更に伸びるもの
メアリの家の浴槽で大きくなったノライはその白い根を浴室の外に伸ばし始めた。
閉めてあったドアを力で押し開け、脱衣所から廊下へと音も無く伸びていく。
メアリはキッチンで紅茶を淹れ、華奢なカップを持ってリビングのソファーに腰をおろした。カップから広がる湯気を吸い込んで優雅な茶葉の香りを楽しむ。明るい赤茶色の透き通った液体を一口含んで喉を潤した。そして目の前のテーブルにカップを置く。
彼女の座るソファーの後ろにノライの根が伸びていた。あと三十センチほどでメアリの首に届きそうだった。
その時、突然メアリは立ち上がり振り向いた。
「随分と図々しいわね」
そう言いながら素早くキッチンに行くと、メアリは今さっき沸騰させたケトルを手に戻ってきた。
彼女は無言でノライの真っ白な根に、ケトルの熱湯をジャジャジャーとかけた。
湯のかかった部分は茶色く萎れ嫌な臭いを発しながら根は後退していった。
「生意気なコね」
メアリは文句を言いながら、少しの間考えた。
そして、浴室に向かった。
リビングまで伸ばした根は浴槽の奥の方に沈んでいた。
メアリはノライの蕾に向かって言った。
「いい、今度、私に攻撃を仕掛けたらただじゃ置かないわよ。次は熱湯じゃすまないからね」
ノライは蕾を紫色に光らせた。
「わかればいいわ。根の置き場が無くなったら、浴槽の底から地下水脈までどんどん伸ばしなさいよ。もう既に浴槽に穴を開けてるんでしょ」
メアリはそれだけ言うと、浴室を出てドアを勢いよく閉めた。
ノライの蕾はぶるんと揺れると、浴槽の中では白い根がグリグリと底に穴を開け、家の基礎を貫通し地面に潜り込んで水脈を探し当て、侵入した。
先陣を切って水脈に辿り着いていた根と共に清らかな水流から水を吸収する。そして更に根を伸ばす。
やがて、別のところから伸びて来た根と交わった。これはメアリの家の隣で思う存分根を伸ばしているノライだ。
お互いの根をくにゅくにゅと絡め合わせてそれぞれの情報を交換した。
浴槽の蕾は、両隣の家から伸びたノライの根との交流で覚醒した。黄緑色だった蕾がすっかりアメシストカラーに変化し光を放った。そして細い細い透明な根を伸ばし、浴室のドアをほんの少し開け、その隙間からそっとメアリに向かったのだった。