


(……俺は、また彼女に追いつけない)

(それでも……)


小さく拳を握り、息を呑む。


(無能と呼ばれても構わない。努力だけは――必ず)


眩い光の中で、少年は静かに誓いを重ねていた。


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