違う環境で育つもの
メアリは二階の寝室で眠っていた。
呼吸の度に肺と横隔膜が規則正しく膨らんではへこみ、眠りの深さが窺える。
ドアの隙間から細い透明な根が伸びていく。それは音も無く、だが大胆にベッドへ向かった。足下の方から這い上がり、マットレスと毛布の間に入り込んだ。体温を感じ、そこから絡みつき頭へと進む。
体中を細い透明な根が覆いつくす。絡みつかれたらもう動けない。ベッドから引きずり下ろし、廊下へと引っぱる。そのままずるずると階下へ運ばれ一階の奥へと移動する。脱衣所を過ぎて浴室のドアが開いた。そのまま浴槽に引っ張り込む。そこでは白く太い多くの根がでろりと伸びて獲物を掴み捕ろうと構えている。
そして、引きずられた本人は自分に何が起きているのかわからないまま浴槽の奥へと巻き込まれてその姿を消した。
大きな蕾は嬉しそうに揺れた。
朝、メアリの家のキッチンからダージリンの香りが漂ってきた。
「今朝も美味しいわ」
メアリはお気に入りのティーカップを艶やかな唇に傾け、華やかな香りを楽しみながら喉を潤した。
「さて、そろそろお仕置きをしないとね」
彼女はカップを片付け酸素系漂白剤の入ったボトルを手に浴室に向かった。脱衣所に入り浴槽のドアを勢いよく開けると、浴槽に給水していた水道の蛇口を閉めた。
「おはよう。昨夜は随分大胆にベッドに侵入したわね。ねえ、今度私に攻撃を仕掛けたらただでは置かないって話したの覚えている?」
メアリは浴槽に近づくと
「これ、何だかわかる?」
手にしていた容器の中身をどぼどぼと注いだ。
ノライの根がのたうち回る。
「私、優しいから酸素系を入れたのよ。塩素系だったら……その根っこ、溶けちゃうかもね。あのさ、もう一度言うけど、今度私に攻撃を仕掛けたら、本当に枯らすわよ」
メアリはニヤリと嗤った。
「昨夜、あんたがここに引きずり込んだのは、私が誘ってここについて来た、ただのスケベ親爺よ」
そう言いながら、一回り大きくなった蕾をツンツンと突く。
「あんなジジイを吸収したからハリがなくなっちゃって。全くお馬鹿さんね」
メアリが喋っている間に、ノライの蕾は黄緑色が消えていき、シワシワになって萎んでいった。
同じ頃、アヤカもノライに話しかけ、蕾を優しく撫でた。
「おはよう。今日も良い天気ね。直射日光が当たらないように、レースカーテンを引いておきましょうね」
眩しさと暑さが軽減されてノライの蕾は一瞬赤く輝いた。
アヤカは冷やしておいた水をたっぷり水槽に注ぎ入れ
「それじゃ出かけてくるね」
と言って部屋を出ていった。
蕾をもう一度赤く輝かせて、ノライはアヤカを見送った。